00_040 PM16:15 長久手つばめ
伏線というか、ごまかしというか。
これちゃんと理解してもらえる文章になってるのか不安ですが。
「いやー! よく来てくれたねー!」
重厚なオーク材を使った机の席に座る、この理事長室の主は、30歳に届くかどうかのスーツを着た女性だった。
軽くパーマのかかったショートカットヘア、折り目もたったスーツを着こなし、見た目はキャリアウーマン然とさせているものの、どこかまだ子供っぽさを残しているので、社会的地位を持っているようには見えない人物。
「改めてはじめまして。修交館学院理事長、長久手つばめです。ちなみに29歳独身」
「はぁ……はじめまして、堤十路です」
「うん、知ってる」
「そりゃそうでしょうね」
言葉だけ聞けば、とりあえずちゃんとした会話をしているのだが、実際は違う。
「つばめ先生……いい加減、ゲームはやめてください」
「あ゛ーーー!!」
この部屋に入って、なぜかエプロンをつけた樹里が、会話中もいじっていたスマートフォンを、つばめの手から取りあげた。
「がえ゛じでーーー!! お゛がーーーざーーーん!!」
「誰がお母さんですか! あとまたゲームで課金しまくらないでください! 電話代6ケタに突入したらケータイ取り上げるって言ったでしょう!」
「うぐ……!」
「いまお茶淹れますから、ちゃんと堤さんに説明してください」
「おやつは?」
「帰りがけにカステラ巻き買ってきました」
「わーい☆」
「おやつの時間には早いですから、ひとつだけですよ」
「えー……」
一介の生徒が学校最高責任者に、説教して、世話している。
その姿、さながらお母さん。
「あの、木次、さん……?」
「ツッコミはなしでお願いします……」
「……了解」
そういう性格に見えない樹里が目上の相手に怒鳴り、やたらプライベートな会話をし、部屋の隅のティーセットでお茶を入れるのに慣れているのを詮索しようとしたが、先じて封じられた。
どうやら彼女にとって不本意なのが、顔色を見てうかがえた。
「それで、長久手理事長……どうして俺をこの学校に招致したんですか?」
応接セットに移動して口火を切ると、樹里が淹れたお茶が前に置かれた。
「ん~、なにから説明しようかな」
「じゃあ、3つだけ質問しますから、イエスかノーで答えてください」
エプロンをつけたまま、樹里もつばめの隣の席に座る。普通ならいち学生が一緒に話を聞くものではないが、それをつばめは止めはしない。
「俺が《魔法使い》なのと関係がありますか?」
「イエスだね」
「俺が通っていた学校と、なにか話し合いがありましたか?」
「それもイエス」
「俺になにかさせようとしていますか?」
「一応だけど、イエスだね」
「そうですか」
それだけ聞けば十分とばかりに、十路が席から立ち上がった。
「え? 堤さん?」
「それでは俺はこれで失礼します」
驚く樹里は無視し、軽く一礼し、十路はそのまま部屋を出ようとしたが。
「別にいいけど、これからどうするの?」
つばめの言葉で、扉のノブに手をかけたところで、動きが止まった。
「《魔法使い》は色々大変だよ?」
「…………」
十路が振りかえると、つばめはこちらを見ないまま、涼しい顔でお茶を飲んでいた。
「トージくんが《魔法》の使えない、出来損ないであってもね」
「え……?」
樹里が驚きの声を上げ、十路の顔を見てくる。
《魔法》の使えない《魔法使い》なんて、聞いたことがないから。
「堤さん。《魔法》が使えないって、本当なんですか?」
「まぁ……な」
「つばめ先生。まさかとは思いますけど、部活のこと、全然お話ししてないんですか?」
「まぁね~」
「やっぱり……なにか変だと思ったら……」
つばめは素知らぬ顔で、お茶請けの菓子をほうばり始める。
「部活って、なんのことですか?」
「ふぉれがキミをこのガッコーにしょうひしたリユーらよ」
手でソファに指し示され、座るよう促されたが、口の中に菓子が入ったままでなにを言ったかわからなかったので、十路は視線で樹里に続きを促す。
「……つばめ先生が顧問で、私も部員なんですけど、この学院には、特殊な部活動があるんです。堤さんがこの学校に招致されたのは、その部活に入部する事が条件だと思います」
「どういう部活?」
「《魔法使い》として、誰かの願いを叶える……という部活です」
「…………は?」
馬鹿げている。
「願いを叶えるって……?」
「だって《魔法使い》は、誰かの願いを叶えるのが本業じゃないですか」
物語に描かれる『魔法使い』は、確かにそういう役割の者がいる。
しかし現代社会に生きる《魔法使い》は、そんな存在ではない。
「大体、そんな簡単に《魔法》が使えるはずないだろ?」
「ここは実験都市ですから、普通の人と《魔法》の関わりの検証実験という名目で、特例として許されてるんです……まぁ、かなりの裏技ですけど」
「『杖』は?」
「それも特例で、私たちは自分専用のものを持ってるんです」
存在自体は周知のものとはいえ、一般人が《魔法》と携わることは普通ありえない。
しかしどうやら冗談ではなく、樹里の言葉は本当であることを理解して、十路は絶句する。
その方法はなくはない。《魔法使い》ではない普通の人間たちが作った決まりの中で、不可能ではないと、十路も理解はできる。
だが、普通はそんなことを実行しようと考える人間はいない。
「……部の名前は?」
「……都市防衛部といいます」
「……とりあえず3つ、ツッコミたい」
「想像できる第1のツッコミに返すと、この名前をつけたのは、つばめ先生です……」
中ニ臭の漂うセンスはこの人か、と菓子をほうばるつばめを横目で見やる。
「第2に、要はなんでも屋です……」
過激なチーム名でも活動内容は町内探検だったりする、小学生レベルのセンスだと認識を改めた。
「第3に、名前だけでなく、内容にもあまり《魔法》要素はありません……」
最近はサンタクロースを信じない、夢のない幼稚園児も増えてるらしい、と、センス以前の現実を考えさせられてしまう。
そして樹里がツッコミを的確に予想したわけではなく、同じことを誰もが訊くのだろうと思うと、複雑な気持ちになる。
「入部した感想は……?」
「あはは~……一言で表すと、人生の転換期ですね~……」
「悪かった。訊いてはいけないことを訊いてしまったらしいな……」
しかし、目を泳がせる樹里を見る限り、後悔はしているようだが、退部する意思は感じられない。
そうなると考えられるのは、樹里も十路同様に、交換条件の義務として入部しているか、それとも不利益以上の利益があるかのどちらか。
口の中を茶で洗い流し、つばめが会話に加わる。
「――どう? 転入して、入部してくれない? ここでの生活の一切を、こっちで面倒見るし、途中で辞めるのも自由だから、悪い条件じゃないと思うけど?」
部の名前や活動内容はともかく、ただの条件と捉えれば、破格の好条件。
しかし、ただの交換条件だと理解している。
「そっちのメリットは……?」
だから、どんな無理を吹っかけられるか、十路は警戒する。
「ぶっちゃけ、人数が足りなくて廃部の危機」
「は?」
「5人以上の部員が必要なんだけど、防衛部は、ジュリちゃんともう1人しか部員がいないんだよね」
「この学校の最高責任者はあなたですよね? それで、理事長が顧問ですよね? なのに廃部の危機?」
「組織のトップが率先して決まり破っちゃいけないでしょぉ?」
「……ビミョーに恥ずかしい名前変えたら、入部希望者来るんじゃないです?」
「それはイヤ」
「だったらムリでしょうね……」
嘘をついていると考えるほどではないが、交換条件が余りにも小さいものだから、つばめが口にしていない事情があると疑う。
この招致の話はあまりにも怪しすぎる。
しかし――
「入部すれば、トージくんの望みも、叶うかもしれない」
「俺は、出来損ないの《魔法使い》ですよ?」
「それでも、だよ」
「…………」
つばめの言葉に、十路の心が揺れ動いた。
それが絶対に叶うはずのない願いでも。
つばめの笑みが悪魔のそれに見えても。
1/9 修正
1/19 表現修正