00_080 PM17:55 コゼット・ドゥ=シャロンジェ
検証事項の伏線追加。
いつになったら回収するのか我ながら不明。
坂道を下り、大通りを抜け、2人乗りのオートバイが橋を渡る。
新神戸駅から修交館学院までの道のりとは少し違い、今はオートバイの両サイドに、金属製のケースが乗せられている。
神戸市中央区港島。六甲山の土に埋め立て人作り上げた島、ポートアイランド。
過去には医療関係 淡路島の『塔』と《魔法》が現れた以後は《魔法》に関わる研究施設や企業が、この場所に集結している。
もちろん普通の公共施設や住居、店舗も存在しているが、全体数からすると、やはり企業の建物が多く、ビジネス街の様相を呈している。
『迎えって、まさか俺と同じく転入生候補じゃないだろうな?』
『や、違います。用事で東京まで旅行に行ってた人のお迎えなんですけど……』
『単車で? しかも2人乗りなのに?』
『やー……本当にお迎えするだけですね』
『なんか歯切れ悪いな? あの理事長から話すなとでも言われたのか?』
部室で『お願い』をして来た際、つばめは樹里に、十路には聞こえないように耳打ちしていた。
それを聞いた樹里は、少し戸惑った様子ではあったものの了承したので、十路も別段気にしていない事にしていた。
『後で堤さんを驚かせたいそうですよ』
『相手、有名人?』
『まぁ、一部の人には有名人ですね』
つばめが口止めしているせいで、樹里の返答はハッキリしない。だからこれ以上の詮索は諦めて話を変える。
『『杖』が必要ってことは、ヤバいのか?』
オートバイはそのまま直進し南下、海上道路を進む。
交通量も多少減り、ほぼ直線になったので、十路は後ろを少しだけ振り返る。
しかし言葉とは裏腹に《魔法使いの杖》――2mにもなる長杖を樹里を持たず、片手を十路のベルトを掴み、もう片方の手でスカートを押さえている。
『そういうわけではないですけど、いざって時になにもできませんし、それに身分証明に便利ですから』
『180億円の身分証明書……やっぱり扱いがぞんざいだな』
『今日から大切に扱いますってば!』
実は学院を出る前に、樹里に聞こえないよう、つばめは十路にも耳打ちした。
――気になることがあるから、気をつけて。
つばめは一言だけ、小さくそう言った。
(何に気をつけろと……)
樹里に話を聞く限りの様子では、《魔法使い》関連のことではなさそうだが、ただ交通安全の意味ならば、樹里に聞こえないように囁く理由がない。
(……ま、今は気にしても仕方ないか……?)
気にはなるが、考えただけでわかるはずもない。
だから十路は、一時その思考は停止させた。
向かう先は人工島を通り抜け、更に先にもう一つの人工島、神戸空港。
オートバイは空港に到着。有料駐車場に駐車し、2人はヘルメットを脱ぎ、ターミナルビルに入る。
「で、まさか俺の時みたいに、相手に待ちぼうけ喰らわせてないだろうな?」
「ちょっと危ない時間ですね……」
「オイ……」
「文句はつばめ先生に言ってくださいよぉ……堤さんの時も、時間過ぎてから聞いたんですし」
神戸は世界的にも珍しい地理的条件に恵まれた《魔法》の研究都市。諸外国から訪れるならば、国際空港である大阪の関西空港に到着することになるが、国内だとこの空港を使う者が多いため、人の出入りはかなり多い。
この中で人ひとり探すのは、かなり骨だと十路は覚悟するが。
「堤さん、こっちです」
別の方向を見ていた樹里が、十路の服を軽く引っ張って導く。どうやら簡単に見つけたらしい。
相手のその姿を見て、簡単に見つけた理由を納得する。
機内で電源を切っていたから、早速メールチェックでもしてるのか、ゲート近くの壁際でスマートフォンを操作している、ヨーロッパ系の金髪碧眼白皙の女性。
側に小さなスーツケースを置き、女性らしい曲線を描く体を、カーディガンと白のサマードレスで覆っている姿だけで判断すれば、周囲の旅行客に紛れてしまいそう。しかし理知的な美貌と誰もが彼女に一度は振り返る空気を持っているため、人ゴミの中でも目立つ。
「あら、木次さん?」
樹里が声をかける前に、その白人女性が小さな画面から顔を上げて、近寄って来る樹里に親しげに話しかける。
「わざわざお出迎えに来てくださいましたの?」
その口から出てくるのは、外見からは意表をつく流暢な日本語。普通の丁寧語ではなく、日本人が使わない妙なお嬢様言葉が入っているが、むしろそれが彼女には似合っている。
「はい、つばめ先生からぶ――じゃなかった、殿下をお迎えにあがるように指示されました」
「?」
なぜか『殿下』と呼ばれた女性が軽く首を傾げる。ハニーブロンドの緩いウェーブがかかった髪を揺らし、樹里の共に立つ十路に視線を移す。
「木次さん、そちらの方は?」
「堤十路さん、防衛部の体験入部をされてる方です」
「あぁ、なるほど……」
女性がスマートフォンをポケットにしまい、気さくな笑顔と右手を十路に差し出す。
「初めまして。コゼット=ドゥ・シャロンジェと申します」
が、十路は固まって動かない。
「……ちょっと待て? 《付与術士》がどうして……?」
「あら? 私のその名前をご存じですか?」
「少なくとも日本の《魔法使い》で知らなかったらモグリです……」
十路が《魔法使い》だと知って尚、過剰な反応なしに微笑む女性の正体。
立憲君主制国家、つまり王政が残るルクセンブルグ公国第3位の王位継承権を持つ、本物の王女。
そして若干20歳にして、日本における理学と工学の博士号を持つ、その分野の研究の第一人者。
親しみやすい人柄とは裏腹に、技術研究者としても、外交の相手としても、国家的な重要人物。
「堤さんがコゼット殿下をご存じなら、研究成果もご存じですよね?」
「あぁ……空間圧縮技術の確立」
それは《魔法》を応用させ、密閉した空間を人為的に操作し、実際以上に容積を増やす次世代技術。
つまりゲームでは当たり前に存在する、いくらでもアイテムが入る《魔法》の入れ物を、初期段階ながら現実に作ってしまった。
だから彼女は《魔法》の物品を作る特殊な生産能力保有者――《付与術士》と呼ばれる。
「私が行ったのは基礎技術の作成だけ。しかもまだまだ実用段階には程遠いです」
運輸業界に革命を起こす驚異的な技術だが、彼女の言葉通り、現状ではまだ問題が多いため、その技術は市民生活までは広まってはいない。
そのため彼女は、科学技術分野ではかなりの有名人ではあるが、一般人は知らないであろう。もし知られていたとしても、それは『美人の王女様』という肩書きの方。
「それから、どうやら貴方は、木次さんと私の関係に驚いているようですね?」
「えぇ、まぁ……」
「修交館学院のご協力があってできた研究ですし、現在も都市防衛部で継続実験を行ってもらっていますので、理事長や木次さんとも顔なじみなんです」
「…………」
カウンセリングルームどころではなく、人類史上に残る発明に貢献していた都市防衛部の実態に、十路は絶句する。
「……謎が多い方と聞いてましたので、まさか日本でお目にかかれるとは、思っていませんでした」
十路は差し出されたままのコゼットの右手を握る。『相手は王女様だから、手の甲に口づけしろって意味じゃないよな?』と若干の不安を持って。
「国の者からすると、王族らしからぬ行動をする私は恥なのですよ。だから日本にいるのも公にはされていないのです」
ただの握手で正解だったらしい、自然な笑顔を崩さないまま、コゼットが返す。
「防衛部のように、私の思惑で動いて頂ける《魔法使い》の方々がおられると、非常に都合がよろしいので、現在は神戸を拠点に個人で活動しています」
「研究機関や企業とは契約してないんですか?」
「……契約してると言えばしてますけど、基本的にはフリーです。実家の都合もありますので……」
少し言いづらそうなコゼットの言葉に十路も納得。歴史ある家はなにかと制約やしがらみが多い。
王家を『実家』と呼ぶのは妙な気がしないでもないが。
異世界モノではないですが、テンプレート『王女様』追加。
ちなみに現実では『ルクセンブルグ大公国』で、微妙にフィクション入っています。
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