六九 同盟軍
翌日、レイクフューラー辺境伯からの素敵な贈り物が届いた。
北東八部族が購入した分とクロス卿派への支援である合わせて一三〇〇挺の新式のマスケット銃。数万発分の弾薬。長い砲身を持ち、長い射程を誇る二門のカルバリン砲とその砲を操作する砲兵隊二〇名。更にはそれらの護衛として付いていた一〇〇名の南方人奴隷兵がレオポルドに贈られた。
輸送を担ったレウォントの商会の社員は、サルザン族から代金として巨大な岩塩の塊を数十個受け取ると、そそくさと来た道を戻って行った。その様子からすると、クラトゥン族の動きに勘付いているようであった。
「何にせよ。武器は揃った。今までを思えば贅沢過ぎるほどの装備だ」
サルザン族から指揮本部にと提供された大きな家の一室でレオポルドが満足そうに言うと、軍議に参加しているクロス卿派軍の士官たちが一斉に笑い声を上げた。
不足しているのは兵だけである。が、傭兵を雇うにしても、呼び寄せるまで時間がかかりすぎる。また、その財源も不足している。
「さて、我々に残された時間は限られています。クラトゥン族がこちらに到達するまで如何程か」
「クラトゥン軍は主に軽騎兵で構成されており、持ち歩く物資は必要最低限のものですから、その行軍速度は非常に迅速です。おそらくは一週間としないうちに塩の町まで到達するでしょう」
「北東八部族、もう六部族か。その兵はいつ頃、集結できる」
「ラハリ殿によれば一両日中にも」
「となると、その限られた日数の間に訓練を施すのは難しいか」
レオポルドが視線を向けると、バレッドール准将は難しい顔をして唸る。
「やってはみますが、難しいでしょうな。銃の操作にある程度慣れている者のみを歩兵に編入し、残りは騎兵として運用すべきかと」
准将の提案に、レオポルドは同意する。
「部隊編成は准将に一任します。できるだけ戦列を厚くして頂きたい。歩兵全般の指揮監督についても准将に一任して頂く。残りは軽騎兵として、アルトゥール殿に預けます」
レオポルドの指示にバレッドール准将は頷き、アルトゥールは欠伸をした。
キスカが腰の半月刀に手を掛けるのを横目に見つつ、レオポルドが続ける。
「重要なのは何処で戦うかだ。戦場を我々にとって有利な位置に設定することは何よりも重要である。キスカ。この辺りに適当な場所はないか」
「適当といいますと」
アルトゥールを不愉快そうに睨みつけてから、キスカは大人しく半月刀から手を放して聞き返す。
「自軍の両側を防御し易い場所がよい。谷間だとか峠だとか、敵が我々の側面に展開できないような場所に布陣し、そこに敵を誘い込みたい」
レオポルドの注文にキスカは渋い顔になった。
「お恐れながら、レオポルド様が仰るような場所を見つけることは容易ではないと思われます。ムールドは勿論のこと、サーザンエンドは比較的平坦な地勢であり、谷や川、山といったものは少ないのです」
「それは知っているが、どうにか良い場所を探すことはできないか。最悪、背後だけ防御できる地ならばよい」
「わかりました。他の部族にも聞いてみましょう」
キスカは気難しい顔つきのまま言った。
「ところで、軍勢は無事に町の中に進駐できましたか」
レオポルドが問うと、ルゲイラ兵站監が頷いた。
「軍勢は本日午前の間に城内へ入り、サルザン族が指定した場所に駐屯し、いくつかの家々や建物が提供され、兵たちの休息所及び物資の倉庫となっています」
町の中に軍勢を入れるのはレオポルドが提示した条件の一つである。
塩の町の中で軍議や会議を行う際、その度に町の外から向かうのは面倒であるし、警備の問題もある。
また、町の中に駐屯することは兵の士気や健康を回復することに役立つ。同じ天幕の中の生活であっても、城壁のあるとなしとでは全く違うというものだ。砂埃は格段に少なく、日蔭もあって、暑さを凌ぐこともできる。町には井戸もあり、より新鮮な水を多く飲むことができ、盗賊や獣の襲撃を恐れながら眠る必要もない。
そして、町には兵たちを楽しませる様々な施設がある。食べ物や酒などの飲みものを出す店から、珍しいその地の特産品が並ぶ市場、一夜の伽を提供する宿などなど。
しかし、レオポルドは兵をそういった店に行かせるつもりはなかった。住民の中には帝国人に強い反感を抱く者もおり、無用な諍いの原因になっては堪らない。兵たちは少々不満を抱くかもしれないが、住民との間で喧嘩でもして、死傷者を出されるよりマシだ。
「兵たちを駐屯地の中に留め、住民との接触は避けるように」
「了解いたしました」
レオポルドの指示にルゲイラ兵站監は生真面目に応じる。
その後、レオポルドは視線を末席で暇そうにしているアルトゥールに向ける。
「アルトゥール殿も、あまり町には行かぬようお願いします」
「あれかね。まーた、住民との間に余計な争いを生まぬ為にってやつかね」
アルトゥールの言葉にレオポルドは無表情で頷く。
「この辺りの部族の中にはアルトゥール卿を快く思わぬ不届き者もおります。いつ何時、襲撃を受けるかわかりません」
「蛮族に襲撃されたところで、軽く返り討ちにしてやるがな」
バレッドール准将の警告に、アルトゥールはそう返すが、それが問題なのだということを彼は理解しているのだろうか。と、レオポルドは不安になった。
ただでさえ、結束しているとは言い難いクロス卿派に更に北東六部族の兵まで加わるのだ。軍勢内を統制するだけでも難しいというのに、余計な諍いを起こされては、敵と戦う前に内部分裂を起こしかねない。今はどんな小さな火種も起こさないように注意し、火種があれば、即座に消す努力を怠ってはならないのだ。
「とにかく、駐屯地で大人しくしていて下さい」
俺は子供の躾係か。と思いながらレオポルドは念押しするようにアルトゥールに言い渡した。
キスカの言葉どおり、北東六部族の兵は、更にその翌日と翌々日にかけて塩の町に集合した。
バレッドール准将は早速自分の仕事に取り掛かった。
まずは、書記に命じて兵員名簿を作成させる。
全ての兵員は徴兵担当士官と書記の前に列をつくり、名前を名乗り、出身地を報告する。書記はそれを紙に書き連ねていく。
兵員名簿に基づき、准将は他の士官らと相談しながら、いくつかの部隊を編成した。
全ての兵員の中から特に優秀で服務態度も真面目だと思われる者たち一〇〇名程度をレオポルドの直属の近衛中隊として編成し、中隊長にはレオポルドの副官であるキスカが就いた。
歩兵連隊はおよそ一二〇〇名から成り、帝国歩兵一五〇名が一つの中隊を構成し、ムールド人歩兵たちは部族ごとに一五〇名で一個中隊を編成している。連隊長はレッケンバルム大佐である。
騎兵連隊は約七〇〇の将兵で構成され、一〇〇名ごとの七個中隊から成る。帝国人騎兵は一個中隊である。ムールド人騎兵は部族ごとに中隊を編成している。こちらの連隊長はアルトゥールだ。
この他、ルゲイラが率いる兵站部隊。レイクフューラー辺境伯から派遣された砲兵隊と一〇〇名の南方人奴隷兵部隊がある。これらは予備として司令部直属とした。
それぞれの連隊に副長と少佐、旗手、連隊補給担当士官、主計長、書記らが選任される。また、中隊ごとに中隊長、副長、旗手、軍曹、糧秣宿営調達担当、武器管理担当、書記、ラッパ手、太鼓手らが選任された。
その後、全将兵は塩の町の外に設けられた宿営地に集められ、最高指揮官であるレオポルドへの忠誠と服従を宣誓するよう求められた。
ムールド人の一部、特に北東六部族の面々はこれに抗議したが、キスカが言い包めた。
「兵員が指揮官に忠誠と服従を誓わねば、軍隊は軍隊として機能しない。レオポルド様の指揮権を認めることは同盟の条件であったはずです。約束を反故に為さるならば、我々は貴君らと共に戦うことはできない」
彼女の言葉にムールド人たちは沈黙し、止む無く、レオポルドに対して忠誠と服従を誓ったのだった。
続けて、バレッドール准将が軍人服務規程を読み上げた。この服務規程は本格的な軍隊を組織するにあたって、士官たちが集まって急遽作成したものである。
内容は概ね以下のようなものである。
上官の命令に背く者、不忠実なる者、不服従なる者は死刑とする。
攻撃の命令に従わず、敵に背を向け、逃亡する者は死刑とする。
戦いに際し、最善を尽くさぬ者、怠慢し、敵を利する者は死刑とする。
仲間に対して暴行を振るい、乱暴な振る舞いを行う者、諍いを起こす者は死刑とする。
隊を危険に晒し、損害を与えるような行為を行う者は死刑とする。
隊の資金、武器、弾薬、食糧、水、その他物資を横領又は棄損した者は死刑とする。
とにかく、これらの規程に違反した者は死刑なのだ。
軍隊という組織において命令違反、敵前逃亡、脱走、怠慢などは万死に値する罪なのである。
とはいえ、実際には情状を鑑みて、鞭打ち、拘禁、罰金などに処される場合も多い。
軍人服務規程には他にも細々とした、組織構成の規程や命令系統について。兵員に供与される糧食、酒、給与について、傷病した際の取り決めなどの福利厚生などが定められているが、これらの読み上げは省略した。
こうして、クロス卿派、七長老会議派、北東六部族から成る対クラトゥン同盟軍が編成されたのであった。
同盟軍が無事編成され、レッケンバルム大佐が書類仕事に取り掛かり、ようやく働く気になったらしいアルトゥールが練兵に励んでいる間、レオポルドとバレッドール准将は指揮所となっている建物に引き籠って、キスカが収集してきた情報を基に敵であるクラトゥン族の分析や戦場となるであろう付近の地勢の分析、どのように軍を展開し、戦わせるべきか議論を重ねていた。
キスカは情報収集やムールド諸部族との折衝、兵員の監督など雑多な役回りを一手に引き受けていた為、常にレオポルドの傍近くに仕えているわけにはいかなかった。レオポルドの元には報告すべき案件がある時のみ、顔を出していた。
「レオポルド様。昨夜、時間外に酒を飲んで酔っ払い、宿営地を離れた兵一名についてですが、二四回の鞭打ちに処すことに致します。本日正午、全将兵立ち合いの下、執行致します」
「二四回だと。多くはないか。二四回も打っては、その酔っ払いの愚か者の背中の皮は剥け、肉は削げ落ち、背骨が見えるぞ」
バレッドール准将が怪訝そうな顔をすると、キスカは素っ気なく言い返した。
「准将が御心配されずとも、彼奴の背中の肉は十分にあるので大丈夫でしょう」
「しかし、二四回は多い。下手をすると死ぬぞ」
レオポルドも眉根を寄せる。
「酒を盗んだ罪により一二回。宿営地を抜け出した罪により一二回。合わせて二四回です」
キスカの答えに二人は唸る。
「まず、ここで軍の統率を乱した愚か者がどうなるか全ての将兵に見せつけねばなりません」
レオポルドとバレッドール准将の両名は、いずれも気乗りしない様子であったが、渋々と彼女の意見に同意した。そもそも、軍の風紀・規律関係。兵員の処罰は彼女の職務なのだ。二人とも彼女の職分に口を挟むのは避けた。
鞭打ちはその日の正午、昼食の前に執り行われた。
ラッパと笛、太鼓が鳴らされ、下士官が怒鳴り散らす。
「そういーんっ。総員集合っ。懲罰立ち合いっ」
宿営地の中心部、少し開けた場所に全将兵が集められた。二〇〇〇名にもなろうという将兵が押し合い圧し合いしながら見守る中心に、歩兵連隊先任衛兵伍長と彼の部下の伍長たちに両脇から挟まれて一人の小太りの男が立っていた。大柄で浅黒い肌。小さな目は恐怖に怯えるように泳いでいた。
男の面前には士官たちが並んでいる。その先頭に立つのはキスカである。
「アクアル・ダレイ・フライマン。二等兵」
彼女は氷のように冷徹な目で睨みながら、男の名を呼んだ。
呼ばれた男はビクリと肩を震わせ、ぼそぼそとムールド語で何やら呟いた。
「前に出ろっ。このうすのろのクソッタレめっ」
キスカが剣のように鋭い怒声を発し、今度は男だけでなく、かなりの将兵が一緒にビクリと肩を震わせた。
アクアルはぶるぶると震えながら、足を引き摺って前に出た。
キスカはじろりと先任衛兵伍長を見る。
「昨日深夜。宿営地の外、城門の近くで酔い潰れて寝ているところを発見いたしました。酒は倉庫から盗んだものでした」
先任衛兵伍長の報告にキスカは頷き、鋭い視線をアクアルへと戻す。
「酒を盗んで飲み、宿営地を抜け出し、酔い潰れて居眠りとは、なんと愚かなっ。恥を知れっ。ものを盗んで食らうとは豚にも劣る所業っ。極めて許し難いっ」
キスカに罵倒されているアクアルは彼女よりもだいぶ大柄なはずだが、かなり小さく見えた。
ちなみに、キスカの言葉は全てムールド語であり、レオポルドらは帝国語に通じたカルマン族の者に通訳をさせていた。
「よって、貴様を酒を横領した罪により鞭打ち一二回。加えて、宿営地を無断で離れた罪により、更に鞭打ち一二回とする」
長々と痛罵した後、キスカは咳払いをしてから、ようやく結論を述べる。
この宣告にアクアルは目に見えて狼狽し、ムールド語で呻きながら、許しを請うようにキスカの足元に這い付くばろうとした。それを伍長が両脇から抱え上げる。
「黙れっ。立てっ」
キスカに怒鳴られ、アクアルは黙り込み、弱々しく立ち上がった。
「杭を用意し、奴を縛り付けなさい」
伍長が人の背ほどの高さがある杭を地面に打ち込み、アクアルは上半身を脱がされ、杭に抱きつくような形で縛り付けられた。丸出しの背中に容赦なく鞭が振るわれることになる。
アルベルト・フォーン伍長が革袋を手に進み出た。茶色い髭を生やした大柄な帝国人だ。
彼は革袋から鞭を取り出す。九尾の猫鞭だ。これは瘤結びを幾つも付けた革の鞭を九本重ねたものである。非常に強力で皮を引き裂き、肉を削ぎ取るほどの威力がある。
「かかれっ」
軍楽隊がドロドロと太鼓を狂ったように連打する。伍長が猫鞭を振りかぶる。振り下ろす瞬間に太鼓は一際強く叩かれる。同時に肉を打つ音が辺りに響き渡る。
アクアルは悲鳴を上げ、涙を流した。背中の打たれた箇所は赤くミミズ腫れし、血が滲んでいる。
「いーちっ」
先任衛兵伍長が一打を数えた。
再び太鼓が打ち鳴らされる。
再び鞭が振り下ろされ、アクアルは声にならない呻き声を上げた。
「にぃーっ」
こうして、太鼓の乱打。肉を打つ音。
「さーんっ」
打数を数える声が順番に響き渡る。
五打も打てば背中の皮はすっかり剥がされ、打つ度にぼろぼろと肉片がこぼれ落ちる。
一〇打目を終えたとき、アクアルは既に立つこともできず、杭にもたれかかっていた。
「気を失っています」
アクアルの様子を見た先任衛兵伍長が言った。
「では、起こしなさい」
キスカの指示を受けた伍長がアクアルの頬を打つ。何発かビンタを食らって、アクアルは気を取り戻した。
「続けよ」
その命令に、フォーン伍長がキスカを見た。
「どうした。次は一一だ。軍楽隊っ」
太鼓が乱打が再開される。
フォーン伍長は額に浮かぶ汗を拭い、鞭を握り直すと、ズタズタに引き裂かれ、血が滝のように流れるアクアルの背中に一一打目の鞭を食らわせた。
アクアルが悲鳴を上げる。
「じゅういーち」
先任衛兵伍長が無感情な声で数える。
一二打目を打つと、哀れな男の様子は明らかに異常を見せていた。手足は痙攣し、意識は混濁しているようだった。
フォーン伍長は泣きそうな顔でキスカを見るが、彼女は冷徹な表情で「続けろ」と命じる。先任衛兵伍長は無表情に起立している。周囲の兵たちはあまりにも惨い光景から目を逸らし、執行役の伍長を非難するような目で見ている。
「早くやりなさい」
キスカが冷たい声で催促する。
フォーン伍長は震える手を抑えながら、鞭を振り上げた。ドロドロと太鼓が不気味に鳴り響く。振り下ろす瞬間、彼は視線を逸らした。その瞬間、手許が狂い、鞭はアクアルの背中ではなく頭付近に当たってしまった。大変な失態である。
「貴様っ。どこを打っているっ」
「も、申し訳ありません……」
キスカに怒声を浴びせられ、伍長は恐縮する。額からは汗が止めどなく流れ出ている。
「やり直しだ。先任衛兵伍長。次が一三です」
「はっ」
先任衛兵伍長は無表情に応じたが、フォーン伍長は信じられないといった様子でキスカと伍長を見た。
「続けよ。昼食が遅れる」
彼女の命令を受けても、彼は動かない。鞭を握る手はぶるぶると震え、視線は足元に釘付けられている。
「何をやっているっ。貴様も鞭打たれたいのかっ」
再び怒声を浴びせられ、のろのろと鞭を振りかぶった。泣きそうな顔で振るった鞭は全く力が籠っていなかった。
キスカは無言で歩み寄るとフォーン伍長を殴り飛ばした。伍長は尻餅を突いて、上官を見上げる。
「アルベルトっ。貴様は下士官の職分を何と心得ているっ。立てっ。今度こそしっかりと鞭を振るわねば貴様もこの男と同じ目に遭わせてやるぞっ」
「お、お許し下さい。これ以上は……」
フォーン伍長は這い蹲って呻くように言った。
「私が代わりに行います」
見かねて先任衛兵伍長が言った。
「罪人を鞭打つのは貴方の職務ではありません」
「しかし」
先任衛兵伍長はちらりとアルベルトを見て続ける。
「彼には無理かと」
キスカは苛立った様子で舌打ちすると、レオポルドの下に歩み寄った。
「レオポルド様。御見苦しいものをお見せしました」
「全く見るに堪えないな」
レオポルドは素直に感想を述べた。
「執行役のアルベルト・フォーン伍長は己の職務を怠慢し、放棄しました。降格の上、一二回の鞭打ちに処します」
「君はその調子で全将兵の背中の皮を引っぺがしてしまうつもりか」
レオポルドが呆れて言うと、キスカは無表情に言い返す。
「そうしなければ示しがつきません」
「それはそうだが、厳しくすればいいというものではないぞ」
バレッドール准将が口を挟むとキスカは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
キスカが離れている間に、アクアルの様子を診ていた軍医がレオポルドたちの元に駆け寄る。
「これ以上やっては危ない。体が痙攣しているし、意識が混濁しておる」
軍医の報告を受けて、レオポルドが言った。
「アクアルはもういいだろう。これ以上やると危ない」
「しかし、まだ半分しか打っていません」
「私の名により恩赦する」
レオポルドがそう言うと、キスカは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。
「アルベルト・フォーンは兵卒に降格の上、鞭打ち六回とする」
彼の決定を彼女は渋々と受け入れた。
元の場所に戻る。
「アクアル・ダレイ・フライマン。本来であれば二四回の鞭打ちであるが、レオポルド様の慈悲深い恩赦により半分の一二回の鞭打ちに減刑する」
アクアルは名前を呼ばれても、減刑を受けても、反応を見せなかった。気を失っているらしく、軍医助手と手伝いの兵が数人がかりで彼を担いで、軍医が待つ天幕へ運んで行った。
「アルベルト・フォーン。伍長」
名前を呼ばれ、フォーン伍長は立ち上がり、前に出た。
「下士官の職務を怠慢し、放棄した罪により、兵卒に降格。鞭打ち六回とする」
彼女の宣告に彼は項垂れるが、どこかほっとした様子だった。これ以上鞭打たずに済むことに安堵しているようだった。
フォーンの執行は比較的速やかに終わり、解散となった。
その直後の昼食の料理は平焼きのパン、くず野菜のスープ。それから、ミンチにした羊肉の香辛料煮込みだった。香辛料が少ないのか血の臭いが漂う。
出された挽肉の香辛料煮込みを前にして、レオポルドはハンカチを口に寄せた。
「残念ながら食欲がない。申し訳ないが下げてくれ」
そう言われて給仕は素直に料理を下げた。
「私のも」
同席しているキスカが言い、給仕は二人分の料理を持って退出した。
「意外だな。君も食欲がないのか」
「どういう意味ですか」
「いや、なんでもない」
キスカに睨まれてレオポルドはそう言って、昼食代わりの茶を啜った。




