00_190 PM23:37 《付与術師》
検証事項:コゼットの正体(の書き方)
ここまで来るのが長かった……
見覚えのあるオートバイの2人組が再度現れたことで、グラームともう1人の犯人はコゼットを連れて、足早に施設の廊下を通り抜ける。
施錠されていない扉を抜けた先は、ヘリの機体や保守部品や整備機械が置かれた格納庫。
ここで待機していたらしい、この施設を制圧した別働隊の仲間の1人と合流した。
犯人たち3人は、彼らの故郷の言葉で声高に言い合う。
コゼットには言葉が理解できないが、声の調子から内容はなんとなく推測できる。
状況を確認しあった後、アイマンが追っ手と戦闘することになった事態に、仲間たちは彼を置いて逃げようと進言しているのだろう。
グラームは2人を諌めているのか、落ち着いた声で話しているが、それでも感情的になっていく。
コゼットの存在を一時忘れるほどに。
「あ゛ーぁ゛……」
彼女の存在を思い出したのは、凛とした姿からは想像できない、ぞんざいな声が聞こえた時。
「めんどっちくなりましたし、もう茶番はいらないでしょう?」
日本語を理解していないながらも、残る犯人2人もコゼットを注目したために、言い合いは自然消滅した。
「公表されていないとはいえ、私が『あそこ』に所属していることは、学院の人間なら誰でも知ってるってのに……」
彼女はトランクを傍らに、淑やかな王女の仮面を脱ぎ捨てて、金髪頭をガリガリと掻く。
「なにも知らず誘拐して、しかも私の装備まで用意して……バカですわね」
その中に詰めてあるのは、作業に使った機器類だけではない。彼女の『研究成果』も詰め込まれている。
銃を持った男たちなどいないように、コゼットは皮製トランクに悠然と手を置き、そして命じる。
「《Hermes Trismegistus》解凍」
指紋認証と音声認証でロックが外れ、トランクの本来開く箇所ではない部分が、軽い金属音と共に開いた。
厚さ1cmにも満たないフタ部分に仕込まれた、空間圧縮技術を使った保管庫。そこから短い機械の腕が、儀礼杖を連想する装飾が施された1.5mほどの杖を取り出した。
「な……!?」
大きいとはいえ、その長さの半分もないトランクから出現した、伝説の錬金術師の名前が冠された杖――《ヘルメス・トリスメギストス》をコゼットは手にする。
それの正体が、素人には理解できなくても、この状況で見た目通りのただの杖だとは思えるはずはない。
グラームは反射的に安全装置を解除して、コゼットにサブマシンガンを向けた――が、引き金を咄嗟に引くことができなかった。
「ふふっ」
彼女がもう一度、仮面をかぶり直した。
王女の微笑は人を魅了し、場を支配する。
「あんた、なんなんだ……!?」
残る犯人2人にも、銃を構える時間を与えるのも構わず、コゼットはサマードレスのスカートをつまみ、嫌味なほどに丁寧な礼をした。
「では、改めて自己紹介させて頂きましょう」
彼女は複数の肩書きを有している。
王族という身分が残る西欧小国の王女。
若くして技術研究者として活躍する才媛。
そして。
「修交館学院大学、理工学部2回生。都市防衛部部長――」
手にしただけで即座に起動。彼女の脳と無線接続された《魔法使いの杖》を通じて、即座に周囲の《マナ》から観測情報を取得。
材質・nm単位の寸法・温度・気圧・重力・中空の原子量・空間電位・粒子線量。設定した範囲の全ての情報を、顔色一つ変えずに頭の中でチェックし、目的のデータを取得。
そして脳内で圧縮されていた術式を解凍、必要なパラメーターを与えて実行用意。
ここまでにかかった時間は、1秒未満。
「――《魔法使い》 コゼット・ドゥ=シャロンジェですわ」
杖の先端で軽く叩くと、小さな幾何学模様でコンクリートの床が埋め尽くされた。
それとほぼ同時。誰かの叫びと共に、3丁の銃が火を噴いた。
銃声が屋内で轟音となって鳴り響く。
しかしただの一発も、涼しい顔をするコゼットの体には届かない。
彼らが挟む空間や、全く違う場所で火花が発生するが、彼女の体に穴が穿たれ、血が噴き出すことはない。
たちまち銃弾を撃ち尽くし、薬莢が床に跳ねる空しい音が立つ中、犯人たちは絶句した。
そんな彼らにコゼットは、笑顔を浮かべて優しく言う。
「これが《魔法使い》ですわ」
彼女が幻と入れ替わったわけでもない。
不可思議な障壁で防いだわけでもない。
方法はずっと単純。
原子の動きすら検知可能が今の彼女なら、銃口と機構の動作から、発射タイミングと弾道を完璧に予測可能。
それに合わせて足元のコンクリートを成型し、その底部を小爆発させることで弾丸として飛来させ、中空で銃弾に衝突させて、あらぬ方向へ弾き飛ばした。
しかしその様子が見えない限り、そんな方法を知ることができるはずがない。だから犯人たちは混乱する。
「正確にはそう呼ばれる、最強・最高・最新鋭の生体万能戦略兵器」
使用したのは《石弾》と呼ばれる、石のかけらを発射するだけの術式だが、その単純な効果の割には複雑な手順を要求されるために、使用する術者はとても少ない。
しかも失敗すれば蜂の巣にされる、射撃による射撃の防御など、並の神経では絶対にできない。
グラームは多少なりとも予感していた。
しかし彼は、目の前の金髪碧眼白皙の女性が、あらゆる面においてここまで常軌を逸脱した存在だとは理解してなかった。
「お恥ずかしいニックネームですけど、私、《付与術師》と呼ばれてますの」
装飾杖がまた床を叩き、半径20mほどの巨大な幾何学模様が、半球状に描かれた。
すると床に転がる薬莢が、周囲に置かれていた保守部品が、作業機械が、ヘリの機体が、建物の鉄骨と外壁までも、ついでに犯人たちが握っていた銃まで。
磁力に引かれるように、不思議とその場にいる人間たちを避けて、金属が一ヶ所に引き寄せられる。
「ゲームや物語の中では、不思議なアイテムを作ったり、補助や支援を得意とする、地味な役どころですけど――」
鉄を骨格と表面を加工成型し、中には合金化して作った機能性金属材料を、ワイヤー状に加工して詰め込み、人型に組み立てる。
神秘学的に説明するなら、伝承に登場する動く人形・ゴーレム。
科学的に説明するなら、電位収縮性金属繊維アクチュエータで動作するロボット。
「現実には、物騒極まりない存在ですわよ」
半壊し、風通しが良くなった格納庫の中で、身長8mほどの全身鎧を着込んだ兵士が立ち上がった。
「貴方方の言葉が理解できませんので、教えてくださいません?」
グラームが顔を引き攣らせ、残る2人は恐怖で自失しているのも構わず、コゼットは王女の微笑みで語りかける。
「私を撃とうとした際、どなたかなにか叫びましたけど、あれ、なんておっしゃいましたの?」
日本語がわかるのはグラームだけだから、彼が答えるしかないが、答えてはならないと直感した。
しかし同時に答えずとも、コゼットは予想しているとも直感した。
だから彼は、答えた。
「……『ぶっ殺してやる』……」
「では、同じ事を言わせて頂きましょう」
王女の仮面が再度はがれた。
浮かべた端正ながら獰猛なその笑顔、さながら獅子。
こうなると、どちらが悪役かわからない。
冗談めいた口調で、彼女は装飾杖を振って、巨大な兵士に拳を振り上げさせた。
「ぶっ殺してやらぁ」
1/21 表現修正
1/27 章追加による修正




