00_140 PM20:45 世界の理1
検証事項:諸設定説明
実験のためにわざとこうしたのですが、ようやく諸設定の説明です。
『市ヶ谷』と名乗ったライダースーツの男と、一時人質になっていた工場の従業員たちがいなくなり、たった2人だけしかいない事務所で、コゼットはドライバーを置き、外装のプラスチックの塊を軽く投げ捨てた。
犯人たちに集めた電子機器は、携帯電話、パソコン、HDDレコーダー、携帯ゲーム機。この工場と周辺で集められるものなら、この辺が限度だろう。
今は全て分解され、デスクの上で小さな山を作っている。
(わかってはいましたけど、大事になってますね……)
窓の外から大量のパトランプの赤い光が、室内に差し込んでいるのを見て、コゼットは小さくため息をつく。
これからの事――アイマンの《魔法使いの杖》を修理した場合のことを考えると、この警察の包囲は危険なのだが、なんとか上手いことできないものかと思う。
「……なぜこんなものが必要なんだ」
「あら?」
コゼットの働きを見張っていた誘拐犯の一人が、アイマンよりもずっと流暢な日本語で声をかけてきた。
覆面をしているため正確にはわからないが、コゼットよりも年嵩で、落ち着いた雰囲気の男のように思う。車を運転していた、アイマンが喚いていた時には諫めていた犯人だ。
彼はサブマシンガンをいつでも撃てるよう持ったまま、分解した電子機器の基盤をしげしげと眺めていた。
「貴方も日本語を話せる方でしたか」
「あぁ」
「『貴方』ではお話がしにくいので、お名前を聞かせて頂けますか?」
「……グラームだ」
ちなみにコゼットは知る由もないが、郊外のビルでアイマンが仲間を集めた際、報酬を見せても醒めた様子をただ1人見せていた男だ。
「それで、なぜこんなものが必要なんだ」
仕事に使っていたものだろう、この事務所には型落ちしたものでもデスクトップパソコンは最初からある。必要な補修材料は電子機器を分解することで、一応は確保。工場の方から延長ケーブルで電源も確保。
準備は終わり、工具箱が届くまでやれることはない。
暇つぶしに丁度いいかと思い、彼女はグラームに説明をする。
「"Multirole Atteibute Nano-technology Artifacts" "Environmental Control" "Absolute-operation Brain-machine Interface System Tools" "Organum syndrome onseter"」
ずっと日本語を話していたコゼットの口から、金髪碧眼の外見からは違和感ない流暢な英語が飛び出す。
「グラームさん、どれか一つでも聞いたことがあります?」
「……いいや」
「普通の方はご存じないでしょうね」
それにあのアイマンという《魔法使い》は、こういう話をするタイプではないだろう。
しかも普通の人間は『オカルト』という『常識』を持っている。
本当ならじっくり時間をかけないと理解できないことだろうが、コゼットは少々イタズラ心を出し、一気に説明する。
「多機能特性のナノテク人工物。環境操作。絶対操作を行うための道具形状の脳と機械のインターフェースシステム。オルガノン症候群発症者。それぞれ《マナ》《魔法》《魔法使いの杖》《魔法使い》の正式名称です」
「……?」
つまりグラームに限らず、多くの人々が知っている言葉は、全ては通称だった。
「《魔法使い》とは、オルガノン症候群と名づけられた脳の異常発達症状により、ブロードマンの脳地図における脳機能野が52野より多い人間」
オルガノンとは、ラテン語の『道具』を示す。
現代社会の《魔法使い》の素質とは、魔力量などではない。脳だけとはいえ、体の仕組みそのものが常人とは違う。
「53野以降の脳機能は、ヒト大脳としての機能とは半ば独立。アナログ的な生物脳としての機能ではなく、デジタル的な機械的性質を示す。個人の人生経験から外部に出力可能な『術式』を自動作成し、世界最高レベルのスーパーコンピューターに匹敵する演算能力を所有する」
つまり《魔法使い》とは、無線式の特別なLANと、知識と経験から『術式』という名のプログラムを自動作成するソフトウェアを持つ、頭の中に生体コンピューターを収めた人間。
「その脳機能は、『塔』から発生し、空間に漂う《マナ》――多機能ナノテクノロジーを通じて周辺の情報を取得、そして『術式』にパラメーターを反映させて通信しエネルギーを与える環境操作――つまり《魔法》を使うために存在する」
Multirole Atteibute Nano-technology Artifacts――略称《マナ》は不定形の万能の道具。古典物理の『重力』『電磁気力』、素粒子力学における『強い力』『弱い力』などなど、物理法則にのっとった力学制御を行う極小機器群。
どう機能させるかという制御情報と、それに見合うだけのエネルギーを与えてやることで、通信機にも、センサーにも、医療機器にも、製氷機にも、重機にも、粒子加速器としても働く。
フィクションにおける『マナ』との違いは、正体不明の粒子などではないという点を除き、現実とそう変っていないと言えば変わっていない。
「しかしヒト大脳部分と、《魔法使い》としての脳機能は、半ば独立しているために、ある物を持たないと、その能力は発揮されない」
パソコンに例えると、《魔法使い》はハードディスクの本体のみ。
扱うためには、状況を確認するためのディスプレイ、操作するためのキーボードやマウスといった入力機器、そしてプリンターやスピーカーといった外部出力機器が必要である。
それに当たるものが――
「そのために必要なが《ABIS-Tools》 大脳のヒト部分と《魔法使い》部分を無線接続し、思考で環境を操作するためのインターフェース。それを使って《マナ》と通信すると共に、内臓されているバッテリーから、莫大な電力を与える絶対操作を行うことで、実行を可能とする」
ゲームとは違い、マジックポイントやスキルポイントといった概念は存在しない。
電力。それが《魔法》の源。
そして《魔法使いの杖》とは《魔法使い》が必須とするアイテムだから、そう呼ばれているだけで、実際は杖ではなくても構わない。ある程度の大きさ内に留め、携行性がないと使いづらく、そしてイメージを重視して、杖の形状であることがままあるが。
余談だが、通信とエネルギーのやり取りを行った際に《マナ》は発光する。それがEC-sircitと呼ばれる『魔法陣』
「それを持つことで、《魔法使い》は考えるだけでなんでもできる」
現代の《魔法》とはつまるところ、物理学に基づいた、ナノテクノロジーによるエネルギーと物質の操作。
常人には不可能に思えることでも、物理法則に基づくことであり、知識と経験から『術式』さえ作れれば、なんであろうが可能。
『空を飛ぶ魔法』――つまり重力の制御により、宇宙空間でなければ製造できない金属化学の新素材開発。
『炎を操る魔法』――つまり机上の空論だった核融合などの新エネルギーの実現。
『治癒の魔法』――つまりナノテクノロジーによる治療法の確立。
誰もが知っているフィクションの中の空想を、科学的に再現させる事ができる。
「あまりにも見た目がそれらしいので、オカルティズムな通称が一般的となって誤解も広まっていますが、《魔法》に関わる一連のシステムは、オーバーテクノロジーと呼べる科学技術なのです」
あるSF作家は言った。
『高度に発展した科学は魔法と区別がつかない』と。
現代の《魔法》は正にそれ。
30年前、世界21カ所に出現した『塔』、そこで生産され散布される《マナ》、そして《魔法使い》の突然発生など、未解明な部分を残しているが、『魔法』というオカルトを、判明できた範囲の科学で、人類は再現してしまった。
「余分な話が加わってしまいましたね。CPUやバッテリーなどにも、オーバーテクノロジーと呼べる技術が積まれていますが、《魔法使いの杖》とはインターフェス、電子機器なのです。なのでグラームさん? 修理に電子機器の部品を使おうとする理由、理解されましたか?」
「…………一応はな」
どこか得意気なコゼットに、グラームはようやくといった風に、呻くように返事する。
日本人相手でも簡単に説明しただけでは理解できない内容を、日本語に慣れているとはいえ、外国人に日本語で説明したのだ。たぶん半分も理解していないだろうとコゼットは推測した。
「あんた……ずいぶん余裕があるようだな? なぜそんなに落ち着いていられる?」
「グラールさん。王族は常に平常心でいることを求められます。それに私にも子供ではないのでプライドがあります。このような事態に巻き込まれたとしても、泣き叫ぶような無様な姿をお見せしたくありません」
王女の微笑みを浮かべてコゼットが答えた時、不意に事務所のドアが開いた。
入ってきたのは残り2人の誘拐犯。アイマンと名前不明。
「――これデスカ?」
「えぇ。それが私の工具箱です」
周囲を包囲する警察を通じて、犯人の要求するものとして届けられた。
アイマンが差し出したのは、『工具箱』という言葉から連想されるものと違い、大きさは60cm×40cm×20cmほど、いい具合に色褪せたアンティークな皮製トランクケース。
「作業に使える時間はいかほどですか?」
古びたトランクの外見とは裏腹に、ロックは指紋認証式。検知部に指を当てながら、コゼットがアイマンに訊ねる。
グラームは未だ彼女に銃口を向けているが、このトランクに武器が詰まっていることを想定もせず、残りの誘拐犯たちは警戒していない無用心さを、コゼットは内心呆れた。
「1時間デ」
ようやくアイマンの手から《魔法使いの杖》が手渡される。
逃走中の使用状況を見て、状態がかなり悪いと想像していたが、手にしてコゼットは改めて驚いた。
市ヶ谷と名乗るライダースーツの《魔法使い》と戦闘したと、本人から聞いたが、これでは廃棄寸前の壊れよう。発揮できる出力は推定で元の3%以下。それでも動いているのが奇跡だと思える。
しかし動作しているなら、不完全ながらも修理は可能だとコゼットは判断して、この仕事を引き受けた。
「不可能ではないですけど、補修資材も十分と言えませんし、かなりずさんな修理になります。発揮できる出力は元より下がるでしょう。それに形状も大幅に変ることになります。それでもよろしいですか?」
「……仕方ないデス」
開いたトランクの中からケーブルを取り出し、古い形のデスクトップパソコンに接続し、ドライブにCD-ROMを入れてソフトをインストール。
そちらは放置し、延長コードで引っ張ってきた電源に、これまた中に入れているコンセントを接続。
中に詰めていた衝撃緩衝材を取り出し、折り畳んで収納してある機器をセッティング。
最後に取り出したのは、ケーブルが接続された左腕だけの極小マニピュレータ操作用手袋と、顕微鏡の映像を映すゴーグルタイプのヘッドマウントディスプレイ。
旅行カバンと思っていた中身は、顕微鏡と小さなロボットアームが一体化した、携行可能な極小機械作業台であった。
現代の《付与術士 》の作業には、床に大きく描かれた魔法陣も、魔女の大釜も必要としない。必要なのはプログラミングを行うためのパソコンと、商用200V電源。
「では、始めましょう」
豊かな金髪を輪ゴムでひとつに無理矢理まとめ、コゼットはいつもと同じ王女の笑みを浮かべた。
英文(?)のルビ振りが不可能なようのため、書き方を変えてます。
単語の途中で改行されているので、空白挿入などで修正しようかと思いましたが、表示形式の違いもあるかと思い、放置しています。
しかし我ながらルビが多い……
1/16 誤字修正
1/20 表現修正




