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記憶の断片

「ん……」


広い部屋、広いベッドの上で。

僕は目を覚ました。

ここは何時も寝起きや勉強をしている僕の部屋だ。

少し前まで病に倒れていたせいか、部屋に物は少なく、ガランとしている。

僕はそんな自室を見渡しながら、大きく伸びをした。


「いよいよ、今日か」


そう思うとドキドキした。

今日はついに、「青きバラの騎士団」の試験日。

僕も今日この日のために、ルーンにも協力してもらって練習を積み重ねてきた。

だから、絶対に落ちるわけにはいかない。


「絶対に……絶対に受かって見せる」


心に強く誓って、拳を握る。

僕は約束したのだ。

必ず「青きバラの騎士団」に入ると、あの娘と。


そんなことを考えていると、不意にコンコンとドアがノックされた。

慌てて拳を解き、「どうぞ」と答える。

その瞬間、僕の爽やかな朝は終わった。

またいつもの重く、憂鬱な朝へと変わったのだ。

入ってきたのはユーテス家の数少ない召使いだった。

召使いは怯えるような目を合わそうとはせず、うつむいたまま告げた。


「エディス様、お食事の時間でございます」

「わかりました。すぐに向かいます」

「ヒッ。かっ、かしこまりました」


召使いは甲高い悲鳴をあげて、逃げるように部屋を出て行った。

僕は閉じられたドアを見つめて、ハアッとため息をつく。

どうせ、いつものことだ。

もう慣れたことだが、僕はこの屋敷の召使い達に何故か恐れられている。

理由を聞いたこともあったが、召使い達は怯えたように首を横に振るだけ。

だから、せめて接しやすいように、彼らにも敬意を持って敬語で話したりしているのだが、どうもそれも効果はないみたいだ。


僕はベットから降りると、クローゼットへと向かう。


いつまでも考えていてもしょうがない。

いつもいつも、答えは得られないのだから。


やりどころのない思いをぶつけるように、ガッと乱暴にクローゼットを開け放つと、次の瞬間、ゴツンという凄まじい衝撃が僕の頭に走った。


「痛った〜!」


思わず涙目になってうずくまると、頭を抱えた。

今のはかなり痛かった。

クローゼットの上に乗っていたらしい、何か硬いものが僕の頭に直撃したのだ。


「ったく……。何なんだよ!」


ただでさえイライラしていたというのに、こんなことにまでなるとは。

頭に走った衝撃の正体を確かめるべく、ガバッと顔をあげると、目に入ってきたのは一筋の光。

それを視界に捉えた瞬間、僕は思わず息を飲んだ。


「っ……」


カーペットの上に落ちていたのは月と星の装飾が施されたイヤリングだった。

豪奢な装飾が施されてはいるが、その他には何の変哲もないイヤリング。

日の光を浴びてキラキラと光るそれの近くには、イヤリングが入っていたであろう、白い木箱が転がっていた。

どうやら、僕の頭に直撃したのはその木箱らしい。

だが、僕の目はイヤリングの方に釘付けだった。


「これは……!」


そう口を開いた時だった。



『わかってくれ。お前のためだ……だから』


『お願い……ディ……許して』



「うぐっ……!」


突如、頭に不思議な声と共に鈍い痛みが走った。

木箱が当たった痛みではない。

まるで内側からの締め付けられるような、そんな痛み。


「今の……声は?」


ドクドクと心臓が忙しなく脈を打った。

ポタポタと額から汗が流れ落ちて、カーペットにシミを作る。

僕はそのまま、動けずにいた。

一体、何が起こったというのだ。

考えようとするたびに、頭には痛みが走る。

そして、身体中から力が抜けていくのを感じる。

それでも、僕は考えることをやめられなかった。

知りたかったのだ。

この声の正体を……無性にどうしても。



『やめて! お願い……目を覚まして!』


『お前たちが……お前たちが!』



最後のは、僕の……声っ。



「……ス。エディ。エディス・ユーテス!」


誰かの呼びかける声に僕はようやく現実に引き戻された。

目の前にいたのは、父上だった。

僕はカラカラになった喉から懸命に声を振り絞る。


「父……上」

「ああ、エディ。良かった。本当によかった」


父上はようやくホッとしたように表情を緩ませた。

次第に意識がハッキリとしてくると、傍には母上もいることに気がつく。

母上は心配そうに僕の頭を撫でていた。


「エディ。大丈夫?」

「はい。平気です、母上」

「何があった? 病はもう完治したはずなのだろう? 何かあったに違いない」


僕は答えようとして、口をつぐんだ。

なんとなく、怖くなって答えられなかった。

父上や母上に捨てられるのではないか。

何故か、そんな考えが頭をよぎったのだ。


父上はそんな僕を不思議そうに見たあと、やがて僕のそばに落ちているものに気がついた。

あの月と星の装飾が施されたイヤリングだ。

それがもう一度視界に入ると、僕の頭には鈍い痛みが再び走る。

僕は反射的に頭を抑えた。

どうやら、それを見るだけでこの反応があるらしい。


父上はそれを見て、なぜか納得したように頷いた。


「そういう……ことか」

「一体、どういうことなのです?」


僕の質問に父上は悲しげな表情をした。

今までに見たことのないくらいに、酷く辛そうな顔。

と、次の瞬間。

僕はたくましい父上の腕の中にいた。


「えっ……?」

「さっきのことは忘れろ」

「父上?」


父上は震えていた。

母上も涙を拭っている。

泣いている?

一度も僕の前では涙の見せたことのない二人が?

どういうことなのだ。

もしかして……。


僕が二人を泣かせている?


「わかりました。忘れます」


気がつけば、僕はそう答えていた。

こんなに苦しそうな二人は見たことがない。

これ以上、二人の苦しむ顔なんて見ていられなかった。

苦しませたくなかった。

だから、必死に訴えた。


「忘れます、全部。本当は懐かしいあの声の正体を知りたい。何処かで聞いたことがあるはずなのに、思い出せないあの声を思い出したい。でも、二人がそう望むなら……全て忘れます」

「エディ」


父上は僕をそっと離して、ほほ笑んだ。

そして、一言。


「ありがとう」


僕も父上に微笑み返した。

もう泣いていない。

それを確認すると、おもむろに立ち上がる。

こんな状況だが、忘れてはいけない。

そう、今日は志を叶える為に。


「僕、もう行きますね。時間もないので」

「行くって……まさか」

「止めておけ。倒れてたんだぞ。無理は良くない」

「いえ」


もちろん、心配してくれるのは嬉しい。

だが、こればかりは僕も止める気はなかった。

だから、笑顔のままで首を振る。

なんて言ったって、ルーンと約束したのだ。

彼女との約束を破るわけにはいかない。


「僕は大丈夫です」

「だが」

「でも、少し時間が足りませんね。」


僕は小さく呪文を唱えた。

と次の瞬間、バサリと何かが僕の肩ではためいた。


「それは!」


母上が悲鳴に似た声をあげた。


そう。

僕の服はもう、先ほどまでの寝巻きではなかった。

僕の肩の上ではためくのはマント。

腰には剣があった。


これは、試験までにずっと練習してきたもの。

この世界に古くから存在する力、つまりは魔法だ。


「エディ、お前……。魔法を? あっ、いや。青きバラの騎士団なら、そうか」


父上も驚いたように叫んだ。

けれども、本当に時間がない。

二人には悪いが、説明は後だ。


「今は何も聞かないでください。こうなった顛末は必ず話します。では、行ってきます。父上、母上」

「エディ! 何をする気?」


母上がそう言うのも無理はない。

だって、僕が駆け出したのはドアではなく、開け放たれた窓だったのだから。


「ああっ! エディ!」


そのまま、僕は窓の外に飛び出した。

地面はみるみる近付いていき、肩のマントはバタバタと煩くはためく。

僕が飛び出したのは三階。

あまり高さはない。

だが、大怪我をするには十分な高さだ。


「リリア!」


僕は大きな声で叫んだ。

すると、僕の真下には茶色い影が現れる。

それは僕が地面に直撃する直前で、間一髪、受け止めた。

キャッチしてくれたのは、一頭の美しい毛並みをもつ…馬。

僕の愛馬、リリアだった。

リリア、それは母上がつけた名前で、可愛らしい名前であるが、一応彼は雄である。

呼べばいつだって来てくれるほど、僕にはなついてくれている。


「リリア、ありがとう。ナイスキャッチ」


僕は手綱を握りながら、リリアの首を撫でた。

リリアもそれに答えるかのように、嬉しそうにいなないて、目を細めた。


「よし、時間がない。いくぞ!」


パチンッとキレのいい音が響くと、僕らは風を切り、走り出したのだった。




ーーその頃、屋敷では。


「全く、窓から飛び降りるなんてね」


エディの母親、アリスはあきれたようにため息をついた。

我が息子があんなことをするとは思いもしなかった。


「全くだ。怪我でもしたら、試験どころじゃなくなるぞ」


エディの父親、オードもエディの出ていった窓を眺めて笑った。

開け放たれた窓からは優しい春風が吹き込み、カーテンが揺れる。

そこから見えるエディの後ろ姿はもう、判別が難しいほど、小さくなっていた。


「でも、いつの間に魔法なんて。あの子に魔法など教えてないはずだぞ? それに、 青きバラの騎士団の試験を受けるとは言っていたが、一体何処で推薦を手に入れてきたものやら」

「最近はずっと出歩いていましたからね。何処かで教わったのでしょう」

「試験には魔術もあるから、そうなのだろうが。少し前まで病に倒れていたあいつは大丈夫なのか? まだ数ヶ月しか経っていないんだぞ」


オードは心配そうに愛息子の姿を目で追う。

しかし、アリスはそれよりも懸念事項があるようで、再びため息をついて、返した。

そして、エディの出て行った窓に近付いて、その窓の淵に頬杖をつく。


「それより」


アリスは意味ありげな視線をオードの手に向けた。

オードもその視線の意味に気がついて、苦笑いする。

そこにあるのは、美しく光輝くイヤリング。

本当に魔力など込められていない、美しいだけのイヤリングだ。

オードはそれを悲しげな瞳で見つめて、ポツリと呟いた。


「今だに信じられんよ。あんなこと」

「私もです。でも」


アリスは一度、躊躇うように言葉を切った。

しかし、深く頷いて続けた。


「でも……その『片方だけ』のイヤリングがその証拠。揺るがない、確かな事実」

「ああ」

「だから…私達は」

「あの子の為にこれを守らなくてはならない」

「……っ!」


アリスはバッとオードの胸に飛び込んだ。

オードはそんなアリスを優しく抱きとめる。


「いやよ。認めたくない。あの子は……あの子は本当に良い子なのに」

「ああ。私もだ。けれど、あいつを守れるのは俺たちだけなんだ。だから」

「分かってる! 分かってるわ、そんなこと」

「アリスッ!」


オードの呼びかけに、アリスはハッとしてオードを見上げた。

オードは苦しそうに、首を振る。


「受け入れるしかない。私達はあいつを支えてやることしか出来ないが、出来る最大限のことをして。真実を、未来を受け入れるしかないんだ」

「あなた……!」


オードとアリスは手を重ねて、月と星の装飾が施されたイヤリングを大切そうに握った。

これは、二人の宝物の最後の命綱だ。

大切な大切な、物なのだ。


だが、運命の女神は時に悲しいほど残酷で。


ーー二人が望まぬ未来ーー


エディが真実を知る時は刻々と近付いていた。

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