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SSSS(プロトタイプ)  作者: 風待月
00 体験入部
29/34

00_210 PM23:48 初めての荒事

ちょっと時間が巻き戻ります。


(死ぬ……っ!?)


 木次樹里(きすきじゅり)は長杖を脇に抱えて走る。その速度は陸上短距離の世界記録を塗り替えている。

 地面に描かれる幾何学模様(EC-Sircit)を踏むように、樹里が駆け抜けたそのすぐ後を、マナによる操作で形状が変化し、次々と隆起する《地槍》が彼女の体を貫こうと成長する。

 彼女はシュペル社の訓練施設の正面玄関から離れ、すぐそばにある神戸空港の敷地を囲む3mのフェンスを楽々と飛び超えた。

 それを追って《地槍》が《重力制御》で地面から離れ、空中へと飛び出して、岩の投げ槍となって放物線を描いて襲いかかる。


「ひぅ!?」


 樹里は振り返りもせずにジグザグに走り、それを全て紙一重で避けていくと、駐機場(エプロン)のコンクリートに衝突し、槍は砕けた。


 現実の《魔法使い》が誰でも使用できる基本的な《魔法》は、火球でも小回復でない。使用できるのは自身だけだが、大抵のフィクション作品では中程度の難易度を持つ、身体能力強化。

 現代の《魔法》は知識と経験から作られる奇跡。そして自分の体のことは誰だろうと知っている。

 ただそれだけでは、普通の人間が鍛えた人間になる程度でしかない。しかし《魔法》の医療行為が行える人体の知識を持つ樹里ならば、骨が砕ける筋力を発揮しても、即座に再生させるという裏技で、オリンピック選手を上回る身体能力を発揮する。


「はー……! はー……! はー……!」


 《魔法》の有効射程は、基本的には視界内。効果を手元で作り、射撃する術式ならばその限りではないが、《地槍》のように効果を目標の近くで作るタイプなら、それに当てはまる。

 ここまで走り、アイマンの視界から逃れることができて、樹里は足を止めて荒い息を吐く。

 しかしすぐに、マナを通じて周囲の情報を集める『《魔法使い》の感覚』が、敵の接近を告げてくる。


(怖い……!)


 真っ向から殺意をぶつけられて、樹里は自分の体が強張るのを感じる。

 しかし動きが鈍ったら、それこそ相手のいいようにされる。少々の傷なら自分の《魔法》で再生可能だが、死にそうになるほどの痛い思いをしたいとは思わない。

 だから彼女は必死になって、恐怖を胸の奥に押しとどめようとする。


「だけど《魔法使い》は……! 切った張ったが普通なんですよね……!」


 彼女は荒事とは無縁の、普通の高校生として生活している。

 しかし同時に自分が生きた軍事兵器であり、その能力を使う道具と特権が与えられてる理由も理解している。

 だから十路の言葉を思い出し、樹里は振り返った。


 樹里ほどの身体能力強化は持っていないため、《魔法》で地面を隆起させて、フェンスを乗り越えたアイマンが飛び降りたところだった。


「――実行!」


 長杖の先端を向けて、アイマンの頭上に《雷撃》を展開。


「――――」


 同時に近くにあった照明灯の根元が、無言でねじ曲げられた。

 超常の落雷は避雷針代わりの照明灯に落ち、ナトリウムランプが過電圧で火花を上げてショートする。


 そのランプの欠片が地面に落ちる前に、新たな術式が展開。アイマンの周囲の空間に、6つの幾何学模様(EC-Sircit)が浮かび上がり、猛烈な風が起こった。

 《魔法使い》が最も多用する攻撃術式《氷弾》の展開。その実態は名前とは少々違い、氷ではなく、急激冷却させた体積を圧縮した固体空気を弾丸する。

 ガラスの砕ける音と同時に、6連射された。


「っ!」


 対し樹里は体を回転させて長杖を一閃。向かい合う体面積を減らして3発を回避し、回避できない3発は長杖で打ち払う。

 そしてローファーの足で強く踏み締めて、樹里は前進した。

 走り幅跳びの距離を歩幅とし、30mほどの距離を一瞬で詰める。


「――実行!」


 《帯電武器》の実行で、紫電を先端にまとった長杖を、アイマンに向けて突き出した。

 迎撃するのはアイマンの《地盾》、目前の地面が2mほどの壁状に隆起し、長杖を跳ね上げる。

 更に槌鉾(メイス)を目の前の壁に振るい、壁を粉砕し、更に破片を《重力制御》で砲弾として連射する。

 至近距離からの砲撃は、樹里に直撃したかと思いきや、彼女はまたも強力な脚力で距離を取り、直撃する破片は長杖で払った。


「……ふぅ……」


 樹里は長い息を吐き、心を落ち着かせる。


(冷静に……冷静に……)


 荒事慣れしていない自分でも、到底どうにもできないほどではない。

 (アイマン)が今まで見せた術式は単純なもの。

 樹里の強化された運動神経と、動体視力があれば、対処できる。

 あとは気の持ち用、焦らず冷静な態度で臨み、《帯電武器》か《雷撃》を叩き込めば、無力化は不可能ではない――


「……え゛」


 幾何学模様(EC-Sircit)が多数描かれ、駐機場(エプロン)にある物が、《重力制御》で音もなく浮き上がった光景に、絶句する。

 航空機けん引車トーバーレストラクター航空機誘導用作業車両(マーシャラーカー)貨物運搬車(トーイングトラクター)。空港にしか存在しない、乗用車よりもずっと重い特殊車両。

 それが一斉に樹里めがけて襲いかかった。


「無理ぃぃぃぃぃっ!!」


 コンクリートを砕く落下衝撃を、慌ててバックステップ避ける。

 そして樹里を追うように、またも《地槍》が地面から追い伸びる。


 《魔法使い》の戦闘とは、基本的にチェスや将棋のような頭脳戦。相手の手筋を読み、それに対抗する手段を講じ、先の手を読んで、詰むように自分の戦いに持っていく。

 アイマンも、さして上手な戦い手とは言えないが、相手を叩きつぶすことに躊躇はない。

 瞬く間に樹里は劣勢に追い込まれる。


「《雷撃》――」


 こうなるともう先のことなど考えていられない。そして都合よく、駐機場(エプロン)から滑走路へと追いやられた。周囲に何もないここでなら、被害なんて気にする必要ない。


「――実行ぉ!」


 飛来物で相手をまともに見えないままに《雷撃》を落とす。電流の特性上、導体に導かれるのだから、少々の誤差は関係ない。


「実行実行実行実行実行実行実行実行ぉぉぉぉぉぉっ!」


 しかも稲妻を雨嵐を振らせれば、外れることはありえない。


 《魔法》を乱発するだけの、まるでケンカの仕方を知らない子供同士のようなやりとりだが、破壊の轟音と雷鳴が滑走路に響き渡り、コンクリートの粉塵がもうもうと舞い上がる。


「けほっ……! はぁ……! はぁ……!」


 緊張感を途切れさせたつもりはない。しかしそれでも、彼女は《雷撃》の連発で彼女は安心して気が緩んだ。

 あれだけ《魔法》を放って、アイマンが無傷でいられるはずはないと。

 だから第6の感覚とも言えるマナを通じた環境観測情報取得で、物体の接近を感知しても、咄嗟に反応ができなかった。


「ぐっ――!?」


 粉塵の煙幕を突破して振るわれた、槌鉾(メイス)の重い一撃をまともに腹に食らった。

 いくら《魔法》で強化しているとは言っても、コンクリートを砕く一撃を受けて、耐えられるはずはない。そして体重が増えるわけでもないのだから、同年代平均より軽い樹里の体が吹き飛んだ。


(やっぱり私じゃダメ……!)


 痛みで脳内の操作ができない。

 そして宙に投げ出され、致命的なまでに体勢を崩した。

 《重力制御》を扱える彼女でも、どうしようもできない。空中で食らうか、それとも落下地点に待ち受けているか、次の一撃を無防備に食らうことを樹里は覚悟した。


 ――しかし次の瞬間に襲ってきた衝撃は、思っていたような冷たく硬いものではなかった。

 想像していたコンクリートの投げ槍の感触は、狙いが外れて砕ける音として、離れた場所からの音となって届いた。


「荒事初体験にしては、頑張ったな」


 急停止の慣性と共に耳に届く声。ぶっきらぼうなのか、ただ平坦なのが平常なのか、判断がつきにくい。

 触れた肌から伝わって来るのは、樹里の体を楽々と受け止めた、見た目よりもずっと頼りがいのある筋肉の感触。

 以前にも感じた、なぜか不快に思えず、むしろ安心できる匂いも感じる。


「木次、大丈夫か?」


 腕の中の樹里を見下ろし、バーゲストに跨ったまま十路は訊く。

 その態度は非常識な戦場に足を踏み入れて尚、今日1日樹里が見ていたものと変わらない。


「一撃もらった、だけですから……」


 《身体強化》の効果で、脳内麻薬が痛覚を麻痺させ、鈍痛へと変える。

 そして更に樹里は抱きかかえられたまま、自身の体に医療《魔法》を(ほどこ)し、損傷を修復した。


「立てるな? 動けるな? 戦えるな? よし」

「ケガ人に厳しいですよっ!?」

「『元』ケガ人だろ。それに俺は《魔法》が使えない。木次は半人前。2人合わせてやっと一人前。休ませておく余裕はない」

【私は頭数に入っていないのですね】

「へ……? 今の声……?」

【ジュリは私のことをご存知ないのですか?】

「このド失礼なAI(ヤツ)とは、後で話し合ってくれ」


 アイマンはこちらを見て、動かない。

 オートバイに乗った謎の闖入者に驚いているのか、それとも律義に十路たちの話を待っていてくれたのか。

 心情はともかく動かないのなら構わないと、十路は抱きかかえた樹里を地面に下ろす。


「まずはあのバカをぶっ飛ばす」


 そして《魔法》がなんたるかも知らずに使うような、十路が嫌う人種を睨つける。


「あの人に勝てるんですか……?」

「木次の援護があれば、十分勝てる」


 相手は前に相対した時とは比較にならない力を取り戻し、そして《魔法》で人を殺すことを躊躇していない。

 不安そうな樹里に、十路は言葉とは裏腹に油断せずに、しかし事実を告げた。


「この程度、前の学校で慣れてる」


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