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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第四章 縁組
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四八 レオポルド室

「あー。ちょっと宜しいでしょうか。この場に皆々様が勢揃いしているのですから、諸々必要なことをこの場で報告しようかと思います。後で通知するのは非効率的ですので」

 エリーザベトとアルトゥールの受け入れが決定し、会議の参加者が席を立ちかけた時、ふとルゲイラ兵站監が発言した。

「宜しいでしょう」

 すかさずレオポルドが頷き、発言を続けるよう促す。

 ルゲイラ兵站監は立ち上がると、先日より続けていた調査の結果、判明した物資の備蓄状態や今後の補給計画について平坦な調子で報告書を読み上げていく。

 内容は悲惨といえるもので、誰もが顔を顰めて苦い顔をしていた。

 全員が黙って席に就いたまま、報告を聞いているのを見て、レオポルドは密かに安堵の息を漏らした。

 本来、合同会議の目的は二人の処遇に関するものであったので、それ以外の事柄は議題に含まれていない。

 これまで話し合いが必要な事柄は帝国人貴族の連絡会議とムールド人の七長老会議で個別に話し合われ、これを両方に参加しているレオポルドとキスカが調整するといった状態になっていた。

 意思決定機関が二つ並立し、指揮系統が整理されていない現状は言うまでもなく大変憂慮すべき事柄である。レオポルドはこれを是正したいと強く感じていたが、今までのところ、両者の関係の悪さと閉鎖性により上手くできていなかった。

 今回の合同会議は事前に両会議において出された意見が対立し、尚且つ、問題がレオポルドが一人で調整するには手に余る重大案件であったが為に開催されたものである。あくまでも臨時的なものであると出席者の誰もが考えていた。

 ただ、レオポルドはこれを臨時的なものにするつもりはなかった。せっかく、開催に漕ぎ付けた合同会議を一回こっきりのものにするわけにはいかない。どうにか、恒久的な唯一の意思決定機関に纏め上げたいと考えていたのである。

 これにレオポルドと関係の良いバレッドール准将、ルゲイラ兵站監が同意した。かくして、三人による演技が行われることとなった。

 まずは議題であるエリーザベトとアルトゥールの処遇についての話し合いが終わったところで、すかさずルゲイラ兵站監が報告を行いたい旨を発言し、議長役であるレオポルドが許可する。こうして、報告が読み上げられるのだが、報告を聞くだけならば誰も「後でしろ」などとは言うことはない。こうして、とりあえず、まずは出席者を椅子に座らせておくことに成功した。

 ルゲイラ兵站監の報告の後、さも当たり前のようにバレッドール准将が立ち上がる。

「では、私からも提案があります。かねてより懸念されておりました対クラトゥン族対策についてですが、各所に砦や見張り台を建設し、これを迎撃の拠点とすることを提案いたします」

 騎馬民族に対する砦の有用性は以前から知られているところであった。

 ムールド人が主力とする騎兵という兵科はその機動性を最大の武器としているが、これが砦相手には全く意味を為さないのである。それどころか、騎乗のままでは塀を乗り越えることも門を打ち破ることもできない為、攻城戦においては下馬して通常の歩兵と同様に戦わざるを得ないのだ。

 その上、ムールド人はあまり火器を有しておらず、攻城戦において大きな威力を発揮する大砲は全くといっていいほど所有していなかった。

 つまり、彼らは攻城戦が苦手なのである。元より一場所に留まらず移動を続ける民であるから、都市や砦といった拠点に対する感心が低く、あまり価値を置いていないのかもしれない。

 歴代辺境伯もこの特徴を利用し、サーザンエンド中南部には多くの砦が建設され、ムールド人の略奪に対し、一定の成果を挙げていた。とはいえ、昨今においては厳しい財政事情により砦は満足に整備されていなかったのだが。

「いや、ちょっと待て」

 バレッドール准将の提案にレッケンバルム卿が異議を挟む。当初の議題とは全く違う提案に、合同会議の趣旨と違うとの言葉をレオポルドは半ば覚悟した。

「砦を整備するのはよいが、そんな金はないぞ。資材も足りん。どうするつもりだ」

 レッケンバルム卿の意見に三人は密かに胸を撫で下ろす。

「あー、その件に関してですが」

 バレッドール准将は軽く咳払いをしてから続ける。

「調査の結果、周辺にはかつての砦の跡が多数発見されました」

 その多くは、まだサーザンエンド辺境伯に勢力があった頃に建設されたものである。その後、維持費の問題から放棄されたものである。

「これらを修繕して利用できるかと思われます」

 それらの砦はいずれも放棄されてから長い年月を経ており、荒れ果て朽ち果てているものの、何もない場所に一から建設するよりはずっと安く簡単に早く砦を設けることができる。また、元々砦が建っていた場所であるからして戦略的に重要な場所に位置しており、大変都合が良かった。

「あとはムールドの方々から人夫の提供を頂ければ」

 そう言ってバレッドール准将はムールドの長老たちを見やった。

 七長老の代表格であるカルマン族の族長オンドルはレオポルドに視線を向ける。何か物言いたげだが、口には出さない。

「あー。お願いできないでしょうか」

 レオポルドからもお願いをして、ようやくオンドルは頷いた。要するにレオポルドに対して恩を売っておきたかったようだ。

 これはいよいよ婚約を断り難くなったと思いながら、レオポルドは会議の結果を総括する。

「では、今回の会議はこれまでとします。エリーザベト様とアルトゥール様にはレッケンバルム卿より我々が受け入れ保護する旨と明日の都合のよい時間にお会いしたいとお伝え下さい。砦の整備計画及び物資の補給計画については、それぞれ准将と兵站監を責任者といたしまして、計画を推進します。計画に進展や修正すべき点、問題などがありましたら、会議を招集して話し合いたいと思います。会議の日取り等については私の方から皆様に連絡致します。以上」

 そう言うと、レオポルドはさっさと席を立ち、キスカを従えて会議室を出る。

 こうして、うやむやのうちに、どうにか次回の会議も合同で行えるようにする布石を打つことができた。こういうことをいくらか続けて合同会議を唯一の意思決定機関として固定化せんとレオポルドは考えているのだった。


 ところで、いくらか前からレオポルドは集会所の一室を新たに占拠し、そこを事務室として使うようになっていた。

 帝国人の老学者シュテッフェン博士を顧問に迎え、先までの戦いで戦死した帝国人貴族の息子を書記として採用し、帝国人の少年一人、少女一人、ムールド人の少年二人を事務掛兼小間使いとして抱えていた。

 今のところはレオポルドに上げられた情報や報告を整理したり、レオポルドの指示を書き留めて担当部署に送付したり、帝国本土に向けて送る手紙を代書したりしている小所帯であった。レオポルドとしてはゆくゆくは集めた情報や報告をこの部屋に一括集約して、記録・整理・分析し、新たな施策や作戦を企画・考案することを想定していた。

 いわば、官房ともいうべき機関を目指しているのだ。

 今のところ、この部屋は人々からはレオポルド室と呼ばれていた。

 レオポルド室に部屋の主とその忠実な側近が入ると、赤ら顔のシュテッフェン博士が眠たげな目を向けた。

 つるっと禿げた頭に、もじゃもじゃの白髭。五フィートもないくらい小さいが、お腹は立派に突き出て丸々とした体つきをしている。齢は六〇過ぎくらいだそうだ。

 博士は辺境伯の大学で法学を教えていた教授であり、南部では賢者と名高い老人で、その評判を聞いたレオポルドが是非顧問にと請うて迎え入れた人物であった。しかし、実際に会ってみると、年がら年中酒をかっ食らって酔っ払って寝ぼけているような人物で、レオポルドは彼を顧問に迎えたことを早くも後悔しつつあった。

「おうおう、レオ坊。合同会議はどうだった。上手くいったか」

「えぇ、まぁ、なんとか、次も合同会議を開けそうです」

 レオ坊と呼ばれることに多少の違和感を感じていたが、博士からすれば、まだ二〇歳にもならぬ自分など坊主と思われても違いない。というわけでレオポルドはレオ坊と呼ばれることに異論を述べないことにしていた。

「そうかそうか。それは祝着」

 博士は嬉しそうにそう言ってにこにこ笑いながらなみなみと葡萄酒が入ったカップを傾ける。

「またこんな昼から酒ですか」

「酒は人生。酒のない人生とはなんと味気ないものか」

 レオポルドがしかめ面で苦言を述べると、博士は酔っ払いめいたことを言いながらそっぽを向いた。

「博士。言っておきますが我々の備蓄は非常に心許無いのです。葡萄酒もいつまでもあるわけではありませんからね。大事に飲んで頂かなければ底を尽きます」

「そんなことわかっとるわい」

 レオポルドが更に言い募ると呑んだくれの老人は我儘みたいなことを言ってぶらぶらと部屋の外に出て行った。

 レオポルドは溜息を吐きながら自分の席である窓際の椅子に腰を下ろした。一番近くの席にキスカが座り、すぐに机の上に上げられていた書面を手に取って読み始めた。全てムールドの文字で書かれており、彼女が訳してくれなければレオポルドは読むことができない書面だ。

「博士。今日は瓶を二本も空けましたよ」

 入り口近くの席で黙って書き物をしていた事務掛のリゼが口を開く。茶色い巻き毛に緑色の瞳の小柄な少女である。なんでもバレッドール准将の姪だそうだ。

 彼女の告げ口にレオポルドは渋い顔をして声にならない呻き声を出した。

「そういえば、博士にはファディの住民に向けた布告と税制の素案を考えてくれるようにお願いしていませんでしたっけ」

 キスカの隣席で同じく書き物をしていた書記のコンラートが困ったような顔で言った。ひょろりと背が高く線の細い青年である。

 七長老会議派ムールド諸部族の領域を傘下に収めたといっても、現状はただ町や村を統治するムールドの長老たちを介して間接的に統治しているに過ぎない。これをレオポルドは自身が直接住民に布告を発し、税を課して徴収する効率的な統治体制を組み立てようとしていた。

 とはいえ、これにはムールド諸部族の長老たちから強い反発が予想される為、思いつきのように言ってすぐに実現するものでもない。まずは内々に統治体制の仕組みを考えて、この原案を基にして長老たちとの話し合いに臨むつもりである。

 この統治体制の原案の更に基となる素案をレオポルド室は企画しつつあり、レオポルドは賢者と名高い博士にいくつかの点について素案を出してもらうよう頼んでいた。もう何日か前の話である。

「まぁ、そんな簡単にぽんと出るもんじゃないだろうからな」

 レオポルドは渋い顔で博士を擁護するようなことを言ったが、しかし、よくよく思い返してみると、博士がその問題に関して考えたり書類を作ったり資料を調べたりしているところを見たことがない。いつも飲んだくれているか寝ているか世間話をくっちゃべっているかだ。

「それに、まだそんな大それたことができるほど俺の権限は強くないからな。もう少し時間をかけてもらっても構わんよ」

 気長に待とうとレオポルドはそんなことを言ったが、しかし、顧問として給料の働き分は仕事をしてもらわねば困ることは言うまでもない。とはいえ、年上相手に「働け」と言うのも難しいものだ。

「そうだ。博士の酒代は博士の給与からちゃんと天引きしておくように」

「やってます」

 ふと思い出して言うと、リゼがすぐに返答した。

 そのとき、唐突にドアが開けられ、レオポルド室にいた面々は目を丸くした。

「クロス卿がいらっしゃるのはここねっ」

 入ってくるなりそう叫んだのはやや小柄な年若い少女だった。金髪碧眼で白い肌の美しい娘である。

 突然の来訪者にレオポルド室の面々が面喰らっていると、彼女はぐるりと部屋を見回し、レオポルドに目を留めると、衛兵が弱々しく制止するのを振り切って、つかつかと歩み寄ってきた。

「お初にお目にかかります。エリーザベト・ウォーゼンフィールドと申します。この度は私を受け入れ保護して頂き大変ありがとうございます」

 少女はレオポルドの前に立つと怒ったような顔で型式ばった礼を口にした。

 レオポルドが慌てて立ち上がり、何か答えようと口を開く前にエリーザベトはずいと一歩詰め寄って言った。

「しかしながら、何なのですかっ。あの部屋はっ」

「あの部屋と、申しますと……」

 エリーザベトの剣幕にレオポルドはしどろもどろになりながら応じる。

「何故、私に割り当てられた部屋があんな家畜小屋と変わらないようなみすぼらしい部屋なのですかっ。あの部屋の惨状を御存知の上で私を住まわせようとしていらっしゃるのですかっ」

 どうやら、与えられた部屋がご不満とそういうことらしい。

 レオポルドは呆れてものも言えなかったが、エリーザベトの怒りは収まっていない。

「しかもっ。同室人がいるとかっ」

 既に集会所の収容人数は限界に近く、エリーザベト一人の為に部屋を一つ与えることは難しいのが現状であった。そこで、レオポルドはエリーザベトともう一人女性を同室に入れることにしていた。

 レオポルドは困惑しつつも集会所の部屋が限られている旨と彼女の部屋は集会所の中ではかなり上等な部類の部屋であることを説明した。

「ここは異民族の住まう辺鄙な田舎町ですから、貴女に相応しい家や部屋など元よりないのです」

 そう説明するもエリーザベトは納得しない。

 とにかく、部屋が酷いから一度見てくれ。それと、同室人がいるとしても、あの女は嫌だと言い募り、渋々とレオポルドは彼女の言うがままに部屋まで見に行くことにした。

 エリーザベトに与えられた部屋はレオポルド室から程近く、部屋を出て右に少し進み、角を曲がって一つ目の部屋である。

「同室人の何がご不満なのですか」

「ご不満も何も」

 角を曲がりながら、レオポルドが尋ねると、エリーザベトは苦い顔になった。

 エリーザベトが口を開く前に、部屋の前にいる人影を見て二人は口を閉じる。

 部屋の前では赤髪の青年が迷惑そうな顔をした黒髪の美女を口説いているところだった。

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