00_030 PM15:49 修交館学院
・検証:場所の実在性
とは言っても完全に同じではなく、中途ハンパにフィクションというのも自分でとうかと思うものの。
神戸は山と海に挟まれ、古くは街道の要所として、そして港町として存在していた。
それが江戸時代の終わりと共に、国際港として開かれて以来、急速に都市として栄えた。
古くから存在する日本文化と、外から入ってきた西洋文化が同居し、しかも昭和に時代が移ると、阪神工業地帯の中核として、重工業と化学工業が発展してきた。
海を埋め立て人工島を作り、海上空港を作り、技術的な試みが行われた過去もある。
そしてそれに携わる人々のベッドタウンとしての一面も存在する。
新旧取り混ぜて、さまざまな要素が混じった場所。それが神戸。
そんな土地に30年前、また新たな要素が入った。
それが《魔法》。
全世界21ヶ所のひとつ、淡路島に突如巨大な『塔』が出現したと同時に、《魔法》という未知のモノが現れた。
住人は便宜が図られ移住させられ、あらゆる交通手段が排除され、現在の淡路島は国際機関に管理されて、人の出入りは容易にできない。
世界的にも珍しい、《魔法》の発生源に一番近い主要都市である神戸が、《魔法》の研究都市として発展し、さまざまな分野の企業や研究機関がそれを解明・利用するために、この地に集まっている。
『……こういう観光案内的説明はいりませんか?』
高台にある新神戸駅から坂道を下るオートバイ。そのリアシートに座る樹里が、運転する十路に問いかける。
十路のものはフルフェイス、樹里のものはジェットタイプ(+スポーツゴーグル)、2人のヘルメットには小型の無線機が仕込まれているため、走行中のエンジン音の中でも会話できる。
人懐こそうな印象を裏切らず、樹里は初対面の十路にもあれこれ話しかける。
『その辺はなんとなしには知ってる』
『『塔』に関しては、どこの小学校でも習うことですしね』
『それより木次さん……制服のままで二人乗りするの、どうかと思う』
『や、着替えないですし……』
樹里の着ている制服は、膝上10センチほどのミニスカート。60km/hの走行で、裾がパタパタ音を立ててはためいているので、十路としてはやはり心配になる。
しかし、免許はなくて運転もできなくてもオートバイ自体には慣れているのか、樹里はスカートを片手で押さえながらでも、危なげなくリアシートに収まっている。
『せめてブルマー履いてくれ』
『ウチの指定体操服はハーフパンツです』
『じゃあ、それでいいから履くべきだと思う』
『や~……スカートの下から出てると、カッコ悪そうで……』
『ファッションとパンツ全開になるの、どっちがマシ?』
『それならファション優先です。スカートを押さえていれば問題ないわけですし』
『最近の女子高生は嘆かわしい……』
『堤さんって、結構お固い人なんですね……』
『まぁ、昨日までお固い学校にいたからな』
『どちらの学校ですか?』
『……機会があったら話す』
街の案内も含んでいるのか、樹里の指示で神戸市の中心道路、国道線2号線を走る。
あっと言う間に通り過ぎる光景に、異質なものが目に付く。銀行の前には、見ればすぐわかるパトカーだけでなく、警察車両が数台停まり、封鎖線を作っていた。
『銀行強盗でもあったような雰囲気だな……?』
『全国ニュースになってたと思うんですけど』
『今日はずっとドタバタしてるし、ニュースも新聞も見てないんだ』
ニュースの内容か、簡単に樹里が説明する。
事件が起こったのは今朝5時前、シャッターや監視カメラと共に、店舗内のATM15台が破壊され、現金約1億7000万円が盗まれる。
ATMは不正にこじ開けられると、現金に薬液を噴射して汚染させる機能があるが、これが起動しておらず、また犯行時間は監視カメラが壊されてから、警備員が到着する15分以内に犯人は逃走している。
警察によると、現場近くから黒い車が逃走するのが目撃されていて、その行方を追っている。
『……その事件、ちょっと異常だろ?』
『はい、だから全国ニュースになったんです』
『《魔法》の研究都市っての関係あるのか?』
『や、今のところはなんとも……あ、そこ左折です』
不審には思っても、事件に直接関わることのない立場の2人。世間の一般人の多くが抱く感想以上のものは持てず、十路は指示通りに運転する。
やがて坂道を登って行くと、山の中腹、六甲山のふもととも言える土地に、団地のように詰め込まれた建物群が見えた。
学校法人修交館学院。
国内外問わず、世界で活躍できる優秀な人材の育成を謳い、幼等部から大学院部までそろえた、今時では珍しい巨大一貫校。
その駐車場に、2人乗りのオートバイが駐車された。
▽▽▽▽▽
「まだ新しい学校なんだな……」
「はい、築5年ほどですよ」
土地が土地だからか、どこかしら研究施設を連想する近代的な高等部の校舎を、樹里の案内で進んでいく。
教室はガラス張りで、廊下から簡単に授業の様子を見学することができる。
板書されてる内容から察するに、物理、現代国語、数学など、ごく普通の高等学校の内容で授業が行われている。
その中で目につくのは。
「留学生が多いな?」
自然なブラウンやレッドシュの髪を持つ生徒が、大抵どの教室にもいる。中には宗教上の理由か、民族衣装を身につけて席についている生徒も。
「海外からこの街に異動で、ご家族でいらっしゃる人も珍しくないですから、留学生さんが多いんです」
選択授業なのか、特別クラスなのか、留学生ばかりを集めて、日本語の授業をしている教室の前も通った。
「だから授業のスタイルも、他の学校とはちょっと違うと思います」
「英語圏の留学生に、英語の授業しても仕方ないだろうしな」
特別教室も案内され、実験室や音楽室、情報処理室や調理実習室など、どこの学校でもある、しかし新しい設備が入った教室も見学した。
校舎から見下ろすグラウンドでは、神戸の市街地と海をバックに、体育の授業でサッカーが行われている。
「堤さん、ウチの学校、どうですか?」
「まぁ、普通の学校?」
「あはは……どんな学校を想像されてたんですか……」
「《魔法》の研究都市にある学校なんだから、変な授業とか、設備があるのかと」
「や、ここにいるのは普通の人ですし、《魔法使い》は専門の学校に通うのが普通なんですから――」
苦笑と共に答えた樹里が、なにか気づいたようにハッとし、言葉を切った。
「ごめんなさい……堤さんは、事情があったんでしたね」
「聞いてるのか?」
「詳しくは知りませんけど、《魔法使い》だとは聞いてます」
昇降口を抜け、外に出る。
そしてそのまま別の建物に向かう樹里に、十路は大人しくついていく。
「珍しくないわけ?」
「なにがですか?」
「いや、俺、《魔法使い》だし」
数千万分の一の確率でしか発生しない人間。
《魔法使い》が集められる育成校にいた時は別として、素性が知られると過敏な反応が返ってくるのが十路の常だったが。
「いいえ?」
しかし樹里は、あっさり否定した。
「こんな街ですから、何人か《魔法使い》がいますから」
「学生に?」
「はい。それに――」
そして樹里は笑顔を浮かべた。
「私も《魔法使い》ですから」
「え?」
それには十路も驚きの声を上げる。
彼女からは、そういう『匂い』が全くしない。
「ここでは《魔法使い》も、普通の生活をしてるんですよ」
「……普通の生活って?」
「や、ごくフツーの生活ですけど? 普通に学校来て、普通に勉強して、普通にご飯食べて、普通に友達と遊んで、普通に生活してますけど?」
それは十路の常識にはない環境。
《魔法使い》の生活は、国家的な保護と引き換えに、様々な制限がある。
おおよその進路は決まっており、公務員という選択肢以外を選ぶ自由はあまりない。海外旅行はビザが取れない場合もある。
十路個人の場合だと、完全寮制の育成校に通っていたため、もっと厳しく、外泊は基本的に不許可、敷地の外へ出る場合でも事前許可が必要で、帰った後にいつどこで誰と会い何をしたか学校へ報告する義務もあった。
「……どうして、こんな学校に俺が招致されたのか、理由がわからないんだよな……」
「……?」
怪訝な顔をした樹里が、ひとつの建物に案内した。
高等部の敷地を出て、大学部の敷地へと続く階段を昇ったその先、学校法人全体を管理している管理棟。
その一室、『理事長室』とプレートがかかった扉の前で止まった。
「多分、堤さんを招致したご本人に訊いてみるのが、一番だと思いますけど」
「そうだな」
そして分厚い扉をノックした。