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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第一四章 戦争と和平
226/249

二一九

 ヴィトワ川の戦いから四月近くが過ぎ、帝国南部の長く厳しい夏も終わり、秋の訪れが感じられてきた頃、ラミタの沖合に二隻のフューラー海軍のフリゲートが錨を下ろした。

 フリゲートからはそれぞれランチ(長艇)が下ろされ、合わせて二艇のランチがラミタ港に入った。ランチから降り立ったのはカロン・フューラー・アクセンブリナ三国連合の外交使節団である。

 全権使節はフューラー王国国務卿ノダール伯アルベルト・ゲオルグ・ヒルケンシュタインとカロン王国外務卿カンターベル伯ジョン・ニコラス・フィッツボードである。随員としてフューラー王国外務顧問官ユルク・インフェンミルヒ、カロン女王秘書官アナスタシア・ワークノート卿、国務卿と外務卿それぞれの秘書官、書記官六名、書記官補二名、士官三名。その他に料理人二名、馬丁二名、従卒兼給仕八名もあり、総勢は二七名であった。

 ラミタ港ではレオポルドとネルゼリンク卿、レウォント方伯の宮内長官で今回の和平会議のレウォント側の責任者となったヴェルマー男爵、ラミタを含む近隣地域の領主で方伯の宮廷の侍従も務めるエーリヒ・パンタル卿、ラミタの都市参事会員らが外交団を出迎えた。

「お目にかかれて光栄です。辺境伯閣下。この度は会議の開催について様々なお取り計らいを頂き、心より感謝申し上げます」

「こちらこそお会いできて光栄です。国務卿閣下並びに外務卿閣下。遠路遥々のご足労痛み入ります。実り多き会議となるよう心より願っております」

 外交団を代表してノダール伯が恭しく感謝の言葉を述べ、レオポルドもこれに応じる。その後、互いに自己紹介を交わす。

 伯は白髪白髭の清貧な身なりの小柄な老人で、有力貴族というよりは聖職者か神学者か賢人かといったような印象を受ける。事前にハルトマン少佐から寄せられた情報によると、フューラー貴族では長老格の人物で、レイクフューラー辺境伯の一族が討滅された約二〇年前のフューラー戦争では中立を保ち、以来所領にほとんど引き籠っていたという。

 隣に立つカンターベル伯は細面に鋭い目つきの狐のような顔立ちの男で、髭をツンと尖らせており、黒地に銀紐飾りのある上着を羽織っている。

「帝国の外交使節はまだ到着していないようですな」

「帝都から陸路では半年はかかりますので、予定よりもいくらか遅れているようです。報告ではあと五日ほどで到着するとのこと」

 レオポルドの答えにカンターベル伯は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「つまり、我々はこの小さな町で五日も暇つぶしせねばならんということですな。書物をもう何冊か持参すべきでしたな。帰りに読むものがなくなってしまう」

 田舎呼ばわりされたラミタの都市参事会員たちがむっとした表情を浮かべる。

「確かに小さな町ではございますが、この先の坂を上った所にある教会は歴史ある古い建物で、そこからの眺望は絶景と評せましょう。図書室にはこの地域の歴史を記した興味深い書物も所蔵されており、一読の価値があるかと。また、近海で獲れる海産物は種類も多く、大変な美味です」

「ふむ。なるほど。それは興味深い」

 レオポルドの言葉に伯は興味を抱いたらしい。参事会員たちも自分の町が褒められて誇らしげな様子だ。

「本日は宿所にてお休み頂き、明日にでも教会を案内いたしましょう。その後、ささやかながら歓迎の宴を催す準備をしておりますので、お疲れ所恐縮ですが、フリゲートの艦長、士官の方々も合わせてご参加頂ければ幸いです」

「お心配り感謝申し上げます。是非ともお招きに与りたく存じます」

 ノダール伯が答え、カンターベル伯も首肯する。

 その後、三国連合の外交使節はレオポルドたちに案内されて、宿所とする港近くの商館へと移動した。


 翌日は前日述べた通り、レオポルドとヴェルマー男爵、パンタル卿がノダール伯とカンターベル伯らを坂の上の教会へと案内する。両伯は古い時代に建てられた教会を興味深そうに眺めて、カロンの古い時代の建築様式と似通っている箇所があるなどと述べ、図書室に収められている古い時代の南部の情勢や諸民族の風俗などについて書かれた本に目を通し、それぞれ数冊ずつ借り受けることとなった。

 改築され、すっかり新しくなったパンタル家の別宅で昼食を済ませた後、レオポルドに入浴を強く勧められ、両伯は交代で風呂に入る。

 常軌を逸した風呂好きであるレオポルドが拘って改築した風呂場は屋敷の中で最も眺望が良い場所に建てられており、硝子張りの大きな窓から町とその向こうの海、水平線を一望することができた。壁は滑らかな白色で、天窓を備えており、明るく開放的な印象を受ける。浴槽は大人が二人三人入っても余裕があるほどに広い。

 外交使節団の全権使節がレオポルドらによって歓待されている間、その屋敷の別室では実務担当者らによる会合が行われていた。

 顔を合わせたのはネルゼリンク卿、レウォント方伯の法務顧問官ヨハン・ティスク博士、インフェンミルヒ外務顧問官、女王秘書官ワークノート卿の四名である。

 インフェンミルヒは低い身分の出身ながらレイクフューラー辺境伯の秘書官も務めていた側近であるという。ワークノート卿は三国の女王キスレーヌが黒髪姫と呼ばれていた頃から仕えている側近の若い女騎士である。

「我々としては、和平の条件として以下の項目を要望する予定です」

 そう言ってワークノート卿が列挙した主な内容は以下の通りであった。

 カロン・フューラー・アクセンブリナの独立を認めること。

 フェリス・ラクリア両地方の領主に自治と信教の自由の特権を与え、帝国軍を駐留させないこと。

 四万人近い捕虜の衣食住及び送還の費用、将軍、騎士たち身代金として金貨一〇〇万レミューを支払うこと。

 帝都のレイクフューラー辺境伯邸を駐帝国フューラー王国大使館とすること。

 これを聞いたネルゼリンク卿とティスク博士は揃って渋い表情を浮かべる。

 皇帝が独立を易々と認めるとは思えないが、三国側としては絶対に譲れない重要項目として要求してくることは予想通りであった。身代金と大使館設置の要求は交渉次第では妥協できるだろう。

 しかし、フェリス・ラクリア両地方に関する要求を皇帝が受け入れるとは到底思われなかった。

 帝国にとって東方辺境の地方に過ぎなかった両地方は敵対的勢力として独立した三国に対する防壁として極めて重要な地域となるだろう。要塞を築き、軍勢を駐在させたいはずであり、それを禁止しようという要求など受け入れられるはずもない。

 また、三国が自立性の高い両地方に影響力を及ぼし、あわよくばアクセンブリナと同じように独立させようという企みを持っていると疑うだろう。謀略家と名高きレイクフューラー辺境伯ならばそれくらいのことはやりかねない。

「この案を帝国が認めるとはとても思えませんな。独立に関してもそうですが、フェリス・ラクリア両地方に係る要求は極めて難しいかと」

「しかしながら、三国は既に独立を果たしており、これを認めるのは現状の追認に過ぎず、皇帝は現実を受け入れねばなりません。それに加え、両地方の全土及びリンデリウム東部は我々の支配下にあります。この地域から我が軍が撤兵し、代わって帝国が進駐するとなれば、これは我々に対する強い脅威となります。恒久の平和を実現する為には両地方から両軍を排除しなければなりません」

 ティスク博士の懸念にワークノート卿が強い口調で言い放つ。隣に座ったインフェンミルヒ顧問官は何を考えているのかよく分からない無表情で黙り込んでいる。

 三国側の言い分としては両地方を中立化し、両者の緩衝地帯にしようというのだろう。その言い分を帝国が素直に受け入れるとは思えないし、三国側がそれ以上の思惑を抱いている可能性も否定できない。

 その後、ネルゼリンク卿とティスク博士は和平案の内容には踏み込まず、今後の交渉日程や進め方など、細々とした項目を話し合った。


 その夜の歓迎の宴には外交使節団の他、使節団を移送してきたフリゲートの艦長や副長、士官たちも参加し、パンタル家の別宅大広間で盛大に執り行われた。

 レウォント方伯宮廷から出張してきた料理人たちが料理を作り、テーブルには近海の海産物を使った魚介のスープが数種、蒸した貝や海老、蟹には、香辛料や葡萄酒、酢、果実など様々な味わいの数種のソースが添えられている。白身魚の香辛料焼きなどのレウォント料理に一同は舌鼓を打ち、レオポルドはヴィエルスカ侯に依頼して取り寄せた葡萄酒を振る舞った。

 翌日、レオポルドは三国側に贈り物を届けた。外交において贈り物は儀礼上欠かせぬものなのである。女王キスレーヌにムールド絨毯一〇枚、駱駝革三〇枚、ムールドに住む猛獣の毛皮一枚、鷹五羽、南方諸島との貿易で得た香辛料一〇袋、砂糖五袋、珊瑚細工五点、鞘や柄に翡翠細工をあしらった半月刀一振。レイクフューラー辺境伯にムールド絨毯五枚、駱駝革二〇枚、鷹三羽、香辛料一〇袋、砂糖五袋、珊瑚細工五点、金銀で装飾した半月刀一振。それに国務卿と外務卿の両伯にもそれぞれムールド絨毯を三枚、駱駝革一〇枚、鷹一羽、香辛料五袋、砂糖一袋、珊瑚細工一点、銀で装飾した半月刀一振。

 対して三国側からも贈り物があり、レオポルドとレウォント方伯にそれぞれ絹織物五〇匹、上質紙二〇巻、生糸一梱、見事な絵柄の陶器の壺が一つ、陶器の皿が一〇枚、陶器の杯が一〇杯、茶葉一〇箱、カロン高地産の蒸留酒五樽であった。


 帝国外交使節が到着したのは三国側から一〇日も遅れてからであった。

 帝都はカロン・フューラーよりも遥かに遠く、陸路を行かねばならなかった為、移動により長い時間を要し、道の状況や馬や人の疲労によって遅れも生じやすいのだ。

 帝国側の首席全権使節は前の外務卿で枢密院副議長のオットベルク伯カール・ヨハネス・ゲートマン。次席全権使節が侍従次長スヴェン・ローデ子爵と皇帝軍事顧問官フリッツ・ランペ将軍、それに総大司教全権使節のヨハン・アルス枢機卿が加わっている。随員は皇帝秘書官カール・フェルツ卿、外務顧問官ライマン・ブルクレスト卿、ネイガーエンド公の法務顧問官ルドルフ・ミルスナー卿。その他、司祭二名、秘書官四名、書記官一三名、書記官補八名、士官六名などが従い、その他、料理人、給仕長、馬丁、従卒、給仕などを合わせれば一〇〇名近い。

 道中の警備に当たった二個騎兵中隊、四個歩兵中隊は町の郊外に宿営地を築いて、町の中には入らない。町の中の警備は方伯軍の一個近衛騎兵中隊及び四個近衛歩兵中隊が担うこととなっているのだ。

 レオポルドたちは三国外交使節を迎えた時と同じように帝国外交使節を出迎え、格式ばった仰々しい挨拶を交わす。

 帝国首席全権使節のオットベルク伯は少し前まで外務卿を務めており、それ以前にはリトラント王国やテリーデン王国の駐在大使などを歴任し、長く帝国外交に携わってきた経歴を持つ。つるりと禿げ上がった頭に丸々とした体躯の持ち主で、貴族というよりも富裕な大商人に見える風貌をしている。

「それにしてもここは暑いですな。帝都の夏よりも暑い。堪ったものではありませんな。早く帝都に帰りたいものだ」

「全くそう願いたいものですな」

 オットベルク伯がしきりと額の汗を拭いながら呟くと、伯にも負けないほどの肥満体であるアルス枢機卿が同じく汗を拭きつつ頷いた。

「カロンやフューラーの連中に我々の言葉が通じれば話も進むでしょうが、果たしてどうですかな」

 伯の言葉にレオポルドは涼しい顔で答える。

「有意義な会議となるよう善処いたしましょう」

 帝国外交使節はラミタの教会及びその付属施設を宿所とする。

 翌日、帝国側の実務担当者であるフェルツ卿、ブルクレスト卿とカロンのワークノート卿、ネルゼリンク卿、シュルツ博士らによる協議が行われ、今後の交渉日程やその出席者の確認、交渉会場の下見などの準備作業等について話し合われた。

 その夜にはレオポルド主催による歓迎の宴が開かれ、贈り物の交換があった。レオポルドからは三国側に贈った物とほぼ同等。皇帝からレオポルドへの贈り物はレミュー金貨一〇枚の他、鞘や柄に金銀の細工の施されたサーベル五振、鞍一〇具、甲冑一領、絹織物一〇匹、木綿織物二〇匹、毛織物二〇匹、硝子の杯二〇杯、花瓶一個、真鍮の時計五個、葡萄酒五樽、有名な聖人が殉教したときの場面を描いた宗教画であった。

 更にその翌日にはランペ将軍とフェルツ卿がヴェルマー男爵、ネルゼリンク卿の四人による会合があり、帝国側の和平案が示された。内容は概ね次の通りである。

 いとも神聖にして寛大なる皇帝陛下はキスレーヌをカロン・フューラー・アクセンブリナの国王に任ずること。

 皇帝陛下は反乱を含む全ての諸侯・領主の罪を許し、その責任を問わないこと。

 全ての捕虜は身分の上下を問わず直ちに解放されること。その為の代償として帝国は五〇万レミューを支払うこと。

 反乱に際し、フューラー軍に参加した東部艦隊の艦艇を返還すること。

 フューラー領内の司教領、修道院領を元の通りに復帰させること。

 カロン・フューラー・アクセンブリナにおける教会及び修道院、その信徒の安全と財産を保証し、宣教を認めること。

 この案にネルゼリンク卿はまたしても渋い表情を浮かべることとなった。

 まず、最も揉めそうなのは最初の条項である。皇帝がキスレーヌを三国国王に任ずるということは、つまり、あくまでもキスレーヌを皇帝の臣下に留め、三国を帝国の主権下に置こうという試みであろう。既に現状において実質的に皇帝の支配から逃れ、独立した勢力を築いているキスレーヌが今更皇帝に臣下の礼を取るとは思い難い。

 そもそも、カロンにいたっては帝国の影響下にはあったものの、これまで国王の即位に皇帝の許しを得たことはない独立国なのである。その地位を皇帝に任命されることを認めるとなれば、カロンまで帝国の主権下にあると認めることに他ならず、全く受け入れる余地はないように思われた。

 会合の後、ネルゼリンク卿はレオポルドの部屋へ向かい、仔細を述べた。三国側の和平案については既に報告済である。

「両者の和平案にはかなり大きな隔たりがあり、譲歩する気配もあまり見られません。このまま本格的な交渉を開始すれば決裂は必須です。今少し妥協できる和平案を作成する必要があると存じます」

「しかし、まぁ、三国側の第一の要望は独立を皇帝陛下に認めさせることだろう。ワークノート卿が申していた通り現状の追認だ。それを陛下が受け入れれば妥協は可能ではないか」

 難しい顔をしているネルゼリンク卿に比べ、レオポルドはいくらか楽観的な見方をしているらしい。

「とにかく、これで話し合いの場は整い、駒は揃い、出すべきカードも示されたということだ」

 レオポルドは独り言のように呟く。ここまではあくまでも交渉に向けた環境整備や準備であり、交渉の本番はこれからである。肝心の和平交渉がまとまらず何の成果もなく決裂したとなれば、ここ数月の徒労は全て水泡と帰すであろう。

 先頃まで戦争を続けていた両者に交渉を止めることなく話し合いを続けさせ、お互いに譲歩させ、強硬な和平案を如何にして双方が受け入れ可能な条件に落ち着けさせるか。それは仲介役であるレオポルドの調整能力にかかっていると言っても過言ではない。

 これが成功すれば彼は和平の仲介者として名を残し、帝国と三国の双方に決して小さくはない発言力と影響力を獲得することができるだろう。それはサーザンエンド辺境伯の立場は帝国南部辺境の諸侯に止まらず、帝国本土の有力諸侯とも比肩し得る地位を得ることを意味する。

 それは金や土地などよりも遥かに得難く有益な財産となるに違いない。

『ラミタ和平会議の主な出席者』

 帝国外交使節

 首席全権使節 枢密院副議長オットベルク伯カール・ヨハネス・ゲートマン

 次席全権使節 侍従次長スヴェン・ローデ子爵

        皇帝軍事顧問官フリッツ・ランペ将軍

 総大司教全権使節 ヨハン・アルス枢機卿

 随員 皇帝秘書官カール・フェルツ卿

    外務顧問官ライマン・ブルクレスト卿

    ネイガーエンド公の法務顧問官ルドルフ・ミルスナー卿


 カロン・フューラー・アクセンブリナ三国連合外交使節

 全権使節 フューラー王国国務卿ノダール伯アルベルト・ゲオルグ・ヒルケンシュタイン

      カロン王国外務卿カンターベル伯ジョン・ニコラス・フィッツボード

 随員 フューラー王国外務顧問官ユルク・インフェンミルヒ

    カロン女王秘書官アナスタシア・ワークノート卿

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