七九 包囲下のモニス
土を焼いて作った煉瓦の壁に囲まれ、北向きに小さな窓のある部屋だった。南側に出入り口があるが、扉がない代わりにカーテンのように布を垂らしている。
非常に狭いが、出入り口が大きく、天井が高いせいか、あまり息苦しさは感じない。
タイルを敷き詰めた床にくすんだ緋色の絨毯を敷き、その上に毛布を広げて、もう一枚の毛布で体を包む。
小窓からは日差しが差し込み、外に立つオリーブの木の枝が見えた。
彼女は毛布に包まったまま、なんとはなしにオリーブの枝をじっと見つめていた。特に意味はない。眠りから覚めたものの、気持ちとしてはまだ微睡の中にいたい気分だ。
しかし、既に十数時間も睡眠を取っている体はこれ以上の睡眠を拒んでいて、仕方がないので、寝床に転がったままじっとしているだけだ。
「おはようございます。起きていますか。朝ですよ」
出入り口の向こうから声を掛けられる。涼やかで耳触りのよい声だが、若い女にしては少し低い。
その帝国語はいくらか南部の訛りはあるものの、非常に正確で日常会話に支障はほとんどない。
「起きてるわ」
もうとっくの前に朝が来ているのは知っている。
毛布に包まっていた彼女は不機嫌に唸るように言ってから、赤茶色の髪を掻き毟った。ぱらぱらと砂とフケが宙を舞い、彼女は顔を顰めて舌打ちした。
「失礼します」
出入り口に垂れ下がっている布が捲り上げられ、すらりと背の高い女が部屋に入ってきた。赤銅色の肌に長い手足。豊満な乳房に女性的な丸みのある尻という非常に魅惑的な体つきをしている。栗色の長い髪は後ろで独特の形に結われていた。
彼女のくっきりと大きな灰色の瞳が毛布に包まる少女へと向けられ、柔らかそうな桃色の唇の端が吊り上る。
「まだ寝ていたのですか」
「起きてはいたわ」
「寝床から出ないと起きたとは言わないのですよ」
「はいはい。今、出るわ」
そう言いながら、彼女は毛布から抜け出し、毛布を畳んで部屋の隅に押し退けた。そこにはもう一組毛布が折り畳まれて置かれている。
場所を空け、絨毯の上に座ると、彼女は顔を上げて、挨拶した。
「おはよう。アイラ」
「おはようございます。フィオリア」
アイラは挨拶を返しながら、手にしていた金属製の盆を絨毯の上に置いた。盆の上にあるのは硬く焼いた平たいパンがいくつかと、ナツメヤシのジャムの小瓶、山羊乳のチーズである。これが二人の朝食であった。
「朝食より先に顔を洗いたいわ」
袖で顔を拭いながらフィオリアがぼやく。
「贅沢を仰らないで下さい。今、水は大変貴重なものです。水の一滴は血の一滴」
「そんなことわかってるわよ。言ってみただけ。愚痴るくらいいいじゃない」
アイラが説教めいたことを言うと、フィオリアはむくれた様子でそう言うとカチコチのパンに噛みついた。犬歯で穴を開けるように噛み砕き、どうにか口の中に収める。
「大体、帝国の方々は水を使い過ぎです。平時から暇さえあれば、毎日のように水浴びをなさる。確かに水は生きるのに不可欠なものですが、水気は過ぎれば毒になると云います」
パンを叩き割りながらアイラが言った。
帝国人に限らず西方諸国の人々は貧富問わず風呂や水浴びを好んだ。王侯貴族や大商人、後宮聖職者の大邸宅には水道が引かれ、浴室を備えていた。勿論、貧しい民の家に自家用の浴室などはない為、彼らはどんなに小さな町や村にも一軒か二軒はある風呂屋に出かけて、入浴を行った。温暖な地域では川や湖沼などで水浴びをすることも多かった。
これは帝国及び西方諸国の文化的起源であるミロデニア帝国の文化であるとされる。
しかしながら、ミロデニア文化の洗礼を受けなかった異民族の中にはこの習慣に違和感を抱く者も少なくない。ムールド人もそうであった。彼らは水気に対して嫌悪感を抱くことがあり、どうやら、水気は健康に悪いと考えているらしい。
「水浴びしないと体が汚くなってしょうがないじゃない。垢とかフケとか。嫌になるわ」
「蒸し風呂で垢すりをすれば清潔に保てます。まぁ、今は無理ですけれども」
フィオリアが嫌悪感を露わにした顔で言うと、アイラが反論した。
ムールド人には蒸し風呂の文化がある。あまり回数は多くはないが、週に一度ほど蒸し風呂に入り、垢を落とす。燃料には家畜の糞の乾燥させたものを用いる。勿論、これを頻繁に用いることができるのは部族でも有力な一族に連なる者に限られ、その他の者たちは基本的にほとんど風呂などには入らなかった。
また、彼らは日常的に幾種もの薬草や花の蜜などを混ぜた油を髪や肌に塗って、身を清めていた。
「何にせよ。早く水浴びをして、もっとマシな食事にありつきたいわ」
そう言ってフィオリアはチーズに手を伸ばして、止めた。ちょうどチーズから蛆が這い出してきたところだった。彼女は手を引っ込める。
その様子を見ていたアイラは蛆を摘まむと、部屋の外に放り投げた。蛆がいなくなったのを確認するとチーズを齧る。
「よく食えるわね……」
フィオリアが呆れと感心が混ざった顔で言うと、アイラは平然と答えた。
「蛆に毒はありませんから」
チーズを咀嚼して、飲み込んでから、アイラは顔をしかめて言った。
「それに、何度も言いますが贅沢は禁物です。私たちは旦那様の縁者ということで、特別な計らいを受けているのです。兵や民は毎日の食事をほとんどパンだけで過ごしております。蛆が湧くチーズでも口にできるだけ恵まれている方なのだということを……」
「はいはい」
彼女の説教じみた話をフィオリアは聞き流す。もう幾度も聞かされている話なのだ。話の細部は変われど、言うことは大体同じである。曰く、
「贅沢は禁物です。水、食料、何もかも貴重なのです」
実際、その通りなのである。如何に物資の備蓄が多かろうとも、不測の事態に備え、また、どれだけ長期に渡ろうとも戦い続けるには物資の消費を節約することが極めて重要である。物資の消費を抑え、不安と恐怖を抑え、ありとあらゆる不自由と不快を耐え忍び、忍耐に忍耐を重ねる。それこそが籠城戦を続けるにあたって最も重要なことである。
「しかし、一体、いつになったら終わるのかしらね」
カチコチに硬いパンをどうにか口の中に押し込んだフィオリアがぼやく。
「敵の兵糧が尽きるか。私たちが死ぬかまででしょう」
カチコチのパンを砕き、ナツメヤシのジャムを付けて食べながら、アイラは平然と言い切った。
「あたしらの兵糧が尽きたときは終わりじゃないの」
「勿論、終わりではありません。兵糧尽きようとも、飢え死にするか、敵が乗り込んで来るまで戦い続けるでしょう」
フィオリアの疑問に彼女は淀みなく応じた。
「降伏などという選択肢はあり得ません。生きて虜囚の辱めを受けるくらいならば、私は……」
そう言うと口を真一文字に閉じて、腰帯に挟んだ短刀の柄を握り絞めた。
フィオリアは黙って短刀を見つめ、憂鬱そうに溜息を吐く。
アイラの決意はそれほど突飛でも不自然でもない。敵の手に落ちた敗者の命運など、決まりきったものだ。多くは殺されるか捕虜にされるかの二択であり、女であれば犯されるという選択肢が増える。犯してから殺されたり、殺されてから犯されることもあるが、大した違いはないだろう。
戦いの後、敵の女子供を目の前にした兵士たちがどのような行動を取るかなど、古来から幾多ある実例のとおりである。
激しい生死の奪い合いが子孫を残そうという生殖欲を喚起させるのか。戦いの中で生物的本能が昂るのか。戦いの後の戦士たちは女であれば誰でも、よぼよぼの老婆であろうが、年端もいかぬ幼女であろうが、最悪、女でなく、少々見栄えのよい少年であっても、穴があれば何でもいいのか。手当たり次第に乱暴をするものだ。
しかも、敵方はクラトゥン族なのだ。人道という概念があり、婦女子を保護すべしという騎士道精神を継承する西方諸国の正規軍ならばまだしも、蛮族の集団であるクラトゥン族軍にそのような殊勝な行いを期待するのは無駄というものだろう。
ムールドの戦いでは古来より捕虜は勝者の戦利品である。殺そうが犯そうが奴隷にしようが、捕まえた者の自由である。
アイラはそのような最悪の事態になるくらいなばら、自らの死をもってそれに抵抗せんと意を決しているようであった。
フィオリアも彼女の考えには大いに賛成であったが、西方教会では自死を固く禁じている。あまり熱心ではないが、一応信徒であり、神の存在と天国と地獄を信仰している身としてはアイラと同じことはできない。
さて、どうしたものか。と、フィオリアは考え込む。
「あぁ、いけません。もう一つ。大事な選択肢がありました」
アイラがぽんと手を打って言った。先程までの思いつめたような表情は消え去り、笑みさえ浮かべて彼女は言った。
「きっと旦那様が救けに来て下さいます。こんな簡単なことを忘れてしまうとは慙愧に堪えません」
ついさっきまで滅亡寸前の国に殉ず姫といった趣だったのが、あっという間に夢見る乙女に早変わりである。
その変わり様を見ていたフィオリアは呆れ顔で溜息を吐く。
いつ終わるとも知れぬ籠城戦の中、誰もが希望を見失い、絶望を枕に寝ている中、アイラは「愛する旦那様が救けに来てくれる」という希望をいつまでもしっかりと握り絞め、そのことを思い出す度に春の芽吹きに咲き誇る花のような笑みを浮かべる。
「フィオリア。旦那様がいらっしゃるまでの辛抱です。今に地平線の向こうに戦旗を翻す旦那様の軍勢が現れ、このモニスを十重二十重に包囲する敵の大軍を打ち破り、私たちを救って下さいます。ほら、もう見える頃合かもしれませんよ」
アイラの明るい笑みを見つめていると、何か言う気も失せ、フィオリアは適当に相槌を打つ。
「とんだお笑い種ねっ」
そこに甲高く鋭い声が飛び込んでくる。
出入り口に垂れ下がる布が跳ね上げられ、小柄な少女が部屋に上り込む。
長い金髪に白い肌、蒼い瞳を持ち、やや幼さの残る顔立ちをした少女である。
輝く金細工のようだった髪はその輝きを陰らせ、初対面のときには考えられなかったほど乱れ、肌もくすみ、ふっくらとしていた頬もやつれている。それでも、蒼い瞳だけは爛々と輝き、彼女の気の強さを表していた。
「エリーザベト様。立ち聞きとは良い趣味ですね」
アイラはにっこりと微笑んで言った。愛想は良いが、目は全く笑っていない。
「たまたま、廊下を歩いていたら、馬鹿馬鹿しい話が聞こえてきたのよ」
ウォーゼンフィールド男爵家の令嬢エリーザベトはアイラとフィオリアを蔑むような目で見下ろし、吐き捨てるように言った。
「あの貧相で頼りないのが助けにくるなんて。夢物語もいいところよっ」
「いいえ。旦那様は必ずや私たちを救けに来て下さいます」
エリーザベトの言葉にアイラが言い返す。
「それと。旦那様は貧相でも頼りなくもありません」
その反論にフィオリアは首を傾げる。姉弟のように共に育ってきた彼女から見ても、確かに、彼はちょっと貧相で、頼りないところがあるような気がする。
「そうは言ってもね。私たちがいるこのモニスをクラトゥン族の軍勢が取り囲んでから、何日経ったと思ってるの。もう一ヶ月以上経っているのよっ」
エリーザベトが厳しい現実を突きつける。
フィオリアやアイラ、エリーザベトたちが籠るモニスにクラトゥン族軍(正確にはクラトゥン族と同盟関係にあるムラト族が主体だが)一万余が押し寄せ、包囲してから既に一月以上経過していた。
その間、モニスが陥落しなかったのはモニスは荒野の真ん中にある小高い岩山の上に築かれ、北側には雨水が溜まった大きな窪地があり、東西は急な崖になっていて登ることは適わないという要害の地であり、潤沢な物資が備蓄され、寄せ手が攻城戦に不得手であったからだ。
攻城軍には大砲どころか火器の類は殆どなく、それどころか投石器も攻城塔もなかったし、そのような攻城兵器を造る技術もなかった。
その為、彼らは唯一岩山の上に通じている南側の坂道を数に任せて突進してきた。
当然、守備側は南側に堅固な防衛線を築いていた。土塁を築き、石を積み上げて石垣とし、塔を建てていた。頭上から雨霰と降り注ぐ矢玉に、投げつけられる石、転がされる丸太や大石に、攻め手は大きな犠牲を払った。どうにか石垣に取りついても、糞尿やら煮えたぎった油を浴びせられ、パイクで突かれて、屍の山を築くばかりであった。
攻城開始から数日の間に、甚大な損害を出した攻め手は南側からの攻城を諦め、窪地に船を浮かべて渡ろうとしたり、夜陰に乗じて崖を這い上がろうとしたが、守備側の粘り強い抵抗と激しい迎撃により、作戦は尽く失敗し、半月くらい前からは動きを止め、戦況は膠着状態に陥っていた。
守備側は敵方の攻勢をよく防ぎ、モニスへの侵攻を阻んでいたが、いつ終わるとも知れぬ攻城戦に疲労し、常に不安と恐怖に苛まれ、兵や民の間には厭戦気分が蔓延していた。
しかも、敵方からは、時折、降伏を呼びかけられる。その際には、東へと向かった味方の軍勢は、クラトゥン族軍の本隊が打ち破り、壊滅した。主要な将軍たちは尽く戦死した。と言い張っていた。
守備軍の高官たちは、これを嘘だと見做していた。敵方の性質からして、言っていることが真実ならば遺体なり捕虜なりを持ってきて、こちらに見せつけるに違いない。それがないということは、少なくとも、味方は敗れていないと考えたのだ。
とはいえ、その味方はいつまで経っても、自分たちを救けに来てくれないのだ。
確信は揺らぎ、自身は失われ、疑念が生まれ、不安に襲われるのは至極当然というものである。
それでも、彼らが降伏しないでいるのは、今のところ、糧秣や水の備蓄に余裕があり、敵の攻勢を防ぎきっているからだ。この二点が彼らの自信となり、敵に対する優越感となって、敵への降伏を拒む要因となっていた。現状、上手く戦えているのだから、状況がはっきりするまで現状維持でいいじゃないか。というわけだ。
「旦那様には何か思惑があるに違いありません。故に、いくらか救援に赴くのが遅れているのでしょう」
アイラはエリーザベトをきっと睨みつけながら言った。
エリーザベトは呆れたように鼻で笑うと、蔑むような目で見ながら言った。
「貴方、そう自分に言い聞かせて、不安と恐怖から逃げようとしているだけなんじゃないの」
自分よりも年下の少女の鋭い言葉にアイラは言葉を失う。
「そうやって虚しい妄想に逃げ込んで、目の前にある嫌な現実から目を背けているだけじゃない」
エリーザベトの氷の棘のような声を掻き消すようにアイラが叫ぶ。
「ち、違いますっ。旦那様はっ、レオポルド様はっ、必ず、必ず、私たちを救けにっ」
「違わないわっ。あんたは逃げてるだけよっ。目の前に突き付けられたどうしようもない絶望から逃げたいだけじゃないっ」
ギラギラと青い瞳を光らせながらエリーザベトが怒鳴り散らす。
「ちょっとっ。二人とも、そんな言い争いして何になるのさっ」
尋常ならざる二人の様子に慌てたフィオリアが言い争いを止めようとする。
「絶対っ、旦那様は私たちをっ、私を救ってくれますっ。絶対にっ」
「あんな野郎を当てにしたって無駄よっ。統率力も決断力もなくて、ただ、周りの話を聞いて、ヘイコラしてるだけの木端役人みたいな奴っ」
「なんということをっ。旦那様への数々の悪口雑言っ。断じて許せませんっ」
二人の言い争いはますます過熱し、フィオリアはどうしたものかと二人の顔を見比べ、無駄に手をばたばたと動かす。
「おやおや、賑やかじゃあないか」
そこへ小柄な老人がひょいと顔を出した。
つるっとした禿げ頭に、もじゃもじゃの白髭。立派に突き出てお腹の丸々とした体つきだ。
「シュテッフェン博士っ。何で、ここにいるんですかっ。この建物は女性用ですよっ」
フィオリアが驚いて叫ぶ。
彼女たちがいるのは帝国人及びムールド人の高い身分の女性たちが居住している建物なのだ。基本的に子供以外の男子禁制である。
「そんな細かいことはいいじゃあないか」
博士はてきとうなことを言ってはぐらかす。
「それより、これはどうしたことかね」
「なんか、二人が些細なことで言い争いになっちゃって……」
不法侵入よりも、アイラとエリーザベトの言い争いの方が重要だと判断したフィオリアは博士に助けを求めるように言った。
シュテッフェン博士はいつも酒を飲んだくれてばかりいるが、帝国南部でも有数の博識と謳われる賢者、であるらしい。レオポルドの顧問に招かれたが、その賢者ぶりを披露したことは滅多にない。というよりも、今のところ、ないといっても過言ではない。
「ふむ。こう、長いこと敵に囲まれた厳しい環境におると心に負担がかかって、感情の起伏が大きくなったり、怒りっぽくなったり、妙に明るくなったり、逆に沈みがちになったりするものだよ」
シュテッフェン博士はもじゃもじゃの髭を掻きながら落ち着いた様子で言った。
酒が入ってないせいか、以前よりもまともなことを言っている気もするが、今の困った状況をなんとかしてくれる助けにはならない。
「わしも長いこと酒が飲めなくて、気分が落ち込みがちでねぇ」
フィオリアは激しくそんなことはどうでもいいと思いながら、目の前の爺を睨みつけた。
「ところで、御嬢さん方。そんなところで罵り合いをやっておるよりも、外に出てみた方がよいよ。今朝はとても良い朝だ」
博士はそんなことを言って、去って行った。
三人は暫し言い争いを止めて顔を見合わせる。言葉には出さないが、大体、同じことを考えていた。
あの爺さんも長い攻城戦で心が変になったんだろうか。
気まずい空気を打破するように、とりあえず、外に出て空気でも吸おう。と、フィオリアが気の利いたことを言い、三人は部屋を出た。
建物を出ると、珍しく人々が活気づいているようだった。慌てた様子で走り回っている。久しぶりに敵方が押し寄せてきた。という風ではない。
ちょうど目の前をジルドレッド将軍が走って行ったので、エリーザベトが何事かと尋ねた。
「南の地平線を見てみるがいい」
将軍はそう言って満足そうに髭を撫でつけた。
三人は言われるがままに南の地平線が見える地点に向かう。そこら中にモニスに籠城している人々が、貴族も士官も兵士も老人も女も子供も南の地平線を見つめていた。
見渡す限り広がる荒野にぽつんと高く聳える岩山の上にあるモニスからは遥か先まで見渡すことができる。
目を凝らして南の地平線を見つめると、そこには小さな小さな影が集まっていた。
「あれは…………」
エリーザベトは何かを言おうとして言葉を失う。
アイラは溢れ出る涙を拭うこともなく、止まらない嗚咽を抑えるように口を押えて震えていた。
「ったく」
フィオリアは不機嫌そうに地面を蹴り、舌打ちをしてから、目尻に浮かぶ涙を乱暴に袖で拭った。
「遅いっつの」
南の地平線には戦旗が翻っていた。明らかにムールドのものとは違う。西方諸国が使う軍旗だ。ムールドではレオポルドの軍勢だけが持つ旗だった。