00_010 AM10:47 静岡県御殿場市某ファミレスにて
検証事項:ぱっと見読めない固有名詞
この小説に登場する諸々は、実在の人物や企業・団体とは関係ありません。実在の地名は出てきてますが、微妙に違ったりしてます。
「お待たせ致しました」
ドリンクバーのコーヒーと、オレンジジュースしか乗ってなかったテーブルに、ウェイトレスの手で、チョコバナナパフェと伝票が置かれた。
「サーンクス」
「ごゆっくりどうぞ」
朝食には少々遅く、昼食には早い時間の、静岡県御殿場市。
7月を過ぎれば登山客が増えるのだろうが、まだ6月のために人もそう多くない、富士山麓の一角に構えるファミレスで、1組の男女が向かい合うテーブルから、ウェイトレスが離れた。
早速パフェの器にスプーンを突っ込むのは、中学生と思えるショートカットの小柄な少女。
それを頬杖をついて眺めているのは、少年と呼ぶには少し過ぎたボサボサ頭の高校生。
少女の雰囲気は天真爛漫。
大胆に足を出していても色気は感じず、健康そうな印象が先に立つ。幼さを残した明るい顔立ちには、どこかイタズラ小僧のような愛嬌がある。
連想するのはネコ科の動物。ヌイグルミのようで愛嬌を振りまいているが、それは幼いながらも野生の虎。
青年の雰囲気は怠惰。
『鋭い目つき』と言えば聞こえはいいが、気が抜けていれば人相が悪いだけ。量販店のポロシャツとジーンズに包まれた体は細身の筋肉質だが、背筋を丸めて頬杖をついていれば、そんな体付きは隠されて、ただだらしない。
例えるなら野良犬。今はエサをもらって満足そうに昼寝してます。
少女の名前は堤南十星。
青年の名前は堤十路。
顔立ちも雰囲気もあまり似ていないが、2人の関係は同じ姓が示している。
「なとせ。ほら、ついてるぞ」
パフェグラスに半分顔を突っこんでいたために、鼻の頭についたクリームを、テーブル越しに手を伸ばしてナプキンで拭いてやる。
「さんきゅー」
「久しぶりに会うけど、お前、なんも変わってないなー……」
「相変わらず食べ方が子供っぽい?」
「……まぁ、そんなとこ」
Tシャツの上に羽織ったミリタリーベスト、今はテーブルの隅に乗せているキャスケット帽、履いているのはデニムのホットパンツにバスケットシューズ。
少年にも見えてしまう南十星の服のことを考えていたが、それは口に出さない。
「悪いな、なとせ……平日なのに呼び出すことになって」
「気にしない気にしない。たった2人の兄妹じゃん。それに今さら学校休んだところで、あたしゃ補習受ける成績だし」
「お前なぁ……」
「兄貴、そんなことより」
連絡自体はそれなりにしていたものの、直接顔を合わせるのは数カ月ぶり。
はるばる飛行機に乗って会いに来た南十星は、スプーンを置いて、再会と転機を祝った。
「退学おめでと――を゛っ!?」
多大な怒りと、ほんの少しのやるせなさと、僅かばかりの『コイツやっぱりアホだ』という再認識が込められた、十路の渾身のデコピンが炸裂した。
額を押さえた南十星、二人掛けのソファを涙目でのたうち回る。
「なにがめでたいかこの愚妹がぁ!?」
「『シャバの空気ウメー』って感じっしょ!?」
「規律の凄まじい学校だったよ! 刑務所出たような気分ではあるよ!」
「だったらめでたいじゃん!」
「寮を追い出されたら生活に困るんだけどな!?」
「こっち来りゃいーじゃん。おじさんたちも『そうしろ』って言ってくれてたよ?」
「いや、気持ちは嬉しいけど……」
早急に解決しなければならない現実的な話になり、そして店内の非難の目にも気づき、声のトーンが下がる。
2人の両親は、すでに他界していて、子供の頃に生活していた家もない。
だから南十星は、十路が全寮制学校に進学したのを機に、伯父のところで生活することになり、そして十路は学生寮が唯一の寝床だったのだが――
「じゃあ、どうすんの? いつもの『なるようになるさ』的なぁなぁ主義を発揮しても、どうもできないっしょ?」
その質問に答えず十路は、A4サイズの封筒を差し出した。
「なにそれ?」
「学校案内、だろうな……」
封筒の下部に印刷されているのは、『学校法人 修交館学院』という文字と、兵庫県神戸市の住所。
既に封は切ってあるので、遠慮なしに南十星は中身を確認する。
「わぉ、すっごい学校じゃん」
厚手のパンフレットには、広い敷地に建つ、まだ新しい校舎群と、充実した学校設備の数々がカラー印刷されている。
私立校に多い付属型。いわゆるエスカレーター式なのか、法人全体だと幼稚園から大学院まで同じ名前の学校があるらしい。
「このパンフ、兄貴が頼んだの?」
「いや。1週間くらい前に、なぜか寮の机の上にあった」
「なんで?」
「俺が訊きたいよ……」
それはつまり、通常の郵便物とは違って、学校の事務局も寮監の手も通すこともなく、正体を知られないよう誰かが直接、十路にこれを渡そうとしたということ。
中身がパンフレットだけなら、十路の今後を心配する誰かの親切と考えることもできるが、同封されていたのは、それだけではなかった。
転入時に必要な書類もろもろ。授業料免除の申請用紙。学生寮の入居に提出する書類その他。
極めつけは、既に十路の顔写真が貼られている、修交館学院高等部3年生の学生証。
「どーやら俺は、その学校からスカウトされてるらしい……正直、不気味なんだけど?」
「まさか兄貴の退学と関係してんの?」
「わからない。関係ないと断言できないけど、関係あるとは考えにくいんだが……」
十路をスカウトとするために、退学させる暗躍があったとは考えられないが、見知らぬ学校の誰がどこで十路の退学話を聞いたかという疑問が残る。
「でも、こんな物まで渡されたからな……」
そう言いながら十路が見るのは、ソファの隣に置いたケース。
縦30cm、横40cm、厚さ10cmほどの、アタッシェケースのように合金に覆われている小型のものだ。
「そーいやさっきからソレ、気になってたんだけど、中身なんなの?」
「秘密だ。お前には見せられない」
「エロ本ぐらいどーってことないって」
「すぐそっち方面を連想するところに、お前のダメっぷりが表れてる」
「男が女に見せられないモンって、それくらいしかないじゃん?」
「アホか」
「あ、妹モノとか制服モノならまだしも、母親モノとかホモだったら引くな……」
「…………話を戻すな?」
人一人のこととはいえ、これだけの用意をするとなると、金銭的に決して安くない額を使うことになるはずだが。
「どこかの誰かが心配してくれるのは嬉しいけど、ここまでする価値が、俺にあるか?」
「あるじゃん? 特殊な才能と経験の持ち主」
「それこそありえない」
十路はコーヒーカップを持ち上げて、すする間の一呼吸分で、自嘲にならない準備をしてから口を開く。
「――お前もわかってるだろ? それが俺が育成校に通うことになって、今回退学になった理由だ」
「じゃあ?」
「わからない。だから、これからその学校に行ってみて、直接話を聞いてみる」
「いきなり行って大丈夫なの?」
「もう電話してアポは取ってるよ」
南十星がストローでオレンジジュースに浮かんだ氷をつつく。随分つまらなそうな顔で。
「……そこに転入するかどうかは、その話次第ってこと?」
「そういうこと。条件次第ではこの不気味な誘いに乗ってもいいし、無理だと判断したら……伯父さんに迷惑かけるかもしれない」
「メーワクかけるって言っても……こっちに来るって意味じゃないよね?」
南十星は歳相応の拗ねた顔で、十路の顔を見つめる。
「あぁ……そうなるな」
対して十路は歳には似つかわしくない、諦めのような老齢さで溜息をつく。
そんな様子に南十星は気まずげにストローを動かして、迷った末に口を開いた。
「……さっきは茶化したけど、あたしは兄貴が退学になって、よかったと思う」
「まぁ、な……」
「兄貴はどうなの?」
「生活には困るけど、もうあんな事に関わらなくて済むから、ホッとしてるのが正直なところ」
「だけど、もう一緒には暮らせないんだ……?」
「俺はお前の近くにいるべきじゃない。俺たちは親がいないから、家庭の事情がややこしいし、なにより普通に生きれる境遇じゃない」
「…………」
無言になった南十星の、ストローを動かす手が止まった。
「……あいつら、ふざけてる」
人懐こい瞳が細くなり、獣じみた光が宿る。愛らしさが消え失せて、幼いながらも虎の野性が現れた。
「なとせ」
何気ない呼びかけに冷たさがこもる。怠惰な野良犬が伏せたまま、軽く牙を覗かせる。
「だって……みんなして兄貴のこと、バカにしてるじゃん……」
それだけで子虎は大人しくなり、シュンとして爪を肉鞘に収めた。
「仕方ない」
そして野良犬は苦笑して、子虎を慰めて、寝転がって愛嬌を振りまかせる。
「ただでさえ、俺は世界で一番夢がなくて、一番面倒の多い人種なんだぞ?」
言葉を切って、コーヒーカップを空にして。
「――俺は《魔法使い》なんだ。しかも出来損ないの」
▽▽▽▽▽
世界には、《魔法使いの杖》を手に、マナを操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。
しかし秘術ではない。誤解と偏見があったとしても、その存在は使えない常人にも広く知られたもの。
そして古よりのものではない。たった30年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。
なによりもただのオカルトではない。その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。
知識と経験から作られる、再現可能な奇跡。それが現代で《魔法》と呼ばれるモノ。
その力は、多岐に渡る分野で応用が期待されている。『空気を操る魔法』と『空を飛ぶ魔法』による金属化学の新素材開発、『炎を操る魔法』の応用で新エネルギーの研究、『治癒の魔法』で最先端医療でも不可能だった治療法の確立などなどなど。
つまり現代社会における《魔法使い》は、優れた科学者であり、技術者であり、研究者でもあると、世間的には定義されている。
しかし存在そのものは知られたものであるが、《魔法使い》は日常的な存在ではない。
その価値が発揮されるのは、人々の生活に直接関わる部分ではないため、まず知られないからだ。
加えて、《魔法》を扱える人間は、非常に少ないという理由もある。
人ならざる知識を処理するための、特殊な脳機能を持つ人間は、遺伝学的に数千万分の一の確率でしか誕生しない。
そのため現代では、世界的にも貴重な人的財産として扱うことを、法律で定めている国がほとんど。幼少期の検査で適正があると判断された子供は、レベルごとにそういった全寮制の学校に集められて生活し、一般教養と並行して専門技術の教育を受けることになる。
十路が通っていたのも、そういった特殊教育機関、通称『育成校』。
完全寮制、生活費も学費も全て国費で賄われ、次世代の発展に必要不可欠な人的財産を、未来を作り出す人材へと育てると謳った国家機関。
堤十路は、そんな学校を強制退学させられた。
彼が『出来損ない』になったから。
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1/10 ルビがくどいので削除
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