00_061 PM16:45 防衛部の活動
中途半端な日常会話。
都市防衛部の部室には、意外と来客が多い。
それが堤十路の感想。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
最初に来たのは、30代と思える男性。
「――最近、妻が冷たいんだ……」
「あのー……先生? それは私に言われても困るんですけど……」
高等部の教員だった。
「『魔法』でなんとかできないか?」
「や、そんなのムリですから、ご夫婦で話し合うのが一番かと……」
「教師の仕事って忙しいんだ……」
「はぁ……」
「毎日帰りは遅いし、部活の顧問やってると土日も休めないし……」
「はぁ……」
「それを承知で結婚してくれたと思ったのに……」
「や、そうだとしても、やっぱりガマンの限界があると思うんです……」
飲み屋でのグチを連想する空気に、視線で十路に助けを求めてくる樹里。
こんな悩み(しかも立派な大人の)にアドバイスできるほど、十路も人生経験豊富ではないが、樹里の意見と合わせて『花束でも持って早く帰って一緒に食事しろ』という結論に至った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
次に来たのは、高等部の男子学生。
「樹里ちゃ~ん」
「すみません先輩、今日はここに居座らないでください」
「冷たいっ!?」
樹里からして『先輩』ならば上級生だが、どうやら顔見知りらしい。
「や、今日は人がいるんで、困るんです」
「どーも」
「…………」
軽く挨拶すると、その男子学生は十路の顔をじっと見る。
「……なんですか?」
「お前とは、なぜか気が合いそうだ」
「……前世でお会いしましたか?」
「違う。そういう意味じゃない」
「だったら?」
「今、ロシア美女が熱いと思いますか?」
「いや……特には」
「……やはりお前とは仲良くできそうだ」
「意味わかんねー……」
「また会おう! アデュー!」
一見するとモテそうな男子学生、謎のイイ笑顔を残し、遠ざかる。
その背中を指差し、十路は樹里にゆっくりと振り返る。
「……バカ?」
「…………」
樹里は否定しなかった。
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3番目に来たのは、高等部の女子学生。それほど親しいわけではなさそうだが、どうやら樹里の同級生らしい。
「水野さん、どうしました?」
「えぇと……木次さんだけ?」
「あ、部長は今日いないんです。私でよければご相談に乗りますけど?」
「でしたら、お願いしたいですけど……」
その女子学生は、気まずげに十路を見てくる。
「……あ。俺、席を外しとくから」
「すみません、堤さん」
どうやら十路がいたら話せないらしいと気づき、部室の外に出て離れて様子を窺う。
水野と呼ばれた女子学生本人は、深刻そうに話しているが、樹里は微笑して、ときおり頷いているから、実際はそこまでないのだろう。恋愛相談やその他の『女の子の悩み』だと、十路は推測した。
「頑張ってください!」
「はい……」
内容はわからないが、意外と短時間で終了。どうやら樹里でも大丈夫だったらしい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ちなみに、客が来ない間はと言うと。
「…………」
樹里は高校生らしく、部室に置きっぱなしのティーンズ雑誌を読み始めた。
「…………」
仕方ないので十路も、本棚に詰めてあるマンガを手に取って読み始める。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
部室の中に流れる、なんとも言えない時間。ページをめくる音と、遠くから聞こえてくる運動部の掛け声だけが届く。
樹里はあまり気にしてない。十路はなんとなく気まずい。
「あ、堤さん、麦茶おかわり淹れましょうか?」
「あぁ……頼む……」
冷蔵庫を開け、麦茶を注ぐ音が新たに響く。
そしてソファに座る十路の前に、コップが置かれる。
「どうぞ」
「さんきゅ」
「…………」
「…………」
そしてまた、お互い無言でページをめくる。
「……なぁ、木次さん」
「はい?」
「会話のない家庭に育ったのか? 両親の夫婦仲、倦怠期だったのを目の当たりにしたのか?」
「…………はい?」
「いや、なんでもない……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
理事長室で話を聞いて、予想をしていたつもりだが、それ以上にショボイ内容。
「ここはカウンセリングルームか休憩室?」
「……否定できませんね。いろんな相談を持ちかけられますし」
「しかしまぁ、よく部外者が来るな?」
内容にもよるだろうが、相談事なんて普通、よほど親しい間柄でないとできない。
「木次さんは人望あるんだな」
「いえいえ、人望があるのはこの部の部長で、私はそのオマケです」
「ふん?」
たった2人の防衛部員。樹里を除く残るもう1人。
話の合間にたびたび出てくるが、どんな人物像なのかは、全く出てこない。
「どんな人?」
「……一言で説明するのは難しい人ですね」
「まぁ、俺の経験上、《魔法使い》は奇人変人が多いしな」
十路の脳裏に、よくある偏屈そうな老人の魔法使いが思い浮かぶ。
部員なら学生だろうから、その想像が変だとは理解しているのだが、テンプレートとして。
「誤解されないように言っておきますけど、いい人ですよ? 取っ付きにくいところありますけど、誰にでも親切で面倒見いい人ですから、こうして相談事が持ちかけられるんです」
「ふん?」
どうも樹里はお人好しな印象があるので、十路は話半分で受け取っておく。
都市防衛部――《魔法使い》のいる部の代表が、とても普通の人間だとは思えない。樹里のようなタイプの方が《魔法使い》には珍しい。
「私の口からお話しても、多分上手く伝えられないので、実際に会ってお話しするのが一番だと思います」
「その部長は?」
「用事があるらしくて、今日は部室に来れないと思います」
ならば話せないし、しかも転入を断ったら会う機会も今度ないだろう。
十路は軽く肩をすくめて、その話を終わらせた時、話の区切りでタイミングよく、携帯電話の着信メロディが鳴り響いた。
きっと誰もが知っている子供向けアニメ。魔法の国からやって来たちょっとチャームな女の子のテーマ。
「その着信は恥ずかしくないか……?」
「あ、あはは……」
樹里は愛想笑いで誤魔化して、音の発信源をスカートのポケットから出して、メールを確認する。
その曲の古さも大概だが、《魔法使い》がその曲を選ぶのはどうだろうと十路は思ったが、それは口に出さなかった。
「……えーと、堤さん。一応『部活』ってことになるんですかね? 今メールで、出稽古を頼まれまして」
「稽古ってなんの?」
「薙刀部の練習です。たぶん、剣道部もってことになるでしょうけど……」
「ふぅん?」
「今は堤さんの案内もありますので、お断りすることもできますけど……どうします?」
「普段は受けてるんだろ?」
「えぇ、まぁ……」
「だったら見せてくれないか?」
「はい」
樹里は立ち上がり、壁に立てかけてる長杖を手に取った。
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