00_020 PM15:37 木次樹里
伏線いっぱい。しかも今回の実験文章ではなかなか回収しないのを
普通列車と新幹線を乗り継いで4時間余、南十星との話し合いを終えて、新神戸駅のロータリーに十路はやってきた。
退寮直後に近場のファミレスで家族の話し合い、そしてすぐさま長距離移動としてきた割には軽装で、合金製のケースをぶら下げただけの、ほぼ身一つ。
「遅い……」
高校生の腕には少々高価なミリタリーウォッチを見て、周囲を見渡す。
この動作は何度も繰り返した。
先日、修交館学院の事務局に連絡した際には、駅に迎えを寄越すという話だったが、それらしい人物と接触できずに、すでに予定時刻から20分。
「住所わかってるし、勝手に行くか……?」
迎えと行き違いになることを気にしつつも、バス停の方向へ向かおうとした時。
「止まって止まって~~~!?」
オートバイが駅前のロータリーに入ってきたのが、嫌でも目についた。
スクーターではなく、本格的なオフロードタイプのオートバイに乗っているのは、学生服のままという根性の入った(というか運転には危険な)格好の女子学生。
そのオートバイはブレーキもかけずに、猛スピードで十路の方へと突進して――
「どいてくださぁぁぁぁい!」
「って!? おい! こっち来るのかよ!?」
衝突する、と思った直後、盛大なスキール音と共にフルブレーキ。
「きゃぁ!?」
その勢いで、乗ってた女の子は、オートバイから放り出されて縦に半回転。
逃げるには間に合わない。十路は飛んでくる女の子を受け止めようとして。
「の゛――っ!?」
視界いっぱいのパステルカラーと一緒に、尾骨の直撃を顔面に食らって吹っ飛んだ。
▽▽▽▽▽
相手が女の子とはいえ、全体重をかけたヒップアタックの威力は並ではなかった。
「やっと鼻血が止まった……」
鼻につめたティッシュを交換しても、真っ赤に染まっていたが、ようやくそれもなくなった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
その間、加害者となった女子学生は、頭を何度も下げ続けていた。
「念のため弁解しておくけど、興奮して鼻血出してたわけじゃないからな?」
「や、わかってます……」
そう言いながらも警戒するように、手は学生服のスカートに伸びて、裾を押さえている。
「わかってますけど……やっぱり、見えました……?」
「ヒップアタックを男の顔面に叩き込むのと、スカートの中を知られるの、果たしてどちらが恥ずかしいものなのだろうか?」
「……中身を知られる方でしょうか」
「いや、一瞬の事でなにがなんだかわからなかったし、その直後の衝撃の方がものすごかった」
「そうですか……そうですよね……」
「ただ親切心で言わせてもらうと……今はいてるオレンジのチェック柄のパンツ、後ろに穴が開いてたから、換えた方がいいと思う」
「バッチリ見てるじゃないですかぁ!?」
会ったばかりの女の子に泣きそうな顔をされて、十路は『やはり言うのではなかった』と少し後悔。
「……不可抗力だけど、見たのは確かだから俺が悪かった。だけどそっちも単車を暴走させなければ、こんな事にはならなかった。お互いそれぞれ悪い部分がある。だからこれで相殺。以後忘れる。謝るのもなし。OK?」
「お、おーけぃです……」
一気に言われ、頭で考えるよりも前に、反射的にカクカクうなずいてしまう女子学生。
オートバイを『オート』と呼ぶ、聞き慣れない言い方にも、不自然に思う暇がなかった。
「それじゃあ、気をつけろよ」
体を張って受け止めた甲斐あって、女子学生にケガはなかったようだから、安心して予定通りにバス停に向かおうとして。
「堤さん? どちらに行かれるんですか?」
その女子学生に呼び止められた。
「俺、名乗ったっけ?」
「……あ。自己紹介、してませんでしたね……」
鼻血を出していた間に確認していたのか、女子学生の手には携帯電話。
その液晶に十路の顔写真が写っている。
「えー……遅れた上に、ケガをさせてすみません」
とても言いずらそうに、そして気恥ずかしそうに、彼女は頭を下げる。
「修交館学院の理事長から、お迎えを言い付かった者です……」
「学生、だよな?」
「はい……高等部1年、木次樹里です」
『迎えを寄越す』としか聞かされていなかった上、平日ならば、学校の職員が来るものと勝手に思っていたが、しかしやって来たのはオートバイを爆走させる2つ年下の女子高生。
改めてその姿を改める。
6月で1年生。衣替えをしたばかりで、プリーツの効いたミニスカートも、リボンタイも、半袖のスクールブラウスも、まだ糊とアイロンが効いている夏服。
それに包まれているのは、特別背が高いわけでも低くもない、肉感的とは言えないがそれでも女の子らしい細身の体。
ミディアムボブの髪に収まった、まだあどけない顔立ちは、なぜか犬を連想。それも愛玩用の小型室内犬ではなく、よく躾けられた猟犬のような、野性と知性を併せ持つ大型種。
オートバイという要素がなければ、どこかにいそうな普通の女の子。騒がれるほどではないが、男子生徒の間で『ちょっと気になる女子』の地位を確立していそうな印象を十路は覚えた。
「え~~~……早速ですけど、堤さん」
先ほど以上に言いにくそうに、木次樹里と名乗った少女が、申し訳なさそうに口を開く。
「バイクの免許、持ってます……?」
「なぁ……木次、さん? 質問に質問を返して申し訳ないけどな?」
初対面で呼び捨てはまずかろうと、一応『さん』付けはして丁寧な口調にしたもの、十路は半眼で、すでに目が泳いでいる樹里の顔を覗き込む。
「まさか免許を持ってない?」
「……動かし方は知ってるんですけどね……」
「うぉい!? 最悪だな!? 無免許運転かよ!?」
「私だって意味わかんないですよぉ! でもあれに乗って行けってつばめ先生がぁ!」
「……おけ。わかった。了解。意味は全然わからないけど、問い詰めても仕方ないってのはわかった」
つまり、その『つばめ先生』とやらは、十路が免許を持っているのを織り込み済みで、樹里をオートバイに乗せて行かせたということ。
それでも無免許運転を実行するのはどうかと思うが、もはや遅い。
「俺の分のメットは?」
「大丈夫です。用意してます」
「だったら問題ない――」
そう言って、路肩に駐車されているオートバイの方を振り返って。
「…………?」
十路の眉根が軽く寄る。
それはデュアルパーパスと呼ばれる、未整地も市街地も走れる汎用・中型のオートバイ。しかしメーカーカタログで、同型のものを見た記憶がない。
この手のタイプはエンジンが露出してるものだが、これは機関部までボディに覆われている上、通常車体右側についているマフラーが、目立たないように後部と半一体化している。
鼻血もようやく止まり、手に付いた血は渇いてるが、それでも十路は気をつけて赤と黒でペイントされたボディにも触れる。
新車らしい、ひとつの傷もないそれが、普通の素材とは違うことを確認した。
触れたそこには"Bargest"とロゴタイプされている。どうやらそれが、この車体につけられた名前らしい。
「……堤さん?」
不審げな樹里には構わず、十路はフロントに埋め込まれたメーター部分をノックしてみる。
しかし当然、なにも起こらない。
仕方がないといった顔をした十路は、車体後部横に追加されていたアタッチメント、その左側に、ずっと持っていたケースを載せると。
ガチリと音を立てて固定された。
「え……? そのケース……?」
「なるほど……まさかこんなところで、コイツにお目にかかるとは思わなかった」
それはビジネスマンが持ち歩くアタッシェケースではなく、積載量が少ないオートバイに追加する、パニアケースと呼ばれる収納用追加パーツ。
「バーゲストって、なにから付けた名前なんだ?」
「確かイギリスの昔話に出てくる、犬の姿をした魔物だったと……」
「行儀の悪そうな犬だな……?」
これに乗るだけなら、免許は必要ないのかもしれないが、十路もそこまで道路交通法に詳しくなかった。
1/10 表現修正
1/12 誤字修正