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SSSS(プロトタイプ)  作者: 風待月
00 体験入部
19/34

00_130 PM19:29 交渉

視点が主人公に向けられたものではないですが、必須の文章です。


 誘拐する時に、故意に事故を起こした無理がたたったか、誘拐犯たちの車の動きが悪くなった。

 遠くに逃げるには別の手段が必要だと、リーダーであるアイマンは判断し、車を放棄、予定を変更した。

 神戸市自体は脱出したが、隣の市である西宮市、淡路島に存在する《魔法》の発生源『塔』の130km圏内。阪神工業地帯を成す、工場の一つを占拠した。

 そこは大企業の下請け・孫請け業務を行っているという風の、社員十数人規模の小さな精機工場だった。

 犯人3人、しかも一人は顔面をオートバイと衝突して負傷しているが、威嚇射撃するだけで、残業で残っていた数名の社員を制圧が可能だった。

 表はシャッターを降ろし、出入り口は全てカギをかけて封鎖し、その工場の事務所、スチール製のデスクが2つあるだけの6畳ほどのスペースに、銃を突きつけられたコゼット・ドゥ=シャロンジェを含めて、社員全員が連れ込まれた。


(どうもこの犯行は行き当たりばったりな雰囲気ですね……)


 言葉は通じていないが、特に反抗しようとはしないので、犯人たちにとっては扱いやすい被害者であったが、落ち着き過ぎていることに不審を覚える者もいた。

 だから彼女は今、ガムテープで腕を固定されて、椅子に座らされた。


「……なんなんだ、あいつら……」


 作業服を着た中年の社員が呟く。

 他の社員たちも口に出さないまでも、彼と同様に銃を持つ乱入者に混乱している。


「大丈夫ですよ」


 そんな彼らに、コゼットは微笑する。


「座っててください。彼らは下手に刺激しなければ大丈夫です」


 彼女は自分自身の社会的立場を理解している。

 いかなる理由であっても、犯人たちの目的が達せられないうちは、大人しくしている限り安全であろうと。

 そして彼女は自分の見た目の価値を理解している。

 『女の武器』と言われればそれまでだが、王女の微笑みは人を魅了し、こういった場合は平常心を誘う。


「あ……はい……」


 金髪碧眼の女性に流暢な日本語で語りかけられ、中年の社員は呆気に取られながらも、部屋の隅に他の社員たちと固まって腰を下ろす。


 それに安心し、自分の事情に赤の他人を巻き込んだことを、コゼットは申しわけなく思う。


(それにしてもあの娘たち、大丈夫かしら……?)


 そして同様に巻き込んでしまい、戦線離脱した樹里と十路のことを心配していた。


「アイツらなら死にはしねーよ」


 心の内を読み取ったように話しかけるのは、十路たちと戦った、黒いライダース―ツをまとった男。

 直接ではないが、樹里たちを打ちのめした人間に、コゼットは視線に力を入れた。


「オイオイ、警戒するなよ。オレは別に連中の仲間じゃねーぞ」

「でしたらなぜ、修交館学院の防衛部の方々と戦ったのですか?」

「面白そうなヤツがいたから、力試しをしてみたくなったんだ」


 戦闘狂のような返答は、少なくとも半分は本心だろうとコゼットは見当づける。

 この黒い男の言葉からは、端々から人を食ったような空気が感じられる。


「……では、貴方までここに来たのは? それでも仲間ではないと?」


 こちらには注意も払っていない、部屋の隅でなにか相談している誘拐犯3人を目で示す。


「無関係とは言えないな」


 隠す気もないらしい、黒い男はヘルメット越しのくぐもった声で語る。


「オレを雇ってるヤツに、アイマン――あの《魔法使い》な? アイツも雇われてたんだ」


 携帯電話でどこかに連絡をし始めた犯人、彼が主犯かと納得する。

 《魔法使い》を雇うという行為は、世界の常識からはありえない。少なくとも表側には。

 高価な《<魔法使いの杖|アビスツール>》を用意できるだけの規模を持つ、犯罪組織かと推測する。


「だけどな、雇い主の意向で、アイツは<解雇|クビ>にすることになった」

「その理由は?」

「《魔法使い》にはありがちだが、自分が特別な人間だと思っているからだ」


 その言葉にも納得する。

 遺伝学的に数千万分の一の確率で持って生まれ、《魔法使いの杖(アビスツール)》を持てばなんでも可能とする能力の持ち主。

 だから貴族や神のように振舞いたがる者がいる。


「それに、どうも甘い。悪い意味でな」

「納得ですわ」


 行き当たりばったりと思える犯行。そして今、コゼットたちが話していることを注意もしない。

 大きな犯罪を起こすには、もっと綿密な計画と、過ぎるぐらいの慎重さが必要だろうに、アイマンは気にしている様子はない。


「そんなのを雇っていたら、自分たちも危ない。だから雇い主は関わりを断とうとしたんだろう」

「彼は了承しましたの?」

「納得するような性格だったら、自分が特別だなんて勘違いしねぇ」

「それもそうですわね」

「だから、オレは頼まれて、仕方なく直接引導を渡してやったわけだ」

「それは終わったことでしょう? なぜ貴方はまだ彼と一緒にいますの?」

「これも雇い主の意向だ、アイマンの《魔法使いの杖(アビスツール)》を完全には破壊せずに解放しろ、だとよ」


 シェードの効いたヘルメット越しに、黒い男はコゼットを見下ろす。

 笑いながら自分を見ていると、彼女にもわかった。


「そしたらアイマンのヤツ、面白いことを計画しててな? 銀行襲って資金作って、軍人崩れの仲間と、どこからか武器を集めて、お前を誘拐しようだなんてな? それで予定を変えた」

「私が誘拐された理由は……」

「お前に《魔法使いの杖(アビスツール)》を修理させるためだ」

「迷惑なお話ですね……」


 王女としてではなく、そちらの理由か、とコゼットは納得する。

 《魔法》に精通し、空間圧縮技術というファンタジーの産物を現実にした、技術研究員としてのコゼット・ドゥ=シャロンジェの能力のために、この事件に巻き込まれた。

 普通の人間がどうこうできるものではないが、フリーで研究活動し、《付与術士(エンチャンター)》とまで呼ばれる彼女ならば、納得のいく話でもある。


 ここまで普通の音量で話していたのに、男が身をかがめ、コゼットの耳元で囁く。


「コゼット・ドゥ=シャロンジェ。いい事を教えてやる……」


 その声はこの男の危険性が(にじ)み出ている。

 例えるなら、狩りをする前のオオカミの舌舐めずり。


「アイマンはアンタのことを詳しくは知らない……多分、他の連中もだろう」

「……え? ということは……」

「きっとお前の想像通りだ……」

「…………」


 十路と樹里を相手に戦闘していた相手の言葉を信用できるものだろうか。

 コゼットは頭の中で、これからの行動を考え、必要なものを導き出す。


「……3つ、お答えください」


 気さくな20歳の女性としてではなく、彼女は王女の顔で命令した。


「ひとつ、貴方は敵ですか? 味方ですか?」

「お前の味方ではないが、アイマンの味方でもない」

「ふたつ、貴方の言葉を信用するに足る根拠は?」

「そりゃ無理だな。オレがなにを言おうと、アンタが納得できる証明にはならないだろ」


 自分の怪しさを理解していると、ライダースーツに包まれた肩がすくめられる。

 それは当然。むしろ信頼できる要素の方がない。


「これが証明になるかわからないが……」

「?」

「オレが行動してるのは、雇い主の意向ってのもあるが、オレが面白そうだって理由の方が大きい」

「…………ふぅ」


 コゼットが呆れのため息をつく。


「オレのこと、バカだと思ってるだろ?」

「えぇ、まぁ、ハッキリ申しあげまして」


 しかし、この男はウソをついてはいないと、彼女は判断した。

 本当のことは言わなくても、だますことはしていないだろう。

 王女としての自らの人物鑑定眼を信用することにした。


「それで、最後の質問はなんだ?」

「貴方のお名前は?」

「…………市ヶ谷(いちがや)とでも呼べ」


 考える間は、偽名を考える時間であったか。それでも呼び名を確定させた。


「ナニ話してマスカ?」


 電話連絡が終わったらしい、覆面をしたままのアイマンが2人に近付いて来る。

 しかしそれは、黙っていろ、大人しくするなという意味ではなかったらしい。


「――なぜ、アナタがいルのデスカ?」


 コゼットには口を閉じていろとも言わず、市ヶ谷に向けて語りかける。


「心配しなくても、そろそろ消えるさ」

「手を出さナイと言いまセンでしタカ?」

「んー? ちょっと面白そうなヤツがいたから、どの程度のモンか確認してみたかっただけだ。あぁ、あのままだったらお前、あのバイクに乗っていたヤツに殺られてたかもな」

「……!」


 言った本人としては、その言葉はただの事実と告げた。

 しかし受け取った方は侮辱と受け取った。自分を特別だと思っているから。

 《魔法使いの杖(アビスツール)》の先端が、ライダースーツの胸に突き付ける。


「…………」


 アイマンは射殺すような視線を、市ヶ谷に向ける。


「…………」


 市ヶ谷の顔に浮かんでいる感情はわからないが、少なくとも恐怖はしていない。

 2人の空気が凍り、それが伝播し、周辺の物音がよく聞こえる。

 常識外の戦闘を人目の付く場所で発生したため、騒ぎになっているのだろう。パトカーのサイレンが複数聞こえる。

 突き出されているのは銃ではなく、普通の人間にはよくわからない金属の塊。しかし部屋にいた者全員が、意味はわからないながらも、高まる緊張感を感じて硬直する。


「……そんな事している暇があるのですか?」


 そんな空気を壊したのはコゼット。

 銃を向けられても動じなかった彼女は、この程度の緊張感を物ともしない。


「貴方は私に、その《魔法使いの杖(アビスツール)》の整備をさせる気なのでしょう?」

「……ハイ」


 『市ヶ谷』に突き付けられていた《魔法使いの杖(アビスツール)》の先端が、上に向けられる。

 それで部屋の緊張感が少し緩んだ。


「《魔法使いの杖(アビスツール)》を整備できる人間は、限られている上に、自由にはなりませんしね」


 ファンタジーでも大抵は、魔法の物品を作ることのできる魔術師は限られる故に、その物品は珍重されている。

 現実でもそれは同じ。とても高度な技術が必要とされる。


「だからどこにも所属していない私を誘拐し、最低限の設備がそろっているだろうと想像し、この工場を占拠したのでしょう」


 そして人員以上に設備も重要。おいそれと場所を問わずできることではない。

 要はそれ専用の工房か、それに準ずるものが必要となる。

 

「確かに私なら、その壊れかけた《魔法使いの杖(アビスツール)》を修理できます」


 それだけの技量を持つからこそ、彼女は《付与術士(エンチャンター)》と呼ばれている。

 しかし彼女は――


「ですけど、そのお仕事、お断りします」


 再び空気が硬直した。


「……アナタ、立場、わかってマスカ?」


 怒りを抑えた声と共に、今度はコゼットの額に、半壊した《魔法使いの杖(アビスツール)》が付きつけられた。

 そのまま《魔法》を発動させられれば、銃で撃たれたよりも悲惨な顔面になるだろうが、コゼットは微笑みすら浮かべてそれを受け入れる。


「貴方こそ、ご自分の立場をわかっておられますか?」

「……?」

「私を殺したければどうぞご自由にどうぞ。ただし《魔法使いの杖(アビスツール)》を作れるほどの技術者は、私が知る限り日本には20人ほどしかいません。次を見つけるのは大変ですよ?」


 話している間にも、建物の外から聞こえてくるパトカーのサイレンが、そう遠くない場所で止まった。

 通報を受けたか、乗り捨てた車でも見つけたのではないだろうかと予想する。


「いずれ警察にここを見つけられるでしょう。しかし貴方は、私にここで《<魔法使いの杖|アビスツール>》を修理させて、《魔法》で切り抜ければ問題ないと踏んでいたでしょう? しかし《魔法》を扱わず、銃撃戦でも繰り広げて、脱出できる勝算がありますか?」


 図星を突かれアイマンはしばし考え、手にした得物の先端をコゼットからどけた。


「……望みハなんデスカ?」

「ここにいる、巻き込まれた無関係な方々の解放です」


 その言葉に、部屋の隅に固まっていた、巻き込まれたこの工場の社員たちが、喜色の息を呑む。


「《魔法使い》の事情に、普通の方を巻き込むなと、誰かから教わりませんでしたか?」

「……ワかりマシタ」


 仕方がないといった風にアイマンはうなずき、コゼットもそれに応じてうなずく。そして。


「それから、仮称:市ヶ谷さん」

「ん? オレ?」

「貴方も一緒に出て行って頂けます? どうやら因縁がお有りのようですし、貴方がいると話が複雑になりそうですから」

「最初からそのつもりだ」


 ライダースーツの肩が、またもすくめられる。

 とりあえずはこれでいい。巻き込んでしまった一般人を解放でき、これからのことをやりやすくしただけで十分だと、コゼットは満足した。


「――さて、《魔法使いの杖(アビスツール)》を修理するなら、必要なものがありますから、揃えてください」

「なんデスカ?」

「可能な限り高性能なパソコン。それとは別の電子機器。壊れてても構わないので、携帯電話が大量にあると便利がいいですね」


 コゼットは素人の考えでは、『魔法』とは無関係と思えるものを要求した。


「それから、私の工具箱を届けるよう、修交館学院の理事長に連絡してください」


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