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SSSS(プロトタイプ)  作者: 風待月
00 体験入部
7/34

00_050 PM16:32 都市防衛部

ほぼ設定説明です。


 チャイムが鳴り響き、校舎から生徒たちが出てくる。

 理事長室で『荷物』を受け取った樹里を追いかけ、私服姿で十路がオートバイを押しながら歩くと、その中では浮いているが、一瞥される以上は注目されない。

 放課後の学生たちは忙しく、学外の人間が敷地内にいても、不審人物扱いされるほどでもないのだろうか。

 樹里が長くて奇妙な棒を持ち歩いていても、特別注目されているわけではない。


「ここがウチの部室です」


 連れてこられたのは、高等部の校舎の裏手。外からぐるっと回らないと来れない、平屋の建物。

 電動シャッターのスイッチを入れ、上がりきるのを待たずに入る樹里が、十路を中へと誘う。


「ガレージのくせに、えらく生活感に溢れてるな……」

「やー……つばめ先生いわく、部室棟に空きがなくて、融通できるのはここだけだったそうで……」


 元はマイクロバスのガレージだったのか、普通車が縦に2台は置けるスペースに、パソコンが乗ったスチールデスク、ソファセットにティーテーブルに冷蔵庫。粗大ゴミ置き場から拾ってきたような古びた家具が置かれている。

 壁は本棚とラックで埋め尽くされ、背表紙からして難しそうな内容の本はあるが、ほとんどはマンガや小説、ゲームのパッケージや映画のDVDといった娯楽品。あとは中身の知れないダンボール箱。

 このスペースを見る限り、《魔法使い》とは一見無縁。最近の子供はそういうものを作らないかもしれないが、秘密基地を連想する空間を、彼女は部室と呼んだ。


「でも、新しくオートバイを備品として用意したってことは、元々ここしか使わせないつもりだったのかもしれませんね」


 持っていた長い棒を、無造作に壁に立てかけた樹里が、隅の冷蔵庫から麦茶をコップ2つに入れる。


「前々から備品として予定されてたんじゃないのか?」


 空きスペースにオートバイを駐車させ、十路はガレージ内を歩きまわり、ダンボール箱を軽く叩いて中の感触を調べる。


「そのバイク、お昼までありませんでしたから、堤さん用に用意したものだと思うんです」

「なんとまぁ……転入も入部も未確定なのに、そこまで前もって……」

「つばめ先生、それだけ堤さんが入部することに、期待してるってことじゃないです?」

「いや、違う。初期投資をあからさまにして、俺が断りにくいようにしてる。要するにハメようとしてるだけ」

「あはは……確かに計算高い面はありますけど、信用できる人ですよ」

「悪いけど、俺は初対面だから、木次さんほど信用できない」


 結局、転入の話は保留した。

 全寮制の学校を退学させられて、今夜の寝る場所もない十路にとっては、魅力的な話ではあるが、信用するには危機を感じる。

 だから部員である樹里から、もう少し話を聞きたく、場所を移すことになった。


「その部活、ヤバいんじゃないのか?」

「やー……基本的には、理事長室でお話した通り、なんでも屋さんですよ?」

「《魔法使い》が願いを叶える……それだけ聞くと、正にファンタジーだな」


 手でソファにどうぞ示す樹里に、片手を上げて感謝を伝えるが、なぜか座らずソファのクッションを上げて下を調べる。


「だけど《魔法》を使えない《魔法使い》は、お呼びじゃないだろ」

「や、使えないよりは使えた方がいいですけど、重要なのは、そこじゃないんです」

「違う?」


 這いつくばるように家具の裏側を覗きこんでいた十路が、驚きの目で樹里に振り返る。


「大事なのは、自分が叶えたい望みがあるかどうかで、部員は《魔法》の使えない普通の人でもいいんですよ」

「自分の叶えたい願い……」


 堤十路には、それがある。


「木次さんにも、それがあるから入部したのか?」

「そうですけど……内容は訊かないでくださいね? 部則で禁止されてますから」

「規則がちゃんとあるんだ?」

「『《魔法》を悪用しない』『自主性に責任を持つ』『部員の事情を詮索しない』『学生らしくあれ』」

「……は? それだけ? たった4つ?」

「はい、それだけです」

「……?」


 最初は理解できる。

 《魔法》という能力を、犯罪という短絡的な方法に使わないために、最低限の戒めは必要。

 問題は残りの3つ。

 《魔法使い》なんて得体の知れない人間を詮索しないことはありえないし、《魔法》という異能を持つ人種には義務が生じ、『自主性』という言葉は無縁なことが多い。

 そして学生相手に、わざわざ『学生らしく』なんて改めて言うことでもない。

 加えて、貴重な人的財産である《魔法使い》は、保護の名目でなにかと制限が多い人種。

 重要なことを口頭だけで注意、しかも破った場合の罰則を定めていないなど、普通はありえない。


「私も、もう1人の部員も、自分の望みを叶えるために、この部活に入部してます。ですけどお互い、その内容を詳しくは知りません」

「『事情を詮索しない』って項目か」

「どちらかと言えば『自主性に責任を持つ』の方ですね。人の心に踏み込む責任は、私じゃ取れないかもしれませんから」

「なるほど……」

「堤さんの望みだって、気軽に訊かれてもイヤでしょう?」

「……いや、俺のは簡単」


 膝をコンクリートの地面についたので、ジーンズを払いながら、なんでもない調子で答える。


「俺の望みは、普通に生きること」

「……はい?」

「とりあえず、退学させられて、衣食住を欠く状況なので、普通に生活できる程度はなんとかしないと」

「あのー……差し出がましいですけど、つばめ先生の話を了承すれば、それって叶うんじゃ……?」

「ん、まぁ、そうなんだけど……」


 転入と入部の条件は、話が美味すぎて怪しい。

 加えて、やはり躊躇してしまう理由がある。

 十路の望みが『普通に生きる』ということは、これまでは普通に生きていないということだから。


「ところで……さっきからなにしてるんですか?」

「大したことじゃないから、気にしないでくれ」

「や、気になるんですけど……」


 十路はずっとなにかを落し物を探すように、家具の隙間にも手を入れて探っていた。

 物を動かすのは遠慮したようだが、床から天井まで、目が届く範囲は全て調べようとしている。


「さすがに見ただけでわかるような物はないか……どうだー? なにか変な電波出てないかー?」

「はい? 電波?」

「あぁ、違う。木次さんに言ったんじゃない」

「?」


 この部室には、人間は2人しかしかいないのだから、樹里を否定すれば、返事をする者はいない。

 しかし反応がないのが否定の反応と、十路は判断した。


(盗聴器や隠しカメラの類はないのか……意外だな)


 拍子抜けした顔をして、十路は改めて、部屋の隅に視線をやる。


「で、俺も訊きたいんだけど、木次さんの『杖』、あんな風に扱ってていいのか?」


 理事長室で樹里がつばめから受け取り、部室の壁に立てかけてある物を指差す

 長さは2mほどの長大なもので、電子部品のような無骨な先端を持つ、一見子供の自由な発想で作られたガラクタにも見える棒。女の子の持ち物らしく、先端部近くの柄に小さなヌイグルミやストラップがつけられ、それに混じって『防衛部備品 E-W-S』という文字と、管理番号と思われる数字が書かれているプラスティックカードがぶら下がっている。

 『杖』と呼ぶには長すぎるが、それでも十路はそれを『杖』と呼んだ。


「や、アビスツールの扱い、いつもあんな感じですよ?」


 それは現代社会に生きる《魔法使い》が必須とする『魔法使いの杖』だから。


「念のために訊くけど、《魔法使いの杖(アビスツール)》の値段、知ってるのか?」

「や~、実は具体的には知らなくて……」

「標準的なものなら飛行機が買える」

「…………セスナ機ですか?」

「ジャンボ機。参考までに、政府専用機の価格は180億円くらい。最新鋭旅客機だともっと高い」

「え゛」

「本当に知らないんだな……」

「や、だって防衛部に入部した時、『これ使え』って、普通に渡されたので……」

「ゲームでは考えられない超高額初期装備……」

「これからは大事に扱います……」

「というか、《魔法使い》なら知っていような?」

「はい……」


 怒られた犬のように、しょんぼりして長杖を抱える樹里に、十路は改めて疑問を覚える。


(この娘、本当に《魔法使い》か……?)


 自ら《魔法使い》だと名乗った時から、疑問に思っていたが、それらしくない。

 十路が知る《魔法使い》たちは、ある意味では純粋であったが、目の前の女子高生のような、どこか抜けている純粋さではなかった。


「厳重管理してるんだろうな?」

「してます! いつもはつばめ先生がちゃんと管理してる……はずです……多分……」

「オイ……」

「や、普段どこでどう管理してるのか、知らなくて……」


 理事長室で手渡されたのだから、管理は顧問のつばめがしているのだろうが、エーカゲンな性格がうかがえる理事長に、樹里も十路も不安になる。

 《魔法使い》が《魔法》を使うのは、現代社会では大きな制限がかけられており、普段の管理も猟銃などとは比べ物にならない厳重さを、法律で定められている。

 だから、十路は思ってしまう。


(大丈夫か、この部活……?)


 入部した途端、国家権力が絡むような、とんでもない厄介に巻き込まれそうな予感。


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