00_165 PM22:55 インターミッション05
内容的には必須ではないのですが……
「……できましたわ」
ゴーグル型のヘッドマウントディスプレイを外しながら、コゼットは少し疲れた声を出す。
顕微鏡を見ながら機械の腕を操作し、小さな電子部品を移植交換するミクロン単位の精密作業を行い、設計図もなく新しい《魔法使いの杖》へと改修。
そしてパソコンのキーボードを叩いて、システムも改修後に合わせてカスタマイズも終了。
CPUやバッテリーといった交換不可能な重要部品が無事だったからできた荒技だが、スクラップ置き場から種類の違う部品を寄せ集めて自動車を作るような作業を、コゼットは本当に1時間以内に終わらせてしまった。
「ちゃんと動くかどうか、確認してください」
改修された《魔法使いの杖》は、長さ80cmほど。柄の先端には、二まわり太い金属製の柄頭が付いている。
形だけ見れば、シンプルな槌鉾。『杖』の範疇と呼べるかもしれないが、通称から考えると異形。
それをアイマンが手に取り集中すると、脳内に反応が返って来るのを感じた。
その感覚を説明するのは難しい。普通に目で物を見ながら、頭の中にもう一つ目が作られ、それでパソコンのユーザーインターフェイスを見ている、とでも言おうか。
《マナ》を通じて周囲の状況を観測するセンサー機能も問題なく動作、脳内の<術式|プログラム>の展開も可能。
再度に試験動作として、視覚内の物体に向けて最低出力で術式を実行。発光する幾何学模様が作られ、エントロピーが増大させて温度を急上昇、灰皿に残っていた煙草の吸殻が発火点を超えて燃え上がった。
やはり《魔法》を使う場面に見慣れていないのか、様子を窺っていた残る犯人2人も、この発火現象に息を呑む。
「問題ナイようデス」
アイマンが喜びに顔を歪め、槌鉾を軽く振る。バットを振った時よりも重い風切音が事務所内に響く。
その様子を見て修正は不要だと判断し、トランクケースに機器を折り畳んで片づけながら、コゼットが注意する。
「出力は元の70%ほど。それに特殊鋼が手に入りませんので、外装はこの工場にあった普通鋼を使ってますし、耐久性は保証できません。それで殴り合いはおすすめしません」
《魔法使いの杖》は電子機器とはいえ、白兵武器として使うことが少なくない。言うなればパソコンで殴り合うようなものなので、あらゆる対抗策が施されてるのが普通だが、急造のこれはそんな処理をしていない。
魔道具だがランクが低く、耐久度は壊れる寸前の武器。ゲーム的に説明するなら、そういう状態だろうか。
しかしそれでも警察などでは対抗できない、現存するあらゆるものを凌ぐ兵器として機能する。
「それで、これからどうされるおつもりでしょうか? そして私はどうなるのでしょう?」
パタンと音を立ててトランクが閉じられる。
これで犯人たちが求めるコゼットの用事は終わった。まだ用事が残っているとすれば、それは人質としての役割だけ。
「これ以上無体なことをされると、神戸に住む《魔法使い》が邪魔をするでしょう」
言われてアイマンは、逃走中に追いかけてきた2人乗りのオートバイを思い出す。
「アの人たち、ナンデスカ?」
「|準軍事組織《Paramilitary》……とでも言えばわかりやすいでしょうか?」
《魔法使い》によるそんな存在は普通いないというのは、アイマンでも知っている。
しかし現実にそういう組織――都市防衛部が存在し、仲間が2人倒されているのを、無視できるはずはない。
「実力としては、きっと貴方の方が強いでしょうが、今の状況では果たしてどうでしょう」
「――アイマン」
呼びかけたのは、作業中のコゼットに話しかけてきた犯人一味の1人・グラーム。
アイマンと彼は、コゼットが理解できない言葉――インド・パキスタンで使われているウルドゥー語――でしばし話し合う。
落ち着いたグラームの言葉に対し、アイマンは不機嫌な言葉を返す。
会話の内容はコゼットには理解できないが、常識的で慎重な兄貴分と、反抗的で性急な弟分という印象を彼女は受けた。
(アイマンという方は力に溺れるタイプの方でしょうから……根拠のない自信で木次さんと戦おうとしてるのでしょうか? それをグラームさんが止めてるのでしょうか?)
そんな事を考えつつ、2人の会話をしばらく眺めていると、意見がまとまったらしい。
「――ッ」
舌打ちし、ふて腐れた様子のアイマンに代わり、グラームがコゼットに話しかける。どうやらグラームの意見に従うことになったらしい。
「仲間が空港に逃走手段を確保している。あんたにはもう少し付き合ってもらう」
「私に拒否権はないでしょうし、仕方ありません……」
しかし、と続けてコゼットは窓の外を見る。
相変わらずパトランプの赤い光が外から差し込んでいる。
「警察に囲まれてますが、どうなされるおつもりですか?」
「強引に突破するが、必要以上の刺激する気はない。あんたを人質にして、大人しく道を空けてもらう」
グラームの言葉を聞いてコゼットは安堵する。
(ここで《魔法》を使った戦闘を起こせば、警察の方が何人犠牲になっているか……これで大量虐殺は避けられますか)
自分が望む方針に事態が進んだことに少しだけ満足し、コゼットはトランクを机から重そうに下ろした。
「それで私は、どうすればよろしいのでしょうか?」
「その荷物は置いていってもらう」
これ以上の用事がなく、大きくて重さもある携帯作業機械は邪魔になるので、グラームのその言葉は当然だろう。
それにコゼットは焦り、しかし表情には出さず、アイマンに呼びかける。
「今後新たな《魔法使いの杖》を手に入れるまで、その応急のもので全く問題がないとおっしゃるのでしたら、置いていきますが、どうします?」
「…………」
それは今後も犯人たちと行動を共にするということになる。
アイマンはしばし顔をしかめて考えた末に、グラームを促すと、仕方なさそうにトランクは持ち上げられた。
どうやら荷物は彼が運んでくれるらしい。それを見てコゼットは、内心冷や汗をぬぐった。
(今のは危なかったですね……)




