00_180 PM23:35 作戦開始
ちょっと短めです。
別働隊――動きやすさのため、コゼットの誘拐には直接関わらなかった仲間たち――に逃走の失敗を連絡し、急遽このような手段を取ることになった。
予定では誘拐直後に可能な限り神戸から離れ、そこで《《魔法使いの杖》の修理を行い、人知れず離れるはずだったのだが、十路たちの追跡によりそれが狂い、想定外に注目を集める結果となった。
しかしアイマンが《魔法》を取り戻したために、どうとでもなるだろうと思い、彼らは行動していた。
24時間開港しているわけではないとはいえ、空港が閉鎖されたとしても、空の安全をつかさどる港を持つ島が、本来ならば無人になるはずはない。
しかし今は不気味に静まり返っている。
神戸空港島北東部にある世界屈指のヘリコプターメーカー、シュペル社の日本支社施設に、コゼットと犯人たちを乗せたパトカーが着いた時も音が遠い。
異常事態を知らせるパトカーのサイレンもない。飛行機の離発着がなくとも保守機械の動作音が全くない。そして空港関係者が帰宅する音もない。聞こえるのは海を挟んだ本土側のざわめきだけ。
(もしかして、空港島全体に避難命令が発令されています?)
トランクケースを両手で抱え、コゼットはそれに思い当たった。
アイマンも、もう一人の犯人も、音がないことに気にした様子はない。
「…………?」
しかしグラールだけは一度足を止めて、周囲を見渡した。
「グラール」
それでも違和感以上のものは感じなかったため、アイマンの声にそれ以上は考えるのを止し、コゼットの腕を掴んで再び歩き始める。
シュペル社の日本支社施設は、ヘリの飛行訓練と整備のための場。組織外部の者が入ることは、あまり想定されていない。そのため簡素な作りの事務所に通り、ここを制圧した仲間たちが待つヘリポートに進もうとした時。
はっきりとしたエンジン音が、ありえない速度でその場に急接近するのが嫌でも気づいた。
「木次! 行くぞ!」
「はいっ!」
正面ゲートを使わず最短距離で、敷地を囲む有刺鉄線つきの三重フェンスを、楽々と跳び越えて侵入し、サスペンションの縮む音と、急停止のスキール音を響かせて、従業員駐車場にそれが着地した。
事務所のガラス越しに、常夜灯の光で照らされる追跡者の姿を、コゼットと犯人たちは確認する。
夜にまぎれる黒と赤に彩られたオートバイ。
そのハンドルを握るのは、視界と音を遮られるのを嫌ってヘルメットを脱いだ、学生服を着た青年。
そのリアシートに収まるのは、やはりヘルメットを脱いで学生服に身を包んだ、長杖を手にした少女。
その場にいる犯人たちは追跡を受けたのだから、当然その2人に見覚えのある。コゼットから準軍事組織と説明を受けた、逃走を成功させるための最大の障害が、ここに来て追いすがった。
(やっと来ましたね……)
顔見知りの《魔法使い》の少女と、今日会ったばかりの常人離れした青年の到着に、コゼットは内心ほくそえんだ。
「あー……えーと」
少女がオートバイから降り、犯人たちに、おずおずと告げる。
「修交館学院防衛部でーす……神戸県警の要請を受けて逮捕に参りましたー……なのでできれば大人しく降参してもらえると――うきゃぁ!?」
返事は銃声1発。
ガラス越しで距離もあるので、銃弾はあらぬ方向に飛んで行ったが、少女は慌ててオートバイの陰にしゃがむ。
「木次……宣言するなら堂々とな?」
「ムチャ言わないでください……! こんなの初めてなんですから……!」
どこか締まらないやりとりに、間の抜けた空気が流れそうになるが、グラームが故郷の言葉で仲間2人に緊張を促す。
そしてコゼットと、常人である仲間を連れて、事務所の奥へと進んだ。
その場に残ったのは、槌鋒を手にした《魔法使い》――アイマン。どうやらここで迎撃するつもりらしい。
「大丈夫か?」
青年が気遣わしげに声をかける。
荒事初体験の女子高生に、相当な危険を強いることになるが、ここは代わることができない場面。
「あまり大丈夫じゃないですけど……やります」
少女は緊張をにじませながらも、気丈に答える。
命とやり取りとなるだろう戦闘に恐怖しつつも、彼女は義務感で体を動かそうとしている。
「木次、冷静にな」
「堤さん、気をつけてください」
一番の難敵は彼女に任せるしかないのだから、この場に残っても邪魔になるだけ。なので彼が残る犯人を制圧する役回りをするつもり。
少女を残し、アクセルターンで回頭させ、偽装のエンジン音で戦いの始まりを宣言した。
「作戦開始!」
「はいっ!」
1/17 あらすじ修正




