眠る力 〜剣術2〜
この世界には三種の魔法が存在する。
一つ目は大地の力を用いた「地」の魔法。
二つ目は太陽の力を用いた「火」の魔法。
そして、三つ目は海の力を用いた「水」の魔法だ。
この三つの力は全てが自然が魔力の元となっていて、人はこの三種の魔法のうち、一つを生まれながらにして持っている。
精霊の加護によって人々にもたらされている魔法。
それが基礎魔法だ。
が、極稀に例外も存在する。
何万人に一人という確率で三種の魔法以外の力を持って生まれてくるものがいるのだ。
その例外能力のことを特殊魔法という。
例にあげるとすれば、ルーンとエフィがそれに挙げられる。
氷、幻といったものは一般人が使えない魔法だ。
また、これらの特殊魔法を扱う者たちは、人よりも大きい魔力を持っている。
彼らの魔力は多くの場合、一般人とは桁違いなのだ。
その可能性も言わずもがな。
だから、僕と向かい合う青年も、基礎魔法であることを「当たり前」と言ったのだ。
「くらえ、怪力岩!」
「水流剣」
怪力岩。
それは大岩を投げつけるような衝撃で相手を襲う、魔法を用いた剣技の一種だ。
まともにくらえば、僕など簡単に吹っ飛ばされてしまうだろう。
対して、吹っ飛ばされるわけにはいかない僕も剣技を使う。
水流剣だ。
これは、剣に加えられた力を受け流すことの出来る、水の魔法を使った剣技だ。
木剣は互いにぶつかり合うと、初めと同じように押し合うかたちになった。
怪力岩の威力を消すことには成功したようだ。
「水の魔法の使い手か」
「そっちは地の魔法の使い手、ね」
「僕の攻撃を無力化するなんて、驚いたよ。それに、基礎魔法なんて言い出すから」
「お喋りはよそう。そろそろ行くよ!」
「そうだね。僕も負けられないっ!」
青年は一度、合わせた剣を払うと、一直線に飛び込んで来た。
剣は茶色い光を纏い、次の攻撃の準備に入ったことを知らしめる。
僕も、剣を前に構えると、集中しながら、相手を睨みつけた。
『戦いにおいて、大切なのは相手の動きを良く見ることだ。人は他の動物より長き時を生きる生き物。だから、染み付いてしまった癖は簡単には直らない。しっかり見ていれば、そのうち一つ一つの動きが次にどう繋がるかが見えてくる』
訓練していたときにルーンから言われた言葉だ。
それが一瞬の間に頭に蘇る。
彼の特徴……それは攻撃する時に瞳が大きく揺れ動くことだった。
人間相手に攻撃する、ということを躊躇っているのだろうか。
分からないが、これまで見ていて分かったことだ。
僕はフッと大きく息を吐き出して、青年の瞳を視界の端に捉えたまま、横にステップを踏んだ。
「鋭岩撃!」
一瞬遅れて、青年が剣を突き出す。
が、そこにはもう僕はいない。
ステップを踏む直前、大きく緑色の瞳が動くのを見たのだ。
「……っと」
相手は空を切った剣につられて、バランスを崩した。
今が絶好のチャンスだ。
僕はその隙を狙って、剣を振るった。
「これで!」
「甘いッ!」
しかし、ガツンと木剣は硬い音を立てて、振るった剣を受け止められてしまった。
そこで、自分が最後の最後で油断していたことに気がつく。
最大のチャンスを、逃してしまった。
「油断したね」
「クッ」
自分の未熟さに思わず唇を噛む。
だが、試合は終わった訳じゃないのだ。
再び集中力を高めて、剣に力を込める。
必死になってギリギリと剣を食い込ませるが、青年はフッと不適に笑った。
この緊張する場面で笑った彼に、僕は嫌な予感をおぼえた。
膨れ上がって行く不安に比例して、彼の剣は茶色い光を纏っていく。
近距離からの「怪力岩」だ。
凄まじい衝撃が僕の腕にかかる。
この距離では「水流剣」では受け流せない。
「水っていうのは、戦場において、一番使えない魔法だ。攻撃はあまり強力ではない上に、防御だって完全とは言えない。日常生活では一番役に立つけどね」
「嫌だ……負けるものか……」
確かに水の魔法というのは戦場では一番役にたたない。
火や土に比べると、水は自らの身を守ることに特化していた。
それも、僕の魔力では完全に守る事も出来ない。
そう考えると中途半端で、不便なことこの上なかった。
だが、それでも負けたくはない。
魔法の不利は今更どう言おうと変わらないのだ。
だったら、今出来ることを死ぬ気でするだけ。
その思いで、抵抗を続けた。
諦めたら、そこで終わりだ。
徐々に体がそり、押し切られそうになる中、僕は足を踏ん張った。
最後まで抗うことをやめなかった。
「おとなしく、試験に落ちるんだ」
「グ……ハッ」
もう言葉も返せなかった。
腕が痺れて、受け止められる力の許容範囲が限界を迎える。
僕は心の中で叫んだ。
嫌だ嫌だ嫌だ!
青バラに入ると決めたから。
ルーンと約束したから。
そして……自分を変えたいから。
諦めたく、ないっ!
「終わりだ!」
青年の歓喜の声が響いた。
トドメ、とばかりに一気に体重がかかってくる。
終わりか、そんな言葉が頭をよぎった時だった。
『大丈夫だよ』
何処からか、幼く無邪気な少年の声が聞こえた。
それは、相手には聞こえてないらしく、彼の余裕の表情は変わらない。
『大丈夫、大丈夫だよ。君は負けない』
再び聞こえた、少年の声。
それには酷く聞き覚えがある。
なのに誰かが思い出せない。
しかし、今の僕に「誰だ」と問う余裕はなかった。
もうじき、完全に押し切られてしまうだろう。
それを少しでも遅らせるだけで、僕は手一杯だった。
『君なら平気。勝てるから、思い出して。自分の力を信じて』
頭の中で響く声がそう言う。
思い出す……って何を。
平気、大丈夫ってどういうことなんだ?
僕は何が何だか、まるでわからなかった。
混乱している間にも、剣はすぐ目の前にまで到達してしまう。
『君の力はこんなもんじゃないよ。君が忘れていても、体が覚えてる。ほら!』
その時だった。
ふと、腕が軽くなった。
それはまるで、聞こえた声に支えられるように。
剣の重みが嘘のように消えていた。
気がつけば、僕の剣は青い……ルーンの光より少し濃い、群青色の光に包まれている。
これは、魔法だ。
自分でも気がつかないうちに、魔法を使っていた。
何の魔法かは分からない。
色からすれば、水の力だとは思うが、僕の見たことのない魔法だった。
「どういうことだ!」
これには相手も呆気に取られていた。
今や、形成逆転。
僕が彼を押し切る形になっていた。
僕の周りを魔力の渦が取り巻き、その渦が徐々に彼を追い詰めていく。
彼の剣の光は最早、消え失せていた。
僕の魔力が彼の魔力を打ち消したのだ。
「これで、終わり!」
僕は完全にバランスを崩し、腰を抜かした彼に剣を当てた。
彼はなす術なく、その攻撃をまともに受ける。
そして、審判の声が上がった。
「そこまで!」
僕の勝ちだった。
だが、その実感はわかない。
今のは何だったのだろう。
急に見たことも使ったこともない程の魔力が僕に味方した。
僕は勝ったのにもかかわらず、その場に崩れ落ちてしまった。
そんな僕の背を誰かが、支えてくれたが、振り返ることもできない。
『不安に思わなくても大丈夫。いずれ、時はくるから。それまで、ボクは待ってる』
「君は誰なんだ?」
うわ言のように呟いた僕の声は、意識と共に、暗闇へと落ちて行く。
何かに引きずりこまれるように、世界が暗転していった。
『それも分かるよ。けど、今は……今は』