00_120 PM18:55 交戦
検証事項:前々回と同じ車両での戦闘描写
もう少し長い方が読み応えがあるのかもしれない、と思いつつ投稿。
『……木次。運転代われ』
『ひゃっ!?』
十路が樹里を押し退けてハンドルを握る。具体的には、手にしていた長杖を本来の持ち主に押し付けて、腕の輪の中に樹里を収める形で。
お互い体を押しつけ合っているが、そんなことは気にしていられない。
『ちょ、ちょっと――!?』
『説明は後だ!』
体重を横に、フットペダルを踏み、車体を傾け、走りながら車高を低くして車体をコマのように360度スピン。
前輪だけで路面を滑走し、振りかぶって衝突させようとした後輪がその上を通過した。
『え? えぇ!?』
なにが起こったのか当事者以外は理解が及ばない一瞬の攻防。
突然接近してきたメタリックシルバーのオートバイは、十路にかわされた車体を下ろし、後進しながら向かい合う。
十路の操るオートバイは、回転から立ち直り、ごく普通に走行を再開する。
オートバイを一度でも扱った人間ならば、目を疑う光景。バックのまま高速で走るのは構造上不可能だし、走行中に車体を倒してその場でスピンしようとしたら普通は転倒する。
なのに彼らは平然と立ち直り、何事もなかったように走っている。
『ハハッ! この程度は避けるか!』
ヘルメットを通した黒いライダースーツの男の声が、風に乗って届く。
行動も、発言も、明らかに十路たちに害する気なのを証明している。
『犯人にまだ仲間がいたのか……』
『堤さん……!? あのバイクの人……!?』
『ヤバイ……』
型こそ違うものの、十路がまたがるオートバイと、黒い男がまたがるオートバイは同じ物。
後部に据え付けられている金属製のケース。その中身は現状を見る限り、ひとつしか考えられている。
十路は相手の正体を、よく知っていた。
詳細な正体もここにいる理由も不明だが、今の行動を見る限り、考えうる最悪の相手と承知している。
《魔法》が使えれば話は別だが、『出来損ない』が勝てる相手ではない。
『あいつも《魔法使い》だ! 誘拐犯より確実に強い!』
十路の言葉をきっかけにしたように、銀色のオートバイが襲いかかってきた。
車線の進行方向を逆走し、ウィリーで前輪を持ち上げて仕掛けてくる。
『木次! 振り落とされるなよ!』
『ひゃっ!』
対し十路はスライドターンで後輪を滑らせ回転、アタックをかわしたと同時に、相手の後輪にこちらの後輪をぶつけようとする。
銀色の車体は即座に浮かす車輪を入れ替え、ストッピーで十路のアタックをかわす。
走りながら車体を滑らし、回転。それを2人と2台は完全に制御している。
(さすがだな……!)
予想通りの反応に、十路は奥歯を噛み締める。
(まぁまぁだな……)
ライダースーツの男は、ヘルメットの中で口元を歪める。
スキール音を響かせて、距離を開いて睨み合い。
そして双方同時に距離を詰めながら、後輪を浮かせて振りかぶる、ジャックナイフターン。
本来不整地での方向転換の技を武器として、リアを衝突させ合った。
交通事故を思わせる鋼の衝突に、銀と黒のオートバイが弾かれたように距離を取る。
ハンドルのレバーとスロットル、そしてフットペダルを忙しなく操作し、エクストリームバイク――バイクで行うパフォーマンス―ーを思わせる攻防。
まだこれが広場で行われているものなら、まだ納得できなくもない光景。
しかし彼らは一般道で、しかも逃走中の誘拐犯の車を追跡しながら、ただスピードを競うだけでなく、車輛を武器に物理的で非常識な戦闘を行う。
(木次が援護してくれれば――!)
前に座らせているのだから、十路の視界に嫌でも入る樹里のヘルメット。
相手が《魔法使いの杖》を構えていない今、彼女が《魔法》を使って戦闘に参加してくれれば、事態は変わるのだが。
『~~~~!!』
急激なGと衝撃から、振り落とされないように機体にしがみつくのが精一杯という風情。
それとも初めての本格的な戦闘に、硬直してしまっているのか。
いずれにしても、とてもではないが、支援は期待できそうにない。
(機乗戦闘なんて初めてだろうからな――)
不意に視界に入る、逃走中の車。
床に倒れているらしく、仰向けに顔を出す覆面姿の誘拐犯が、開かれたスライドドアから上体を出している。
《魔法使いの杖》を十路たちに向けて。
『しまっ――!?』
気づいた時には遅かった。
幾何学模様が描かれた路面を踏んだ。
普通に追跡していた時ならば、十分対処できただろうが、銀色のオートバイとの戦闘をしていた最中。
デリケートなコントロールを失い、アスファルトが砕ける程度に隆起した地面に、オートバイが跳ね上がり、体が宙に投げ出された。
『きゃぁ!?』
『木次!』
せめて守ろうと、樹里を腕の中に抱えたまま、投げ出された路面をオートバイと一緒に滑る。
サーキットとは違って、一般道に転倒対策なんて施されていない。
『が――っ!?』
樹里の体重を受け止めて、走っていたスピードそのままに街路灯に叩きつけられた。
体の何かが壊れる感触に、意識を飛ばしたらしい。
十路の認識で次の瞬間には、泣きそうな樹里の顔が視界いっぱいに見えた。そして視界の隅には路面に転がって腹を見せているオートバイ。
「――さん! 堤さん――!」
完全にはかばい切れなかったのだろう、樹里の制服は一部裂けてて、剥き出しの手足から血を流している。
そんな樹里の姿を見て、なぜか十路は場違いなことを口に出してしまった。
「……だから……スカートで乗るなって……言ったろ……」
言葉を残し、十路は本格的に意識を失った。
1/11 表現修正