00_071 PM17:35 修交館学院初等部にて
またも伏線投入。
いつ回収することになるのやら。
「やりすぎたでしょうか……?」
大学部の敷地から、高等部の敷地に戻る階段で、樹里は不安そうに十路に振り返る。
「まぁ、どちらかと問われたら、やりすぎた?」
「やっぱり……」
「むしろ防具もなく、何度も挑み続けた和真を褒めるべき?」
「高遠先輩、何回打ってもゾンビみたいに起き上がるから、ちょっと怖くて……」
「そんなに顔面に蹴り入れて欲しかったのか……節操ないのか、ドMなのか、バカなのか……」
ちなみに敗れた戦士の最期の言葉は『ぱ……ん……がくっ』と、途中で事切れたために、その詳細は誰にもわからない。想像はついたとしても、真実は彼以外知らない。
「それにしても――」
「あー、や。先に言っておきますけど、私は学校内では強い方かもしれないですけど、もっと強い人知ってますから、引かないでくださいね?」
十路が言いかけた言葉を、先じて樹里がかぶせた――つもりだったが。
「いや、それも驚きはしたけど、そうじゃなくて」
樹里程度の腕前なら、十路は何人も知っているから、そこまで感じたことではない。
「普通に人付き合いしてるんだな……と思って」
「え?」
薙刀部の部長も、剣道部の主将も、和真も、ナージャも。
誰も彼女を《魔法使い》だとは意識しておらず、ごく普通の女子高生と同じように接していた。
そちらの方が、十路には驚きだった。
そんなことを考えつつ歩き、校舎裏手の部室に帰った時。
「ねーちゃん!」
小学生だろう、元気の良さそうな男の子が、呼びかけてきた。
「来て!」
「どうしたの?」
「イオリがジャングルジムから落ちた!」
言葉足らずな会話だが、それで通じたらしい。
「どこ!?」
「校庭!」
それだけ聞いて、樹里は駆け出した。
「あ、おい!」
止める間も、詳しく聞く間もなかったので、十路も樹里を追い、高等部校舎の裏を全力疾走した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
1分後には2人とも、初等部のグラウンドに到着。
高等部の校庭とは違い、設置されている遊具、そのジャングルジムの近くに子供たちが数人、固まっている。
「どいて!」
どうすればいいかわからず、心配そうに見下ろす子供たちの輪を割り、その中心、地面に倒れて泣き叫ぶ女の子の側に樹里が膝をつく。
「木次! 動かすな!」
2秒ほど遅れて十路も近づく。
「折れてる……」
「左腕からジャングルジムを落ちたんだろう。頭を打ってるかもしれない」
「回路展開」
樹里が手にした《魔法使いの杖》の先端が一瞬だけ発光。
少女の全身を取り囲むように、そして左の二の腕、関節がないのに曲がっている位置に、腕を取り囲むように光る幾何学模様を形作られる。
EC-Sircit。現代の魔法を行使する際に現れる『魔法陣』で診察。
「頭は……大丈夫。単純骨折だね。キレイに折れてるから、接合だけで十分」
ひとりごとを呟き、念じるように樹里がまぶたを閉じる。
「実行」
たった一言。
それで骨折部位を囲んでいた幾何学模様が、淡く光量を増し、不自然だった少女の左腕が元に戻る。
「医療魔法……」
初めて見るものではないが、十路は軽く驚く。
しかし、この手の魔法の使い手で、樹里のような若い者はまずいない。
人体の仕組みを理解するほどの知識、つまり医者になるのと変わらない勉強が必要なのだから。
「うん。完了」
満足そうに頷き、長杖を軽く振ると、幾何学模様が消え失せた。
「ほーら、もう大丈夫だよー。それともまだ痛い?」
地面に寝たまま泣いていた少女を抱き起し、樹里が笑いかける。
どうやらこういう光景は、初めてではないらしい。心配そうに見ていた周囲の子供たちは、ほっとしたように顔をほころばせるだけで、驚いた様子はない。
無造作に人前で《魔法》を使ったというのに。
それも十路には驚きというか、不思議であったが、なによりも不思議に思っていたことに、一つの結論が出た。
「木次さんって、本当に《魔法使い》だったんだな」
「信じてなかったんですか!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「や~、大したことなくて、よかったです」
ジャングルジムから落下し、骨折した少女の治療を終え、樹里は部室に帰って来た。
「…………」
眉根に皺を作る十路を連れて。
「あのー……堤さん? さっきからどうしたんですか?」
「…………」
訊ねても十路は返事しない。
またも壁に立てかけた、樹里の《魔法使いの杖》をジッと見て、微動だしない。
「堤さーん……?」
反応しない十路の背後に近付き呼びかけた、その途端。
ほんの少しの衝撃と共に、体が軽く落下した。
「え?」
「あ!?」
樹里の声の意味は疑問。十路の声の意味は後悔。
「え? え? え?」
自分になにが起こったのか、理解できず樹里は狼狽。理由不明で倒れかかった体、上体に回した十路の腕一本で支えられていた。
必然的に顔が体に近づき、今までは意識してなかった十路の匂いが鼻に届く。
(わっ……なんだか安心できる匂い……)
新陳代謝が活発な高校生男子の匂い、しかも夏が近づき汗が流れる梅雨の時期でも、不思議と不快な気持ちにはならない。
「…………スマン」
「や、いえ……?」
そんなこと樹里が考えてるとは当然知らず、気まずげに無理矢理立たせ、怯えたように十路が距離を取る。
「俺の不注意だ……悪いクセが出た」
「癖?」
「前の学校で身についたクセ……」
背後に立った樹里を、反射的に足払いで地面に倒し、拳か蹴りを叩きこもうとして慌てて制止した。
とりあえずは何もなかったと、ため息をついて安心し、次もまたあるかもしれないと思うと、十路は暗澹たる気持ちになる。
「誰かれ構わず抱くクセですか……?」
「俺どんな犯罪者だよ!?」
しかし何も知らないというのは、ある意味幸い。的外れな回答に、暗い気分は吹き飛んだ。
「わからなかったら、それでいい……ともかく悪かった」
「はぁ……? まぁ、いいですけど……」
奇しくも同時に、2人がそれぞれに同じ評価を下した。
(堤さんって、変わった人だなぁ……)
(木次って、変わった娘だな……)
十路への評価はそのままの意味で。樹里への評価は抜けているという意味で。
「それで、私の《魔法使いの杖》がどうかしましたか?」
「あー……いや、いい。なんでもない。言おうかどうしようか迷ったけど、いま言うことでもないかと思って」
「?」
迷っていた雰囲気から、深刻な話をしたいのではないかと想像していたが、そう言われると訊き返せない樹里。
十路が考えていたのは、グラウンドで樹里が医療魔法を使った件。
あんなに簡単に、人前で魔法を使うことを注意しようかとも思ったが、周囲の子供たちが驚いた様子もなかったので今更なのだろう。
そして『抱きつき癖』疑惑で、真面目な話をする気分でもなくなった。
だから話を変えた。
「あー……それでまぁ? 防衛部の活動って一通り見せてもらったってことになるのか?」
「まぁ、そうですね。どうでした?」
「……そうだなぁ」
活動内容はカウンセリングルーム+α。《魔法》を使う事があっても小さな治療程度。医療魔法は十路は使えないし、そもそも十路は《魔法》自体が使えない。
部活動としては存在理由が不明。《魔法使い》などという、世界で一番面倒な人種を使うほどでもない。
こんな部活動の入部が、転入の条件にされる理由は、やはり不明。
そこまではプラスマイナスゼロの様相だが、自身への問題で、大きなマイナスだと十路は思う。
無意識の行動とはいえ、樹里を傷つけようとしたのが大きな精神的ダメージ。
「転入は、や――」
「おー、いたいた。ジュリちゃーん」
転入はやめよう、と宣言しようとしたが、部室につばめが入ってきたことで遮られた。
「まずコレ」
「? なんです? これ?」
つばめの手から渡されたのは、合金製のケース。今はオートバイの後部に積みっぱなしにしている、十路の荷物と同じ物に見える。
「ジュリちゃんのケース。今日からコレ使って」
「へ?」
「あとトージくん、お願いがあるんだけど」
「は? 俺もですか?」
「うん。トージくん、体験入部中でしょ?」
「まぁ、そうなりますけど……」
「ってことは、『部活』ですか?」
「うん。2人一緒の方が丁度よさそうだし」
樹里は部員として問題なくても、十路は現状では部外者。それでなにが丁度いいのか疑問だが。
「理事長……俺になにさせる気ですか?」
十路の問いに、つばめは笑みを浮かべる。
邪悪ではないが、イタズラ心を秘めた小悪魔の笑み。
「ある人を迎えに行って欲しいの」
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