表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第五章 塩、玉、絹
72/249

六八 ムールドの王

「よお、レオポルド君」

 天幕の出入り口に垂れ下がる布を捲り上げながら、アルトゥールが挨拶もなしに言った。

 最高指揮官であるレオポルドの前での、その態度に、レオポルドと共にいたキスカとバレッドール准将が不快そうに顔をしかめる。

「我々はいつまでこの町に滞在しているのかね。そろそろ、塩漬けになってしまうぞ」

 両人の表情に気付いたのか気付いていないのか、アルトゥールはぶらぶらとレオポルドの前に歩み寄りながら尋ねる。

「いつまでもここにいるわけにはいきませんが、今のところ、ここを動ける状況にありませんからね。もう暫くは待機していることになるでしょう」

 レオポルドは落ち着いて丁寧な口調でそう答える。

 実際、レオポルドたちは動けないでいた。

 彼らの思惑は東岸の港湾都市スラクを領するキンケル子爵家の後継問題に付け入り、子爵の一人娘ユリア嬢とレオポルドを婚約させて、スラクの支配権を握り、そこから挙がる収益を基に政治力、軍事力を強化するというものであった。

 しかし、その重要な道具であるユリア嬢がこのタイミングで食中毒により急死。戦略の大前提が崩れてしまった。

 それまで狂信的な子爵の弟よりも宗教に寛容な統治者を求め、レオポルドと連携を図っていたスラク市の有力者たちも波が引くようにレオポルドと距離を置き始めた。連絡を絶った者も少なくない。

 ユリア嬢の婚約者として、正当なるキンケル子爵家の後継者としてレオポルドが介入することは大義ある行動であるが、その前提がないとなると、キンケル子爵家にとってレオポルドは全くの赤の他人であり、介入は単なる侵略である。大義もなく、正当化もできない。侵略者に味方する行為は裏切りに他ならず、それまでレオポルドを誘い込もうとしていたスラク市の有力者たちが掌を返すように彼と距離を置くのは致し方ないようにも思える。

 このままスラクに行軍してもクロス卿派軍は侵略者となるだけだ。後継者争いの内紛と外敵からの防衛戦争では性質を全く異にする。

 レオポルドとしてはスラク市民、東岸諸侯に侵略軍と見做されるのは避けたいところであった。侵略者に対抗するとして東岸諸侯が防衛協定を結んだりすれば、レオポルドは二度と東岸部に勢力を伸ばすことができなくなってしまう。

 そういったわけで、クロス卿派は進むことができなくなってしまった。

 とはいえ、このまま北東八部族の支配地域の自由通行権を手に入れたことに満足して退くわけにもいかない。

 となれば、この場に留まるしかない。

 レオポルドは「早く出て行け」というオーラを隠そうともしないサルザン族相手にゴネにゴネて、どうにか塩の町の郊外に留まり続けていた。塩の町を過ぎると、東岸地域まで大きな町や村はなく、水を十分に補給できる箇所も限られているのだ。

 その滞在は既に一週間を過ぎており、サルザン族はここ最近、半日ごとに「いつ発つのか」と催促するようになっていた。クロス卿派将兵の中にも倦怠感が蔓延していた。

 アルトゥールはその代表格のようなものである。

「毎日が暇で暇でしょうがないぞ。今に塩の柱にでもなってしまうぞ」

 人が塩の柱になるというのは古い聖典に出てくる逸話である。が、暇によって塩の柱になるわけではない。塩の町の傍だから彼はそう言ったのだろう。

「数百もの塩の柱が並ぶ光景はさぞ見物でしょうね」

 レオポルドは愛想めいたことを言いながら机に置かれた書類をまとめる。いい加減、アルトゥールの相手にも疲れていた。彼はこうして日に何度もレオポルドに暇を訴えるのだ。訴えられたところで、レオポルドにもどうしようもないのだ。今はどうにかスラクに介入する手がかりがないか、スラクに潜伏しているレンターケットを使って調査しているところである。机の上に散らばる膨大な量の手紙や書類はそのやりとりの結果であった。

「こう暇では体が鈍ってしまう。狩りにでも行くか」

 つまらなさそうな顔をしたアルトゥールの言葉にレオポルドたちはぎょっとする。

「止めて下さい。誤ってこの近辺の遊牧民の家畜を狩ってしまう危険性があります」

 険しい表情を浮かべたキスカが厳しい口調で警告する。

 北東八部族のうち七部族は遊牧民である。この辺りの地域で家畜を連れて遊牧をする生活を営んでいる。塩の町の近くは遊牧に適していない為、町に用がない限り、彼らが近付くことはない。それでも、万が一、うっかり遊牧民の家畜を狩ってしまった日には大変なトラブルになる可能性がある。遊牧民にとって家畜は重要な財産なのだ。賠償で済めばまだいい。相手がアルトゥールと遺恨のある部族であったときは、どうなることか予想もできない。

「そりゃちゃんと家畜を見ていない奴が悪い」

 アルトゥールのその言葉にレオポルドは溜息を吐き、キスカは眉間に一際深く皺を刻み、バレッドール准将は頭を抱えた。

「とにかく、狩りは禁止です。勝手な行動をしないで下さい」

 キスカは刺々しい声で言い切った。

「それじゃあ、君が俺の相手をしてくれないかな。俺は相手が人妻でも構わないがね」

 この台詞にキスカは目を剥いて、アルトゥールを睨みつける。

「冗談だよ。冗談。さすがに俺も旦那の目の前でその嫁さんを誘惑することはしないよ」

 そう言ってアルトゥールは楽しそうに笑いながら天幕を出て行った。

「キスカ」

 キスカは腰の半月刀に手をかけ、鞘から抜きかけていたが、レオポルドに静かに声をかけられ、渋々と刀から手を放した。

「やれやれ、困った御仁だ」

 バレッドール准将は肩をすくめて嘆くように言った。

「あの方はわざと人を怒らせたり、不快にさせたりして、喜ぶところがある。それに、じっとしていられないのは本当なのだろう」

「冗談にしても不愉快極まりありません。今からでも彼奴の喉笛を掻き切りたいものです」

「止めてくれ」

 レオポルドの困った顔を見て、キスカは不機嫌そうに視線を逸らした。

「暇ならば兵の訓練でも指導してくれればよいのですがね」

 バレッドール准将は呆れたような困ったような顔で呟く。

 ここ数日、行軍もなく、仕事もないが、時間だけは腐るほどある為、バレッドール准将とレッケンバルム大佐が中心となって、兵員の訓練を行っていた。

 行軍、整列の仕方から、ラッパや笛、太鼓の合図の意味、それらがどのようなリズムで鳴らされたとき、どう動くべきか。小銃の撃ち方、銃剣の付け方、銃剣での戦闘方法などなど。

 ラッパや笛が吹き鳴らされ、太鼓が乱打され、兵たちが右往左往して、士官と下士官が怒声を飛ばし、間抜けの尻を蹴っ飛ばす。

 この喧噪もサルザン族から顰蹙を買う原因の一つであったが、兵たちをただ寝かせておくよりはマシというものだ。

「ところで、最近、サルザン族に妙な動きがあります」

 アルトゥールが出て行ったのを見計らったかのように、キスカが声を潜めて言った。彼女はサルザン族の動向を調べる役割を担っていた。

 彼女の報告にレオポルドとバレッドール准将は顔をしかめる。

「妙な動き、とはどういうものだ」

 レオポルドの問いにキスカが答える。

「しきりと騎兵が出入りしています。おそらくは同盟を組む他の部族からの使者でしょう」

「どういうことかね。連中が我々の寝首を掻く算段でもしているのか。気が付いたら、数千の騎馬部族に包囲されていたなど悪夢でしかないぞ」

 准将の言葉にレオポルドも頷いた。北東八部族が心変わりして、レオポルドを始末する為、密かに連携し、包囲を図っている可能性も否定し難い。

 とはいえ、彼らがそのようなことをする利に心当たりはない。そんなことをしても、彼らには何の得にもならない気がする。

「わかりません。しかし、可能性はあります。周囲を警戒する斥候の数を増やし、警戒範囲を広げます。また、サルザン族と親しい者を使って内部の情報を探らせます」

「そうしてくれ。ところで、明日にも届く予定のレイクフューラー辺境伯閣下からの武器についてだが」

 レオポルドが次の話題を切り出そうとしたとき、入口に伝令が立った。

 伝令曰くにはサルザン族の族長ラハリがレオポルドとの面会を求めているという。

 この報告に三人は顔を見合わす。

 今までもサルザン族とはいくらか連絡を取り合っている。

 しかし、その窓口は常に族長の従兄の一人であるアルマドという男で、キスカを通じて、クロス卿派とやりとりが為されてきた。族長がクロス卿派のトップであるレオポルドを呼び出すことは今までなかったことであり、両者が顔を合わせたのは歓迎の場の宴席が唯一であった。

「一体、何の用でしょう。せめて何の用か私に言うべきでしょうに」

 窓口役である自分の頭越しの要請に苛立ったのか、キスカが不機嫌そうに呟く。

「正式な断交宣言と宣戦布告だったら厄介だな」

 バレッドール准将が冗談なのか本気なのかよくわからないことを言い、そんな事態になったら、厄介どころの話ではない。と、レオポルドは重い溜息を吐いた。


 塩の町に入ったレオポルドたちは族長の屋敷の大広間に通された。

 暫くして現れたサルザン族の族長ラハリの様子は、今までの非友好的な態度とは打って変わって、平身低頭といえるほどの低姿勢であった。

「力を貸して欲しい。と仰っています」

 キスカが通訳するところによれば、彼はレオポルドに助けを求めているらしい。

 この言葉にレオポルドたちは顔を見合わせる。基本的にムールド人は誇り高い民であり、容易に他者に頭を下げたり、同胞ではない余所者に助けを求めるようなことは滅多にしないものだ。

 しかも、彼らはつい今朝くらいまで、クロス卿派を厄介な客扱いしていたのだ。彼らの急な心変わりの理由について興味を持たないわけにはいくまい。

「ラハリ殿。一体、何があったというのですか」

 レオポルドの問いに彼は説明をはじめ、それを聞いたキスカは途端に険しい表情を浮かべた。

「何と言っているのだ」

「大変まずい情勢となっているようです」

 バレッドール准将が尋ねると、キスカは表情をより一層厳しくさせながら答える。

「北東八部族に属するランダリ族とマウア族がクラトゥン族によって攻め滅ぼされました」


 クラトゥン族の族長レイナルは、ムールドにおいては不世出といえる破天荒な男だった。

 彼はムールドの多くの民が重要視する部族の掟や慣習、名誉や矜持、誇りといったものを尽く無視し、それどころか、それらを破壊し尽くすような人物であった。

 昔からムールドの民の間では部族間の抗争は幾度となく起きてきた。遊牧地や水場、交易路を巡る戦いや遺恨、私怨などなど。理由など重要なものから、些末なものまで様々である。

 そういった抗争があっても、彼らは常に敵に対して敬意を払い、裏切りや騙し討ちなど、卑怯な振る舞いを忌避して、正々堂々と戦いに挑んできた。戦いに勝っても敵の部族を攻め滅ぼすことはしない。多くの場合、族長や有力者が責を取り、賠償を支払い、敗者が勝者の傘下に入れば、敗れた部族も存続を許された。

 というのも、彼らにはムールドの民は全て同胞であり、祖を同じくした兄弟であるという認識がある。ムールドという名は彼ら全員の父祖の名だという。ムールド人の正式な名前は自分の名の次に父の名、その次に祖父の名、その次に曾祖父の名と続けていくのだが、そうやっていくと全員が必ず数十代前だか百代前だかのどこかでムールドで終わるのだという。

 仲間内の、広い広い意味での親戚同士の内輪の争いであるから、ある程度、温い戦いが、これまでのムールドの戦いであった。

 しかし、レイナルは違った。卑怯者、痴れ者、大罪人、悪人と呼ばれようとも構わず、騙し討ちや裏切り、暗殺を多用し、敵を打ち負かしていき、ほんの十数年でムールド南部の多くの部族を傘下に収めてしまった。同じ部族、一族の反対者すら粛清し、親族殺しとも呼ばれ、味方からも大いに恐れられているという。彼の後見役であった八人の伯父たちは彼のやり方に反対した結果、一族諸共、男に限らず老人女子供まで一人残らず殺されてしまったらしい。

 また、抵抗する者は容赦なく血祭に挙げ、既に四つもの部族を攻め滅ぼしてしまい、新たにそこにランダリ族とマウア族が加わった。

 サルザン族の族長ラハリが説明した両部族の最期は大変残酷で悲惨なものであった。

 族長や長老、部族の主だった有力者たちは一人残らずそれはそれは酷い方法で惨殺されたらしい。多くの者は自殺を防ぐ為に舌を抜かれ、その後に惨たらしい処刑が待っている。生きたまま生皮を剥がれる。或いは目玉を抉り出される。耳や鼻を削がれる。指を潰される。手足を切断される。先を尖らせた丸太で串刺しにされる。暴れ馬に両足首を縛った縄を繋がれて引き摺られる。手足を四頭の馬に曳かせて八つ裂きにされる。性器を切断され、口の中に押し込められて、口を縫い付けられる。肉を少しずつナイフで削られる。ありとあらゆる残虐なる処刑が行われたという。

 部族の有力者以外の者も無事では済まない。

 戦士たちは飲まず食わずに休むことも寝ることも許されず大きな穴を掘る作業をさせられ、倒れた者はその穴に放り込まれる。穴の中が倒れた者でいっぱいになると今度は穴を埋める作業が始まる。倒れた仲間を生き埋めにさせるのだ。その作業の間にも倒れる者が続出する。彼らも穴の中に生き埋めにされる。そうしていって、最後に残った者の首を刎ねたという。

 少年たちは性器を切り取られた上で東方大陸に奴隷として売られたらしい。東方大陸のいくつかの王朝には去勢した男を宮廷で働かせる文化があるのだという。

 女たちは夫を持つ人妻から年端もいかぬ処女、まだ幼い十代にもならぬ少女まで、一人残らずクラトゥン族の屈強な戦士やクラトゥン族が雇った奴隷たちに幾度も犯され、多くは奴隷とされたか、或いはクラトゥン族の誰かの妾に身を落としたという。

 役に立たないとされた老人と赤子は大きな天幕に押し込められ、油を浴びせられて、生きたまま焼き殺された。

 キスカが通訳したクラトゥン族の残虐残酷なる行いを聞いて、レオポルドたちは気分悪そうに顔をしかめていた。

「しかし、両部族とも一人残らずそのような目に遭っているのならば、何故、そのことを彼らが知っているのですか」

 エティー大尉の問いを受け、キスカが尋ねると、ラハリが人を呼んだ。

 呼ばれて現れたのは包帯でぐるぐる巻きにされた老人だった。その包帯を解くと、彼には片目と両耳、鼻、片手が失われていることがわかった。いずれの傷もまだ新しい。

「ランダリ族の長老の一人だそうです。彼は己の部族が遭った悲惨な光景を全て見せつけられ、それを他の部族に伝えるよう命じられたそうです」

 キスカの通訳に一同は納得する。

 つまり、この老人はクラトゥン族に逆らえばこうなる。ということを他の部族に広める役目を負わされているのだろう。聞いたところによれば、彼のような役目を負わされた人物は数人おり、サルザン族以外の部族にも情報は伝わっているのだという。

「その為、北東諸部族の中にはクラトゥンへの降伏に傾きつつある部族もあるそうです」

「それはまずいな」

 キスカの言葉にレオポルドが思わず声を漏らす。

 北東八部族、既に二部族減って六部族だが、彼らがクラトゥン族に屈してしまうと、クロス卿派は窮地に立たされる。せっかく手に入れた自由通行権が台無しになるどころか、クラトゥン族の矛先が自分たちに向くのは必定である。ブレド男爵の侵攻どころの騒ぎではない。クラトゥン族は数万ともいわれる兵を擁し、ムールドは彼らの庭なのだ。戦えば、まず、間違いなく敗れるであろう。

「レイナルなる者はそこまでして一体何を為したいのだ。何か目的でもあるのか」

「噂によると、レイナルはムールドを統一し、ムールドの王にならんとしているという話です」

 バレッドール准将の言葉にキスカが答える。

「ムールドに王とは……。それは部族社会であるムールド人には受け入れ難いものではありませんか」

 ルゲイラ兵站監が考え込みながら言うと、キスカが言った。

「確かに多くのムールド人にとって受け入れ難いものです。故に多くの部族が反発し、クラトゥン族に抵抗したのです」

「しかし、大団結して王の出現を阻むことはできなかった。というわけですね。そうして、南部の多くの部族がクラトゥン族の傘下に収まり、西部のパレテイ族が屈し、今まさに北東八部族改め六部族も風前の灯火と」

 エティー大尉の厳しい物言いにキスカは黙って頷く。

「それで、我々に助力を求めるというのは、つまり、共にクラトゥン族、というよりはレイナルからの侵略に対抗して、戦列を共にして欲しいということですか」

 レオポルドの言葉をキスカが通訳すると、ラハリは渋い顔で首を縦に振った。

 余所者の異民族に助けを求めなければならないほど、彼らは追いつめられているらしい。異民族と手を組むことはムールドの誇りに反することではあるが、それを責めるべき他のムールド部族はもういないのだ。殆どがクラトゥン族の傘下に組み敷かれているか、若しくは一足先に帝国と手を結び、レオポルドの傘下に入った七長老派のみなのだから。

「共に戦うことに異論はありません。しかし、我々が戦列に加わって勝つ見込みはあるのですか」

 レオポルドの問いにラハリら、サルザン族の有力者たちは沈黙でもって応じた。

「貴君らは如何程の兵を動員できるのですか。そして、クラトゥン族の兵は如何程なのでしょうか」

 質問を変えるとラハリに代わって従兄のアルマドが答え、それをキスカが通訳する。

「およそ一五〇〇ほどが限界のようです。対するクラトゥン族の兵は一万といわれています」

 この言葉にクロス卿派の一同の表情は険しいものとなる。

 サルザン族他のムールド兵一五〇〇にクロス卿派の五〇〇を足しても、二〇〇〇にしかならない。一万との戦いとなれば、その差は五倍である。

 モニスや未だに保持している七長老派の拠点に駐屯している兵をこちらに移動させれば、二〇〇〇程度の増援が見込めるかもしれない。

 しかし、その兵はクラトゥン族の残りの軍及びブレド男爵軍への備えであり、動かすことは、なんとしても避けたい。

「勝つ為には籠城戦しかないのではありませんか」

 バレッドール准将の提案は極めて妥当なものであった。城壁を備えている塩の町に籠れば、火器や攻城兵器をあまり有していないムールド人のクラトゥン族は攻城に難儀するだろう。その間に味方のムールド部族やレイクフューラー辺境伯からの支援を当てにすることができる。

 しかし、レオポルドは首を横に振った。

「そうすると、七長老派の勢力圏に向かわれると厄介なことになる。それよりはこちらから打って出て有利な戦場を確保する方がよいのでは」

 クラトゥン族が攻城戦を避け、防衛体制が不十分な七長老派の地域に向かわれると、レオポルドたちは城を出て、彼らを追わねばならない。それこそ、敵の手中に飛び込むようなもので危険である。

 また、口には出さなかったが、そうなったとき、北東のムールド諸部族がクロス卿派に従って軍を出してくれる保証はない。自分たちの土地が守られたことに満足して兵を退いてしまう可能性がある。

 こちらから打って出て戦いの主導権を握り、有利な戦場で戦いに持ち込む方が自分たちにとって利点が多いとレオポルドは考えた。

「貴君らに助力するにあたって条件があります。まず、戦いの全指揮を私が取ることに同意し、その命令に従って頂く。また、必要な物資や馬や駱駝、人員を供出すること。周辺の地理や地形についてなど、必要な情報を全てこちらに教えて頂くこと。それから、我々の兵を町の中に入れること」

 レオポルドの要求にサルザン族の有力者たちは困惑の表情を浮かべ、暫し話し合った後、苦渋の表情を浮かべたラハリは渋々とレオポルドの条件を呑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ