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SSSS(プロトタイプ)  作者: 風待月
00 体験入部
27/34

00_200 PM23:44 《使い魔》

検証事項:オートバイ

これも長かった……

 轟音と共に揺れた。

 先ほどから銃声や、金属の山が崩れたような音が響いていたが、今度は軽い揺れまで伝わる地響き。

 ヘリポートから少し離れた格納庫が消滅し、代わりに地面に拳を振り下ろした巨大な人型が出現したのを見て、十路は疲れた顔で思わずこぼす。


「……とんでもない王女様だ」


 ここに突入する前に、話していないことを気付いた樹里から、コゼットの正体と、彼女が《魔法使いの杖(アビスツール)》を持っていることを聞いたため、早々に救出する必要がなくなってしまった。

 なので彼はすぐに飛び立てるよう、ヘリポートに駐機されていた中型ヘリのコクピットにもぐりこみ、逃走手段を潰そうしている。

 ただし、まともな道具がないため、力任せになんとかしようとしても、どうにもならない。


単車(オート)回転翼(ブレード)をヘシ折った方が早いか……?)


 そんな事を考えて、ヘリから降りた十路の足元には、10代後半と思える浅黒い肌をした青年が転がっている。

 見張りだろう。突然現れた謎のオートバイに対応できなかった隙に、またもオートバイで衝突し無力化させて、服で拘束して転がしている。


(王女様が他の全員を制圧してくれれば、楽なんだけど……)


 これで終わりならそれでいい。手早くコゼットと状況を確認すれば、樹里の支援に行ける。


(通信手段がないってのは不便だな……)


 多少焦って心配をしつつ、側に駐車してあるオートバイに近づこうとして。


「……あ」


 年齢は10代後半から20代前半と思える、慌てた様子の男たちが4人、ヘリに駆け寄ってくるのが嫌でも見えた。

 どこに彼らがいたのか十路は知るはずもないが、あんな金属の巨人が突然出現したのだから、常人なら危機感を覚えて逃げようとしても不思議はないと想像する。

 犯人たちも当然、十路と、そしてアスファルトに横になっている仲間にも気づき、足を止めて銃を向ける。

 かなりの恐慌状態らしい。十路が何者か問い質しているのか、それともヘリから離れろと言ってるのか、十路には理解できない言葉でわめき、震える手で銃を手にしている。


(相手の距離は10mほど。ヘリを遮蔽物にするのは位置的に無理。建物までは30mほど。動けば先に撃たれるな……連中の持ってる銃にはマグナムもあるから、ヘリのボディも貫通するだろうし、中に入ったら逆に危険……)


 銃を向けられるのも、前の学校で慣れている。

 今にも撃たれそうな状況でも、奇妙なダンスでも見るような目つきで十路は冷静に観察し、打開策を思い浮かべる。


 その結果、駐車したオートバイに目をやった。


「おい……バーゲスト」


 バーゲストとは、イングランドの伝承に登場する、犬の姿をした不吉な妖精。

 そして今日一日、十路が使っているオートバイにつけられている名前。


「マニュアル操作ばっかりやらせやがって……サボってないで少しは働け」


 オートバイに呼びかけたところで、返事などあるはずない。


【――まだこの体に慣れていないのですが……】


 しかしスピーカーを通した、利発な印象の若い女性の声が返ってきた。


【仕方ありませんか】


 そしてスキール音で咆哮し、鋼鉄の魔犬が飛び出した。


 突進から横になってのスライディング。2人の男に足払いをかる。

 直後に固定した前輪を中心に、後輪から白煙を上げて横に回転。ローリンエンドと呼ばれる技で、近くにいたもう1人も巻き込んで蹴り飛ばす。

 たまたま少し離れていた最後の1人には、回転から立ち直ったと同時に前輪を跳ね上げ、真正面から衝突。

 5秒もかからなかった早業に、犯人たちは自分の身になにが起こったか、理解が及ぶ間もなく弾き飛ばされ、痛みにうめいた。


【女にこんな肉体労働をさせるとは、ロクな人ではありませんね】

「……設定上の性別は予想外だったけど、お前を大人しくさせとく気はない」


 二輪で不安定な乗り物にも関わらず、その挙動は確かで、犯人たちを軽く蹴散らして、無人のオートバイが十路のかたわらに停車する。

 アナログ式のメーター類を偽装表示していたディスプレイが切り替わり、"AUTO"で表す完全自律行動モードと、合成音声に合わせて動くインジケーターが表示され、この車体が意思を持つことを教えている。


【陸自の独立強襲機甲隊員なら、あれぐらい自力でなんとかできるでしょう?】

「ムチャ言うな……」


 それは十路の前の学校での職種。圧倒的な機動力と突破力を有するため、《魔法使い》にしか務めることのできない、単独行動が許された機械化歩兵。

 そのような兵力はかなり珍しく、大国の軍でも数名しか存在せず、堤十路は数少ないその1人として教練を受けていた。


【《騎士》なんて呼ばれているのに、ですか?】

「おとぎ話と違ってヒーロー要素があるわけないだろ……だからその呼び方やめろ。変な勘違いするヤツがいるから嫌いなんだよ」


 国によって正式な呼び方は違うが、彼らのような者は『愛馬』と共にいることを前提とした戦術を得意とするためか、共通して《騎士》と通称される。


「それで、お前、名前があるのか?」

先進戦術支援車両(ATS-UGV)"Bargest"制御用ソフトウェア"Excess"です】


 現代の《騎士》が(またが)るのは、鉄馬(オートバイ)に偽装された、人工の知性を持つ超小型の装甲車。


「じゃあイクセス。これからどうする?」

【私は撃たれても平気ですので、トージは勝手にしてください】

「うぉい!? 自分の製造理由ガン無視か!?」

【――ハッ。初対面のあなたをマスター扱いする義理が?】

「性格設定最悪だな!? 鼻で笑うAIなんて初めて聞くぞ!?」


 蹴散らされた男たちが、痛む体を気にしながらも起き上がり、慇懃(いんぎん)無礼なオートバイと謎の男子学生の掛け合いに、銃を向けることも忘れて呆然とする。


 半分無意識だろう、誰かが呟いた。

 その声に1人と1台が、目とカメラで視線を向ける。

 男たちの言葉は十路には理解できない。しかし前の学校で似た経験を何度もし、誰もが同じことを訊くから、なんと言われたか、わかりきっている。



 ――それはなんだ?



「知らないのか? 21世紀の《魔法使い》は、(ほうき)じゃなくて単車(オート)に乗るんだ」


 元・軍用犬の野良犬が、やる気を見せて体を(ふる)わせる。


【正確には軍事用無人車両。《魔法使い》のサポートのために作られたロボット・ビークル――】


 鋼鉄の魔犬が、ありもしない顔で不敵に笑う。


【通称《使い魔(ファミリア)》です】


 呪縛が解かれたように、発砲。

 しかし引き金が引かれる前に、コンクリート製の訓練施設の陰へと走るバーゲストを遮蔽物に、身を低くした十路は並走する。


【なに私を勝手に利用してるんですか?】

「お前が勝手にしろって言ったろう!」


 遅れて3丁の銃口も追って発砲されるが、多少の訓練を受けた人間でも、動く標的にはなかなか当たりはしない。

 何発かはバーゲストのボディに命中したもの、軍用車両ならば防弾されてて当然、拳銃弾程度では塗装を削るのが精いっぱい。


【だったら動きを合わせなさい】

「了解!」


 それなりの距離があったものの、1人と1台は無傷で、建物の影に隠れてしまった。 


 動ける者は銃を片手に、十路たちを追いかけて走る。

 後で考えれば、相手が視界から消えたのを幸いに、彼らは逃げるべきだったと思い立っただろう。

 しかし奇妙なオートバイと、それを操る青年は、巨人を生み出す非常識な王女よりも組し易く、また『敵』だと考えたために、追いかけてしまった。


 建物の角に曲がり、迎撃の警戒もせずに、隠れているであろう十路に向けて銃を突き出した瞬間、先陣を切った男は後悔した。


「ナイス!」

【素人ですね】


 十路は想像していた位置よりも、オートバイに(またが)って2mほど上にいた。

 普通の車体なら軽い車体でないと不可能。加速性能に物を言わせて《魔法》も斜面も不要にし、建物の壁を登って跳び、空中で向きを変えて上から強襲する。

 先陣を切ったばかりに、彼は車体の腹を顔面にめり込ませて、のけぞりながら吹っ飛んだ。


 そしてバーゲストは、その相手を踏み潰さず避ける気遣いができるほど、余裕を持って着地して、すぐさま次の獲物に飛びかかる。


【1】


 車体を半回転させながら接近し、後輪で足払い。2人目の男の両足を横から宙を浮かせる。


「2!」


 回転する車上から、十路は降りようとするかのうにように、足を伸ばして横に突き出す。蹴りの力は小さくても、車体の慣性モーメントを加えて、(かかと)がこめかみを強打する。


【3】


 瞬時にもう半回転。あとは地面に落ちて転がるだけの浮いた相手に、前輪を叩きつけるほぼ同時。


「4!」


 車体から飛び降りながら、空中回し蹴りを顔面に叩き込む。


 手の平に傘を立てて、上を突つかれた時を想像すればいい。棒状の人間の(うえ)足元(した)に力を加えることでできる、しかし相当な速さで繋げないと不可能な、力学にのっとった連続攻撃。

 それなりに体格のいい男の体が、正に交通事故の勢いで、地面を十数回転も転がって止まる。


【たった4Hitでコンボ停止ですか……】


 無人になったバーゲストは、慣性に耐え、タイヤにグリップを取り戻させる。


「格ゲーと一緒にするな!」


 飛び降りた勢いを、十路は地面に転がり受身で流した。


「速攻!」

【了解】


 そして野良犬と魔犬が、また駆ける。


 3番目の男は、左右別々に襲い来る敵に、銃口を向ける先を迷わせる。冷静に考えれば生身の十路に向けるしかないのに、戸惑ってしまった。

 またも同様に十路は跳び蹴り、バーゲストは足元を払うスライディング。体の上下に互い違いの力を同時に受けて、人体が縦に回転し、頭から地面に激突した。


 そして最後の男の目の前に、十路は着地した。

 敵は真正面、非武装、撃てば外すことのない至近距離。仲間たちが瞬く間に沈黙されられる様に、パニックに(おちい)りながらも、十路に向けて手にした銃の引き金を引こうとした瞬間に。


「合わせろ、よっ!」


 十路は真上に跳んだ。

 そしてその下を通過する、無人のオートバイの(シート)に飛び乗った。

 視界から十路の体で直前まで隠された、真正面からの人身事故の一撃で、最後の男も反撃する間もなくはね飛ばされる。


【トージの力量を危惧してましたが、思っていたよりはやるようですね】

「だからお前、なんでそんな上から目線なんだよ!?」


 腰を落として手を突く十路を振り落とさないよう、バーゲストがゆっくりと停車する。

 今日が初対面、しかもAIの態度の悪さが目立つ掛け合いからは想像できない、息の合った連携で4人の男を迎撃した。

 彼らが認識を改めるには遅すぎた。コゼットほどではないが、十路も充分非常識だった。


「……生身で非常識ですわね」


 彼女本人も認めるほどに。


「援護が必要かと思いましたけど、そんな心配は無用でしたわね……」


 金属の足音を響かせて、行進してくる者たちの先頭に立つ女性が声をかけてくる。


「《使い魔(ファミリア)》が配備されるなんて、まさかとは思いましたけど、《騎士(シュバリエ)》がウチの部に入部しようだなんて……」

「だからその呼び名、嫌いなんですけど?」


 4倍サイズを一度分解して、等身大に作り変えた全身鎧の兵士(ゴーレム)たちを引き連れたコゼット。

 彼女は憂鬱(ゆううつ)そうに装飾杖で肩を叩きつつ、十路たちが倒して地面に転がる5人の男たちを、少し呆れた目つきで見まわした。


「俺は手錠もヒモも持ってないんで、確保を任せていいですか?」

「まとめて縛っておきましょう」


 《魔法使いの杖(アビスツール)》を通じて、コゼットが頭の中で出した指示に従い、肩に荷物を担いでいる3体を除き、残りの兵士たちが倒れた犯人たちを、引きずって一ヶ所に集める。

 そしてその3体の兵士も、肩に担いでいた荷物を降ろす。

 コゼットと相対した者たち3名が、ゴーレムの一部だったワイヤーで縛られて、イモムシのように成すすべなく地面に転がった。


「……犯人たちを挽肉(ミンチ)にしたかと思いましたよ」

「随分ナメくさったマネしてくださいましたけど、さすがに殺しはしませんわよ。少々脅してやっただけですわ」


 鋼鉄の巨人の拳を、犯人たちの目前に叩きつけただけだが、落石崩落のような衝撃と光景に、犯人たちは腰を抜かし、ある者は気絶した。

 それを語るコゼットの獰猛な笑顔を見て、十路は少し疲れた声を出す。


「木次から聞いてましたけど、6時間前の印象と、かなり違いますね……」

「王女サマは24時間営業してませんの。ネコかぶるのも、めんどっちぃんですわよ」

「…………」


 十路の中でのコゼットの認識が、気さくな王女様から、二面性があって意地の悪い、ある意味《魔法使い》の部活動の代表に相応しい人物へと変わった。

 つまりもう、王女だと思って接するのは、心理的なブレーキがかかってできない。


「大学部の学生だとか、部長であることとか、情報を隠した理由とは、関係ない気がしますけど……?」

「ウソはついてないですし、推測も可能でしょう?」

「無理ですって……」


 彼女はウソをついていない。

 神戸を拠点にして活動しているのも当然。彼女が樹里やつばめと顔なじみで、都市防衛部と関係があるのも当たり前。企業や研究機関に所属してないと答えたが、学生の身分で大学で研究していないとは答えていない。


 そして普通ならば、初等・中等・高等教育の違いを超えて、同じ部活動に所属しているとは考えない。

 たまたま見学した薙刀部や剣道部のように、学院全体で合同でやっている部があったとしても、都市防衛部にもそれが当てはまり、彼女が大学生だと知らなければ、コゼットが部長だと想像できるはずもない。


「私なりの部員の選別ですわ。ずっと王女サマで居るなんてジョーダンじゃないですし、私の地を見て引くようなら、入部はやめとけって事ですわ」

【……いい根性した女ですね】

「ア゛……? この口の悪いAIなんですの?」

「…………」


 先進戦術支援車両(ATS-UGV)そのものは承知してても、AIの毒舌は予想外だろう。ガラの悪い反応をするコゼットに十路は辟易(へきえき)する。

 機械と人との摩擦は、ディスプレイを軽く叩いてイクセスをたしなめて終わらせ、新たに緊張して状況を進めた。


「他の犯人が残っていないなら、俺たちは木次の援護に向かいます」

「私の《魔法(レーダー)》では、残るは1人。アイマンと名乗る主犯の《魔法使い(ソーサラー)》だけですわ」

【《魔法》の使用と思われる電磁波を、私も感知しています。この施設の正面玄関前から、神戸空港の滑走路へと移動しています】


 周辺を知覚していたイクセスとコゼットの言葉を聞いて、十路はバーゲストのシートに座り直す。

 意識すれば遠い場所から、散発的に小さい雷鳴が聞こえて来る。


「――部長」


 十路は王女にではなく、《魔法使い》のコゼットに呼びかける。


「ここは任せます」

「私もすぐに追いかけますわ」


 わずかな駆動音と共に、バーゲストで駆け出した。


イクセスの台詞が隅付きカッコ(【】)なのは、二重山カッコ(《》)や二重カギカッコ(『』)が多用されてるからです。

台詞文章で使ってはいけないということはないのですが、表題目なので使うものなので、この使用法が正しいとは言いがたいですが。


ちなみにバイクを『鉄馬』を表現するのは、基本的にハーレーのみなので、ここでの表現は相応しくなかったりします。



1/21 ルビ修正

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