表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第三章 ムールド
43/249

四一 ファディの戦い

 翌朝、クロス卿派の軍勢はファディの町を出た。

 およそ七〇〇から成る軍勢は全員が騎乗で一団となって、町の外に展開した。士官や下士官が馬を走らせ、怒号を飛ばしながら、定められたとおりに兵を整列させる。

 そんな手間をかける暇や余裕があるのかと思われるかもしれないが、まとまりのない軍勢では、その力は発揮できないものである。兵は綺麗に整列され、まとまりを持ち、一糸乱れぬ行軍ができねばならぬ。という文面は西洋式の軍事教練に長々と書かれる常套句である。大陸各国において、戦いの前には兵を整列させ、陣形を整える作業が欠かせないものとなる。その作業は大軍であれば時として数時間にも及び、好機を逸することもしばしばである。

 クロス卿派軍の場合、兵の数が少ない為、兵を整列させ、陣形を整える作業は、比較的早くに行われた。

 しかし、この間に五部族連合軍は敵が町から出てきたことを確認し、町を囲んでいた兵を一ヵ所に集めていた。

 クロス卿派軍の行軍準備が万事整った時、彼らの前方には二〇〇〇近くの戦闘準備を整えた敵軍勢が待ち構えていた。自軍のおよそ三倍である。

 クロス卿派軍の先頭に立つのはジルドレッド将軍である。白馬に跨り、白い羽飾りの付いた灰色の幅広帽をかぶり、レース飾りの付いた白いシャツの上に羽織った赤い上着には金色の刺繍が施され、黄色い布飾りが付いている。赤い長ズボンに革の乗馬ブーツを履き、腰にはサーベルとピストルを提げていた。

 将軍の周囲を数少ない旧サーザンエンド辺境伯近衛連隊残余の真っ赤な上着の騎兵が固めている。

 その左翼にはレッケンバルム大佐率いるネルサイ族の軽騎兵、右翼にはジルドレッド弟大佐指揮するカルマン族の軽騎兵が並ぶ。

 近衛騎兵、ネルサイ、カルマンの軽騎兵が合わせて三〇〇程度。その後方には更に四〇〇の騎乗の兵が控えていた。前の騎兵集団に隠れ、夜闇に紛れて、敵の目には騎兵であるとしか見えないだろう。

 レオポルドとキスカ、それにバレッドール准将は後方に控えており、ルゲイラ兵站監は町に留まっている。

 レオポルドはハヴィナから着ている軍装に身を包んでいた。朱色の毛織物の上着に、濃灰色のズボン。革製の乗馬ブーツ。絹の襟飾りに黄色い飾り帯。被った縁の広い帽子には白い羽飾り。

 傍らに馬首を並べているのは、ゆったりとした緋色の綿のフード付の衣を身に纏い、腰に半月刀を提げたキスカに、レオポルドと同じ西方式の青色の軍服を身に纏うバレッドール准将であった。

 傍には十字剣を携えたソフィーネの姿もある。彼女の方は徒歩でいつも通りの服装をしていた。

「上手くいくといいのですか」

 キスカが、どこか不安げな様子で呟くと、レオポルドはじろりと彼女を睨みつけた。

「上手くいくとか、いかないとかじゃない。上手くやるんだ」

「……申し訳ありません」

 キスカは悄然として頭を下げる。

「敵は我々の動きを見て、どう考えていると思う」

 彼は視線を前に戻して言った。

「敵の考えですか」

「戦においては敵の戦略や思考を推察し、次の動きを予測することは極めて重要だ。勝利の為にはこれが最も重要というものだ」

「仰る通り」

 レオポルドの言葉にバレッドール准将が頷いた。

 キスカはなるほどというふうに頷き、少し考えてから口を開く。

「敵はこちらが長期戦を望んでいないことをよく理解しているでしょう」

 クロス卿派に物資の備蓄が十分ではなく、援軍の見込みがないことは敵方にも十分に予測がつくだろう。

 キスカの言葉を受け、准将が口を開く。

「敵からは長期戦を避けようとした我々が打って出たように見えるでしょうな」

 その後に、レオポルドが続いた。

「奇襲においては敵の意表を突くことが重要だ。にも関わらず、西方式戦術に拘る余り、軍勢の整列に時間を無為に費やした愚か者ども。と、連中は思ってくれているはずだ」

 それでも、彼は敵の意表を突くよりも、軍勢を綺麗に整列させることを優先させた。当然、それには理由があり、意味もなく西方式戦術に固執したというわけではない。

 辺境伯軍は今までも戦に挑むときは軍勢の整列に時間をかけることをほとんど欠かしたことがない為、敵方もその意図を疑うことはないだろう。

 軍勢の整列が済んだのを確認すると、ジルドレッド将軍はすらりとサーベルを引き抜いて、煌めく切っ先を真っ直ぐ前へ向けた。

「ぜんぐーんっ、前進っ」

 将軍の放った怒号に、すぐさま将兵が鬨の声を上げ、馬腹に蹴りを入れる。馬が嘶き、蹄で地を蹴る。それほど多数の軍勢ではない。すぐに全軍が隊列を維持したまま、トロットで動き出した。

 それを見て、一マイルも離れていない距離にある五部族連合軍も動き出す。騎兵には騎兵を。という意図からか、軽騎兵を前に押し出す。

 西方式の軍隊ならば、マスケット銃の戦列やパイク兵の槍衾で、敵騎兵を迎え撃ち、血祭に挙げるところだが、騎馬民族であるムールド人の軽歩兵はあくまで補助的な戦力に過ぎない。騎兵相手ではあっという間に蹴散らされるのは目に見えている。対抗して、騎兵を押し出すのは誤った判断ではないだろう。

 しかし、彼らがそう動くことをレオポルドは予想していた。

 両軍の距離はかなり近い。五部族連合軍の騎兵はすぐさま突撃体勢に入った。半月刀を煌めかせ、突進してくる。足の遅い歩兵部隊は後方に置き去りにされていたが、騎兵部隊は構わず敵に向かって突き進む。五部族による混成である為か、陣形などなく、個々人がばらばらに向かってくるような状況だった。

 対して、クロス卿派の軍勢は前進する最中も、士官や下士官は指揮下の隊列に注意を払い、陣形の維持に努めていた。

 彼我の距離が残り数ヤードになると、俄かにクロス卿派軍の動きが慌ただしくなった。

 レオポルドが命令を発する前に、彼の視線を受けたバレッドール准将が直ちに指示を飛ばした。

「歩兵部隊っ。下馬して、続けっ」

 そう叫ぶと、准将は馬の速度を上げる。

 辺りの兵たちは一斉に馬を乗り捨てて駆け出した。その数、およそ四〇〇。全員が新旧バラバラではあるが、マスケット銃を手にしていた。既に装填の用意は済み、いつでも撃てる状態である。クロス卿派軍は集められるだけのマスケット銃を掻き集めると、四〇〇の歩兵に持たせていた。彼らを騎乗させていたのは、敵にこちらが全軍騎兵であると誤認させることと、行軍の間、歩兵の体力を温存する為である。

 歩兵部隊は横列を維持したまま、そのままの速度で進み続ける騎兵部隊を追い抜き、最前列に飛び出すと、マスケット銃を構えて、突進してくる敵騎兵に狙いをつける。

 騎兵はかなり大きな標的であり、その上、集団でまとまって、向こうから近付いてきているのだ。マスケット銃兵にとっては外すはずもない恰好の的である。

 距離が一ヤードを切ると、バレッドール准将が叫んだ。

「放てぇっ」

 四〇〇ものマスケット銃が一斉に火を噴く。放たれた四〇〇もの鉛玉はそのほとんどが人馬に突き刺さった。撃ち抜かれた兵が血を吐きながら馬上から崩れ落ち、銃弾を受けた馬が悲鳴を上げながら倒れ込む。近距離からの一斉射撃を受け、ムールド騎兵は一〇〇以上もの死傷者を出した。

 とはいえ、マスケット銃は間断なく撃ち続けることはできない。熟練した兵でも次の射撃まで数十秒を要する。次弾を撃つ前に、ムールド騎兵はこちらの隊列に躍り込み、歩兵は、半月刀で斬り捨てられ、槍で貫かれ、馬蹄にかけられるだろう。

 しかし、そうなる前にクロス卿派の騎兵部隊が銃撃を終えた歩兵の前に躍り出た。

 大きな打撃を受け、動揺するムールド騎兵の群れに、トロットからギャロップに変えたクロス卿派の騎兵三〇〇が突っ込んでいく。突撃ラッパが吹き鳴らされ、将兵の喊声が轟く。

「突撃ーっ。斬り込めっ。斬り捨てよっ」

 先頭を突き進むジルドレッド将軍は真っ先にムールド騎兵の群れに突っ込むと、瞬く間に向き合ったムールド兵を一刀の下に斬り捨て、半月刀を振りかざして向かってくる敵兵をピストルで撃ち抜いた。

「我に続けっ」

 将軍の怒号に、クロス卿派の騎兵たちは指揮官に負けじと、ムールド騎兵に襲い掛かる。手にしたサーベルや半月刀で斬り捨て、至近距離からピストルで撃ち抜く。

 一斉射撃を受けた直後に受けた敵の突撃にムールド騎兵は狼狽し、堪らず馬首を返して、逃げ出す者まで出る始末だった。

「臆するなっ。敵は、こちらより寡兵だぞっ」

「取り囲んで、殲滅せよっ」

 慌てた指揮官たちが怒号を飛ばす。

 指揮官の的確な指示の下、ムールド騎兵はどうにか混乱を鎮め、クロス卿派の騎兵に立ち向かう。

 すると、ジルドレッド将軍らはすぐに後退の指示を出した。後退のラッパが鳴り、クロス卿派の騎兵は、くるりと向きを変えて、素早く後退した。一糸乱れぬ集団行動が苦手であることを、レオポルドやキスカが懸念していたクロス卿派のムールド騎兵も、指示に従って、後退していく。

 逃げる敵を追うのは戦術の常道である。五部族連合軍の騎兵は逃げるクロス卿派の騎兵を素直に追いかける。

 これを騎兵同士の戦闘の間、左右に分かれて布陣し、次弾を装填していた歩兵隊が迎え撃つ。銃撃を受けた騎兵が馬から吹き飛ぶように転げ落ち、馬が乗り手ごとひっくり返る。

 銃撃を合図に、敵に背を向け、逃げていたクロス卿派の騎兵が馬首を返し、再び敵へ切り込んでいく。

 横腹に一斉射撃を受けた五部族連合軍の騎兵の統制は乱れ、そこに再度の突撃を受け、大混乱に陥った。

 勇気ある兵が、どうにか敵に向き直り、剣を交えるが、勢いは完全にクロス卿派にあった。

 しかも、敵騎兵を前にして、白兵戦を演じている五部族連合軍の騎兵を、クロス卿派の歩兵が狙撃していく。無防備に背中や横腹を晒した騎兵は格好の的で、次々と撃ち殺されていく。

「慎重に狙いを定めよっ。指揮官らしき者とこちらに向かってくる者を狙い撃てっ」

 弾数に限りがあるクロス卿派は優先順位を付けて狙撃を繰り返していた。

 二度の一斉射撃と突撃を受け、その後の白兵戦と狙撃で、五部族連合軍のムールド騎兵はあっという間に数を減らしていき、五部族の連合体であるが故に、統一した指揮系統の下で体勢を立て直すこともできず、戦闘開始から、わずか数十分で半数近くの死傷者を出していた。それでも騎兵同士の白兵戦を続けている。

 そこに援軍として五部族連合軍の歩兵一〇〇〇がようやく来援する。クロス卿派の歩兵に当たる為、左右に分かれて向かってきた。

 クロス卿派の歩兵部隊は騎兵を狙い撃ちするのを止め、隊列を整えて、敵歩兵部隊に一斉射撃を食らわせる。

 騎兵ならば、一瞬のうちに詰められる距離も、歩兵ではその数倍は時間がかかる。その間、彼らはひたすら銃撃を浴び続けるしかない。一斉射撃を受ける度に数十人もの兵が、血を噴いて、悲鳴を上げながら、倒れ込む。

 銃撃に対抗するように幾人かのムールド歩兵が弓を放つ。飛来した矢で、クロス卿派にもいくらかの犠牲が出たが、数が多くない為、さほどの脅威ではなかった。

 銃撃を避けようと、ムールド歩兵が地面に伏せると、歩兵隊を指揮するバレッドール准将は銃撃を止めさせた。

「無駄弾を使うなっ。いくら、伏せようと、匍匐前進で来ようとも、無駄なことだ」

 バレッドール准将が指示を飛ばす。

 この辺りの草は背が低く、遠くならば、身を隠すことができても、いくらかまで近付くと、地面にぴったり体を付けていても、丸見えになってしまう。そこで確実に撃ち殺さばいいのだ。

「なんと、愚かな。これでは狙い撃ちにされる位置まで、自分でゆっくりと進んでいくようなものではないか」

 バレッドール准将が呆れ顔で呟く。

「あまり火器を使った戦闘に慣れていないのでしょう」

 准将の言葉にレオポルドが冷静に応じる。

 彼らの指示通り、歩兵隊は敵が近付いてくるまで待ち受け、視認される距離に入った敵兵は狙撃され、そのまま土の上で動かなくなる。意を決して立ち上がり、向かって来れば、すかさず銃弾が飛んでくる。

「そろそろ、弾数が足りなくなってきたようです。弾数無しの兵も多いです」

 暫くすると、伝令が駆け寄ってきて報告した。

 元々、一人当たり一〇発程度の弾薬しかないのだ。敵騎兵を迎え撃つのに半分を使い、更に歩兵との戦闘で残りを使い果たした。

「ならば、突撃あるのみっ。突撃っ」

 レオポルドはサーベルを引き抜くと、号令を下して馬腹を蹴った。すぐさま、傍らのキスカが続き、一拍遅れてバレッドール准将が追う。三騎の後ろをソフィーネと旗を抱えた旗手が走り、更に歩兵全軍が鬨の声を上げながら突進する。

 彼らの武器は先程まで撃っていたマスケット銃である。新式の軽量のものには銃剣を着け、旧式のものは、銃身部分を持って、銃架部分で敵を殴る棍棒になる。マスケット銃は硬い木と鉄でできており、振り回せば強力な打撃武器になるのだ。

 銃撃に怯え、身を伏せていた敵兵は、その間に隊列も崩れ、バラバラになっていた。統制の取れた動きは不可能に近い。敵の来襲に気付いた兵が個々人に慌てて立ち上がるが、戦う体勢が整う前に、次々と斬られ、刺され、殴り倒されていく。

 レオポルドは敵兵の群れの中を突っ切っていき、走り様に、サーベルで撫で斬りにしていく。馬を駆けさせながら、二人斬ったところで、弓矢を向けてくる兵を目にして、すかさずピストルを撃ち放つ。顔面を打ち抜かれた弓兵は仰向けに倒れ込んだ。

 続くキスカはレオポルドを護ることを第一として、盾になるように馬を進めつつ、近付く兵を半月刀で斬り捨てていく。

 ソフィーネも傍にいて、巨大な十字剣を振り回し、敵兵を、まさに両断していった。馬上にある二人は元よりかなり優位だが、彼女も敵を寄せ付けぬ戦いぶりで、二人三人と斬り捨てると、最早、敵は誰も彼女には近寄ろうとしなかった。

 ムールド兵は数としては多かったが、一方的な銃撃の間に、陣形は乱れ、士気は落ち込み、そこに突撃を受けて、一気に潰走しはじめた。

 この頃には騎兵同士の戦闘も終わり、クロス卿派の騎兵は一方的に五部族連合軍の騎兵を追撃していた。

 後にファディの戦いと呼ばれることになる、この戦闘はわずか一時間と少しで決着した。

 結果は言わずもがな、クロス卿派の圧勝であり、死傷者は一〇〇名弱。対して、潰走した五部族連合軍は戦闘による死傷者の他に敗走中に多くの死傷者及び捕虜を出し、拠点としていたロジの町まで逃げ切った兵は五〇〇に満たなかった。

 クロス卿派軍は捕虜と負傷者を収容すると、翌日には直ちに南下し、ロジの町を包囲した。ファディ以上に小さな町で、尚且つ、防衛施設がより貧弱なロジに町を守る手立てはなく、敗走した五〇〇の兵ともども、一戦も交えることなく投降した。

 親帝国主義である七長老会議のうち、ブレド男爵に付いた五部族が結成した連合軍はこうして壊滅し、ファディの戦いから一週間もしないうちに、各部族はレオポルドに降伏・恭順する意を示した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ