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SSSS(プロトタイプ)  作者: 風待月
00 体験入部
31/34

00_230 PM23:58 本物


「は゛ぁ……! は゛ぁ……!」


 叩きつけられた地面から、アイマンはよろよろと起き上がると、血と(よだれ)で濡れて呼吸が苦しくなったか、自ら覆面を剥ぎ取った。

 現れたのは、彼らとそう変わらない年頃の、少年の顔。明かりの少ない夜目でも、日本人とは違う雰囲気のする浅黒い肌は、十路たちも見て取れた。

 今は(まぶた)も頬も腫れ上がり、切れて血を流して、見るも無残な顔をさらしている。


「まだ立つんですか……」

【その意思だけは評価に値しますね】


 相当痛めつけたものの、尚も立ち上がるアイマンに、彼女たちはかすかな驚きを持つ。

 十路は逆に冷徹な目で、問う。


「お前さ……なにがしたいんだ?」


 《身体強化》があるとはいえ、ここまで傷つけられて、彼がなぜ立ち上がろうとするのか、その理由を。


「《魔法》を使って、なにがしたいんだ?」

「は゛ぁ……! は゛ぁ……?」


 アイマンからの返事はない。

 肩でする息に答える余裕がないのか、それとも日本語を理解していないのか、十路にはわからないが、構わずに続ける。


「オカルトに出てくる『魔法』は本来、悪魔と契約して欲望を叶えるための術法だそうだ」


 人の力では成しえないものを、超自然的ななにかの力にすがる方法。

 それも気まぐれな神に祈って奇跡を待つのではなく、必要な時に人為的に、確実にその力をものにするために、それは研究されてきた。


「現実にある《魔法》も、結局のところ、誰かの欲望を叶えるために使われる技術だ」


 《魔法使い》が国家に管理されるということは、政治家や官僚、軍人の思惑に左右される。

 つまり彼らの欲のために、《魔法》は使用されてしまう。


「犯罪に《魔法》を使おうするなら、それなりの目的があるだろう? 裏社会でのし上がりたいのか? 誰かを殺したいのか? 金稼ぎでもしたいのか?」


 その方向が善いものでなくても、力を持とうとする者は、主義主張と、それを実現しようとする意思がある。


「だから、お前はなんのために《魔法》を使うのか、聞かせろ」


 だから、強い意志に相応しい理由があるのかと、尋ねた。


「……グラーム……っ!」

「は?」


 その名前を十路は知らない。


「グラームの……言う通りデシタ……」

「…………」


 彼がなにを言っているのか、十路には理解はできない。

 それでも十路は、自分のスイッチが切り替わるのを自覚した。


「……自分が正しいと思ってないなら、もう寝てろ」


 ただその場しのぎのために、ただ自分の思い通りにしたいがために、大きすぎる力を好き勝手使い、しかもその責任は取ろうとしない、子供のような人間。

 十路はアイマンが、そういう人物だとは知りもしない。目的もなく、ただ今が楽であればいいと享楽的に、その場限りの考えで生きてきたことなど。


 そして兄に劣等感を持ち、反抗的に行動し、行き着く先はこんな事態に発展したなど、知るはずもない。


「お前じゃ絶対に俺たちに(かな)わない。だから投降しろ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 再度の獣の絶叫と共に、アイマンの周囲が幾何学模様に埋め尽くされた。

 アスファルトが(たけのこ)のように成長し、それが投げ槍となって夜空に放たれる。


【キレましたね……】


 その数は100や200ではない。隙間なく(とが)った天井となって降ってくる。


「来い!」

「ひゃ!?」


 強引に細身の体を抱え、近寄ってきたオートバイを停止させることなく飛び乗って、そのまま滑走路を駆け抜ける。

 そのすぐ後を、小さな絨毯(じゅうたん)爆撃のように投げ槍が降り注ぎ、石の砕ける音が連続して、山の崩落のような轟音を響かせた。


「堤さん!? 追い詰められちゃってません……!?」


 彼らが向かう先は、空港島の東、滑走路の端。長方形の一角へと突き進む。

 背後を振りかえり、石の槍の雨も一時降り止んだのを見て、十路は車体を滑らせながら停車させて。

 そしてオートバイを降りた。

 《騎士》の最大の強みは《使い魔》と組む事のはずなのに、彼は自らそれを放棄する。

 しかしその足取りは、焦ってはいない。むしろ悠然としている。


「木次。空を飛べるなら逃げろ」

「え!?」

【私とあなたはどうしようと?】


 すぐ側は海。

 滑走路の向こうから、足を引きずりながらでも、アイマンがこちらに近づいてくるのが見て取れる。

 そのまま先ほど同じ無差別攻撃を仕掛けられたら、海に逃げ込むくらいしか道はない。


【1発や2発なら私の装甲で防げますが、あの物量ではさすがに無事にはいられないと……】


 顔はないのでよくはわからないが、多少なりとも心配そうな声で訊くイクセス。


「じゃ、どーするんですか!」


 危険が迫ってるというのに逃げようともせず、樹里は慌てた顔で急かす。


「あいつを完全に叩きのめす……」


 そんな彼女たちに振り向きもせず、十路は無表情に怒った顔で返す。


「《ハチキュウ》解凍」


 パンフレットと一緒に渡され、あってはならないはずなのに学校を退学した時にも見過ごされ、そのまま神戸に持ってきた、オートバイの左側面に搭載されたパニアケース。

 それに手を当て、指紋と声紋を認証させると、軽い金属音を立てて開き、頑強な機械の腕が握り締めたものを十路に差し出す。

 そのケースの大きさには本来入らない、空間圧縮されていた物は――


「アサルトライフルじゃないですか!?」


 自衛隊制式装備89式5.56mm小銃。

 ただし標準的なそれとは形状が異なり、すでに装着されている銃剣(バヨネット)は、通常の倍ほども長いもの。そして被筒(ハンドガード)銃床(ストック)部分に、インタフェースシステムを内包している。

 《89式5.56mm小銃・特殊作戦要員型》

 それが『杖』と呼ばれるイメージからはかけ離れた、堤十路が手にする《魔法使いの杖》


【あなたは《魔法》が使えないのでしょう!?】


 静止に構わず彼は銃把(グリップ)を握る。

 外した弾倉(マガジン)に弾丸が詰まっておらず、バッテリーであることを確認し、再度装填して切換(セレクタ)レバーを安全装置()から単射()に変更。

 そして意識を接続した。


「――ぅぐっ!?」


 途端、恐怖が湧きあがり、十路の全身が鳥肌立って震えた。

 頭が(きし)んで脳髄(のうずい)に電撃が走る。

 視界が赤黒く染まって耳鳴りがする。

 血の匂いを感じ吐き気がこみ上げる。

 手に構えた感触がおぞましいものに錯覚する。

 戦場を駆け、いくつも死を作り出してきた光景を思い出し、またそれを作るのは嫌だと、もう一人の自分が悲鳴を上げて拒否をする。


 しかし自分を(だま)して、彼は接続を続ける。

 ここでの自分は生きた軍事兵器ではなく、学生。

 そしてこれは戦争でも殺し合いでもなく、部活動。

 そのために《魔法》を行使する、と。


 意識のマウスを操って、ある術式(プログラム)をダブルクリックして解凍。脳内のキーボードを叩いて、習得したデータを元にパラメーターを書き換える。そしてEnterキーを叩きつけるイメージ。


「堤さん! 来ます!」


 離れたアイマンの周囲の地面が発光し、そしてまたアスファルトの槍が作られたのが、離れた場所からも見て取れた。


「『風の(ごと)()き速く駆け……火の粉の(ごと)刹那(せつな)に消える……』」


 それに構わず十路は『呪文』を唱える。


「まさか――!?」

【本気ですか!?】


 構えた銃の先に幾何学模様(EC-Surcit)が発生する。

 単純形状でも破壊的な威力を発揮するそれが多数連なって、長さ20mにもなる円錐状、根元は球状で多数の針を持つ、光で構成された(いびつ)で巨大な騎乗槍(ランス)になる。

 通常の技術では作成不可能な、影響を外部に漏らさない理想的な炉が力学的に構築され、内部で大気の水分を材料に、電気分解で重水素を生成。ナノテクノロジーで構成される仮想の機器で、莫大なエネルギーを使ったレーザー照射を準備し、ヘリウム生成の指示を待っている。

 そして実体を持たない槍の穂は、射線外への被害を最小限度にするための各種力学制御が(ほどこ)され、砲身として機能する。


「『いかなる(さまた)げがあろうとも――』」


 アイマンからもこの光の槍が見えているからだろう、警戒してかなり離れた位置から、アスファルトの投げ槍がまたも空に放たれた。

 当然十路たちに逃げ場はない。豪雨のような石の砲弾に潰されて、ズタズタの血袋と化すだろう。

 しかし彼は元より逃げる気などない。


「『()が道、一を()って(これ)を貫く……!』」


 『呪文』が完成し、最終シーケンスに移行。騎乗槍(ランス)は夜目にも鮮やかな青白い光を放ち、解き放たれるのは今かと暴れる。


 現代の《魔法》の行使は脳内での術式(プログラム)実行。呪文や予備動作は存在しない。

 しかし例外がある。

 《魔法使いの杖(アビスツール)》の初期設定として、設定出力上限を超えた術式を実行する場合、考えるだけでは実行できず、安全装置として音声認識パスワードが自動設定される。

 それが必要なのは《魔法使い》の全力。生きた軍事兵器の真骨頂。ただ《魔法》が使えるだけのまがい物とは違う、正真正銘の人間兵器の本領発揮。


【ジュリ! 伏せて目をつぶりなさい!】


 『騎士』がこれを構えるならば、邪竜の鱗を貫き(ほふ)る神の力を宿した槍。

 《騎士》がこれを作り上げたのは、何物をも滅して進む意思の具現化。


 アドレス:脳内収納フォルダ『戦略級環境操作』内。

 種別:対空/対艦/対戦車/対施設_核融合式熱放射砲。

 ファイル名:《揺るがざる信念/Unshakeble Faith》


「これが本物の《魔法》だ!!」


 引き金を絞り、実行。

 光が咆哮し、夜の闇が真昼の白へと変わった。


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