00_205 PM23:55 インターミッション06
全身鎧の兵士たちが、自身を誘拐しようとした犯人たち8人を、ヘリポートの外れに確保し終えた。
2人はコゼット本人が。残り5人が十路に気絶されられている。
意識があるのは、ただひとり。
「ずいぶん静かになさってますのね、グラームさん」
頭の中で全身鎧の兵士に指示を出してこの場から去らせて、彼がずっとかぶっていた覆面を、コゼットは引き剥がした。
下から出てきたのは、20代中盤と思える、なかなか精悍な顔。犯罪者のふてぶてしさや凶悪さは感じず、むしろ普通の市民として生活を営み、周囲の者に頼りにされていそうな印象の、普通の男性。
今は力なく座らされ、精も根も尽き果てたと風に、疲れた色を見せている。
「あんた……化け物か……」
だからこの言葉はコゼットを罵るつもり吐いたのではなく、心の底からのものだろう。
「化け物? それは少々聞き捨てならないお言葉ですわね?」
だからコゼットは意地悪く、獅子の笑みで応じた。
「あんな些細な力で『化け物』呼ばわりなんて、なんて可愛いものかしら?」
「まだ上があるってことか……」
「言ったでしょう? 《魔法使い》は生体万能戦略兵器」
『戦略兵器』と呼ばれるものに、なにがあるか、調べてみるといい。
「私が全力を出していたら、貴方は神戸市ごと消滅してますわ」
「…………」
「……ふふっ」
絶句したグラームに、満足げにコゼットは喉の奥で笑う。
そして問う。
「貴方方のお仲間の《魔法使い》――アルマンさんでしたかしら? 彼が勝って逃げられるとは、考えませんの?」
グラームはこの期に及んでも落ち着いている。
勝利を見込んでの態度かといぶかしんだのだが。
「無理だ」
しかしグラームは潔く否定した。
コゼットも、樹里が負けるとは思っていない。しかし普通の女子高生に殺し合いをしろと言って、できるものだとも思っていない。
今は十路が援護に行ったから、多少は安心しているものの、それでも絶対に樹里が勝つと確信できるほどのものはない。
だがグラームのように、負けると確信するはずはない。
「お仲間ですのに、随分冷たいですのね」
「あいつは……アイマンは、さっき言ったのとは別の意味で、『化け物』になろうとしてる」
「《魔法使い》は考えるだけでなんでもできる。その万能性から増長している意味でしょうか?」
「そうだ……」
うすうす感じていたが、グラームは他の者とは少々異なる。
だからコゼットは、疑問を突きつけた。
「『化け物』と評するなら、なぜ貴方は、あの男と行動を共にしてますの?」
この男は周囲が見えいえて、短絡的な犯罪といった、馬鹿な選択はしないはずのタイプだと思ったから。
「アイマンは……俺の弟だからだ」
「……そう」
コゼットは納得し、少し悲しげに確認する。
「家族が『化け物』になるのを、止めたかったんですのね……」
「…………」
明確な返事はなかったが、グラームの口元は自嘲のようなもので少し歪んだ。
《魔法使い》は生きた軍事兵器。
《魔法》はなにかを壊し、誰かを傷つけることにしか使えない。
そして《魔法使い》は《魔法》を使わなくても、なにかを壊し、狂わせる。
心や、信頼や、人間関係や、社会性を。
それは人ならざる能力を持つ引き換えのような、《魔法使い》が当然持つ、悲運と呼べるかもしれないもの。
そしてそれを家族として、彼はなんとかしようとして、共に日本にやってきたのかもしれない。
それは一般的には家族愛と評する、尊ぶべき感情なのかもしれない。
しかしコゼットは、小さく息をついて気持ちを入れ替えて、あえて冷たく言い放った。
「――全く同情する気になれないですわ」
どんな事情や不条理があろうとも、犯罪という手段を選んだのは、彼らの身勝手な選択だと思うから。
「今回は私たちが彼を止めます。そして幸い、取り返しのつく範囲で収められると信じていますが――」
だけど一歩間違えば、無関係の人間が死んでいてもおかしくはない事件だった。
そして今、アイマンと相対している樹里が命を落とす可能性も残っている
「本当に『化け物』に堕としたくなかったなら、貴方は彼を殺してでも止める覚悟が必要だあったのですわ」
「…………」
気さくな王女の雰囲気は微塵もない。
《魔法使い》として冷淡に言い放つ彼女に、グラームは言い返せない。
人の気持ちなど、《魔法》と、それを取り巻く社会は、簡単に打ち砕く。
願うだけで、誰かが共にいるだけで、なにかが叶うのならば。
コゼット・ドゥ=シャロンジェは、この場所で彼と話していない。
「ま、弟さんのことは、やりすぎない程度にボコって、捕まえますわよ」
「殺しはしないのか……?」
「可愛い部員が殺されたら、すぐには死ねないように治療しながら、いたぶって殺して差し上げますわ」
真顔で恐ろしいことを言いながら、彼女は指を弾いて、新たな《魔法》を実行した。
全身鎧の兵士たちが、光を発して分解。同時に彼女が背にしていた場所に巨大な幾何学模様が生まれ、消えていたはずの格納庫が瞬時に復元した。
建物の外観に隠れてしまっているが、中の機体や設備も、元通りになっているのだろう。
「ですけど、ここでの私たちは、《魔法使い》である以前に学生。そしてこれは部活動。戦争も殺し合いも積極的にする気はありませんわ」
非現実な現実をいとも簡単に作り上げた彼女は、手にした儀礼杖を放り投げる。それは幾何学模様を纏い、地面と水平に80cmほどの高さで停止した。
それに彼女は横座りし、宙に浮く。
空港の方向から戦闘の音が未だ響いてくる。だからこれ以上はかまけていられない。
「貴方はそこで、贖罪でもなさってなさい」
そして彼女は飛び立っていった。
杖に座って空を飛んでいくコゼットを見送り、グラームはため息をつき。
「……お人よしだな」
冷たくも優しい王女を、そう評した。




