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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第一章 サーザンエンドへ
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 プロア司祭曰く、あの忌々しいほどに峻険なグレハンダム山脈によって大陸本土と分断された巨大な半島、通称帝国南部は大きく六つに切り分けることができる。

 半島西部に聳えるプログテン山脈の西側の細長いイスカンリア地方。

 半島北東部に位置し、有力な諸侯であるレウォント方伯が治めるレウォント地方。

 レウォントの南に位置し、中小諸侯が跋扈する半島東岸部。それに、異民族や海賊の根城が割拠する南岸地方。

 半島内陸部は非常に広大な平原と荒野、砂漠であり、概ね平坦な地勢となっている。その北部を占めるアーウェン地方。

 そして、内陸部南部がサーザンエンド地方であり、サーザンエンド辺境伯が統治する領域である。

 サーザンエンドには三つの主たる都市があり、その他に数十の町と数百の村を抱えている。

 三つの都市のうち、最も北に位置するコレステルケは帝国本土からの移住者が多く住み、最も帝国化が進んでいる地域といえる。

 辺境伯の居城があるハヴィナは南都とも呼ばれ、サーザンエンドでは最も人口が多く、南部でも指折りの都市であるサーザンエンドの首都である。帝国人と異民族の構成比率は半々といったところ。

 三都市の中では最も南に位置するオアシス都市ナジカの住民は異民族が多数を占めており、それは他の町村ではより顕著なものとなる。

 サーザンエンド全体では住民の内、帝国人が占める割合は一割に過ぎず、九割は異民族、異教徒という、西方教会の守護者を自認する神聖帝国領内であるにも関わらず、ほとんど帝国化、正教化が進んでいない異教の地である。

 その地を治めるサーザンエンド辺境伯は、帝国が南部の地を制した百数十年前に設けられた歴史ある官職である。その役割は帝国とその国教である西方教会に臣従しない異民族・異教徒を抑え、従属させ、改宗させることにある。

 帝国に忠実で、南部征服に功のあったコンラート・フェルゲンハイムが初代辺境伯に任じられて以来、彼とその子孫は野蛮な異民族と激しく戦うことになった。その任務は非常に厳しく辛く難しい仕事であった。

 サーザンエンド南部の荒野や砂漠には異教の諸民族が跋扈しており、辺境伯の支配する都市や町村を襲撃して略奪や破壊を欲しいままにした。善良なる正教徒が殺害され、婦女子は犯されて奴隷として売り払われ、教会や家は焼かれ、食糧や財物は奪われ、家畜は連れ去られた。

 歴代の辺境伯はこれを黙って座視していたわけではない。幾度も討伐軍を編成しては南へと軍勢を進めた。彼らは常に独力でそれを為さねばならなかった。

 北隣のアーウェン人諸侯は、表向き帝国に従属はしていたものの、積極的に帝国に協力しようとはしなかった。彼らはサーザンエンド辺境伯に非協力的な態度を取ることが多く、帝国からの南伐令も無視することが常であった。

 近隣に有力な諸侯は極めて少なく、西方教会を信仰する諸侯であっても、その領地の住民は異教徒が過半を占めていた為、彼らも辺境伯の動員令に応じることは難しく、せいぜい、数百、数十といった数の援軍を差し出すくらいが関の山であった。お蔭でサーザンエンド辺境伯は百数十年に渡って、異教徒・異民族と孤軍奮闘する羽目になった。

 延々と繰り返された異教徒との戦いの結果、フェルゲンハイム家は慢性的な財政難に苛まれることとなる。財政を改善させる為、民から税を搾り取ろうとすれば、これまた異教徒・異民族である住民は大いに反発し、時として暴徒となり反乱を起こす。これを鎮圧し、その後の復興に余計な出費を余儀なくされた。

 気長に根気よく産業を振興し、貿易を奨励し、農業に新たな農法を取り入れて税収を増やそうとしても、南部からやってくる蛮族どもがせっかくの利益を根こそぎ奪い去っていってしまう。

 南伐を行うと軍費で赤字が増大する。徹底的に南部諸族を弾圧しようとしても、彼らの多くは遊牧民族であり、居住地は仮のものであって、焼き払ってもほとんど意味はない。彼らは広い広い平原や砂漠を自由に逃げ回ってはゲリラ攻撃を繰り返し、やがて、辺境伯軍は軍費が底を尽き、歯噛みしながら渋々と撤退するのがいつものパターンとなっていた。

 そんなこんなでフェルゲンハイム家は酷い財政赤字に悩まされ続け、ついにはどんなに頑張っても必要な経費が捻出できず、仕方がなく商人から金を借りることになる。最初は少額であった借金も雪達磨式に膨れ上がっていき、当然返済できなくなる。そこで商人は担保にしていた土地や権利を取り上げる。

 このような状況は他の諸侯にも知れ渡る事態となり、そんな貧しい家に嫁ぐ嫁などいやしない。ついでに娘を嫁がせる嫁入り費用にも事欠く次第で、フェルゲンハイム家は他家からの嫁にも婿にも事欠く有様と成り果てた。

 仕方がなく、親戚間で婚姻を重ねていく。従兄弟と従姉妹、叔父と姪、叔母と甥なんていう近親婚が続くと当時としては知られていないことであったが遺伝子に異常が発生し易くなる。一族の者は体が弱く、能力も低い者が多くなり、やがて、子が生まれ難くなっていった。本家筋は何度も断絶し、その度に分家から養子を取って辺境伯位を継承させていった。

 しかし、去年、第一一代目辺境伯が没した後、相続に適格な者は全くいなくなってしまっていた。唯一残った一族の者は継承権を持たない先々代辺境伯の非嫡出子(妾に生ませた子供)で、齢六〇にもなるロバート老のみであった。

 帝国政府はロバート老を辺境伯代理に任じたが、速やかに正当な継承者を用意できない場合はフェルゲンハイム家から辺境伯の地位を取り上げると通告した。

 とはいえ、帝国としても大した税収もない貧しく、しかも反抗的な地域をわざわざ直接統治などという面倒臭いことはしたくない。できれば、今のままフェルゲンハイム家に押し付けていたかった為、だいぶ穏当な手段を取ったのだった。

 困ったのは継承問題を押し付けられたロバート老である。今まで貴族としては大変貧しいとはいえ、庶民と比べればまだ随分と良い生活を送ってきたが、フェルゲンハイム家が断絶とされると、自分はほぼ無一文で追い出される羽目になってしまう。

 仕方なく、ロバート老は手段を講じた。

 まず、フェルゲンハイム家に対して債権を持っている商人たちを集めて、尊大に言い放ったのだった。

「このままでは借金は返済できない。そして、このままでは当家は断絶する。そうなると、諸君の債権は消え失せることになる」

 商人たちは困惑した。借金が返されないのは困る。しかし、フェルゲンハイム家に断絶されるのはもっと困るのだ。

 というのも、この借金はフェルゲンハイム家に対する借金である為、フェルゲンハイム家が断絶されれば、当然、債権も消失する。それどころか、今まで借金の担保に取っていた土地や権利も、次の統治者に奪われるかもしれない。土地や権利を借金の担保として譲り渡したのは、これまた、フェルゲンハイム家との契約に過ぎないのだから。次の強力な統治者が「そんなことは知らん」などと言い出して強制的に土地やら権利やらを接収しかねない。更には前任者の失敗を学ばずに、かつてのように重税を課して、再び暴動を誘発させかねない。暴徒は商店を襲い、財産を奪い尽くすだろう。そんなことになっては商売上がったりだ。破産すらしかねない。破産。それは商人たちにとっては地獄に落とされるよりも恐ろしい事態だ。

 仕方がなく、商人たちはロバート老に協力することにした。具体的には借金の返済に猶予を設け、また、利子を低率に設定し直した。

 こうして、財政破綻の危機を先延ばしにすることに成功したロバート老ではあるが、その直後、彼は熱病に罹患して卒倒し、意識も戻らぬ状況であるらしい。

 このサーザンエンド辺境伯家存続の危機に際して、周辺諸侯や諸民族はそれぞれがそれぞれ色々な動きをしているという。

 ある諸侯はあくまでフェルゲンハイム家によるサーザンエンド統治を望み、ある諸侯は辺境伯の地位を簒奪し、自らがサーザンエンドを支配しようと目論み、ある民族は帝国人たちを北の地へ放逐し、民族の土地を取り戻そうと企み、ある民族は安定を望み、帝国との共存を模索し、ある民族は事の成り行きを見守るといった次第で、各々が己の利害と目的をもって行動しているという。


「まぁ、何にせよ。これからサーザンエンドがどうなるかは全くもって分かりませんな。残念ながら偉大なる皇帝陛下と栄えある帝国政府は南部のことには非常に無関心ですので、このまま帝国の介入なく、混迷に陥ることは確実でしょうな」

 プロア司祭はすっかり赤くなった顔でそう言って話を締めくくった。

「なるほど。有意義なお話をありがとうございます」

「なんのなんの。こんなに美味な酒と食事を頂けるのですから、それに比べれば何ほどのことでもありません。それに、お分かりでしょうけど、私は話をするのが好きでしてな」

 司祭は赤ら顔で快活に笑った。

 隠し事とかには不向きそうな人だが、多くの人から好かれそうな、場を明るくする人という印象をレオポルドは抱いた。これくらい明るく話好きで、人好きされる人物ならば民衆相手の説教は結構な人気なのだろう。

 聖職者は、あらゆる機会に民衆相手に説教をするものだ。西方教会では週に一度の安息日には仕事を休み、教会へ行くことを推奨している。

 安息日の教会では聖歌が歌われ、聖典が読まれ、聖職者が説教をする。また、聖人に関する記念日などにも説教は為される。

 この説教というのは主に聖典の中のエピソードに基づく道徳的なありがたい話をするのだが、この話を聞くにしても、何度も聞いたことがあるような、通り一辺倒のつまらない話を聞かされると聴衆も退屈して、そそくさと教会を後にしてしまう。

 それを防ぎ、教会の教えを浸透させ、神の存在と信仰の力を信じさせる為に聖職者の側でも、より話をよく聞いてもらおうと、説教の内容や話し方にはあれこれ工夫を凝らすものだ。

 ある者は聖人の業績を物語風にして語り、ある者は地獄の世界を怪談風に語り、ある者は自らのエピソードを交えて真実味を持たせてみたり。その為、娯楽が少ない庶民にとっては教会の説教は貴重な娯楽の機会となっている。

 プロア司祭くらい明るく快活に話す人ならば、聴衆も喜んで話を聞きに来るだろう。

 そこまで考えてから、ふと気づく。もう一つ聞いておこう。

「ムールド人については何かご存じですか」

 レオポルドの問いにプロア司祭は顔をしかめた。

「ムールド人ですか。ふむ。砂漠地帯に住んでおり、交易や遊牧を営む民ですな。少ないですが砂漠の中にあるオアシス都市に住む者もおります。中には山賊や盗賊に身を落としている者もいて、徒党を組んで都市を襲うこともあります。その社会は部族ごとに構成され、部族は大小二十八あるようです。肌は褐色で、あー、残念ながら、我々の教えを聞いてくれる者は多くはありませんな」

 今まで調子よく話していた司祭の口が重いのは、つまりは、そういうわけのようだ。聖職者の身からすれば、邪教を信じる異教徒について客観的に話すのは難しいことだろう。あまり非難的なことを口にしていないだけ、聖職者としてはかなり寛容だと言える。そこら辺の聖職者ならば神の教えを信じない邪教徒。悪魔の使い。神の敵くらいのことは言いそうなものだ。

「そのムールド人っていう連中は、どーいう立ち位置なんでしょうか。今回のサーザンエンド辺境伯位の空白という事態に関して」

「ふむ。先程、述べたとおり、ムールド人は部族社会でしてな。その部族ごとに立ち位置は違うのです。帝国や辺境伯に公然と刃向う部族もいますし、従属している部族もいますし、中立というか様子見している部族もおりますな。まぁ、しかし、全体の傾向としては刃向う者の方が多いようです。帝国側についているのは数少ない町村に住む部族が中心みたいですな。彼らは元々帝国寄りだったのですが、此度の辺境伯位の空白という事態に際して、帝国側の力が弱まっているせいで、他の反帝国派の部族に圧迫され、辛い立場のようです」

「なるほど」

 プロア司祭の話を聞いて、レオポルドは南部から来た異民族の使者キスカの素性がなんとなく理解できた。何故、彼女が南部からわざわざ帝都までやって来て、レオポルドにサーザンエンド辺境伯になってもらうよう頼みに来たのか、その行動の理由がなんとなく推察された。

 レオポルドはプロア司祭に厚く礼を述べてから、デリエム卿と共に場を辞した。

『辺境伯』

 神聖帝国よりも以前の帝国、西方帝国時代に皇帝の代官として各地方に派遣された地方長官が伯であり、より辺境に派遣され、より広い領域を支配し、より強い権限を与えられた者が辺境伯である。

 伯と辺境伯の間にはかなり大きな力の差があり、辺境伯以上の大諸侯の支配する領土は一国並の広さがあり、独自の軍隊、裁判権、徴税権、貨幣発行権などを有し、神聖帝国においては事実上の独立国と化している。

 代々の皇帝や帝国政府は辺境伯をはじめとする大諸侯の権限を弱め、帝国中央に権力を集中させようとしてきたが、現在のところ、集権化はあまり進んでいない。

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[気になる点] 文字が詰まってて目が滑る 段落分けとスペースを活用して読みやすくして欲しい [一言] 内容は面白そうだからこそ、もったいない 中身のない文章の作品と違って情報量多いから、読みやすくする…
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