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戦の定め 〜剣術3〜

あの声は何だったのだろう。

そう思って、目を開く。

すると、視界には青空が広がった。

僕は眠っていたのだろうか。

まだ多少ボンヤリする頭でそんなことを考えた。

でも、確か……僕は試験を受けていたはずでは?


「目が覚めたか」


突然頭上から聞こえた声に、僕はビクッと体を震わせる。

だが、その声には確かな聞き覚えがあった。


「ルーン?」


顔を少し動かしてみれば、そこにはルーンがいた。

観客席に横たわる僕の側で屈み込み、僕の顔を心配そうに見下ろしている。


「大丈夫か? 急に倒れたものだから、俺も驚いたぞ」

「あっ、ああ。大丈夫。平気、平気。それより、ありがとう。倒れる直前、僕を支えてくれたの、ルーンだったよね」

「なんだ、気付いていたのか。」


ルーンはホッと安堵したような笑みを浮かべると、胸を撫で下ろす仕草をした。

相当僕のことを心配してくれていたのだろう。

その様子には安堵がにじみ出ていた。

そう思うと、僕は嬉しかった。


「それより、ルーンも平気? 目立たなかった?」

「ああ。それなら心配するな。目立たないように、これを」


ルーンが掲げたのは、フード付きの紺色のマントだった。

これを被ったお陰で、顔は見られなかったということだろう。

僕は納得して頷くと、頭を下げた。


「そっか。良かった。でも、ゴメンね。きっとルーンだって、試験のことで忙しかったはずなのに」

「そうでもないさ。興奮して変なことをやらかさないか見回っているのと、空間の制御をちょっとばかり。大変なことはあまりやっていない」

「大変なことはやってない、か。でも、あまり無理しないようにね」

「お前もな」


やはり笑みを浮かべるが、そこには疲れの色が見える。

彼女は空間の制御を「大変なことではない」と言っているが、これ実はかなり大変なことであるに違いなかった。

空間を作る、というのは「世界を一つ創る」というのとほぼ同じこと。

神が行っていることを人間がやっているのだから、かなりの体力と魔力を消費しているはずだ。

幾ら多くの魔力を持つと言われている、「特殊魔法能力者」としても、かなり無理をしていると思う。

労いの言葉をかけようとして、しかし、ルーンに遮られた。


「それより、お前に聞きたいことがある」

「何?」

「さっきの試合のことだが」

「……えっ?」


急に戸惑いだした僕に、ルーンは厳しい眼差しを向けた。

さっきの試合で何かがあったことは、彼女も薄々気がついているらしい。

声を低くして、再び聞いてきた。


「一体、あの時に何があった?」

「……」


僕は真実を話すことを躊躇って、黙り込んでしまう。

僕自身もわからないというのが、半分。

何故かこのことを話してはいけないのではないか、という漠然とした不安が半分。

そんな思いから、僕は中々口を開くことが出来なかった。


『それまで……ボクは待ってる』


今でもハッキリと思い出すことの出来る、あの少年の声。

無邪気で、懐かしいあの声。

だが、あの時、僕はあの声を聞いているのが正直、少し怖かった。

どこがどう、とは言えないが、触れてはいけない何かに触れてしまうような気がしてならなかった。

まるで、父上と母上が思い出すな、と言ったものに触れていたかのようだ。

あの時とは違い、頭痛などはなかったが、何処か似ている。


それにまた、こんなことを信じてくれるだろうかという懸念もあった。

不思議な声が聞こえたなど。

自分の知らない魔法を勝手に使っていたなどと。

一体、誰が信じると言うのだろう?

しかし、そんな気持ちの裏側では、ルーンになら、話してもいいかなとも思う気持ちもあった。

彼女ならこんな馬鹿げた話でも、受け入れてくれるのではないか……なんて。


「エディ……」

「ルーン……僕。実は」


僕の震える肩にルーンが手を置いた。

言わなければ。

疲れているルーンには、話すことよりも話さない方がずっと心配をかけてしまう。

そう思って、口を開きかけた時だった。


ふとルーンの背後に近づく人影に気がついて、僕は再び口を閉じてしまう。

ルーンはそんな僕に不思議そうな顔を向けてきたが、やがて背後から近づいてきた気配に気がついたようで、振り返る。


「誰だ」

「わあっ!」


鋭い声でたずねるルーンの迫力に、相手は声をあげて飛び上がった。

そこにいたのは金色の短い髪に宝石のような緑色の瞳を持つ、美しい青年だった。

そう、一回戦で僕と戦った相手だ。

そして、その青年の視線の先にいるのは、顔を曝け出して、威嚇をするルーンだった。

僕は慌ててルーンの肩を掴む。


「フィラ、大丈夫。この人は試験で僕の対戦相手だった人だって」

「何? そうか、そうだったのか」

「やっぱり、本物のフィ……もぐっ!」


ルーンは僕の言葉に頷くなり、ルーンを皆に知られている名で叫ぼうとする彼の口を、華奢な手のひらで電光石火の早業で塞ぐ。

幼い頃からその技は鍛え抜かれているらしく、それは目にも止まらぬ速さだった。

思わず状況を忘れて、拍手してしまいそうになるくらいに。


「大声で叫ぶな。騒ぎになるのが面倒だ」

「んん〜!」


至近距離でルーンに睨まれた彼は、必死に頷いた。

ルーンはそれを確認すると、ようやく手を下ろす。

青年は息も絶え絶えに頭を下げた。


「すっ、すみません」

「こちらこそ悪かったな。いきなり口を塞いだりなんかして。いや、どうもいつものクセでな」

「はぁ」


彼は未だに混乱しているらしい。

まぁ、国の最高位貴族兼、RMK最強騎士団団長を目の前にすれば、こうなるのは当たり前だろう。

僕とて、今では思い出したくない過去に同じ態度を取ってしまった。

彼は若干、怯えながらおずおずと尋ねた。


「あっ、あのー。失礼ながら、お伺いしたいのですが……あのフィラ様ですよね?」

「いかにも。俺がフィラ・エーレルだが」

「ううっ、やっぱりですか」


いっそのこと、否定してくれれば……と彼も思っていたに違いない。

こうも簡単に肯定されるほど、受け入れにくいことはないのだ。

彼はガッチガチに固まりながら、信じ難いように額に手を当てていた。

見ていれば、今にも気絶してしまいそうな勢いである。


「わかります、その気持ち」

「まぁ、俺もこんな姿を見るのも初めてじゃないな」

「誰のせいだと思ってるのさ」

「仕方ないだろ。俺だって望んでるわけじゃない。それを一番知っているのはお前だと思うが?」

「確かにそうだけど。最近は試験の特訓とかで、フィラと一緒にいるのが当たり前になりつつあったからなぁ。今思えば、やっぱり少し信じがたいよ」

「そうか? そういうものなのか」


そうだ。

今思えば、ルーンとこのカンケイでいるのは、普通じゃあり得ない話だ。

国の重要人物(フィラ・エーレル)と軽口を叩きあったり、親しく話し合ったり。

やはりこの状況に信じきれない部分があるのは、否定出来ない。

僕は改めて現状の異常さに気付かされて、驚いた。


「あー、えっ〜と」


だが、一番僕とフィラの関係が分からないのは、この青年だろう。

モゴモゴと口ごもる彼の言葉の先は、何と無く予想がついた。


「えっと、お二人はどのような御関係で?」

「友達だ」


ルーンが即答する。


「友達、ですね」


僕もルーンの言葉を確認して、頷いた。

試験中は相手に対して敵意を持てるようにするため、粗雑な言葉を使っていた。

だが、今はプライベートだ。

年上の相手なので、言葉を改めながら事実を伝えた。

だが、青年はまだ一つの可能性を捨て切れていないのか、怪訝そうな顔をしている。

そう、彼が疑っているのは多分、よくありがちな異性間のカンケイの可能性だ。


「あの。一応、ルーンの名誉の為に言っておきますが、僕と彼女はあなたの思ってるような仲じゃありませんからね。僕も一応貴族ですが、そこまで上の階級じゃないんで、絶対に無理です。もし、そうしようものなら、『駆け落ち』しないといけませんから。それじゃ、国全体を敵を回すことになるんですよ!」

「おい、そこまで否定……」


ルーンは非難の声をあげるも、それがどういうことを言っているのかに気が付いたらしい。

少しだけ頬を染めたかと思うと、少し強めの力で、僕のわき腹に肘鉄をくらわせた。


「イタタ……。いや、ゴメンて。別にそこまで否定しようと思ってた訳じゃないよ。ゴメン、言いすぎたのは謝るからさ」

「わっ、わたし…じゃない、俺は別に気にしていないぞ」

「ん? なんて? ゴメン、もう一回言ってくれる?」

「俺はお前の言葉を気にしてないって、言っただけだ!」

「そう? なら良かった」

「やっぱ、友達以上の関係にしか見えない」


どうにか誤解を解こうとしていたはずなのに、逆にもっと怪しまれている。

もう弁解の余地はなさそうだ。

彼は完全に浮いた話を信じ込んでいる。

僕とルーンはため息をつき、一応説明をした。


「事実としては、俺たちは友達というカンケイだ。だが、それをお前が信じないのならそれはそれで構わない。だが、言っておくが、口外しないでほしい。こっちも立場が立場だからな」

「はい。分かっています」


ルーンはもう弁解を諦めたようで、最後にそう釘を刺した。

青年ももとより生真面目な性格なのか、それには素直に頷く。

これで世間体に傷がつくことはなんとか避けられそうだ。

それに、青年もまともにやり取りができるようになってきたあたり、落ち着いてきたらしい。

彼は急に真面目な表情になると、ルーンに向かって言った。


「あの、フィラ様。少し、エディ君とお話がしたいのですが」

「わかった。では、俺はエディの次の対戦会場を見てこよう」

「ルーン、ありがとう」

「人前ではその名で呼ぶな」

「ああ、ゴメンゴメン」


ルーンは何故か、人前でその名で呼ばれることを嫌う。

僕には最初に名乗った名前なのに、人前で呼ぶとこうして嫌がるのだ。

そのことが恐らく、国にルーン(イコール)フィラが知られていない理由だろう。


それはそうと、ルーンは僕らに気を使ったのか、席を外す。

そうして、僕らは男二人になった。


「で、話……とは?」

「まずは、一回戦の勝利、おめでとう」

「あっ、ありがとうございます」


いきなりその話題を持ちかけられると、正直気まずい。

戸惑いながらもお礼を言うと、彼はさみしげな表情で小さく笑った。


「負けてしまったのは、正直言うと悔しいよ。あとちょっとで勝てそうだったのに。あんな魔力で押し切られるなんて、流石に予想出来なかった」

「あの時は必死で……。僕も正直、負けるかと思いました」

「でも結果はこれさ。どれだけいい試合をしようと、結果は覆らない。それは事実だ」

「……はい」


彼の言うとおり。

そう分かっているのに、何故か申し訳なくなって、僕は顔を伏せてしまう。

青年はそんな僕に苦笑した。


「頭、あげてよ。君は何も悪くない。むしろ君は勝者なんだから、堂々としてればいいんだよ」

「でも、あれはたまたまで」

「じゃあ、ちょっと聞いてくれるかな。二つの僕のお願いを。僕に勝った、君にしか叶えてもらえないお願いを」

「二つのおねがい……ですか?」

「うん」


僕が首を傾げると、青年は頷いた。

彼は、「一つ目」と人差し指を立てた。

僕の手をギュッと握って、真剣な表情で告げる。

僕も相応の態度で耳を傾けた。


「まず、僕に勝ったからには、この試験に絶対、君が受かること」

「はい」


言われるまでもなく、そのつもりだ。

僕は力強く頷いて、その意思を示す。

すると、青年は安心したように笑った。

「二つ目」と続いて、中指が立てられる。


「来年、僕はもう一度、この試験を受けようと思ってる。そして、この試験に受かるつもり……ううん。絶対に受かる。だから、その時にはもう一度」


そこで彼は一度、大きく吸った。

彼は緑色の瞳でジッと僕を見据えて言った。


「もう一度、僕と戦ってほしい」

「リベンジ、ってことですか」

「ああ。いいかな?」


もちろん、断る理由はない。

むしろ、あんな形で勝ってしまったのだから、もう一度戦いたいと僕から思う程だった。

次はあんな偶然ではなく、正々堂々と戦いたい。

僕は彼の手を握り返した。


「分かりました。それ、受けて立ちます。ですから、その為にも」

「絶対、受かってくれよ!」

「はい!」


彼の笑顔には、まだ確かにさみしげだった。

でも、さっきのものとは少し違う。

その笑顔には「来年こそは」という、彼の強い思いが感じられた。


きっとこれからもあるのだろう、こんなことが。

負けていった者たちの思いを背負うことが。

騎士団に身を置く。

それは戦場という、何時死んでもおかしくない場所に身をおくことだ。

ということは当然、顔を知る仲間が死ぬことだってあり得るのだ。

勿論、自らが命を落とすことも。

それは避けられない運命。

戦うものとして、当たり前の定めなのだ。

不運にも、命を落とした仲間の意思を継ぐ、託されることだって当然あるに違いない。

これは、それと同じこと。


「絶対に受かって見せます。必ず」

「ありがとう。じゃあ、頑張って。応援してるから」


そう言うなり、彼はクルリと踵を返す。

その時点で僕はあることに気がついた。


「あっ……あの!」


僕が彼を呼び止めると、彼は振り返らぬまま、足を止めた。

僕はその背に向かって問いかける。


「名前……まだ教えてもらってません。教えてもらっていいですか?」

「今更な質問だね。……けど、その質問に僕は答えないでおくよ」

「えっ?」


意外だった返事に、僕は戸惑った。

そんな僕を彼はもう一度振り返った。


「だってさ」


そして、笑った。

今度こそはさみしさなど微塵も感じさせない笑顔で。


「負けた者としての名前、覚えられて欲しくないな、と思って」

「負けた者としての…名前?」

「ああ。それはつまり次に戦う時の勝利宣言ってことさ。次に会って、名乗った名を君の勝者として、覚えてもらうためにね」


彼はそう言い終えると、サッと身を翻して去って行った。

入れ替わりに、ルーンが戻って来る。


「ルーン。どうだった?」

「ああ、次の試合は試合会場『4』だ。もう控えに入っている」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」

「うむ。頑張れよ。私はお前を待っているからな」

「絶対に勝つよ。勝って、絶対に合格する。色んな人と約束したからね。もう、負けるわけにはいかないから」

「そうか」


彼女は短く答えて、頷いた。

きっと僕の言いたかったことは伝わっていると思う。

だからこそ、彼女は何も言わなかったのだろう。

僕はルーンに向かって手を振った。


「いってきます」

「ああ」


試験はまだ、始まったばかりだ。

僕は気合いを入れ直して、新たな試合会場へと向かった。

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