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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第一三章 内憂の年
207/249

二〇一

 結局のところ、レオポルドがレイクフューラー辺境伯をあまり信用していないように、彼女もまた彼のことをそれほど信用してなかったのだろう。

 でなければ、このような重大事を知らせてこないわけがない。帝国郵便を掌握し、レオポルドの配下にレンターケットを送り込んでいる為、彼女にとってレオポルドと連絡を取ることは難しいことではない。つまり、連絡不能だったわけではなく意図的に知らせてこなかったのである。

 万が一にも露見することが許されないとはいえ、レオポルドの立場どころか身の安全にすら大きな影響を与えかねない計画を微塵も知らされなかったのは許し難い裏切りと感じるのも無理からぬことと言えよう。

 とはいえ、事前に知らされていた場合、レオポルドはどう行動しただろうか。

 その情報を皇帝に通報し、自らの立場を強化しようとしたかもしれない。彼がそうしないという保証は全くないのである。

 逆にレイクフューラー辺境伯に味方するとしても、彼は帝都から一刻も早く離れようとするだろう。その不可解な動きは帝国政府の注目を呼び、事態の発覚をいくらか早めた可能性がある。

 つまり、レイクフューラー辺境伯にとって、事前に計画をレオポルドに知らせるという選択は見返りが少ない割に危険が大きく不確実性の高い賭けに他ならないのだ。

 では、知らせないことの不利益はといえば、機嫌を損ねたレオポルドが離反する可能性が高まるということだが、かといって、今の彼は皇帝党に取り入るというのも難しい立場にある。

 この数月の間、彼は帝国の不利益になるような行為に手を染め、レイクフューラー辺境伯の忠実な代理人を務めてきたのだ。そんな人間が今更忠臣ぶったところで皇帝や側近たちが信用してくれるだろうか。あまりにも虫の良い話だ。

 帝都到着以来の無理難題はこの為の布石だったであろう。策略家と名高いレイクフューラー辺境伯の面目躍如といったところか。

 難しい立場に置かれたレオポルドは帝都に居る側近たちと自室に籠って善後策を話し合った。

「一刻も早く白亜城へ行き、陛下に此度の反乱とは全く無関係であると釈明すべきです」

「しかし、そのまま拘束される可能性はございませんか」

 ハルトマイヤー外務長官の意見にサライ中佐が懸念を示す。

 釈明しに白亜城へ参上して、レイクフューラー辺境伯との結託を疑った皇帝に拘束或いは最悪誅殺されては堪ったものではない。

「それは帝都に留まっている限り同じことであろう。白亜城に行こうがこの屋敷に居ようがさして変わるまい」

 ライテンベルガー侍従長の言葉にレオポルドは頷く。その気になれば皇帝はいつでもレオポルドの屋敷を取り囲み、その身柄を拘束することができよう。

 かといって帝都から速やかに離れることは極めて困難である。

 帝都はその街全てが高く頑強な城壁に囲まれている為、何人たりとも城門を通り抜けずに街を出ることは不可能であり、城門を守る兵は皇帝の許可なき諸侯・貴族の出入りを許さなかった。尚且つ、フューラー独立という不穏な情報が齎された現在はいつにも増して厳重な警備が行われているに違いない。

 どうにかしてその関門を通り抜けることができたとしても、レオポルドの船が停泊している港湾都市アルヴィナまでは歩きで半月近く、馬を駆けさせても一週間近い時間を要する。その間、皇帝に露見しないと考えるのは楽観が過ぎる。

 また、黙って帝都から抜け出すということは皇帝に対する不忠どころか、反逆者であるレイクフューラー辺境伯に与する意思を示したと見做されかねない。

 帝都から離れるとすれば皇帝に届け出て正々堂々と出て行くしかないのだが、現在の緊迫した状況においてフューラー派と目されることもあるレオポルドの帰国が無条件に許可されることはないだろう。

 となれば、帝都から離れることを皇帝に許される為には何かしらの工夫がいるというものだ。

「なるべく早々に白亜城へ向かうことにしよう」

 暫く思案した後、レオポルドが呟くと侍従長と外務長官は渋い顔で同意するように頷いた。ただ一人、サライ中佐は心配そうな表情のままだ。

「大丈夫でしょうか。釈明したとしても陛下が聞き届けてくれるとは……」

 これまで散々レイクフューラー辺境伯から大きな支援を受け、緊密な関係を保ち、その意に沿う言動を取ってきたレオポルドが今更彼女とは無関係だと言ったところですんなり信用され、自由な行動が許されるようになるだろうか。

「白亜城に行くのはただ釈明する為だけではない」

 レオポルドの言葉に三人は一様に怪訝そうな表情を浮かべた。


「一刻も早く軍を編成し、一日でも早く軍を遣わすべきです。このまま時を置くとレイクフューラー辺境伯が謀を巡らせ、異教徒や異民族などを焚きつけて反乱を起こさせる可能性が考えられます。また、辺境伯に味方するであろう銀猫王国の軍勢は数年に渡った継承戦争によって疲弊しており、大陸に派遣できる援軍は限られているでしょう。故に時を置かず速やかに此度の反乱を潰すことが肝要であります」

 レオポルドの説明を、帝国政府の陸軍大臣カム伯カール・マシウス・シュロー元帥、近衛長官クロジア辺境伯カール・フランクス・スタックホルン大将、近衛軍団長兼帝都要塞総監ゲオルグ・コーテンベルン大将といった帝国軍首脳は興味深そうに聞いていた。

 白亜城に入ったレオポルドは皇帝の前に膝を屈して頭を垂れ、見苦しい言い訳を並べ立てる代わりに、伯父の式部長官ベルゲン伯を通じて帝国軍首脳と会合の場を設け、レイクフューラー辺境伯討伐について話を始めた。

 帝国軍首脳としてもレイクフューラー辺境伯派と見ていたレオポルドの話には興味があるらしく、驚くほど早く話をすることができた。敵の内情をいくらかでも知ることができると考えたのかもしれない。

「辺境伯の意見は尤もである。我々としても可能な限り早期に討伐軍を編成しようと考えておる」

 レオポルドと向き合って正面の席でふんぞり返るように胸を張って座っている陸軍大臣が言い、両隣に座る二人の陸軍大将は黙って頷く。

 カム伯は帝国軍の重鎮で、その軍歴は五〇年以上に及ぶ。相当に老いてはいるが、顔の血色は良く、大きな体躯を包む軍服は些か窮屈そうだった。胸元に飾り立てられた無数の勲章が窓から差し込み日差しにキラキラと煌いている。

 勲章の輝きに目を細めながらレオポルドは話を続ける。

「今回の反乱の直前、レイクフューラー辺境伯はカロン島から軍勢を大陸に移す際に帝国海軍の東部艦隊を利用したとのこと。おそらくは東部艦隊は反乱軍に与しておると考えられます。となれば、フューラー地方の諸港を封鎖したり、カロン島との連絡を絶つのは極めて困難でしょう」

 これはレイクフューラー辺境伯の元に送り込んだハルトマン中佐が報告してきた手紙に書かれていたことで、帝都ではまだほとんど知られていない情報であろう。当時としては帝国軍を私的に利用した不適切な行動くらいに思えたが、フューラー独立を知った今となってみれば、東部艦隊が辺境伯の傘下に入っている証左と考えられた。

「なんたることか。海軍とはいえ、栄えある帝国軍の艦隊が反乱軍に与すとは全く嘆かわしい」

 老元帥カム伯の言葉には海軍への蔑みが含まれているように聞こえる。

 大陸国家である帝国では海洋への関心はかなり低く、海軍の増強や維持は軽視されがちであった。帝国軍内部おいて海軍は陸軍の補助的な部門と見做されることもあり、陸軍将校の中にはあからさまに海軍を蔑ろにする者も少なくなかった。

「しかし、サーザンエンド辺境伯が申す通り、東部艦隊が敵方に付いたとなれば海からの攻撃は難しいと言わざるを得んな。まさか北部艦隊の全軍を東海に向かわせるわけにもいくまいし、内海艦隊は当てにならん」

 老元帥とは対照的に今にも折れそうなほど細長い体格で神経質そうな細面のクロジア辺境伯が枯れ枝のような指で白い口髭を摘みながら呻くように言った。

 帝国東岸を管轄する東部艦隊と北岸を管轄する北部艦隊はほぼ同等の戦力を有しているが、帝国の国土は東西に長い為、北部艦隊の管轄する海岸は東部の管轄に比べると倍以上も長い。その為、北部艦隊は艦艇をいくつもの軍港に分散配置しており、集結と再編成にはかなりの時間を要すだろう。

 その上、北部艦隊が管轄する領域には蛮族が跋扈するアクセンブリナも含まれている。アクセンブリナ諸族はさほど強力な海軍を有しているわけではないが、周辺の港や漁村を襲撃する程度の脅威はあり、これに対する警戒を解くわけにはいかない。

 また、西方諸国とは対立関係にあるわけではないものの、西部国境付近の海を全く放置するというわけにもいかないだろう。

 そして、内海艦隊は前述してきた如く予算・人員の不足により極めて弱体化しており、東部艦隊の戦力の半分もない。

 尚且つ気候的には平穏な内海から外洋に出て、帝国南部南岸をぐるりと回って東岸まで航海していくのはなかなか難儀であり、練度の低い内海艦隊に任せられる仕事ではなかろう。

「となると、海からの攻撃は不可能となります。しかしながら、西から攻め寄せるのも容易ではございません。レイクフューラー辺境伯は既に西部国境付近の城塞を改修し、強固な防衛線を敷いているとのこと。時間を置けばこの防衛線は更に強化されることでしょう」

 レオポルドの指摘に陸軍首脳たちが渋い顔で唸る。

 フューラー地方西部国境に近いクリストフ侯の配下であるライから聞いた話の受け売りだが、未だ帝都にはほとんど聞こえておらず貴重な情報と言える。

 その後に調べて分かったことだが、フューラー地方の西部国境にはエルヴァ川という大河が流れているらしい。これを渡河しやすい地点に城塞は築かれているようだ。

「先のフューラー戦争ではエルヴァ川を越えるのに一年を要し、一万もの犠牲を出しております。此度も同様の損害を被るのは避けるべきでしょう」

 三人の陸軍首脳の中では最も若い近衛軍団長兼帝都要塞総監ゲオルグ・コーテンベルン大将の言葉に他の二人も頷く。

 彼らはキレニア・グレーズバッハの父や兄弟姉妹、一族が尽く殺されたフューラー戦争当時には既に指揮官の地位にあって、いずれもその戦いに参戦していた。

 フューラー戦争は最終的には皇帝の勝利に終わったとはいえ、決して楽な戦争ではなく、三年に及んだ戦争中には幾度もの激戦があり、帝国軍は数万もの犠牲を払っている。

「エルヴァ川を強行に渡河するとなれば、先の戦いと同様の犠牲を強いられる可能性はかなり高いと思われます。しかしながら、此度はそうはならんでしょう」

 自信ありげなレオポルドの顔を三人の老将が興味深そうに見つめる。

「帝国軍の本体がエルヴァ川でレイクフューラー辺境伯軍と対峙している間に、南と北から別動隊がフューラー地方に攻め入るのです。そうなれば、後背を脅かされた辺境伯はエルヴァ川の防衛線を放棄せざるを得ないでしょう」

 フューラー地方に入る道は何も西からだけではない。北の国境はアクセンブリナと接しているが、蛮族の支配領域を避ける道もある。南はレウォント方伯領と国境を接している。

 レオポルドはこの二方面からも同時侵攻するべきと主張するのだ。

「さりとて、北は蛮族の妨害が懸念されよう」

 コールテンベルン大将が苦々し気な顔で指摘する。

 先のフューラー戦争でも三方からの侵攻が計画されたものの、実際には北と南からの侵攻はけん制程度のものにしかならなかった。

 北の侵攻路の問題点はアクセンブリナの目前を通過しなければならないということである。敵対的な帝国軍の行軍を蛮族が指をくわえて見逃してくれるとは思えず、無事に通過できたとしてもその後の補給に支障を来しかねない。彼らは目の前を糧秣や武器弾薬を満載した馬車が走り抜けるのを見守っていてくれるだろうか。

「それにだ。南からの侵攻にはアーウェンの協力が不可欠であろう。連中が我々に与してフューラーと戦ってくれるのか甚だ疑問だ」

 南、つまり、帝国南部からの侵攻となると南部諸侯が軍を動員することになるが、これにはアーウェンが協力的でなければ成立し得ない。アーウェンと国境を接するレウォント方伯やサーザンエンド辺境伯は彼らが怪しげな動きを見せれば軍を動かせないのだ。

 しかし、フューラー戦争当時は実現不可能な南からの侵攻ではあったが、今となっては解消しなければならない障害は極めて少ないと言える。

「アーウェンの妨害を考慮する必要はございません。協力を得ることは極めて容易いでしょう。我が軍のアーウェン通過には何の支障もありませんし、頼めば援軍も出してくれると思います」

 何せアーウェンとレオポルドは既に和平を結んでおり、一部のアーウェン士族とは極めて良好な関係すら築けているのだ。援軍を出してもらえるかどうか確信は持てないが、ここは強気の発言をすべきところだ。

「南部方面軍は我が軍が一万、義兄のレウォント方伯一万、アーウェンからの援軍一万の計三万にはなります。レイクフューラー辺境伯の現有軍勢は二万程度、それにカロン島からの援軍や金で雇った傭兵が加わりますが、南部国境に割ける兵力は一万以下と見るべきかと。となれば、南部国境を突破することは難しい作戦ではございますまい」

 レオポルドは自信あり気に豪語して見せた。

「南から別動隊がフューラー中心部に攻め入るならば、戦はかなり楽になるな」

「南から三万もの軍勢で圧力をかけるだけでもレイクフューラー辺境伯は身動きを取れなくなるだろう」

「上手くいけば年内にはキレニアを東の海に突き落とせるやもしれぬ」

 レオポルドの意見に陸軍首脳らは色めき立って話し始めた。

 実際に三万もの軍勢が動員できるかは未定であり、アーウェンからの援軍だって得られる確証はなく、そもそも、自軍を一万も動員したくない気持ちもあるが、そんなことを彼らに説明してやる必要はない。最大限楽観的に見れば実現できなくもない計画ではあるし、彼らは南部の実情をよく知らないので、そんなことには気付かないのである。

 しかし、この計画を推進する為には、帝国と南部、アーウェンを繋ぐレオポルドの存在が必要不可欠であり、作戦を早期に発動するのであれば彼を一日も早くに帰国させなければならないことには気付くだろう。

 こうしてレオポルドは皇帝に頭を下げるよりも遥かに手っ取り早く確実に自身を帰国する後押しを得ることに成功したのだった。

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