00_241 AM00:01 部活終了
日付が変わった。
「うわっ……もしかしてあれ、オーロラ?」
【生まれて初めて見ます】
「イクセスが生まれたのって、いつ?」
【意識は1週間前からありますけど、この体にインストールされたのは昨日です】
「初めて見るのは当然だね……」
樹里が初めてイクセスの声を聞いたのがつい先ほどで、自己紹介を終えたばかりではあるが、1人と1台は仲良く空を見上げていた。
街の明かりに消えそうだが、空港島が暗いためにかろうじて見る、日本では珍しい発光現象。空港島からだと、淡路島の巨大建造物『塔』と一緒に視界に入るため、なかなか荘厳な景色に感嘆していた。
「あ。流れ星」
【人工衛星を撃墜したのでなければよいのですが……】
「宇宙まで届いたかな……?」
【低軌道衛星ならありえるかと……】
「さすが戦略級……」
【要は指向性を持つ純粋水素爆弾ですからね……】
「…………」
その影響で周囲は、衝撃で空港の建物のガラスは粉砕された。直撃したアイマンの《地槍》は蒸発した。
これで最小限の被害。空に向けて発射していなければ、この空港島は余波だけで一部を残して消し飛んだだろう。
衝撃波はで吹っ飛んで泡を吹いて気絶し、服を使って拘束されているアイマンなど、髪の毛の一本も残っているはずはない。
その雲を吹き飛ばし、地球の大気をかき回し、350km先に届かせたと推測される砲撃を行った本人は。
「うげぇぇ……!」
地面に膝を突いて、えずいていた。
「堤さん、大丈夫ですか……?」
【ジュリ。そんなバカ放っておきなさい】
「もうやらない……! 二度と《魔法》は使わない……! 新たなトラウマが生まれそうだ……!」
樹里の気遣う声にも、イクセスの冷たい声にも、十路は答える余裕がない。寒くもないのに泣きそうな顔で震えて、まだ時折襲ってくる吐き気に体を折り曲げている。
彼が《魔法》を使えない理由は、トラウマによる精神的なストッパーがかかるからであり、絶対的に《魔法》が使えない理由ではない。
しかし症状を無理矢理押さえつけようとしたことで、使用後にフラッシュバックとパニック発作が襲いかかり、未だかつてないほどの影響が、肉体的にも精神的にも現れた。
自分の体と心なのに、ままならない。
【こんな場所で戦略級の環境操作を行うなんて……そんなバカをするくらいなら、他にも方法があったでしょう?】
「《魔法使い》は生きた軍事兵器……なのにそれを理解していないヤツが、俺は嫌いだ……」
AIの呆れ声に、地面に投げ出していた小銃を手にし、十路は震えが収まらない体で立ち上がる。
「アイマンは中途半端に力を持ってた……だから本物の《魔法使い》の力を見せつけて、鼻っ柱をヘシ折る必要があった」
【そんなことしなくても、犯人がもう《魔法使いの杖》を持つことは、ないと思いますけどね……】
「まぁ、そうなんだけどな……」
たった一度の使用でバッテリーが空になった小銃を、機械の腕に返すと、また動作音を響かせて小さなケースに収納される。
「木次……俺が先輩ヅラして言うのは間違ってるけど……」
そして疲れた仕草で、スタンドを使って駐車しているバーゲストに、十路は軽く体重を預けた。
「俺たちも今回の犯人と同じようになりうるってこと、ちゃんと理解してるんだろうな……?」
「私たちは自分の意思で《魔法》を使えるから、ですね?」
「あぁ……『自主性に責任を持つ』なんて部則はあったけど、なんにも拘束力はないから、やろうと思えば《魔法》を使って、犯罪だってなんだってできる……」
だから十路は、兵士の眼で冷たく言う。
かつて《魔法》を武器に、破壊と殺戮を行ってきた、生きた軍事兵器だからこその理解。
自分たちがどういう存在か、この少女は理解しているか、その確認をしたかったから、あの砲撃を行ったという理由もある。
「俺があいつのように誰かを傷つけて、木次は俺を殺してでも、止めないとならない時が来るかもしれないんだ」
暗に逆の可能性もあることを告げ。
そうなれば先ほどの光景を繰り返す意味も込めて。
「それでも俺を受け入れる気か?」
問われた樹里は、あまりにストレートな言葉に、軽く目を見開いた。
しかしすぐに柔らかい、人好きのする笑顔を浮かべて返した。
「大丈夫ですよ。堤さんでしたら。これでも人を見る目は持ってるつもりです」
「……木次のその、ほぼ無条件に人を信じていそうな、お人よし加減が不安なんだけど」
【同感です】
「え!? そんなに信用ない!?」
【男に騙されて憐れな人生を送る姿が見えてきました】
「そこまで!?」
イクセスと樹里のやりとりに十路は苦笑し、前の学校では味わえなかった日常的な空気にほぐされ、体の震えは収まっていく。
コゼットは《魔法使い》の何たるかを理解しているようだが、あまりにも普通の女子高生らしい樹里には不安がある。
質問をしたところで、ちゃんと理解しているのか判断のつかない返答だったので、その不安はぬぐえないのだが、『まぁ大丈夫か』と思える程度には納得できた。
「さーて……これからどうしたもんだか……」
確保して足元に転がしていた槌鋒を拾い上げて、肩を無気力そうに叩きながら考える。
「あー……そうだ。木次に話した時にイクセスもいたから、聞いてるだろうけど、俺の経歴に関することと、今やったことは、秘密にしててくれ……」
「や、堤さんの事情を広める気ないですし、《魔法使いの杖》のことは、とても表沙汰に出来ないですけど……」
【あの砲撃をどうやって秘密にしろと?】
1人と1台の言葉は聞き流し、これからのことは理事長に連絡するしかないかと十路は考える。
その時、上から声が。
「ちょっと!? さっきのはなんですの!?」
「あ、部長」
見上げると、杖に乗って空を飛んで来たコゼットが、《重力制御》を解除して飛び降りてきた。
「海の上とはいえ街中ですわよ!? あのバカみたいな砲撃、誰がやりましたのよ!?」
着地の衝撃は膝を曲げて吸収し、足を鳴らして近づいてく。眉を吊り上げて怒鳴る顔は、淑やかな王女だった時の面影は見る陰もない。
「…………」
【…………】
それにどう反応したものか困り、樹里とイクセスは十路を見る。どう言い訳する気かと。
応じて十路は、槌鋒の先端で示した。
「あいつがやりました」
「?」
「はい?」
【うわっ……押しつけましたね……】
コゼットと樹里が振り返ると、いつ近づいたのか、メタリックシルバーのオートバイに跨った、黒いライダースーツの男がいた。
この場の誰もが見覚えのある人物。ただし誰も見ていないものを手にしている。
長さ2m、槍の穂先と斧の刃、そして鉤が一体化した先端を持つ斧槍。
そんな骨董品のような中世の武器をこの場で持っている理由。それが《魔法使いの杖》だからだと、この場にいる全員がわかった。
「……は? オレ?」
十路の指摘はその男にも当然意外だろう。武器を手にした勇ましい姿ながらも、空いた手で間抜けに自分の顔を指差す。
樹里とコゼットが慌ててそれぞれの杖を構えた。しかし十路はシートに体重を預けたまま、弛緩した態度を見せ続ける。
「あいつが戦略級の《魔法》をぶっ放したせいで、こんな有様になりました」
「はぁ――!?」
十路のでまかせに、その男は言い返そうとするが。
「あぁ……なるほど」
「ちょっと待て!?」
反論は聞く耳を持たない様子で、コゼットは装飾杖の先端を向けた。
「それで、なんの用ですの? 市ヶ谷さん」
「市ヶ谷、ね」
コゼットが口に出したその名前に、十路は苦笑する。
「防衛省の役人か……? 先輩」
防衛省の庁舎がある住所は、東京都新宿区市ヶ谷。
そして跨るオートバイも、バーゲストと同じく《使い魔》だと、動きを見ればわかる。
現役で活躍しているならば、在学期間が重ならない時期に、同じ学校に通っていた先輩であり、表沙汰にはできない仕事をしている者だろうと推測した。
そして否定しないところ見ると、間違いではないのだろう。
「『杖』を持った《魔法使い》が集まっただけで、戦争を起こせる武力集団になる。しかも国家に管理されていない連中が集まるのを、政府が認めてる方がおかしいんだ。防衛省の人間が出張ってきても不思議ないよな」
改めてこの部活動が異常なものだと思い知り、大きな権力が絡む話に巻き込まれそうな予感を覚える。
「確かにオレは国家公務員だけど、今は出向中だ。ここにいるのは防衛省の仕事とは関係ないし、お役所もお前たちは今のところ静観してる」
「つまり、修交館学院と防衛部に、手を出す気はないと?」
「少なくともオレはな」
それなりの立場を持っていても、外国人のコゼットは深入りする気はない。一介の市民である樹里にとっては、実感のない大きな話。
そして十路にとっては、もう関係がなく、面倒くさいので関わりたくもない話。
なので彼はそれ以上は問わず、当面の話に変えた。
「だったらあんたがここにいる用事は?」
「その《魔法使いの杖》を処分する」
「そっか。投げるぞ」
言われるがままに腕を大きく振って、手にしていた槌鋒を、市ヶ谷に向けて下から放り投げる。
それが足元に飛んできたのを見て、彼はいぶかしそうに問う。
「ここまでアッサリ渡すと思わなかったぞ……今回の事件で犯人が使っていた、重要な証拠だろう?」
「斧槍チラつかせて言うことか?」
勝手をしてるという自覚はあるが、女性陣もなにも言わないので、自分と同じ考えなのかと納得し、十路は続ける。
「それにどうせ警察に渡したところで、なにもわからないだろ?」
一介の犯罪者が《魔法使いの杖》を持っていた背景を、調べようとするのは確実。
しかしそんな重要な情報がわかるようなら、最初から槌鋒をコゼットに触れさせることはさせないだろう。証拠隠滅は、既に十分されているということ。
相手が何者かわかるはずのないなら、ここで揉め事を大きくする必要もない。
「まぁ、な――!」
市ヶ谷は斧槍を一閃、言葉と共に刃を振り下ろした。
柄に食い込んだ刃を通じて、全体を幾何学模様に包み熱量を与える。本体が熔融して原形を失い、電子機器が燃えて、プラスチックの焼ける匂いが辺りに広がる。
「出所はわからなくしてあるが、保険として破壊させてもらった」
《魔法使いの杖》は普通なら、こうも簡単に破壊できるものではないが、コゼットがありあわせの材料で応急修理していたものだから、力技も通用した。
「俺にケンカを売ったのも、あんたの出向先の意向か?」
「あれはお前を試したくて、オレが勝手にやったことだ」
「迷惑な……」
「あの有名な『出来損ない』が、《魔法使い》の部活動に参加しようってんだぜ? 遅かれ早かれ何かアクションがあったさ」
フルフェイスのヘルメットの下に、市ヶ谷の不遜な笑顔が想像でき、十路は小さく疲れたため息をつく。
「もうやめてくれ……そういうゴタゴタに巻き込むな」
「……自分でやっといてなんだが、邪魔した相手にその態度って、本気でやる気ないな?」
「トラブルご免のなぁなぁ主義なんでな……自分が少々不利益こうむって丸く収まるなら、我慢するさ……」
「それは没個性を求める日本人の悪いクセだと、オレは思っている」
「まぁそうだな……だけど」
放課後の友人同士の語り合いにも似た、《騎士》たちの緊張感のない会話。樹里もコゼットも、杖を構えている場だとは忘れそうな雰囲気。
しかし次の瞬間、十路と市ヶ谷の間で、息苦しいほどの殺気が膨れ上がった。
「――次はないからな。先輩」
縄張りを荒らすなら噛みつくと、野良犬が唸る。
「――それは楽しみだ。後輩」
必要ならば狩る事も辞さないと、狼が嗤う。
【私もそこの銀ピカに、宣戦布告しておきましょうか?】
【機会があれば、お相手して差し上げましょう】
イクセスの冷たい呼びかけに、メタリックシルバーの《使い魔》が、流麗な印象の男性の声で応える。
【先進戦術支援車両"Bargest"制御用ソフトウェア"Excess"。あなたは?】
【先進戦術支援車両"真神"制御用ソフトウェア"Clam"です】
【……名前からして気が合いそうにありませんね】
【そういう意味ではお互い気が合いますね】
『過激』と名づけられたAIと、『平静』と名づけられたAIが、静かに毒をぶつけ合う。
「それじゃぁな、堤十路」
本当に用事はそれだけだったらしく、市ヶ谷は斧槍を脇に抱えたまま、オートバイを反転させた。
「せいぜい『普通の生活』を楽しめ」
それだけを言い残し、黒い男と銀の乗車は、偽装のエンジン音を響かせて、滑走路から走り去っていった。
「……ふぅ」
遠くなる音に、樹里が小さくため息をついて、体の力を抜いた。それで場の緊張感がほぐれた。
殺気を放った気迫はどこへ消えたのか、怠惰な態度で十路はコゼットに訊く。
「部長。俺が出しゃばる形になりましたけど、あれでよかったんですか?」
「仕方ないでしょう。ベストとは言えませんが、ベターな選択ですから、私も口出す気がなかったですし」
アイマンの《魔法使いの杖》を修理した時に、彼女は当然それを考えたが、使われている部品に刻まれたシリアルナンバーは削り取られ、調整した時に見たプログラムは、特徴的な特徴が見られなかった。
それでもコゼット以外のプロフェッショナルなら、別のアプローチもできたかもしれないが、市ヶ谷が保険と称して破壊してしまった。
「面倒事を起こした実行犯たちは逮捕しました。トカゲのしっぽ切りでしょうけど、戦争のプロである《騎士》と交戦するのは、避けられるなら避けるべきですわ」
「一応、部に来た要請は、達成したわけですしね」
「2人がそう判断するなら、それでいいけど」
「御二人とも、申し訳ありませんでしたね」
コゼットが2人に改めて頭を下げた。
「私ひとりで解決可能でしたけど、一網打尽にするチャンスを待ってましたら、こういう事態が初めての木次さんだけでなく、部員ではない堤さんまで、巻き込んでしまいましたわね」
「や、別に部長が謝るようなことじゃないですよ」
「つーか、この部活、こんなスペシャルな事がよくあるんですか?」
「ここまでスペシャルなのは、私も初体験ですわ。よくあったら困りますわよ」
コゼットは肩をすくめて、そして改めて十路に向き直る。
「それで、どうしますの、堤さん?」
「は?」
「貴方、体験入部してたのでしょう? 今日の活動を見てどうしますの? 入部しますの? やめておきますの?」
「あ。そうでしたね……」
コゼットの問いかけに樹里も十路を見る。一緒に行動して既に部員のような感覚だったので、疑問にも思っていなかったという風。
特に感情の浮かんでいないコゼットの碧眼と、なにか期待してるような樹里の黒眼、そして無言のイクセスのカメラに見つめられて。
「……入部するの、気が進まないな……」
耳の辺りをかきながら、十路はなぁなぁ主義を発揮した。
思わずコケそうになる樹里は、彼に食ってかかる。
「今までの会話の内容は入部確定でしたよ!?」
「いやだって、なにかトラブルに巻き込まれるの確定だろ? 俺、そういうの嫌だぞ?」
「や、それは私だって嫌ですけど……!」
「入部すると俺の望みの生活から、遠ざかる気がするけど?」
「それは……否定できませんけど……」
段々と声が小さくなり、樹里が言い負かせられそうになったからか、イクセスが助け舟を出す。
【トージはこれからどうやって生活する気でしょうね? 入部は転入の条件だと聞きましたけど?】
「……そういえば、そうだったな」
【最終学歴:高校中退で働くのは、昨今なかなか大変だと思いますが?】
「……そうだろうな」
【転入に際し、住居も用意されてると思いますが、十路は屋外生活をお望みですか? 夏に近づく6月とはいえ、野宿は大変だと思います。私が人間だったら嫌ですね】
「……前の学校で慣れてるが、好き好んでやりたくはない」
【そして曲がりなりにもトージは《魔法使い》で、退学させられたことで国の管理を外れたわけですよね? いわば普通の人間でも、《魔法使い》でもない半端者。生活できるものなのですか?】
「…………」
逆にAIに言い負かせられ、十路の体が小刻みに震える。先ほどとは違って恐怖ではなく、なんとも言いがたい怒りで。
「……わかってるんだよ。最初からわかってんだよ! この部活に入部するしかないってことはな!」
「でしたら、なに悪あがきしてますのよ……」
呆れ顔のコゼットに、十路は明瞭に答えた。
「あの理事長にハメられた気がしてムカつく」
「あぁ……」
「納得ですわ……」
顧問に対する思いは、どうやら部員たちの共通認識らしい。樹里もコゼットも納得顔で頷いた。
「ま、ともかく、堤さんも入部ってことですわね」
「えぇ……非常に遺憾ながら」
「強調するほど嫌なんですね……」
「さて――」
グダグダになりそうな空気を遮り、コゼットは辺りを見渡す。
穴が開き破片が散らばる滑走路。へしゃげた特殊車両が残る駐機場。ガラスが残らず粉砕されたターミナルビル。
そして拘束されているアイマンと、破壊されて地面に転がる槌鉾。
ここはもう戦場ではなく、その痕跡が残るだけの、壊れた空港でしかない。
「スッキリしない終わり方ですし、後片付けもまだですけど、犯人たちは確保して事態は収拾。後の事は警察にお任せしましょう」
部長が宣言した。
「ひとまず部活は終了。お疲れ様ですわ」
「「お疲れさまでした」」
都市防衛部の部活動、神戸県警からの協力要請、《魔法使い》の誘拐犯の逮捕が終了した。
もう少し続きます。
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