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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第一章 サーザンエンドへ
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 エレスサンクロスから南に伸びる街道を半月歩くと面前にグレハンダム山脈の威容が見えてくる。

 天高く聳えるグレハンダム山脈は半島の付け根に沿って、西の海岸から東の海岸まで横断し、南部と呼ばれる半島と帝国本土とを分断している

 この険しい山脈を越えるにはいくつかある峠を通るしかない。

 その中の一つである大蛇の峠は最も人々の往来が盛んな峠で、古の伝承によればこの峠は途方もなく巨大な大蛇が通り抜けた跡なのだと云われている。

 グレハンダム山脈を越える峠の中では最も整備されているが、その山道の幅は箇所によっては馬車一台が通るのもやっとというほど狭い。また、真冬になれば降り積もった雪によって峠は閉鎖されてしまう。

 レオポルド一行は幾度か道の端で野宿をしながら山道を延々と上り続け、峠に到着したのは山を登り始めてから五日目の昼だった。

 峠にはいくつかの宿の他、石造りの塔を備えた関所があって、人々の往来を監視している。

 帝国はじめ大陸では基本的に自由民であれば移動を禁止していない為、関所の役人が行う仕事は有事の際に峠を閉鎖することや峠を抜けようとする犯罪者の検挙などが主であり、峠にある宿から税を取り立てるなどの業務も行っていた。

 レオポルド一行は宿の一つに部屋を借りた。まだ時刻は昼だったが長い登り坂を終えたばかりで、疲労が溜まっていると思われたので、今日は十分に休んで明日以降の山下りに備えようとキスカが提案したのだ。旅に関しては彼女の意見を尊重しているレオポルドとフィオリアが同意して、本日の移動はこれにて終わりと相成った。

 とはいえ、昼間から部屋に引き籠っているのはつまらない。と、フィオリアは思った。元々彼女は行動的で活発な性格で太陽が出ている間に屋根の下にいるのは勿体ないと考えるような娘である。

「そういうわけだから、ちょっと散歩に出かけましょう」

 彼女はそう言って、レオポルドを散歩に誘った。

 休みだというのに外を歩き回っていては休みにならないのではないかとレオポルドは考えたが、あんまり遠くまで行かなければ問題ないと思い直して、彼女の提案を承諾した。

「あー。えーと、キスカ、も、一緒に行くか」

 レオポルドが尋ねると部屋の隅に座っていたキスカは困ったような顔をした。

 レオポルドを見つめてから、その傍らに立つフィオリアを見る。

「……いや、私は、結構です」

「そうか。じゃあ、ちょっと行ってくる」

「お気をつけて」

 キスカは頭を下げてレオポルドとフィオリアを見送った。

 宿の狭い廊下を歩きながらレオポルドは自身と旅する二人の女性の関係について考えていた。

 というのも、帝都を出て旅を始めてから一ヶ月以上が過ぎているというのにキスカとフィオリアの間にはほとんど会話がないのだ。

 時候の挨拶くらいは交わすものの、二人とも黙っているか或いは口を開いても話しかける相手は必ずレオポルドで、時にはフィオリアの質問をレオポルドが経由して、キスカが答えるという非効率的なコミュニケーションをすることもしばしばだった。

 何故、こんなことになっているのか彼には全く分からず、ただただ首を捻るばかりであった。

 キスカは寡黙な性格でレオポルドと話すときも必要最低限以上の会話はないので、彼女があまり会話をする必要のないフィオリアに声をかけないのは理解できる。

 しかし、明るく快活で行動的なフィオリアがキスカに声をかけないのは何とも解せないことであった。

 この点について、彼は前々より尋ねようとは思っていたが、キスカのいる場所で話すのは憚れ、後回しにしてしまっていた。

 今回、久しぶりにキスカと離れて二人になった為、これを尋ねるには絶好の機会といえよう。

 宿を出て少し歩いてからレオポルドは口を開いた。

「そういえば、フィオ」

「何さ」

「フィオは、キスカと、あー、仲が悪いのか」

 この質問の仕方はどうかと思うが彼には他にどう尋ねればいいのか分からなかった。

「仲悪いのかって、別に……、悪くないけど」

 フィオリアはそう言いながら、どういうわけだか不機嫌そうに顔を顰める。

「何でそんなこと聞くのさ」

「いや、フィオとキスカの間に会話がないと思ってだな」

「それは、別に、話すことないから……」

 フィオリアは渋い顔で答える。その言葉は彼女にしては珍しく歯切れが悪い。

 彼女は少し迷うように視線を泳がせた後、口を開いた。

「あっ、あのさ。あんまり誤解はして欲しくないんだけど」

 そう前置きしてから尋ねる。

「レオはあの人を信用してるの」

 そう問いかけられてレオポルドはフィオリアがキスカに対してよそよそしい理由をいくらか理解した。自分にそういう質問をするということは、彼女自身はキスカをあまり信用していないということだろう。

 フィオリアがそのように考えるのも理解できないわけではない。見ず知らずの他人をいきなり信用しろというのが無理な話だ。しかも、キスカは南部の異民族なのだ。

 帝国本土に住む人々にとって遥か南の辺境の異民族なんてのは山賊か海賊か犯罪者の集団みたいなイメージなのである。言葉が通じないどころか自分たちと同じような思考をしているのかどうかも疑わしい。正義や良心、慈悲の心を持ち合わせているのかさえ分からないといったくらいなのだ。

 その上、キスカは言葉は通じるものの、無口で無表情なせいか何を考えているのかよくわからない不気味な雰囲気を漂わせていると言えなくもない。

 フィオリアがキスカを信用できるか不安視するのも無理からぬ話である。

「全面的に信用しているわけではないが、ある程度は信用している」

 レオポルドの答えにフィオリアは小首を傾げる。

「話を聞くに彼女の目的は俺と一致しているからな。彼女の属する部族はどちらかといえば帝国寄りらしい。つまり、彼女というか、その部族にとってサーザンエンド辺境伯の力が弱まることは都合が悪い」

 彼らが今まで通りの現状維持を望むのならば、フェルゲンハイム家の血縁に連なる者をサーザンエンド辺境伯に据え、後継不在の混乱を一刻も早くに鎮めて、その権威が弱まるのを防ぐしかない。そこで目を付けられたのがレオポルドというわけだ。他の血縁者は尽く断絶してしまったか。若しくは何かしらの理由で都合が宜しくないのだろう。

「ま。そういうわけで、彼女、というよりは彼女の部族と俺の利益は一致している。利益が一致しているなら他人同士でも協力関係は成り立つだろう」

「それはそうだけど……」

 フィオリアは少々腑に落ちないような、微妙な表情で頷く。

 暫く黙って考えてから口を開く。

「それじゃあ、もしも、あの人の部族の考えが変わったら」

 フィオリアの指摘にレオポルドは渋い顔になる。

 確かにそこは大きな問題である。もしも、彼女の部族が心変わりした時、キスカは変わらずレオポルドに仕えてくれるだろうか。

 彼女の部族が変心する可能性はいくつか考えられる。例えば、今は帝国寄りである部族が今までの方針を転換して、反帝国の旗を掲げたら。若しくは辺境伯に据えるのに別の候補者を推すことになったら。

 その時、レオポルドとキスカの関係が今のままでいられるとは思えない。

「そこは俺も危惧しているところだな。とはいえ、まぁ、今はそこを気にしてもしょうがないだろう」

 気にしたところで、レオポルドたちにはどうすることもできないのだ。引き返そうにも彼らには既に居場所はなく、安心して頼れる寄る辺もなく、安定した生活を送れる環境を手に入れる算段もないのだ。

「まぁ、それはそうなんだけど」

 フィオリアは頷きながらも納得のいかない様子だった。

「まぁ、なるようになるさ」

「そんな楽観的な考え方で大丈夫なの。何かできることがあるんじゃない」

 レオポルドの能天気な言葉にフィオリアは険しい顔で指摘し、彼は考え込む。

 今できることは限られている。その数少ない選択肢のうちの一つで最も確実なのは情報収集だろう。キスカの部族の思惑、動向について調べることだ。

 とはいえ、帝国本土の政府や人々は南部に対して非常に関心が薄く、情報が少ない。その情報が少ない南部の中の一民族の更に一部族のことを詳しく知る帝国人は皆無だろう。せいぜい、旅の途中で漏れ聞く噂話から細々とした情報を集めるしかない。

 或いはキスカ本人から話を聞くということもできよう。

 ただ、クロス家の屋敷で彼女が話したことが全てだとレオポルドは感じていた。何の根拠もない憶測ではあるが、キスカはあまり嘘が上手な方には思えなかった。彼女は率直に正直にレオポルドと接しているような気がする。

 屋敷で話した時から状況が変わっている可能性もあるが、今まで四六時中一緒にいて、キスカが自身の部族からの便りなり伝令なりを受け取った様子は皆無であった。

 もしも、気付かないうちに何かの指示を受けていたとして、レオポルドの存在価値がなくなったとするならば、いつまでも一緒に行動している意味はないだろう。キスカがレオポルドと行動を共にしていることが、キスカの部族がレオポルドを必要としている何よりの証左であると言えるのではないだろうか。少なくともキスカとしてはレオポルドを辺境伯にしようという目的で行動していることには今も変わりはないだろうとレオポルドは考えていた。

 しかし、考えてみると確かにレオポルドはキスカのことを何も知らない。彼女の部族の名前とか様子とか彼女の部族内における立ち位置など。彼女が積極的に話す性格でなく、レオポルド自身も他人を不必要に詮索するような性質ではなかった為、これまでそういったことを聞くことなく過ごしていた。

 その辺りはいつか聞いておいても良いかもしれないと彼は考えた。

『グレハンダム山脈』

 帝国南部の半島部の付け根を西岸から東岸へと横断する三〇〇〇m級の山々が連なる山脈。中には五〇〇〇m以上の標高を持つ山も属している。

 山脈によって南部と大陸本土は分断されており、気候や風土が大きく異なる。ただし、東端はやや標高が低く、その付近においては古来から往来が盛んである。

 およそ五〇〇〇万年前、当時は独立した大陸であった南部が西方大陸に衝突したことによって造山運動が生じた。現在もその動きは続いており、グレハンダム山脈は現在も隆起し続けている。この運動の為、付近では地震が多発する。

 山脈の地形は非常に険しく、人を容易く寄せ付けないが、いくつかの道があり、大蛇の峠はその中で最も整備されている。

 山脈の高地地域に居住する山岳民族や山脈南側に住むアーウェン人にとっては信仰の対象ともなっている。

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