二一二
カロン・フューラー軍の猛烈な砲撃を一方的に受け続けた帝国軍中央先鋒の歩兵連隊は甚大な損害を受けていた。数十人の兵士が物言わぬ惨たらしい肉塊と化し、その倍以上の兵士が重傷を負って戦列から離脱していた。損害は連隊の二割にも及ぶ。
それでも帝国軍歩兵は止まらない。軍楽隊が奏でる行軍曲に合わせ、朝露に濡れた草地を踏みしめ、一歩一歩前へ前へともう一時間以上かけて三マイル近い距離を歩き続けている。そのうちのおよそ三分の一は砲撃に晒されながらの行軍であった。
戦闘隊形で前進するには中々に長い行軍距離と言えるが、それはキスレーヌが意図的に自軍を帝国軍からかなり距離を取って布陣させた為である。帝国軍の将軍たちは敵軍が何か思惑があって遠くに布陣したものと推察し、伏兵や罠を警戒して全軍を前進させることを避け、まず、前衛の部隊を進めたのであった。
砲撃に晒されながら進む帝国軍中央前衛の前には不気味な黒い戦列が待ち受けていた。
カロン歩兵は正教徒から見れば不信心で不吉に見える黒色の上着を着込み、同色の三角帽を被っている。上着と帽子には連隊ごとに異なる色の縁取りがある。
カロン・フューラー軍中央先鋒に布陣した第四カロン歩兵連隊の軍服の縁の色は黄色であった。
マスケット銃を担いだ第四カロン歩兵連隊の兵士たちは三列に並んで、白い軍服の帝国軍歩兵が近付いてくるのを黙って見つめている。戦列の後ろには連隊及び中隊の軍旗が翻る。下士官たちは戦列の端に立ち、連隊長をはじめとする士官たちは騎乗である。
間もなく彼我の距離が二〇〇ヤードを切り、敵歩兵一人一人の姿が明瞭に見分けられるほど近さとなると連隊長はすらりと腰のサーベルを抜き放つと高々と掲げた。
「第一列、撃ち方よーいっ」
士官と下士官が口々に号令を発し、前列のカロン歩兵がマスケット銃を構え、その銃口を帝国軍歩兵へと向ける。
掲げられた連隊長のサーベルが降り下ろされると即座に士官たちが命令を発す。
「撃てーっ」
一拍の後、数百の銃声が鳴り響き、カロン歩兵の戦列の前には瞬く間に白煙が立ち込める。帝国軍戦列に所々隙間が生じる。
「第二列、撃ち方よーいっ」
「第一列、装填急げっ」
矢継ぎ早に命令が飛ぶ。最前列の兵は自分が撃ち放った銃弾が敵に当たったのか当たっていないのか。誰かを殺したのか殺していないのかも分からないまま、その場にしゃがんで再装填の準備に取り掛かり、第二列に並んだ兵がマスケット銃を構えた。
「撃てーっ」
号令と共に再び数百も重なり合った銃声が響き渡り、より白煙が濃くなる。
「装填急げっ」
命令と共に第二列の兵は再装填の準備に取り掛かる。
その最中、白煙の向こう側から銃声が響き、装填作業を続けていた兵士たちが呻き声や悲鳴と共にバタバタと倒れていく。銃声は十数秒後にも響き渡り、再び十数人の兵士がその場に倒れこんだ。倒れた兵は後ろに引き摺られ、すかさず三列目の兵士が前に出て穴を埋める。
「第一列、構えーっ」
第一列のカロン兵が立ち上がり、装填されたマスケット銃を構える。
「撃てーっ」
三度目の一斉射撃が行われ、十数秒後に再び一斉射撃が繰り返される。
激しい砲撃に晒されながら長距離の行軍を終えたところに四度の一斉射撃を食らわされた帝国軍中央先鋒の歩兵連隊は堪らず早々と後退を始めた。
「おいっ、敵が逃げていくぞっ」
少なくない数のカロン兵たちが思わず気色を浮かべ色めき立つ。
「黙れっ。あれは敵の一部に過ぎんっ。すぐに増援が来るぞっ。いつでも撃てるよう備えよっ」
連隊長に一喝され、兵たちは慌てて口を閉じ、装填作業に勤しむ。
その言葉通りカロン兵が束の間の休息を得る間もなく、入れ替わりに別の連隊が前へ出て来て歩みを止めた。
「第一列、構えーっ」
両軍の第一列がほぼ同時にマスケット銃を構え、銃口を相手に向ける。
「撃てーっ」
千以上もの銃声が轟き、白煙が立ち込める。彼方此方で悲鳴が上がり、第一列に再装填を、第二列に射撃用意を命じる怒号が飛ぶ。
中央の歩兵同士は激しい一斉射撃の応酬を繰り返していたが、両翼の歩兵は未だ戦端を開いていなかった。
カロン・フューラー軍両翼は外側に向かって傾斜した陣形である為、帝国軍は自軍の戦列を正対させねばならず行軍に手間取っていたのである。
つい数月前まで畑を耕したり、商店や工房で小間使いをしたり、御者や番人、掃除夫、日雇いの人夫、或いは道端で物乞いをしたり、スリや万引きに手を染めたりしていたような輩までいる数千人の男たちを整列させ、隊列が乱れないよう同じ速度で真っ直ぐ歩かせるだけでも一苦労なのは言うまでもなかろう。
それを部隊ごと斜めにするとなれば、一度停止して隊列を整えた上で、士官の指示の下、下士官が前に出て各々の兵たちを敵戦列に対して正対できるよう適切に歩かせなければならない。これを数百人数千人規模で行うとなると結構な手間と時間がかかる。兵の練度が高ければこの時間はいくらか短縮されるものの、帝国軍前衛部隊の練度はそれほど高いとは言えず、戦列の向きを変えるのに相当な時間を要していた。
この間、帝国軍左翼の騎兵は敵の南側面に進出すべく前進しており、これに備えてカロン・フューラー軍はフューラー軽歩兵連隊及びフューラー猟兵連隊を南側に展開させていた。この二個連隊は装填に時間はかかるが、長射程かつ命中率の高いライフル銃を装備した軽歩兵部隊であり、本来ならば主力戦列の前面に散兵線を引いて、敵を狙撃する役割を担う部隊である。戦列を組んで騎兵を迎撃する戦法は不得手であり、不安を感じた左翼指揮官のゲーテン元帥は更に第一フューラー歩兵連隊を南側に配置することとした。
一方、帝国軍のフェリス人軽騎兵軍団がフューラー騎兵に追い散らされた戦場の北側では、総司令官キスレーヌから命令を受けたフェリス人軽騎兵連隊が行動を始めた。
その命令は北側に大きく迂回して、帝国軍前衛の後方、つまり、帝国軍の前衛と本隊の間の空隙に進出し、敵を攪乱することである。
広大なフェリス草原を駆ける彼らにとって数マイル程度の行軍は散歩のようなものであり、帝国軍前衛の北側面はフェリス人軽騎兵軍団が追い散らされた為、行く手を遮る者は何もない。
帝国軍左翼前衛の歩兵は部隊を斜めにする為に四苦八苦しており、中央前衛はカロン歩兵との激しい撃ち合いを続けていた為、自らの後背に入り込もうとする軽騎兵に対して無力であった。後続部隊は未だ行軍を始めたばかりで、この部隊と前衛の間には危険なほど広い空隙が生じていた。
気球部隊の観測によって帝国軍各部隊の配置を極めて正確に把握しているキスレーヌはその隙間を見逃さず、優れた機動力を有するフェリス人軽騎兵連隊をそこに突っ込ませたのである。
キスレーヌのフェリス人軽騎兵連隊は敵側に付いた同胞のように敵と正面からぶつかり合うような真似はしなかった。帝国軍前衛と本隊の間に入り込み、喚声を上げながら走り回り、射程距離など気にすることもなく短銃を撃ち放ち、擲弾を放り投げていく。
前衛に続いて進軍していた帝国軍部隊は突然北側から目の前に飛び出してきた軽騎兵に驚き、進軍を停止する。上官の命令も待たず勝手に銃撃を始めた兵も少なくなかったが、射程距離からはかなり離れていた為、命中する弾はほとんどない。
また、目の前の敵と対峙する最中、敵に後背に回り込まれた左翼と中央の前衛部隊は途端に浮足立ち、進軍を停止する部隊や背後の敵に備えようと方向転換する部隊、上官の命令がないので、前進を続ける部隊が入り乱れ、各所で混乱が生じた。
カロン・フューラー軍右翼の指揮官レコンキニス公はこの機を逃さなかった。右翼に配置されている四〇門の大砲に砲撃を命じると共に第一陣の第四及び第五フューラー外人傭兵連隊を前進させ、未だに整列に手こずっている帝国軍に銃撃を浴びせた。大陸各地から寄せ集められた外人傭兵から成る二個連隊の兵は戦争慣れしている兵が多く、銀猫王国継承戦争に参加していた兵も少なくない。戦場経験豊富な彼らにとっては斜めに布陣する敵を攻撃するのに適切な位置に移動することはそれほど難しい行動ではなく、素早く攻撃に移ることが可能であった。
また、帝国軍左翼と中央がフェリス人軽騎兵の動きに気を取られている間に、ベルロー伯が指揮するフューラー騎兵は態勢を整え、新たな戦いに挑む準備を終えていた。その矛先は、フェリス人軽騎兵の攪乱作戦によって浮足立ったところをカロン・フューラー軍右翼から攻撃され、混乱の極致にある帝国軍左翼である。
高々と掲げられた交差したサーベルが描かれたフューラー軍の軍旗と前進を告げる喇叭の音に導かれ、二〇〇〇騎以上のフューラー騎兵が一塊になって南へと突き進む。
帝国軍左翼の将兵は接近する敵騎兵に気付いたものの、北側面に戦列を形成し、迎撃するという態勢を取ることができなかった。
というのも、帝国軍左翼は帝国中部諸領主の軍勢の集まりである為、左翼全体の指揮系統が明確ではなく、突発的な事態に対して誰が指揮を執るか決められていなかった。諸侯たちはいずれも同程度の家格である為、指揮権を明確化して序列化してしまうと諸々の問題が生じかねなかったのである。
故に、左翼への命令は一〇人いる各連隊長それぞれに対して行われており、各連隊長は他の連隊長と連絡は取り合っても、命令をしたり、されたりするようなことはなかった。
その為、北側面から接近する敵騎兵に対し、咄嗟に誰が、どの部隊が北側に展開して、迎撃を行うか決することができなかったのである。
とはいえ、例え、誰かが命令を下したとしても、ほとんど新兵ばかりである彼らに素早い展開が可能であったかは疑問であろう。
ともかく、そうして、帝国軍左翼前衛の歩兵は北側面から突進してきたフューラー騎兵の突撃をその脆い横っ腹に食らうこととなった。
馬体の突進を受けた兵は文字通り吹き飛ばされて腸は弾け、馬蹄に蹴られた骨は砕け、騎兵が容赦なく降り下ろすサーベルは頭蓋を叩き割り、手足を切り裂き、倒れた兵は踏み潰されていく。
「敵は潰走しているぞっ。騎兵に後れを取るなっ。突撃ぃーっ」
横っ腹に騎兵の突撃を受けた敵歩兵の混乱を見て、第四及び第五フューラー外人傭兵連隊の士官はすかさず突撃を命じ、二個歩兵連隊は銃剣を着けたマスケット銃を構え、喚声を上げながら突進する。
帝国軍左翼先鋒を指揮する連隊長も負けじと突撃を下命し、帝国兵はほとんど自棄になって喚きながら走り出す。
歩兵たちは互いに数十ヤードを走ると目の前に現れた敵に向かって銃剣を突き出す。未だ発砲していなかった兵は走ってくる敵兵に銃口を向け、引き金を引く。
銃剣に刺され、銃弾を撃たれ、蹴られ、殴られ、掴まれ、絞められ、引っかかれ、ひらすら目の前に現れた違う軍服を着た誰かに襲いかかり、襲いかかられる激しい白兵戦が展開されたが、それは最前線付近だけであった。
フューラー騎兵に蹂躙された帝国軍左翼前衛の歩兵の多くは瞬く間に統率を失い、抵抗を示した兵は少なく、ほとんどの兵が武器を捨て、敵に背を向け、安全と思われる方向へと逃げ出した。
士官や下士官は必死に兵の後退を食い止め、戦列を維持しようと努めたが、フューラー騎兵は、連隊長とサーベルを交えるほど食い込んでおり、この場で部隊を立て直すことはほとんど不可能というものであった。
また、前述の如く、左翼全体をまとめて混乱を鎮め、態勢を立て直そうという総指揮かはこの部隊には存在しないのである。各連隊がバラバラにどうにかこうにかしようと足掻くばかりなのである。
帝国軍左翼前衛が全面的に潰走するまでにはさしたる時間を要しなかった。
帝国軍が劣勢に追い込まれた戦場の北側に対して、南側は帝国軍が優位に戦闘を進めていた。
右翼前衛はキュスケル伯指揮する帝国軍第六軍団が主体であり、寄せ集めの諸侯軍である左翼よりは素早く、斜めに布陣するカロン・フューラー軍左翼を攻撃するのに適切な位置に部隊を整列させ、攻撃を開始していた。
カロン・フューラー軍左翼の第一陣である第二及び第三フューラー歩兵連隊は砲兵の支援も得て、一歩も引かずに応戦しているものの、次々と新手を繰り出す帝国軍に対して守勢に回っているのは明らかであった。
そこへ、南方向へと進出していた帝国軍左翼騎兵はカロン・フューラー軍の側面を突くべく突撃を敢行した。
迎え撃つのはフューラー軽歩兵連隊及びフューラー猟兵連隊であったが、射程が長く命中率の高いライフル銃は帝国騎兵に少なからぬ損害を与えたものの、装填に時間がかかる為、一斉射撃で騎兵突撃を跳ね返すことができず、正面から突撃を受けて戦列はほとんど崩壊寸前まで追い込まれた。
しかしながら、その後方に戦列を形成していた第一フューラー歩兵連隊が踏ん張りを見せ、どうにか帝国軍騎兵の突撃を追い払うことに成功した。
とはいえ、帝国軍騎兵は一時的に後退しただけで、未だ健在であり、態勢を立て直して再び機を見て突撃してくることは明らかである。
正面の銃撃戦も押されつつあり、ゲーテン元帥は厳しい戦いを続けねばならないだろう。
戦場の中央では第四カロン歩兵連隊が敵歩兵連隊を三度も後退させたが、損害が大きい為、第五カロン歩兵連隊と交代し、両軍は相変わらず激しい一斉射撃の応酬を繰り返している。
フェリス人軽騎兵連隊は暫く戦場の只中で暴れまわっていたが、帝国軍本隊の歩兵が前進を再開すると攻撃を受ける前に馬首を返して北方向へ撤退した。
帝国軍総司令官代理のクロジア辺境伯は崩壊した左翼を立て直すべく残りの左翼歩兵五〇〇〇に前進を命じると共に、中央の歩兵の一部を左翼への増援に送った。
また、戦場の遥か後方に待機するルシタニア公軍やフェルケン要塞を包囲している諸侯に伝令を送り、至急戦場へ兵を送るよう依頼した。
帝国軍左翼前衛が壊滅したとはいえ、全体の兵力は未だ帝国軍が優勢であり、勝敗の行方が未だ混沌としている。
予備として控えている兵を参戦させれば帝国の勝利は固いであろう。帝国軍の将軍たちはそう考え、帝国の勝利を疑ってなどいなかった。
しかしながら、フェルケン要塞を包囲する諸侯は厄介な新しい知らせを耳にしていた。
曰く、フューラーの西部国境に配置されているフェルケン要塞以外の要塞の守備兵合わせて一万余が南下しつつあるというのである。
偽情報の可能性はあるものの、他の要塞にも少なからぬ兵が配置されていたことは確かであり、全くあり得ない話というわけではない。
この知らせが真だとすれば、フェルケン要塞を包囲する諸侯軍はこの敵別動隊に備え、この場に留まるべきであろう。
万が一にも、この場にいる兵を割き、主戦場へ送り込んだ後、別動隊の攻撃を受けたならば、フェルケン要塞包囲軍は瓦解しかねない。それは断じて避けるべき最悪の事態と言えよう。
多くの諸侯は慎重であった。というよりも消極的であった。敵の別動隊に備える為、動くことができないというのは、戦争に消極的な彼らにとってはその場を動かない為の格好の口実であった。
そういったわけで、彼らはフェルケン要塞を遠巻きに包囲するその場所から動くことはなかった。