00_090 PM18:22 事件発生
やっと話が本格化、一番最初につながります。
以前仕掛けた伏線に、勘のいい方は気づける話かと。
「それで、木次さん。彼は?」
車一台分の車間距離を取るオートバイを、コゼットは視界に収めながら、タクシーに同乗している樹里に訊く。
「お話した通り、防衛部の体験入部されてる方です」
王女の割にタクシーを使おうとするコゼットに驚く十路に、『自称:庶民派』と説明し乗り込んだ。
その際、話があると樹里に同乗を促して、2人はタクシーに乗り、十路だけでオートバイを運転して、追従している。
コゼットがやはり気にするは、顔見知りの樹里について来ていた、初対面の男子(元)学生。
「ということは、彼も《魔法使い》ですわね」
「そうらしいですけど……なんでも《魔法》が使えないそうです」
「使えない……? あのバイクは、彼の持ち物ですの?」
「や、今日防衛部に来た新しい備品です」
「では、バイクに載せてあるケースは?」
「片方は私ので、今日になってボックスが変わったんです。もうひとつは堤さんの荷物です」
「あぁ……あれがそうでしたか」
「もしかして、私の新しいボックスを作ったのは……」
「理事長に頼まれて、あのサイズのケースをひとつ作りましたので、きっとあれがそうでしょう」
「やっぱり……」
樹里の言葉に、唇に拳を当てて考え込むコゼット。
「彼が私の想像通りの方だとすると、理事長らしからぬ入れ込みようですね……」
「詮索は部則で禁じられてますから、詳しいことは知りませんよ?」
「技術者として気になっただけで、私も深く立ち入るつもりはありませんよ」
「あと、いいんですか? 堤さんにあんなウソついて」
「あら? ウソはついていませんよ? 確かに私の立場を、少しごまかしはしましたけど」
「それに、いつまで王女サマ続ける気ですか?」
「いつまでもなにも、私は死んでも王女ですけど?」
樹里の呆れ顔に、コゼットは異性どころか同性も魅了する笑顔を返す。
「つばめ先生から口止めされたから、なにかと思ったら……」
「理事長は人をからかうのが好きな方ですし、私はいつも通りにしているだけで――」
不意にタクシーの窓ガラスがノックされた。
内輪の話をしていた2人が振り返ると、オートバイの十路が並走している。
パワーウィンドウが開けられると、彼は器用に樹里のヘルメットを差し出し、耳部分を軽く叩く。
「はい、堤さん、どうしました?」
『話がある』というジェスチャーに、ヘルメットの無線を使って呼びかける。
『追跡してくる車がある』
タクシーはほぼ一本道の人工島から本土、神戸市街地に入っている。
後ろには何台も車が走っているが、当然交差点があるものの、同じ方向への交通量も多く、樹里の目には特別不自然な点はない。
『2台後ろにブルーナンバーのベンツ。王女様に関係者かどうか訊いてくれ』
「ぶるーなんばー?」
「外交官車両のことです。きっと私の関係者ですよ」
十路の無線を聞いていなくても、樹里の雰囲気で内容を察したのだろう、コゼットが答える。
外交特使や領事館員が使う、有事の際には日本の法律は適用されない車。特別に青いナンバープレートが使われているため、こう呼ばれる。
王女がタクシーに乗っている方が不自然なので、そういう車があるのはむしろ自然と、樹里から返ってきた返事に十路は納得。
『その後ろに1台はさんでミニバンと、ずっと離れて単車が付いて来てるようだけど、そっちもなのか?』
「え?」
丁度カーブに差しかかったので、後続車の様子がよく見える。
黒塗りのベンツ、そしてその後ろに国産の白いミニバンが続いて走っている。
十路が言うオートバイは、車列に隠れて確認できなかった。
「お国の関係者の方、黒のベンツ以外にもいます?」
「? 変ですね?」
樹里の問いにコゼットも振り返り、首をかしげ。
そして樹里のヘルメットを借り、十路と直接無線で話す。
「堤さん、その車が私たちになにかすると考えてますか?」
『ただの偶然という可能性も十分ありますが、気をつけておくことに越したことはありません』
「……現状では放置ですね。不審だという確証もありませんし」
『了解』
短い返事だけを残し、会話は終わり。
コゼットとしては好ましくない好奇心。どうしても考えてしまう疑問が浮かぶ。
(一般人が考える危機管理ではありませんよ……?)
▽▽▽▽▽
タクシーが停まったのは、マンションに似た建物。
そのすぐ後ろにオートバイを駐車させ、十路はヘルメットのシールドを跳ね上げ、その建物を見上げる。
「ルクセンブルグ公国の在外事務所……か」
「神戸は《魔法》の最先端研究都市。外交的な思惑が絡みますから、他の国でも政府直属の在外公館が多く置かれています」
ちゃんと料金を払い、タクシーを降りたコゼットが説明を付け加える。
「どうも日本の方は、『在外公館』と言う言葉に馴染みないようですけど、堤さんは?」
「大使館や総領事館といった他国内に設置した政府出先機関の総称。ちなみに普通の日本人は、そうそうそんな場所に用事ないので、馴染みないでしょう」
「よくご存じですね」
「……俺、試されてます?」
「いいえ。そんなつもりはありませんが、ご不快に思われたら申しわけありません」
ごく自然な気さくな笑顔を向け、コゼットは十路との話を終わらせた。
「ここでタクシーを降りて、木次さんはどうされるんですの?」
「バイクの後ろに乗させてもらいますけど?」
「そのスカートでバイクに乗りますの……?」
「あはは……2人乗りに慣れてますから、大丈夫ですよ」
内輪の会話をし始めた2人を後目に、十路は軽く周囲を見渡す。
客と荷物を降ろしたタクシーは発進し、暮れ始めた街中に新たな客を求めて走り去った。
少し離れたところに、黒いベンツが停まり、乗っていた護衛らしきスーツ姿の人物は、1人だけ降りて王女の様子を離れて伺っている。
その車の後に続いていたミニバンとオートバイは、ここに来るまでの交差点で別れた。
大きな通りからは外れるので、多くはないが、車や人通りは少なくない場所。
(警戒することなかったか?)
ごく普通とは言えないが、特に気になることがある光景ではない。
相手が王女でも、ここが高級ホテルの前だったら、ままある場面だろう。
(理事長は俺に、王女様の護衛をさせる気だったのかと思ったけど……考えすぎか)
十路は軽く頭を振り、考えを捨てる。
ここは日本。少々特殊ではあるが、日本国憲法と六法全書に則った場所。
「前の学校の慣れたままなのも、どうなのかな……」
「はい?」
コゼットとの話を終わらせて、近づいてきた樹里に、ただのひとりごとだと軽く手を振って否定。
それで小首を傾げながらも、樹里は追及しないことにしたらしく、自分のヘルメットを着けて、リアシートに跨る。
「それでは失礼します」
「えーと……殿下、またです」
「えぇ。それでは気をつけて帰ってください」
見送るつもりらしいコゼットに一礼し、オートバイは発進。修交館学院に向けて、ゆるやかなスピードで出発した。
「王女って割には、気さくな人だな」
「……間違いではないですけどね……」
「どういう意味?」
「あ、や、なんでもないです。それより堤さん、これからどうするんです?」
「転入のことかぁ……」
「や、それもですけど、泊まる場所――」
樹里と和やかな会話をしつつ、安全運転で帰ろうとしていて。
車の衝突音、そして破裂音が後ろから聞こえた瞬間。
「ひゃぁ!?」
反射的と言っていい速度でアクセルターン。ハンドルを切り、車体を傾け、後輪をすべらせ180度旋回。振り落とされそうになった樹里は、慌てて十路の腰にしがみつく。
「堤さん!? なんですか!?」
「王女様が襲われてるかもしれない」
「え!?」
なにか確証あっての行動ではない。ただの交通事故だと考える方が自然。
しかし十路が一番信用している己の感覚に従う。
それは、直感。
「間違いだったらそれでいい」
「お願いします!」
アクセル全開。速度制限なんて無視、1秒未満で100km/h超という、普通のオートバイでは不可能な急加速で来た道を戻る。
あっと言う間に先ほど停車した場所、ルクセンブルグ公国の在来事務所前が視界に入る。
そこには、タクシーを追いかけていた黒い外交官車両と、どこかに消えていたミニバンが衝突している。
車の中の王女の護衛らしき人物は、エアバッグに挟まれてる。
外に出ていた護衛1人は、動きが止められてる。先ほどの破裂音は、警告射撃によるものだろう、銃を構えた覆面姿の男が警戒している。もちろんモデルガンなんて甘い考えは即座に捨てる。
そして。
「なんですか貴方たち――!?」
やはり顔を隠した男たちが、白いバンの中と外から強引に乗せようとされているコゼット。
「歯ぁ食いしばって腹に力入れろよ!」
「え!? ちょっと堤さん――!?」
相手に向けて一言警告してから急ブレーキ。一応の手加減はするものの、それ以外は遠慮しない。
「轢いたーーー!?」
衝突と共に誘拐犯の1人はコゼットから引き剥がされ、オートバイの停止と共に慣性で前に吹っ飛んだ。
突然現れたオートバイにより、成人男性が軽々と飛ぶ、銃が出てくる以上にある意味あんまりな状況に場の空気が凍る。
「よし」
「平然と人身事故を起こす堤さんが怖いです……」
「前の学校で何回もやったから慣れた」
「どんな学校ですか!?」
「そんなことより――」
車外に出ていて固まっている、もう1人の男に指を向ける。
「あっち、木次の担当でいいのか?」
「え!? あ、はい!」
言葉の意味を理解した樹里が、車体後部右側、自分の右足の下のケースを叩く。
「《E-W-S》解凍!」
声紋認証と指紋認証完了。即座にロック解除、軽快な動作音を上げて開き、短い機械の腕が中身を渡す。
それは技術者としてのコゼットが作り上げた《魔法》研究の成果、空間圧縮技術を使い、外見以上の容積を持つ収納ケース。通称『アイテムボックス』。
40cmほどのケースに絶対に収まるはずのない、2mもある《魔法使いの杖》――登録名称《E-W-S》が飛び出した。
樹里はそれを小脇に抱え、王女の護衛を撃った犯人に向けて集中。《マナ》を操作し、男の真上に発光する幾何学模様が展開させる。
「実行!」
術式《雷撃》
名前そのままに、小規模な落雷が発生し、男を直撃した。
幸い犯人一人の感電だけで済んだが、伝導体の多い街中。被害がどう周囲に広がるかわからない状況で、電気を中空に流す樹里に、十路は軽く引いた。
「……そのエゲつなさで、俺が人をはねたの、文句言われたくない」
「ちゃんと手加減しましたよ!?」
「銃が暴発したらどうする気だったんだ?」
「えーと……結果オーライということで……」
予想外の不穏な状況に、しばし時間が止まっていたが。
「離しなさい……!」
誘拐犯は仲間2人を見捨てて、王女を強引に車に乗せ、バックで慌てて遠ざかる。
樹里もさすがにコゼットが乗った車に向けて《魔法》を使うことができない。
十路はそもそも《魔法》を使えないから、それを止める手段がない。
「それで、どうすればいい?」
「追ってください!」
「了解」
自動車追突事故、銃の発砲、そして誘拐事件、そこにオートバイが乱入、小さなケースから長大な杖が出現し、小規模な落雷が発生。
いくら《魔法》の研究都市とはいえ、平和な街中ではありえない光景を、少なくない人間が見て固まっていたが、そんなことは構わない。
誘拐犯2人は放置、人目の場所なら誰かが対応してくれると判断。
「やっぱりかよ……!」
直感が当たってしまったことと、自分が望む『普通の生活』は無理であることを痛感し、王女をさらった車を追跡した。
1/11 ルビがくどいので少し修正