試験の始まり〜剣術1〜
青きバラの騎士団本部の一室で。
「何とか間に合ったようだな」
息も絶え絶えに試験会場にたどり着いた僕を迎えたのは、まわりからの敵意のこもった視線とルーンの苦笑いだった。
どうやらギリギリ間に合ったらしい。
「すみません」
謝り、待ち合いの席に着くと、ルーンは一段上がったところに立った。
今まさに説明を始めようとしているのだから、本当にギリギリだ。
もう一秒遅れていたら、失格になっていたかもしれない。
ここまで全力疾走したのにもかかわらず、一度も足を止めずに走り続けてくれたリリアには本当に感謝だ。
後でいつもよりちょっと高めの人参をあげようと思う。
「もう知っている者も多いとは思うが、試験について説明しておこう」
ルーンの説明をかいつまんで言うとこうだ。
まず、テストは三日に渡って、三つ行われる。
剣術、馬術、魔術のテストだ。
日程は一日目が剣術、二日目が馬術、三日目が魔術となっている。
「よって、今日は剣術のテストを行う。魔法あり、試合用木剣の使用が原則となっている。だが、魔法の使用については、遠距離魔法の使用は禁ずることにする。なにしろ、剣がメインだからな。遠距離魔法を使った場合は即失格。対戦相手の勝利となる。試合はトーナメント制だ。このテストでの上位三十名が明日の馬術のテストを受ける資格を得ることが出来る。今日時点での参加者は約百二十名だから、二回戦を勝てばいいということになるな。まぁ、順位が高ければ高いほど、後のテストでは有利になるがな」
これには会場もざわめいた。
一日目で、およそ九十人も落とされてしまうなどと、誰も想像しなかったに違いない。
事前にかなり厳しいテストだということを知らされていた僕でさえ驚いたのだから。
ということは、この間会った、赤毛のコールやスキンヘッドのロイジ。
また、青きバラの騎士団において、数少ない女騎士のエフィ達はあんなに気さくであるにも関わらず、かなりの実力者なのだ。
もちろん、そのトップに立つルーンについては、その実力を目にしているので、言わずもがな。
「トーナメント表は前に張り出してある。試合順は番号の小さい者からだ。同時に5試合平行していくから、前の試合が終わり次第入っていけるように、常に準備しておいてくれ。それでは、健闘を祈る。」
五試合同時平行と聞いて、僕は思わずあたりを見渡した。
本部があるのは街中。
それも、ただでさえ人口の多い王都だ。
試合を五試合も平行して行えるほどの、そんな広い場所などないはずだ。
それを思ったのは僕だけじゃないのか、たまたま隣にいた、力がありそうな筋肉ムキムキの大男も同じくキョロキョロと周囲に目を走らせていた。
この人とはなるべく当たりたくないものだが。
だが、そんな疑問も常識からはかけ離れた事態によって、解決される。
背後にある、僕が入ってきたドアだ。
それが開かれると、その奥に広がっていたのは静かな廊下ではなく、大きく広い、闘技場だったのだ。
「うわー。」
おそらく、魔法を使ったのだろうが、誰もが口を開けて呆然としていた。
これで五試合平行でできるが、さすがRMK最強の騎士団というかなんというか…。
闘技場は中央に一番大きな舞台があって、それを取り囲むかのように、小さな円形の舞台が四つあった。
一つ一つの舞台の周りには階段のような観客席があって、そこで控えに入っている人が待てるようになっていた。
トーナメント表を見てみると、僕は試合会場「3」の控え「2」に入っていたので、おそらく小さな舞台のうちの一つでやるのだろう。
試合会場「3」と指定された舞台へと向かうと、もうすでに試合が始まっていて、舞台の中央で二人の男が互いに試合用の木剣を構えて、向かい合っていた。
始まったばかりであるはずなのに、二人とも汗をかいていて、その必死さを言外に物語っている。
その二人から少し離れたところでは審判がジッとその様子を見ていた。
僕も今更ながら緊張してきて、深呼吸をして心を落ち着かせた。
「よしっ!」
意気込むように呟いた瞬間、目の前の試合も展開を見せた。
探り合うように向かいあっていた男たちが剣を合わせたのだ。
しばらく押し合いが続き、一旦離れると、もう一度剣を合わせると、思いきや。
不意に一方の男が相手の剣先を読んで、身をかがめて懐に潜り込んだ。
潜り込まれた方の男は突然の出来事に、ギョッと目を見開き、慌てて離れようとするが、その時すでに遅し。
あっけなく脇腹に木剣を叩き込まれてしまった。
「そこまで!」
審判が声をあげると、勝利した男の方は満足気に去って行った。
が、負けた男の方はまだ現実が受け入れられていないのか、その場で立ち尽くしていた。
相当ショックだったのだろう。
自分も同じ立場になるかもしれないことを考えると同情してしまうが、自分の番も近い。
気持ちを切り替えていくことにした。
男が舞台を降りたのは、結局次の控えの者が入ってきてからだった。
そこで、ようやく状況を理解したのか、ガックリと肩を落として去っていた。
次の試合の展開もかなり早かった。
一方的な試合展開で終わってしまっただけに、僕は少し動揺してしまった。
それを懸命に抑え込ながら、自分の番が回ってくると、舞台に上がった。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
互いに握手を交わすと、相手の顔に見覚えがあることに気がついた。
金色の髪に、宝石のような緑色の瞳。
その整った顔立ちは間違いなく何処かで見たことがある。
「あっ」
「えっ?」
ようやく思い出した。
エフィの幻の中で、道の真ん中で倒れていたルーン……否、その姿をしていた僕を助け起こしてくれた、あの青年だ。
この青年のせいで、町中の人に追いかけられるハメになったが、ルーンの心を知ることができたのは、彼のおかげでもある。
感謝するべきか、かなり悩むところであったが、まぁそれは後で良いだろう。
そんなことを考えているなど思いもしない目の前の青年は、不思議そうに首を傾げてこちらを見つめていた。
「やらないの?」
「君、早く試合を始めなさい。棄権したいのかね?」
「あっ、はい! すいません!」
青年と審判、両方に注意されて、僕は慌てて剣を鞘から抜く。
青年もコクリと頷いて、剣を構えた。
集中していくにつれ、周りの音はどんどん遠ざかっていく。
他の試合会場から聞こえていた木剣のぶつかり合う音、互いの勝ち負けを報告しあう喋り声。
それらの雑音は全て聞こえなくなった。
唯一聞こえるのは、相手の息づかいや衣擦れの音。
そして、規則的に刻まれる、自分の心臓の音だけだった。
少しづつ間合いを詰めながら、相手を探る。
と、彼の瞳が大きく揺らいだ、次の瞬間。
ガコッ!
硬い音が響き、僕は相手の攻撃を受け止めた。
「よく僕の攻撃を見極めたね」
「君、気がついてないかもしれないけど、分かりやすいよ」
「そうか、そりゃマズイかもしれないね」
状況に反した、相手の余裕な口調。
対して、僕は表情を変えずに淡々と返して、剣を払った。
「じゃ、本気で行きますか」
「ふうん。魔法?」
「怪我、しないようにね」
すると、相手の周りには魔力の渦が巻き始める。
そして、力の種は「地」。
「なんだ、基礎魔法か」
「当たり前だろっ!」
あたりには茶色い光に包まれ、一筋の閃光が僕の目の前に迫っていた。