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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第一四章 戦争と和平
220/249

二一三

 戦場を覆う白煙の向こう側から地鳴りのように数千もの馬蹄が地を蹴る音が轟く。

 草原の各所にしゃがみこんだフューラー軽歩兵と猟兵はライフル銃を構え、各自に発砲すると自陣へと駆け戻る。

 フューラー軍の南側を守るのは第一フューラー歩兵連隊である。この戦列が破られれば帝国軍右翼の攻勢に耐えている第二及び第三フューラー歩兵連隊の後背が脅かされることとなり、カロン・フューラー軍左翼の崩壊は免れないだろう。

 第一フューラー歩兵連隊の一〇〇〇人以上の歩兵は三列になって並び、第一列は膝を突いて屈み、第二列と第三列は起立している。第三列は第一列と第二列の歩兵が倒れたときにすぐさま前へ出てその穴を埋める役割を担っている。

 連隊の後方には後退してきた軽歩兵と猟兵が控えていた。

「良いかっ。ここより一歩たりとも退くことは許されぬぞっ。我らが退き、敗れれば、我らの郷土と諸君の家族は再び帝国兵に蹂躙されることとなろうっ。我らの父祖が味わった悲劇と屈辱を繰り返してなるものかっ」

 連隊長が声を張り上げ、部下たちを叱咤する。

 地響きの如き騎兵の駆ける音は徐々に確実に大きくなっていく。間もなく目前に漂う白煙を突き破り、黄色い十字が描かれた軍旗を掲げた旗手を先頭に白い軍服の帝国騎兵が現れた。

「憶すなっ。一歩たりとも退くなっ。構えーっ」

 フューラー歩兵が一斉に銃剣を着けたマスケット銃を構える。

「第一列、撃てーっ」

 銃声が轟き、白煙が生じると共に数十騎もの騎兵が倒れた。銃弾に撃ち抜かれて落馬する兵もいれば、悲鳴を上げる馬から振り落とされる兵もおり、人馬とも地面に突っ伏す兵もある。馬に乗る騎兵は歩兵に比べてその表面積は正面からでも数倍になる為、被弾率は著しく高い。その大きな馬体のどこかに鉛玉が一発でも当たれば、それだけで馬は膝を折り、二度と戦場を駆けることはないだろう。

 地面に倒れ伏した人馬は後続の数百以上もの味方の馬蹄に蹴り踏みつけられることとなろう。密集した突撃陣形では目前に蹲る負傷兵を避け飛び越えることはほとんど不可能というものである。

「第二列、撃てーっ」

 再度の一斉射撃で更に数十騎が崩れ落ちていくが、帝国騎兵は止まることなく進み続ける。突撃喇叭が吹き鳴らされ、帝国騎兵は一斉に腰のサーベルを抜き放つ。

「主と皇帝と帝国の敵に鉄槌をっ。我らを御許へ導き給えっ。皇帝陛下に栄光あれぇっ」

 陽光に煌くサーベルを掲げた帝国騎兵は喚声を上げながら密集陣形で突進してくる。

 白煙と土埃を突き破って突撃してくる純白の軍服に身を包んだ帝国騎兵は神々しさすら感じるほどの迫力で、少なくない数のフューラー歩兵が思わず半歩後退りしていた。

「怯むなっ。フューラー兵の意地と誇りを見せよっ。構えぇっ」

 連隊長に叱咤され、フューラー歩兵は再装填を終えたマスケット銃を構える。

 日の光に鈍く光る数百もの刃がずらりと並ぶ。小銃は銃剣を着けることによって短い槍として使うことができ、それを持った歩兵が密集して並んだ様は槍衾と言ってもよかろう。

 とはいえ、騎兵の突撃の衝撃力は極めて大きく、下手な構え方では馬体を突くことができず、弾き飛ばされてしまう。漫然と構えていれば良いというものではなく、力を入れてしっかりと握り、適時に銃剣を突き出さねばならない。

 経験のない兵には些か難しい芸当であるが、それ以上に難しいのは騎兵突撃に臆さず怯まずその場に踏み止まることである。自分の数倍もの大きさと重量のある騎馬が間近まで一直線に迫ってきても逃げ出さず足を踏ん張り続けるというのは容易なようで容易ではない。背を向けて逃げ出すのが普通というものであり、実際、騎兵突撃を前に逃げ出す兵も珍しくはない。練度の低い兵や臆病な兵は騎兵の突撃を受ける以前に逃げ出し、戦列は崩壊してしまう。

「お前が退かなければ戦列は崩れないっ。隣に立ち続ける仲間を信じろっ」

「来るぞっ。踏ん張れよっ。一歩たりとも下がるなっ。」

 そのような事態にならないよう士官と下士官は絶えず叱咤激励を兵たちの背中に浴びせ続ける。

「十分に引き付けてから撃つのだっ。鉛玉を食らわせてやれっ」

 連隊長が命じ、フューラー兵は引き金に指をかける。

 帝国騎兵はもう手を伸ばせば届きそうな程、間近まで迫っている。目の中の瞳の色までわかるほどに近い。

「撃てーっ」

 第一列と第二列がほぼ同時に見舞った一斉射撃で放たれた銃弾はほとんど全てが命中し、その一度で百騎以上が血飛沫を舞い上げながら戦場に倒れ伏す。

 銃弾を掻い潜り、仲間の屍を踏み越え、立ち込める濃い白煙を突き破った帝国騎兵は、遂に第一フューラー歩兵連隊の戦列に突っ込んだ。

「突けっ突けっ。突き殺せっ」

 フューラー歩兵は必死の表情で突っ込んできた馬体めがけて銃剣を突き出し、帝国騎兵は馬腹を蹴飛ばしながらサーベルを振り下ろし、各所で白煙に交じって鮮血が舞う。

 騎馬に体当たりされて倒れこんだ歩兵を踏みつけ、立ちふさがる歩兵の頭蓋をサーベルで叩き割り、戦列を乗り越えた騎兵は後方に控えた軽歩兵や猟兵が狙撃していく。

 第一フューラー歩兵連隊の戦列はどうにか騎兵突撃の衝撃に耐えたものの、帝国騎兵は諦めず戦列を崩そうとサーベルを振り回し、短銃を撃ち放つ。

 更にそこへ第二波の騎兵部隊が到着し、フューラー歩兵を押し込み、戦列を破ろうと試みる。戦列の後方に飛び出して、軽歩兵や猟兵が対処しなければならない場面も徐々に増えていく。

 その間に帝国軍は一〇〇〇騎の別動隊を東へと進めていた。東側から第一フューラー歩兵連隊の側面に展開しようという試みである。

 しかし、この行動はキスレーヌが手配した予備のカロン騎兵によって阻まれた。

 第一及び第二カロン騎兵連隊及び高地騎兵連隊は一〇〇〇騎の帝国騎兵と正面からぶつかり合い、激しい白兵戦を展開する。三個のカロン騎兵は合わせて二五〇〇騎近い為、有利なのはカロン騎兵であった。

 間もなく帝国騎兵は後退し、カロン騎兵はそのまま西へと進軍する。

 となると、フューラー歩兵と組み合っている帝国騎兵の側面をカロン騎兵が脅かすこととなる。

 止むを得ず帝国騎兵は態勢を整えるべく一時後退することとした。

 こうしてどうにかカロン・フューラー軍左翼の崩壊が免れた頃、戦場の中央ではキスレーヌが前線にまで進み出ていた。


「そろそろかな」

 見事な毛並みの黒馬に跨ったキスレーヌは戦場を見やりながら呟く。黒塗りの胸甲を身に纏い、銀色の帯飾り、紐飾り、鎖飾りを付けている。腰には精緻な模様が施された鞘に納められたサーベルを提げている。

 彼女が見つめる先では第四及び第五カロン歩兵連隊が帝国軍中央前衛の歩兵と激しい銃撃戦を繰り広げている。

 銃撃と砲撃によって戦場に白煙が満ち、気球からも戦場の様子はかなり見え難くくなっていた為、中央前線の様子が気になったキスレーヌは自ら視察へと赴いたのだ。

「陛下。ここは危険ですっ。こちらまで流れ弾が来ていますっ」

「そうですねぇ」

 副官の一人が忠告するが、キスレーヌは聞いているのかいないのかぼんやりと頷いただけであった。

 彼女の視察に付き添っているもう一人の副官であるマシュリー・ピガートは眠そうに欠伸をしていた。彼女の格好は普段仕事をするときや酒場へ行くときとほとんど変わりない。

「あの、マシュリーさん。高地兵と胸甲騎兵、どちらが良いと思いますか」

 キスレーヌに問われ、彼女は細い顎を掻いてからぶっきらぼうに答えた。

「騎兵だろ。そっちの方が早いし、高地兵は敵の反撃に備えておきたい。やるなら急いだ方がいい」

「そうですね」

 マシュリーの言葉に納得したキスレーヌはもう一人の副官に顔を向ける。

「胸甲騎兵をここまで前進させて下さい。直ちに。今すぐ」

「は、はっ。直ちにっ」

 副官は馬首を返すと中央最後尾まですっ飛んでいき、暇そうに待機している胸甲騎兵連隊の前面に飛び出して叫んだ。

「前進っ。前進っ。胸甲騎兵連隊は直ちに前進せよっ」

 カロン・フューラー軍中央の後方に予備として配置された近衛胸甲騎兵及びカロン胸甲騎兵は胸甲を装備し、甲冑を被った彼らは短銃とサーベルを持って集団で騎兵突撃を敢行する精鋭部隊である。

 キスレーヌが母国の王位を手にすべく戦った銀猫王国継承戦争でも、戦場の勝敗を決する局面において投入され、果敢な騎兵突撃によって幾多の敵を粉砕してきている。

 近衛胸甲騎兵連隊及びカロン胸甲騎兵連隊は直ちに行動を開始し、中央本営と第二陣の歩兵陣地を通り越して、銃撃戦が繰り広げられている前線のすぐ後ろまで前進した。

「見よっ」

 騎兵を待ち構えていたキスレーヌは前線を指さして叫んだ。

「我らがカロン歩兵は数倍もの敵の攻撃に耐え続けているっ。敵の歩兵は長期の銃撃戦によって疲弊しているっ。今こそ、諸君らがこの戦いの勝者が誰であるか示す時であるっ。いざ、進めっ。突撃っ」

 彼女はそう言って腰のサーベルを引き抜くと馬首を前へと向け、馬腹に蹴りを入れた。

 言いたいだけ言って真っ先に走り去った総司令官に胸甲騎兵は一瞬唖然としたものの、遅れじと突撃を始めた。

「陛下に遅れるなっ。陛下をお守りせよっ。突撃ぃっ」

 近衛胸甲騎兵連隊の連隊長が叫び、突撃喇叭が吹き鳴らされ、二個胸甲騎兵連隊はろくに隊列も整えないまま戦場に向かって猛然と突撃を開始した。

 胸甲騎兵の突撃に合わせて第四及び第五カロン歩兵連隊は予めキスレーヌに指示されていた通り後退して隊列を組み直し、南北に一直線に伸びていた戦列の間に騎兵を通す為の空隙が作られる。

 帝国軍は目の前で撃ち合っていたカロン歩兵が後退を始めたので、追撃をすべく一部の兵が走り出していたものの、すぐに胸甲騎兵が突撃して来ることに気付き、直ちに前進を止め、戦列を組み直し、弾薬を再装填して騎兵突撃に備える。

 しかし、騎兵は真横からも来た。

 帝国側のフェリス人軽騎兵軍団と帝国軍左翼歩兵を追い散らしたベルロー伯率いるフューラー騎兵は休む間もなく、戦場を南下していたのである。

 数時間にも渡って突撃と白兵戦を繰り広げたフューラー騎兵は既に満身創痍といった様子であったものの、勇猛果敢なベルロー伯に励まされ、残された力を振り絞り、帝国軍中央前衛の歩兵部隊の北側面を突くべく突撃を開始した。

 不意に現れた正面と側面の騎兵突撃に帝国歩兵は狼狽する。中には猛烈な砲撃とカロン歩兵に何度も一斉射撃を浴びせられて、半壊しかけている連隊もある。徴募されたばかりの新兵も少なくない。

 少なくない数の帝国兵が恐怖と不安から命令も待たずに発砲し、持ち場を離れ、逃げ出し始める。

「待てっ。逃げるなっ。怯むなっ。その場に止まれっ」

 指揮官が激高し、兵たちをその場に押し留め、どうにか方陣を形成しようと試みる。

 そこへちょうどよく味方歩兵の後退によって前方が開けたカロン・フューラー軍の砲兵が近距離からの砲撃を食らわせた。

 作りかけられていた方陣に砲弾が飛び込み、跳ね回る砲弾が密集していた帝国歩兵たちを吹き飛ばし、手足を捥ぎ取っていく。負傷兵が泣き叫び、混乱で指示や方向が分からなくなった兵が彼方此方と彷徨い、仲間の凄惨な最期を目にした兵が恐慌して逃げ出す。

 ほとんどろくな迎撃態勢を取ることができないまま帝国軍歩兵は東と北の二方向から騎兵突撃を受けることとなった。

 しかも、正面から突撃してきた胸甲騎兵は既に幾多の戦場を経験したカロン軍でも最強の精鋭部隊であり、総司令官自らが率いている。練度と士気はすこぶる高い。

 騎馬の体当たりを受けた歩兵は跳ね飛ばされ、馬蹄に踏み蹴られ、或いは頭やら肩やら腕やらをサーベルで斬りつけられ、短銃に撃たれる。

 騎乗の士官は優先的に狙われた為、多くの帝国軍連隊の指揮系統は乱れ、統率を失った兵たちは瞬く間に武器を放り投げ、背中を見せて逃げ始めた。

 崩れかけ、或いは作りかけの戦列は次々と破られ、帝国軍中央前衛が潰走状態に陥るにはそれほど時間を要さなかった。

 カロン・フューラー軍騎兵は逃げる帝国兵を追撃する。追撃は騎兵が最も活躍する場であり、また、最も多くの損害が生じる局面である。

 しかし、その活躍は長くは続かず、カロン胸甲騎兵を阻む者が現れた。

 身体のみならず腕や脚まで全身に甲冑を身に纏い、甲冑を被った中世の騎士物語から現出したが如き重装騎兵の軍勢であった。

 カロン胸甲騎兵の前進を察知した帝国軍はこれに対抗すべく予備の重装騎兵を投入したのである。

 帝国軍重装騎兵の接近を認めたキスレーヌは直ちに後退を命じ、カロン胸甲騎兵とフューラー騎兵は慌てて馬首を返す。

 追撃を免れた帝国軍中央前衛の歩兵は多大な損害を受けながらもどうにか壊滅はせず、半分ほどの連隊はどうにか部隊の体を保つことができた。

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