00_160 PM21:39 ミーティング
合間の話です。
クライマックスまで、まだ少しあります……
「おー! トージくん! 似合うじゃない!」
樹里に案内され、再び理事長室に入った十路を迎えた第一声が、これ。
「まるでキミのために誂えたようにピッタリだね!」
服を着替えた十路を眺め、満足げにうなずくつばめとは対照的に、彼は憮然とした顔を作る
「『ように』じゃなくて、俺に着させるために用意してたんでしょう……最初っから俺を転入させる気マンマンですね?」
「当たり前じゃない。でないと招致しないよ」
「フツー、ここまでしないと思いますけどね……」
十路の服装は、カッターシャツにスラックスパンツ。加えてネクタイと校章の刻まれたタイピンをつけている。
つまりサイズがピッタリの、修交館学院高等部の制服に着替えている。
「堤さん。ネクタイ曲がっていますよ」
そう言いつつ樹里が無造作に、十路の首元に手を伸ばす。
「いや、だから、そういうことすると男が勘違いするって言っただろ……」
「へ!? や!? そういうつもりじゃなくて、私が気になるというか……」
「まぁ、ロクにネクタイ締めたことないから、ありがたいけど……」
「前の学校の制服は学ランだった――わけないですね……」
「前の学校で着てたのは迷彩服3型。ブレザーも詰め襟も着たことない」
「……それは、その……なんと言いますか……」
「普通の学生だった経験がないんだから、仕方ないだろ?」
「や、別に文句を言うつもりはないですけど……はい、これでいいですよ」
「さんきゅ」
首元の結び目を直す樹里とされるがままになっていた十路。その2人の様子を、つばめはニヤニヤした笑顔で見守っている。
「あららー? もう仲良し? やっぱり運命感じちゃった? 見せ付けてくれるねー?」
「ややややや!? そうじゃなくて!?」
「部則で一応は禁じてるのに、なんかジュリちゃん、トージくんの事情を知ってるっぽいしぃ」
「や! それは! 話の流れで知っちゃっただけで!」
「はいはい、理事長。ウブい木次をからかわなくていいんで、話を進めてくれません?」
「……なんかつまんない反応」
「木次と面白い関係になった覚えないですし、今はそれどころじゃないでしょう?」
少しからかわれた程度で顔を赤くする樹里と、そうやって日頃いじって遊んでるのであろうつばめ。
こんな状況で緊張感がないのをどう判断したものか、2人を見て十路は小さいため息をつき、口火を切る。
「理事長。防衛部は事件にどう対応する気ですか?」
「ついさっき、県警本部と自衛隊から正式な協力要請が防衛部に入ったよ」
「内容は?」
「犯人たち、特に国籍不明の《魔法使い》の逮捕って依頼だよ」
「協力っていうか、押し付けてるだけだし……現場を知らないお偉いさんは気楽に言ってくれるもんですね……」
「トージくん、できると思う?」
つばめに問われて、十路は自己評価し、樹里を見る。
「……用事でいないって聞きましたけど、防衛部の部長に手伝ってもらうわけにはいかないんですか?」
ゲーム的に考えて、一般人をLv1とすると、十路はせいぜいLv15、樹里はせいぜいLv30。相手の《魔法使い》は少なく見積もっても、樹里よりは上だろうと推測する。
《魔法》を使えない《魔法使い》と、不安要素のある未熟な《魔法使い》だけでは、またも戦闘するのは危険だと判断して質問に質問を返した。
「大丈夫。キミたちが動きはじめたら、対応して動いてくれる。度胸も相当だから、十分戦力になるよ」
「その人が《魔法》でできることは?」
「基本的なところはなんでもアリ。RPG的に言うなら、Lv70、地属性が得意な魔導師って感じ?」
「その人と協力できるなら、戦力的には可能でしょう。問題は犯人たちの逃走手段と経路ですね」
ゲームと現実は違って、広範囲魔法を使って敵だけ倒すというのは無理だから、《魔法》を使って戦闘行為を行えば、当然周囲も破壊する。
そんなことを街中で起こせば、怪獣が暴れたような有様になるだろうから、それは避けたい。しかし避けるように動くのも難しいと十路が悩む。
「そのことだけど、関係あるかもしれない情報が、要請と一緒に入った。9時過ぎ……まだ30分たってないかな? 神戸空港島にはシュペルっていうヘリコプターメーカーの施設があるんだけど、そこに拳銃を持った複数の人間が侵入したらしい。幸いにも中にいた人たちは追い出されただけで、ケガはないようだけど、犯人たちはそのまま立てこもってるって」
「シュペルのヘリか……」
中型以上ならばヘリでも600km以上の航続距離を持つ機種がある。現実に実行するとなるとなかなか厳しいものがあるが、スペック的には神戸から韓国まで届く。
国外脱出することに、対国の反応が気になるところだが、王女を人質にとり、犯人が貴重な人的資源である《魔法使い》であることを上手く使えば、安全に日本を脱出することも不可能ではない。
《魔法使い》は軍事に携わる。それに犯人の仲間たちが軍人崩れだとすれば、ヘリの操縦経験者がいてもなんら不思議ない。
確実性には少々疑問が残るが、旅客機をハイジャックするなどした場合、交渉などで発進できない危惧を考慮すると、自分たちの手で自由になる手段を使おうとしたとも考えられる。
前の学校で学んだ知識と照らし合わせて、そのように十路は推測した。
「……仲間がいるなら、当たりの可能性が高いですね」
「今の状況なら、ハズレの可能性の方が低いよ」
「あそこは空港関係の施設しかない人工島です。閉鎖して無人にできれば、被害を気にしなくてすみます」
樹里の言葉に十路は、王女を迎えに空港まで行った時のことを思い出す。
陸上の交通手段は道路と鉄道1本でしか結ばれていない海上空港。主犯であろう《魔法使い》はともかく、他の常人である犯人たちは、逃げ場がなくなるであろう。
「とりあえず、犯人たちを泳がしましょう。空港島の閉鎖に加えて、怪しまれないように警察に撤退ってお願いできるもんですかね?」
「大丈夫。絶対になんとかする」
「安請け合いして大丈夫なんですか?」
「《魔法》で吹っ飛ぶって言えば一発!」
「つばめ先生……それ、脅迫じゃ……?」
「……まぁ、結果がよければ手段は問わないことにしよう」
つばめの明るい暴言に不安は覚えるが、これで戦場も確保できる。
「あとひとつ、不安要素が残ってるけど……」
「キミたちが戦ったオートバイのこと?」
「はい」
十路たちは知る由もないが、市ヶ谷を名乗る男のこと。
「アイツにまた邪魔をされたら、俺たちじゃどうにもできない」
「あの時も堤さん、そんなことを言ってましたけど……わかるんですか?」
「あぁ。ゲームに例えれば職業:魔法戦士。Lvは最低99」
「……関わりにならないのを祈りたいですね」
「出てきたら俺たちは逃げるしかない」
「トージくん、そこで戦うって選択肢は?」
「俺そういうキャラじゃないですし、犬死に確定なんで無理です」
ひとまず話はまとまった。
そこでつばめが改めて真剣に口を開く。
「最終確認。トージくんもジュリちゃんも、この事件に関わる気?」
「は?」
「こういうのって部の義務って、部長から聞きましたけど?」
「うん、まぁ、そうなんだけど」
十路や樹里には今更に思える再確認だが、どうやらこの部の責任者には、とても大きな意味があるらしい。
「外部からの認識はともかく、わたしはこれを学生の部活動だと考えている。軍事組織でもないし、学生の活動でも委員会でもないから、義務が存在しない」
ここで学生の部活動であることを強調する意味が、十路と樹里にはよく理解できない。
しかし部則に『学生らしくあれ』とあるのだから、そこには意味があるのだろう。
「だから自分の意思でやめることができる」
「……やめたら後が怖いことになりそうなのは、私の気のせいですか?」
「うん、ヤバイ。今の生活ができなくなると思って」
「だったら行くしかないじゃないですか!」
つまり樹里は、この部活動に参加を、自分の意思で表明した。
「トージくんは?」
「卑怯ですよ、それ?」
「うん、承知で言ってる」
「……厚い面の皮してますね」
選択肢を与えつつも、実際には一方しか選ぶことのできない、つばめの汚いやり方。
人を食ったような態度は垣間見ていたが、改めてつばめの考え方に、辟易しつつも十路はうなずくしかない。
「わかりましたよ……木次1人にやらせるわけにもかないですし。ただし、俺は体験入部ですから」
「入部するとは言わないんだ?」
「あんたの言いなりになるの、なんか気に食わないんですよ」
「アンタ……これでも最高責任者なのに……」
「あんた呼ばわりが嫌なら敬意を抱ける人間になってください。特に29歳独身を気にしてるなら」
「ぐさっ……!」
「で、俺たちの装備は?」
机の下にもぐりこむつばめの心情は無視し、十路は半眼で先を促す。
『あんた』呼ばわりと『29歳独身』のショックで失意体前屈でもしたのかと思いきや、つばめは机の下から金属製のケースを2つ持ってすぐに出てくる。
「はい、これ。すぐ使えるように用意してあるよ」
学校にオートバイが運ばれた時に外したままなのだろう、空間圧縮技術が応用されたパニアケースが机の上に置かれる。
「それから、トージくんにはコレも」
一緒に差し出されたのは、修交館学院の校章が描かれた腕章。
「これは?」
「部活中の証明みたいなものですかね? さっきは付けてる暇がなかったですけど」
元々持っているらしい。ポケットから出した腕章を、ブラウスの左腕に安全ピンで留めながら、樹里が答える。
風紀委員的な証明のつもりなのかもしれないが、樹里が付けるとなんとなく、小学生の登下校時に横断歩道で旗でも持って立っていそうな雰囲気がある。
「《魔法使いの杖》を持っていれば、身分証明になりますから、なにかの役に立つってわけでもないですけど」
「まぁ、気分の問題?」
「ゴッコ遊びの感覚でいられても困るんですけどね……」
愚痴をこぼしながらも、十路も腕章をカッターの袖に安全ピンで留め。
そして各々に差し出されたケースを手にし。
「それじゃ木次、行くか」
「はいっ」
怠惰な野良犬と、人懐こい猟犬が、気負いをせずに並んで出かけていった。




