00_246 AM00:34 インターミッション07
ここに来て進展に関係ない文章。
赤い旋回灯が、神戸空港島でうごめいている。
多くは警察車両が発する光だが、少なくない数の救急車のものもある。
神戸空港の敷地内に入ったのはたった1台。その車に重傷患者がストレッチャーで運び込まれ、そして本土の病院に向けて走り去った。
空港島内、ヘリコプターメーカー・シュぺル社の施設の駐車場で、警官に手錠をかけられ連行されていたグラームは、その救急車が走り去るのを偶然目にした。
警察車両と救急車が停車している多くは、滑走路ではなくこちら。空港施設の方には、空港の保守管理を行う関係者の車が多く来ている。
《魔法使い》同士の戦場となった空港の被害確認が必要であり、そしてそうなった原因は、一人を除いてシュぺル社のヘリポートで捕えられていたから。
だからグラームは、走り去った救急車に誰が乗せられているか、見当がついた。
それを見て、彼の顔に浮かんだのは、複雑なものながらも安堵の表情。
弟がやっと止まってくれた、と。
「あ~も~……補修めんどっちぃですわねぇ……」
そして弟を止めた者たちの一人の、よく通るぞんざいな声が聞こえたので、グラームは足を止めた。
「誰ですのよ? こんなに道路をボコボコにしてくださったのは……」
「すみません……直接じゃないですけど、私のせいです……《魔法》から逃げ回ったもので……」
「すいませんね。俺、《魔法》が使えない『出来損ない』でして、手伝えないんですよ」
【……ぬけぬけと『使えない』なんてよく言いますよ……】
「黙レ」
最後の2つの台詞は小さくてよく聞き取れなかったが、4種類の声と共に、グラームの視界に3人の姿が入って来た。
装飾杖を持った女性が先頭を歩くと、光る幾何学模様が路面に発生し、砕けたアスファルトの破片が消え、めくれ上がった舗装が修復されていく。
長杖を持った少女と、オートバイを押している青年が、その後をのんびりした足取りで続いている。
立ち止ったグラームをパトカーに乗せようと、警官が声をかけた。
「あら?」
その声で、コゼットがグラームに気づき、1人近づいた。
「お仕事お疲れ様です。彼と1分だけお話ししてもよろしいでしょうか?」
そしてグラームを連行しようと両脇を固める警官たちに、彼女は王女の微笑みを浮かべて向ける。
「女の武器フル活用だな……」
「プリンセス・モードの部長は、いつもあんな感じです……」
【腹黒い女ですね……】
「や、いい人なんだよ? いい人なんだけどね……」
彼女の二面性を知らない者に、ひそひそ話す声は届かない。コゼットの美貌と微笑に当てられ、まだ若い男の警官たちは思わず許可してしまった。
「それで、グラームさん」
王女の仮面を被ったままで、コゼットはグラームと向かい合う。
「私はなにもしていませんが、彼らが弟さんを止めましたわ」
そう言いながら装飾杖で、十路と樹里とバーゲストを示された。
杖の装飾を向けられても、犯人のことを何も知らない樹里と十路はなんのことかと顔を見合わせるが、それには構わずコゼットは続ける。
「貴方もここから、あの光が見えたでしょう?」
「あぁ……」
グラームが頷く。
太陽のように明るく、空に向かって立ち昇った光の柱は、離れたヘリポートから嫌でも見えたし、衝撃波の余波は突風となって押し寄せて来た。
あれがプラズマの奔流だとは彼が知るはずもないが、それがとても人間技ではない、人智を絶するものだとは直観的に理解できた。
そしてあれがアイマンの力ではなかったことは、彼らがこの場にほぼ無傷でいることで証明している。素人でも莫大なエネルギーを使ったとわかる砲撃を受けて、人体が原型を留めているはずはない。
「救急車で搬送される程度で済んだことを、彼らに感謝することですね」
無感情に、冷たい口調で言い捨て、そしてコゼットは部員たちの元に帰ろうと踵を返した。
その背中に、グラームは声をかける。
「……すまない」
弟が酷い目に遭わされたことに、憤りも憎しみもない。
《魔法》に魅せられ暴走した弟を、殺さずに止めてくれたことに、ただ感謝を、小さい声ながらもコゼットに伝えた。
「ですから、感謝は私ではなく、彼らにすることですわ」
振り返らない。立ち止まらない。彼女はハニーブロンドの長い髪を揺らして、青年と少女の元に戻って行った。
「部長。あの人、犯人の1人ですよね? なんだったんですか?」
「ちょっとお節介な言葉をかけただけで、なんでもないですわよ」
「あの、やっぱり気づいてます? あの戦略《魔法》――」
「は? あの市ヶ谷って方が使ったんでしょう? 堤さんご本人がそう言ってたじゃありませんの」
【気づいててバックれるとは、ヤな女ですね】
「ア゛?」
「部長……まだ人の目もあるのに、プリンセス・モードを解除していいんですか……?」
「イクセス……お前が口開くとややこしくなるから黙っとけ」
グラームは、金髪碧眼の女性以外の2人は、少し見た程度でしかない。
しかし少女が《魔法》を使う場面を見たし、青年も不思議なオートバイを操る様を見せたのだから、全員普通の人間だとは思えるはずはない。
コゼットが『生体万能戦略兵器』と称した、《魔法使い》なのだ。
しかし語り合い、歩いている彼女らはごく普通。この時間、この場所で、《魔法》を使って道路を補修しながらでなければ、どこかの街角で見れても不思議ない若者たちの姿。
弟もあぁであればよかったのに。
ふとグラームは、そんな考えても詮ないことを考えてしまい、慌てて首を振った。
いつに日になるか、わからない。
また弟と会った時に、彼は変わっているだろうか。もし変わっていなくても、自分はそれを止められるだろうか。
いや、そうならなければならない。
心に決めてグラームは、促される警官に従って、パトカーに乗り込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そんな彼らを、上から見下ろす者が。
ずっと舐めてて小さくなった飴を飲み込み、口を開く。
「あらら~。甘いですね~」
相手は聞いていないので、結果的にはひとりごとになるが、『彼女』は視線の向こうの3人に語りかけている。
「わたしはそういう甘さ、嫌いじゃないんですけど……大丈夫かなぁって思っちゃいますよ?」
防刃シャツにカーゴパンツ、その上に重ねたタクティカルベスト、そしてシューティンググローブにコンバットブーツ。衣類はグレーに近い夜間迷彩色で統一され、周囲に溶け込む、まるで忍者のような姿。
しかし、ひとまとめにしてベストの下に押さえ込み、迷彩色の帽子をかぶっても覗いている部分の髪。そして今は隠していない白い顔で、注意して見れば下からでもわかってしまうだろう。
もっとも、地上で動く者たちは忙しそうで、『彼女』を見たとしても、不審に思う暇はないだろうが。
「部長さん。東京から帰った直後にお疲れ様でしたね。またお菓子持って部室に遊びに行きますね?」
『彼女』のプラチナブロンドとは違う、王女らしいハニーブロンドの髪が揺れる背中に語りかける。
「木次さん。初勝利おめでとうございます。次はもうちょっと頑張りましょうね?」
実は肉感的な『彼女』を羨んでいる、細身の少女に向けて、先輩らしげに優しく語りかける。
「それから、十路くん――」
同級生だと聞いた男子生徒に、親しげに『彼女』は語りかける。
「一緒のクラスになれたら、いいですね」
『彼女』はなんの支えもない空中に立っている。
もちろん《魔法》によるものだが、イクセスのセンサーでも、《魔法使い》たちの感覚でも、その使用が伝わっていない様子で、彼らは気づかずにいる。
だからこそ、『彼女』はずっと彼らの戦いを観戦できたのだが。
「さて……これで今日のお仕事は終了ですね」
地面に立っているのと同じように、『彼女』は空中で踵を返し、手にしたものを操作する。
片手には余る大きさのものを、親指を使って操作する。
「それでは皆さん――」
最後に、都市防衛部の面々を見下ろし。
「少しは気をつけた方がいいですよ?」
聞こえているはずのない警告をして。
『彼女』――ナージャ・クニッペルは、夜の闇に完全に消えた。
次がラストになります。
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