00_251 AM05:30 6月3日の始まり
ようやくラストです。
――『魔法使い』に憧れたことがある?
フィクションに描かれる『魔法使い』は、職業として認められるほど一般的で、普通の人間にできないことができたりする。
由緒正しいのなら、空を飛べたり、呪いをかけたり、誰かの願いを叶えたり、ネズミとカボチャを馬車に換えたり。
よくあるのなら、ファンタジーの世界で冒険してたり、魔物と戦ったり。
変わり種になったら、大人になったり子供になったり、コスチュームチェンジしたり。
便利な存在だ。物理法則を無視してなんでもできる。
そして『魔法』を使う目的の多くは、誰かのためにという自己満足のために。
だから、もしも『魔法使い』になれたらなんて、幻想を持った子供も少なくないはず。
だけど『魔法使い』がどれほど物騒か、考えたことがあるだろうか?
火を熾し、雷を降らし、氷を作るなんて当たり前。
レベルアップすれば、大津波や地震を自在に起こし、隕石まで落下させる者までいる。
もしもそんな存在が、現代社会にいたら、どうなると思う?
常識では不可能な方法で誰かを殺せる。
銃弾が飛び交う戦場を無敵となって進む。
戦車も航空機も艦艇も生身で破壊できる。
彼らは正に一騎当千の生きた軍事兵器となる。
故に彼らは《ソーサラー》と呼ばれる。
善なる賢者の魔術師ではなく、破壊と呪いを振りまく邪術師と。
だから現代の《魔法使い》は、そんなにいいものじゃない――
▽▽▽▽▽
『ヘーイ! マーイ・ブラザー! グッモーニーング!』
「朝からテンション高いな……」
『にはは。あたしは毎日5時起きなんだし、寝起きじゃないからテンション高いって』
「そりゃ毎日9時には寝てたら、その時間に起きるだろうな……」
修交館学院高等部校舎裏手、都市防衛部部室。
中にいるのは十路の他は、パニアケースが外され、ケーブルをコンセントに挿して充電しているバーゲストだけ。
そこで疲れた様子でソファに体を投げ出し、十路は南十星に電話をかけていた。
『電話したの、ガッコーのことだよね?』
「あぁ」
『昨日のうちに電話してくるかと思ったけど、なんもなかったし、なんかあったの?』
「ちょっと変なことになってな。転入には、ある部活の入部が条件で、その体験入部をしてたんだ」
『どんなクラブ?』
「《魔法使い》が誰かの願いを叶える部活動、だってさ」
事件後、後片付けや警察の事情聴取なにやらで、色々と忙しかっために、南十星に経過報告するのがこの時間になってしまった。
ちなみに樹里とコゼットは、日本国内では前代未聞の《魔法使い》が起こした事件だったために、未だ事後処理が終わらないらしく、十路だけが先に解放されて時間を潰している。
『――兄貴ってば、《魔法》を使えないのに、そんなクラブに入ってどうすんの?』
昨日の夕方からの事件のことは話さずに、当然《魔法》を使ったことなど話さない。かなりのごまかしを加えて、十路は大まかな説明をした。
「《魔法》が使えることが絶対条件じゃないんだと。むしろ大事なのは、叶えたい願いを自分が持っていること、だとさ」
『じゃさ、兄貴の願い、叶いそうなの?』
「…………」
『なにその沈黙?』
「いや、疲れることがあったのと、部活の関係者がなかなかイロモノで……」
ふざけた態度が目立つ策略家の顧問(29歳独身)
外面はいいが二面性を持つ腹黒王女の部長。
口も態度も悪い、勝手に動く備品のオートバイ。
唯一まともそうだが、なにかと不安を誘う部員A。
十路はこれから彼女たちと関わる生活を予想し、素直に安心することができない。
「とりあえず、衣食住は確保できそうだ。留学生が多いのは少し特殊だけど、学校自体は変わったことはない。そういう意味なら『普通に』生きられそうだな」
『んじゃ結局、転入すんの?』
「あぁ、そういうこと。部活の関係者と付き合っていくのが不安だけどな……」
『そっか……』
電話の向こう側から、南十星が安心して、しかし一抹の寂しさを残して微笑む気配が伝わった。
『何ごまかしてんのか知んないし、一緒に暮らせないのは残念だけど、兄貴がそう決めたなら、仕方ないよね』
「ごまかしたの、気づいてたか……」
『にははっ、何年兄貴の妹やってると思ってんのさ』
「アホの子のくせに、そーゆーところは鋭いよな……」
『で、何ごまかしたの?』
「俺が持ってたケース、覚えてるか? あれの中身に関することだから、話せないんだ」
『あー、あのケース? エロ本を人前でブチまけたとか?』
「あれの中身はエロ本で決定か……」
『で? で? 本当のところ、どうして転入しようって思ったの? 決め手は?』
「そこは別にごまかしてないけど」
『じゃ、どして決めたの? 《魔法》が絡むならトラブル多そうなクラブじゃん? なぁなぁ主義の兄貴が、そんなことに関わろうとするなんて、不思議なんだけど?』
「転入しなければ、山に入って仙人生活ってくらい、選択肢がなかったのもあるけど――」
苦笑しながら説明しようとして、不意に思い出す、樹里の人懐こそうな笑顔。
「――知らない人に付いて行って迷子になりそうで、なんか放っておけないワン娘がいたから、か?」
『女かっ! 犬じゃなくて女が決め手かっ!』
「音だけでよく理解したな……」
『いや~、恋愛なんてトラブルの元とか言ってた兄貴にも、とうとう春が来たか~。あたしも長生きするもんだねぇ、うんうん』
「……面倒だからツッコまないからな」
妙に『理解のある妹』を演じる南十星に、十路はウンザリとしながら軽口を切る。
今日は休日だが朝の時間、彼女も予定があるだろうし、十路も完全な徹夜。経緯だけ知らせておこうとして電話したのだから、長々と話す気はない。
「ま、そうゆうことになった。詳しいことは、また電話した時か、会って話そう」
『ん、わかった』
それで話を終わらせ、携帯電話の通話を切ろうとして。
『ね、兄貴っ』
呼びかけに、十路の指が止まった。
『安心した』
「心配させて悪かったな」
『ん。じゃね~』
心を許している家族にしか向けられない、心からの微笑を浮かべ、今度こそ十路は電話を切った。
【…………】
「なにか言いたそうな目で見てるか?」
【顔がないのに、よく見ているのがわかりましたね】
不思議なもので、触覚に働きかけるわけでもないのに、視線というのは想像する以上に感じることがある。
十路の電話中、充電中のバーゲスト=イクセスは、ずっと視線を向けていた。
【転入及び入部の動機になるくらい、ジュリに気があるのですか?】
「ワン娘にはツッコまないのか」
【その表現は的確かと】
「俺が言うことじゃないけど、その同意はどうなんだろうな……で、木次がどうかしたのか?」
億劫そうにソファに身を沈める十路に、イクセスは感情を込めた声で宣言する。
【ジュリに深く関わろうとするなら、私はあなたを破壊します】
込められた感情は、明確な殺意。
「……は?」
【警告はしましたよ】
「……おい?」
【…………】
詳しく説明する気はないとばかりに、イクセスはスリープ状態になったのか、それ以上なにも言わない。
「…………??」
取り残された気分の十路は、その言葉の意味に、首をひねることしかできない。訊いても答えはなく、考えても答えが出るはずがない。
だから仕方なく、考えるのをやめた。
「…………」
一人で静かな場の中、十路は思考にふける。
思い出すのは、《魔法》を使った感覚。
フィクション作品で手軽に使えるものになっているが、元来『魔法』とは悪魔に通じる術法で、必ず代償を必要とされるのが通例。生贄だけでなく、自らの血や魂を使い、人間性を失わせる狂気の研究成果。
「現実の《魔法》も、同じことか……?」
2人がけのソファに寝そべり、右腕を天井に伸ばして、なにかを掴むように手を広げる。
五感が狂い、自分の体が自分のものではなくなったような、心的外傷後ストレス障害による《魔法》使用の拒絶反応。正に人間性を失わせる『魔法』そのものようだ。
もう2度と、あんな苦しい思いはしたくはない。
しかしその願いが通じるだろうか?
《魔法使い》として生まれた以上、《魔法》とは無縁に生きられないらしい。
だとしたら、またも《魔法》を使わなければならないかもしれない。
そしてその時は、宙に向かって差し出した手を、またも血で染める時かもしれない――
「……考えるのはやめような、俺」
広げた右手を握り締めて、パタリと音を立たせて腕を体の横に落した。
「あれ~? おネムかな~?」
顔を向けると、つばめが部室にやって来た。
寝たままではさすがにまずかろうと、十路はノロノロと身を起こす。
「理事長。木次と部長は?」
「もう少ししたら来るよ」
まだ2人は来ないらしい。
「あんた、何をやろうとしてるんですか?」
だったら今のうちに訊いておこうと、十路は口を開く。
「俺の『杖』をどうやって外に持ち出せるようにしたんですか?」
「アレは君の退学と一緒に処分されることになったの。だから書類上はスクラップになった、この世に存在しない《魔法使いの杖》なんだよ」
銃刀法により市民が火器を持てない日本では、当然銃の管理は厳重。
なのにつばめは事もなげに操作したと言い、そしてその具体的な方法は明かさない。
「俺にもう一度兵器になれって意味で、『杖』を渡したんですか?」
「そんな気はないけど、いざって時に困るでしょ? それに使い慣れた物の方がいいと思っての選択」
樹里とコゼットが普通に備品として《魔法使いの杖》を持っているならば、新たに用意する手段もあったはず。
なのに彼女はそれをしなかった。
「俺だけでなく木次も部長も、国に管理されていないワケありの《魔法使い》でしょう? そんなの集めて私兵にして、戦争でも起こす気ですか?」
「逆に訊くけどさ、私兵になれって言ったら、キミたちなるの?」
「俺の入部経緯とか、木次への反応を考えると、なりたくなくてもその選択しかできないように、ハメられる可能性があります」
「あのさ、トージくん。前にも言ったけど、これは部活動で、義務はないんだよ」
きっと彼女は嘘をついていない。しかし本音も語っていない。つばめは悪魔の微笑をもって問いをいなす。
「詭弁はいらない。あんたの目的を話せ」
だから十路は命令した。目には野犬の殺気を乗せて。
そんな視線に晒されても、つばめは顔色は変えないが、さすがに表情だけは真面目なものに改めた。
「わたしがこの部活を作った理由は話せない」
「それで俺が納得すると思うのか?」
「思ってない。だけど、話す機会がなければ、それでいいと思うから、話さない」
あるかもしれない未来に対する保険。その目的を果たす時は、来るか来ないか判らないということ。
想像できるのは、警察・消防・自衛隊といった、暇な方が世間は平和で断然いいという職業の役割。
「ただ、あえて言うなら――」
つばめが破顔した。
「わたしは理事長。この学校の経営者だよ?」
「……? だから?」
「学生たちに学生らしい生活の場を提供するのが、わたしの仕事」
それは悪魔を連想する、なにかを企んだものではない、心からの笑顔。
「例えばキミのように、今まで普通の学生生活を送ったことのない、廃棄されたワケありの《魔法使い》が相手でも、同じだと思ってる」
「…………」
つばめが本気で言っているのが、十路にも伝わった。
その理由が、全体の何割かはわからない。しかし少なくとも、つばめが今の立場でいる一因なのは間違いがない。
「……慈善事業のつもりですか?」
だから目から殺意を消し、口調を元に戻した。普段の怠惰な野良犬に戻る。
「まさかぁ。計略策略裏工作いろいろ、頑張って暗躍してるよ」
「あぁ、理事長はやっぱり腹黒い方が安心できますね。聖職者みたいなこと言われると気色悪いです」
「ひどっ!?」
「今回のことだってそうじゃないですか……」
必然と言うには不確定要素が多すぎるが、偶然で片づけるには見過ごせない。
「事件のこと、どこまでわかってたんですか」
「ほとんど偶然。銀行強盗の件は知ってて、それが《魔法使い》による犯行ってのはわかったけど、それ以上は。だから保険としてキミたち《魔法使い》は合流してもらおうと思ってお願いして、今回こんなことになっちゃった」
「どこまで本当だか……」
つばめに何を言ってもムダだと思いながらも、十路は一応疑念を吐き出す。
「俺を木次と組ませるために、ここまで大がかりなことを仕組んだんじゃないかって疑いますけどね」
「あ、わかった?」
「ついさっきですけどね」
疑問に思ったのはずっと前から。
約12時間前、ここでコゼットを迎えに空港まで行かせた時、つばめは空間圧縮技術が使われたアイテムボックスを差し出した。
――まずコレ。
――? なんです? これ?
――ジュリちゃんのケース。今日からコレ使って。
元の形は不明だが、十路がここに来たことで、樹里のアイテムボックスはオートバイに搭載するパニアケースへと変更された。
それは樹里も今後、バーゲストに乗る機会が増えるということ。
そして思い出す、先ほどのセリフ。
――ジュリに深く関わろうとするなら、私はあなたを破壊します。
イクセスはそう警告した。
つまりバーゲストとイクセスが作られた理由は、元《騎士》である十路のためではなく、樹里のためだということ。
「話してもらえるとは思ってませんが、あの娘はなんですか?」
生きた軍事兵器である《魔法使い》の割には、純粋で人懐こくて、どこかにいそうな普通の女子高生としか思えない女の子。
だが、特別扱いをする理由がある。
誰だって、とてつもない秘密があると想像できる。
「部則『事情を詮索しない』」
「やっぱり……」
結局はなにもわからない。
しかし、トラブルご免なぁなぁ主義の持ち主である十路には十分だった。知ると後戻りができない事だとわかるし、少なくとも神戸で生活する理由にはなった。
「お待たせしました~!」
外を見ると、樹里と、そしてコゼットが連れ立って来る。
「それじゃ、帰ろっか」
つばめの促しに頷いて、十路もソファをたった。
「じゃぁな、イクセス」
部室を出る前に、十路は返事を期待せずに声をかけたが。
【幽霊部員は許しませんよ】
次を受け入れる返事が、ちゃんと返ってきたことに、苦笑した。
シャッターを下ろし、4人で高等部の校門を出る時には、徹夜で疲れた様子ながら、歩いて坂を下っていく。
「あ゛~……完徹で事後処理はキツかったですわね……今日は休みで助かりましたわ……」
「太陽が黄色いですね~……」
「ジュリちゃん。それ人前で言ったら誤解されるよ?」
「……え!? や!? そういう意味じゃなくて!?」
「それよりお母さーん。精のつくモノ朝ごはんに食べたーい。そしてお昼まで寝る」
「誰がお母さんですか!」
「理事長……いつまで高校生にパラサイトしてますのよ」
「逆だよ!? わたしの部屋にジュリちゃんが住んでるんだよ!?」
「炊事・洗濯・掃除はもちろん、生活費から理事長のおこづかいまで木次さんが管理してて、どっちが家主ですのよ?」
「♪~♪~」
「ヘタな口笛はいいですから……せめて自分の部屋だけは片付けて、ゴミを溜めるのはやめてください……」
「そんなんだから29歳独身を声高に叫ぶことになりますのよ」
「ぐはっ……! 気にしていることを……!」
高校生・大学生・社会人と歳の差があろうとも、女3人寄れば姦しいの例に漏れず賑やか。
《魔法使い》という名の生きた軍事兵器が混じっているとは思えない、ごく普通の光景を、十路は少し遅れて眺めながら歩く。
「どうかしました?」
遅れている十路に樹里が気づき、足を止めた。
散歩に出かけて喜び勇んで先を進み、ふと気づいて飼い主の足を待つ犬のよう。
「俺、どこで寝泊りすればいいわけ? どんどん進んでるけど、男の俺は木次とは違う寮だろ?」
まだ案内されていない学生寮の場所がわからないから、十路は他の部員が戻るのを部室で待っていたのだが、説明もなく彼に構わず3人は歩くので、不安に思っていたところ。
「や、一緒ですよ。寮って言ってもマンションで、防衛部の関係者は全員そこに住んでるんです」
「なんだ……そういうことか」
先に進んだ2人も、足を止めて振り返る。
「トージくんの部屋はベッドぐらいしかないけど、とりあえず用意はしてあるよ」
「ほら、とっとと帰りますわよ……私もう眠いんですのよ……」
つばめとコゼットはそれだけ言って、また歩いて坂を下る。
「行きましょう――」
樹里も促す。
「――堤先輩」
「……あぁ」
同じ学校、同じ部活動にいることを示すその言葉を、なぜか少し面映く感じつつ。
《魔法使い》であり学生、彼の『普通に生きる』という願いが半分叶った、普通以上特殊未満な生活に向けて、十路も足を動かした。
『SSSS』(ちなみに読みは「フォースエス」です)をここまで読んでくださって、ありがとうございました。
この文章は、第三視点文章と、叙述トリックの実験として作って投稿してみました。
いかがだったでしょうか? 読まれてどう思われたでしょうか?
ひとまずはこの話で完結とします。
今後のことは、今のところ考えていません。
愛着のあるキャラクターたちですので、彼ら、彼女たちをもっと書いてみたいところではありますが、諸事情により不明です。
もし連載を再開する場合、実験に速さを重視したために、カットしたシーンがいくつかありますので、投稿済文章の見直しを行いたいと思います。
それでは重ねて、ここまでありがとうございました。
1/28 削除部分を追加




