00_050 PM16:32 都市防衛部
ほぼ設定説明です。
チャイムが鳴り響き、校舎から生徒たちが出てくる。
理事長室で『荷物』を受け取った樹里を追いかけ、私服姿で十路がオートバイを押しながら歩くと、その中では浮いているが、一瞥される以上は注目されない。
放課後の学生たちは忙しく、学外の人間が敷地内にいても、不審人物扱いされるほどでもないのだろうか。
樹里が長くて奇妙な棒を持ち歩いていても、特別注目されているわけではない。
「ここがウチの部室です」
連れてこられたのは、高等部の校舎の裏手。外からぐるっと回らないと来れない、平屋の建物。
電動シャッターのスイッチを入れ、上がりきるのを待たずに入る樹里が、十路を中へと誘う。
「ガレージのくせに、えらく生活感に溢れてるな……」
「やー……つばめ先生いわく、部室棟に空きがなくて、融通できるのはここだけだったそうで……」
元はマイクロバスのガレージだったのか、普通車が縦に2台は置けるスペースに、パソコンが乗ったスチールデスク、ソファセットにティーテーブルに冷蔵庫。粗大ゴミ置き場から拾ってきたような古びた家具が置かれている。
壁は本棚とラックで埋め尽くされ、背表紙からして難しそうな内容の本はあるが、ほとんどはマンガや小説、ゲームのパッケージや映画のDVDといった娯楽品。あとは中身の知れないダンボール箱。
このスペースを見る限り、《魔法使い》とは一見無縁。最近の子供はそういうものを作らないかもしれないが、秘密基地を連想する空間を、彼女は部室と呼んだ。
「でも、新しくオートバイを備品として用意したってことは、元々ここしか使わせないつもりだったのかもしれませんね」
持っていた長い棒を、無造作に壁に立てかけた樹里が、隅の冷蔵庫から麦茶をコップ2つに入れる。
「前々から備品として予定されてたんじゃないのか?」
空きスペースにオートバイを駐車させ、十路はガレージ内を歩きまわり、ダンボール箱を軽く叩いて中の感触を調べる。
「そのバイク、お昼までありませんでしたから、堤さん用に用意したものだと思うんです」
「なんとまぁ……転入も入部も未確定なのに、そこまで前もって……」
「つばめ先生、それだけ堤さんが入部することに、期待してるってことじゃないです?」
「いや、違う。初期投資をあからさまにして、俺が断りにくいようにしてる。要するにハメようとしてるだけ」
「あはは……確かに計算高い面はありますけど、信用できる人ですよ」
「悪いけど、俺は初対面だから、木次さんほど信用できない」
結局、転入の話は保留した。
全寮制の学校を退学させられて、今夜の寝る場所もない十路にとっては、魅力的な話ではあるが、信用するには危機を感じる。
だから部員である樹里から、もう少し話を聞きたく、場所を移すことになった。
「その部活、ヤバいんじゃないのか?」
「やー……基本的には、理事長室でお話した通り、なんでも屋さんですよ?」
「《魔法使い》が願いを叶える……それだけ聞くと、正にファンタジーだな」
手でソファにどうぞ示す樹里に、片手を上げて感謝を伝えるが、なぜか座らずソファのクッションを上げて下を調べる。
「だけど《魔法》を使えない《魔法使い》は、お呼びじゃないだろ」
「や、使えないよりは使えた方がいいですけど、重要なのは、そこじゃないんです」
「違う?」
這いつくばるように家具の裏側を覗きこんでいた十路が、驚きの目で樹里に振り返る。
「大事なのは、自分が叶えたい望みがあるかどうかで、部員は《魔法》の使えない普通の人でもいいんですよ」
「自分の叶えたい願い……」
堤十路には、それがある。
「木次さんにも、それがあるから入部したのか?」
「そうですけど……内容は訊かないでくださいね? 部則で禁止されてますから」
「規則がちゃんとあるんだ?」
「『《魔法》を悪用しない』『自主性に責任を持つ』『部員の事情を詮索しない』『学生らしくあれ』」
「……は? それだけ? たった4つ?」
「はい、それだけです」
「……?」
最初は理解できる。
《魔法》という能力を、犯罪という短絡的な方法に使わないために、最低限の戒めは必要。
問題は残りの3つ。
《魔法使い》なんて得体の知れない人間を詮索しないことはありえないし、《魔法》という異能を持つ人種には義務が生じ、『自主性』という言葉は無縁なことが多い。
そして学生相手に、わざわざ『学生らしく』なんて改めて言うことでもない。
加えて、貴重な人的財産である《魔法使い》は、保護の名目でなにかと制限が多い人種。
重要なことを口頭だけで注意、しかも破った場合の罰則を定めていないなど、普通はありえない。
「私も、もう1人の部員も、自分の望みを叶えるために、この部活に入部してます。ですけどお互い、その内容を詳しくは知りません」
「『事情を詮索しない』って項目か」
「どちらかと言えば『自主性に責任を持つ』の方ですね。人の心に踏み込む責任は、私じゃ取れないかもしれませんから」
「なるほど……」
「堤さんの望みだって、気軽に訊かれてもイヤでしょう?」
「……いや、俺のは簡単」
膝をコンクリートの地面についたので、ジーンズを払いながら、なんでもない調子で答える。
「俺の望みは、普通に生きること」
「……はい?」
「とりあえず、退学させられて、衣食住を欠く状況なので、普通に生活できる程度はなんとかしないと」
「あのー……差し出がましいですけど、つばめ先生の話を了承すれば、それって叶うんじゃ……?」
「ん、まぁ、そうなんだけど……」
転入と入部の条件は、話が美味すぎて怪しい。
加えて、やはり躊躇してしまう理由がある。
十路の望みが『普通に生きる』ということは、これまでは普通に生きていないということだから。
「ところで……さっきからなにしてるんですか?」
「大したことじゃないから、気にしないでくれ」
「や、気になるんですけど……」
十路はずっとなにかを落し物を探すように、家具の隙間にも手を入れて探っていた。
物を動かすのは遠慮したようだが、床から天井まで、目が届く範囲は全て調べようとしている。
「さすがに見ただけでわかるような物はないか……どうだー? なにか変な電波出てないかー?」
「はい? 電波?」
「あぁ、違う。木次さんに言ったんじゃない」
「?」
この部室には、人間は2人しかしかいないのだから、樹里を否定すれば、返事をする者はいない。
しかし反応がないのが否定の反応と、十路は判断した。
(盗聴器や隠しカメラの類はないのか……意外だな)
拍子抜けした顔をして、十路は改めて、部屋の隅に視線をやる。
「で、俺も訊きたいんだけど、木次さんの『杖』、あんな風に扱ってていいのか?」
理事長室で樹里がつばめから受け取り、部室の壁に立てかけてある物を指差す
長さは2mほどの長大なもので、電子部品のような無骨な先端を持つ、一見子供の自由な発想で作られたガラクタにも見える棒。女の子の持ち物らしく、先端部近くの柄に小さなヌイグルミやストラップがつけられ、それに混じって『防衛部備品 E-W-S』という文字と、管理番号と思われる数字が書かれているプラスティックカードがぶら下がっている。
『杖』と呼ぶには長すぎるが、それでも十路はそれを『杖』と呼んだ。
「や、アビスツールの扱い、いつもあんな感じですよ?」
それは現代社会に生きる《魔法使い》が必須とする『魔法使いの杖』だから。
「念のために訊くけど、《魔法使いの杖》の値段、知ってるのか?」
「や~、実は具体的には知らなくて……」
「標準的なものなら飛行機が買える」
「…………セスナ機ですか?」
「ジャンボ機。参考までに、政府専用機の価格は180億円くらい。最新鋭旅客機だともっと高い」
「え゛」
「本当に知らないんだな……」
「や、だって防衛部に入部した時、『これ使え』って、普通に渡されたので……」
「ゲームでは考えられない超高額初期装備……」
「これからは大事に扱います……」
「というか、《魔法使い》なら知っていような?」
「はい……」
怒られた犬のように、しょんぼりして長杖を抱える樹里に、十路は改めて疑問を覚える。
(この娘、本当に《魔法使い》か……?)
自ら《魔法使い》だと名乗った時から、疑問に思っていたが、それらしくない。
十路が知る《魔法使い》たちは、ある意味では純粋であったが、目の前の女子高生のような、どこか抜けている純粋さではなかった。
「厳重管理してるんだろうな?」
「してます! いつもはつばめ先生がちゃんと管理してる……はずです……多分……」
「オイ……」
「や、普段どこでどう管理してるのか、知らなくて……」
理事長室で手渡されたのだから、管理は顧問のつばめがしているのだろうが、エーカゲンな性格がうかがえる理事長に、樹里も十路も不安になる。
《魔法使い》が《魔法》を使うのは、現代社会では大きな制限がかけられており、普段の管理も猟銃などとは比べ物にならない厳重さを、法律で定められている。
だから、十路は思ってしまう。
(大丈夫か、この部活……?)
入部した途端、国家権力が絡むような、とんでもない厄介に巻き込まれそうな予感。
1/5 脱字修正
1/10 表現修正