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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第一三章 内憂の年
206/249

二〇〇

 帝国議会召集の勅令が発せられたのは春の中頃であったが、臨時税の取り扱いを巡る様々な交渉や調整、根回し、更にレオポルドの工作による議会議長人事の難航、麦価高騰への対応などによって議会の開会は遅れに遅れ、結局、帝国議会の開会が成ったのは夏も終わりに入りかけた頃であった。

 その間、帝国議会に出席する為、帝都に来ていたレオポルドをはじめとする諸侯や貴族は領地に帰ることもできず、帝都に滞在を続けている。

 暇を持て余した多くの貴族たちは連日互いの屋敷に招き招かれ晩餐会や舞踏会、観劇などを催したり、近郊の田園地帯まで足を延ばして遠乗りや狩猟などを楽しんでいた。

 それは今や有力諸侯の一員でもあるレオポルドとて例外ではなく、毎日のように方々の貴族や上級聖職者、大商人から様々な催しの招待が来ていた。

 しかし、彼は元より貴族的な社交の場を好ましく感じていなかったし、前述した如く、いつも自分の身なりを流行の最新を行く帝都貴族に整えてくれるフィオリアがいない為に社交の場で笑い物にならない着こなしができる自信がなかったので、出席には気乗りしなかった。

 その上、議長人事を妨害する政治工作に励んだり、麦を大量に買い集めたりする仕事で多忙でもあり、お誘い頂き大変光栄ではあるが、誠に残念ながら所要につき欠席させて頂く次第といった返事に一品添えて送り返すことが多かった。

 とはいえ、全ての誘いを断るというわけにもいかず、日程に都合がつく場合には、どうにか流行遅れではなさそうな衣装を身に纏い、晩餐会に顔を出してご婦人の数時間に及ぶ長話に作り笑顔と気のない相槌で付き合ったり、あまり趣味ではない歌劇を見ながら欠伸を噛み殺したり、幾人かの貴族と連れ立って帝都近郊の丘陵で馬を駆けさせたりもした。

 そうして色々な場に顔を出したり挨拶や世間話を交わしたりしていれば、幾度か顔を合わせる者もいて、少なからず顔見知りと言える人々もできよう。

 マックス・ヨーゼフ・アイベル卿もそうして知り合った一人だった。元陸軍大臣のシュトルメルゲン伯の三男で帝国陸軍第三帝胸甲騎兵連隊の少佐を務めている。

 古くから名の知られた由緒ある帝国貴族の家柄であるが、長年に渡る放漫な家政によって多額の債務を抱え込んでいたシュトルメルゲン伯は富裕な海軍主計長官コラーノ男爵の娘を子息の嫁に迎え、その婚資や男爵家からの援助によって財政難を乗り越えようと考えた。

 これは名門貴族との縁組によって家格の向上を図りたい男爵の思惑とも一致し、晴れてマックス・ヨーゼフ・アイベル少佐は高利貸しの外国人の成り上がり貴族の娘婿となったのである。

 御家の為には致し方ない結婚とはいえ、当人としては大変不満なようで酒に酔った少佐は数度しか顔を合わせたことがないレオポルドに聞いてもいない愚痴を延々と語って聞かせた。

 酔っぱらいの支離滅裂な言動には些か手を焼いたが、これは以前からコラーノ男爵と繋がりを持ちたいを考えていたレオポルドにとっては待望とも言える機会が転がり込んできたようなものであった。

 海軍主計長官は帝国海軍の退役した艦艇を処分する権限を握っている。レオポルドはその退役する艦艇を安く譲り受け、自身のサーザンエンド海軍を拡張しようという目論見を抱いているのだ。

 レオポルドは幾度かアイベル少佐と顔を合わせて親交を深めた後、退役予定の老朽艦を譲り受けたいという要望を伝えるよう依頼した。

 この要望にコラーノ男爵は快く応じ、速やかに退役予定のフリゲート数隻を譲渡できるよう手筈を整えるという丁重が手紙が届いた。

 コラーノ男爵は帝国貴族の中では新興の成り上がりと見做され、あからさまに卑下する貴族も少なくなく、必然的に付き合いのある貴族も多くないという。その立場から脱する為にシュトルメルゲン伯と縁組を結んだりしているのだ。

 そのような環境にある男爵にとっては、辺境とはいえ大きな領土を有し、高い家格を誇るサーザンエンド辺境伯に恩を売る機会となれば大いに歓迎すべきことなのであろう。

 男爵はフリゲートを譲渡する手筈を整えただけでなく、その費用の一部を自弁し、レオポルドが格安で譲受できるよう取り計らってくれた。

 更にはいつでも航海できるよう艤装を整え、場合によっては希望の港まで回航するとまで言うので、まさに至れる尽くせりというものであった。

 しかしながら、老朽艦のうち比較的状態の良い大型の戦列艦やフリゲートは前任者が退任直前に要員ごと東部艦隊に編入してしまった為、譲渡できる艦艇は小型の戦列艦か中小型のフリゲートかブリッグ・スループしかないという。

 それは沿岸警備や貿易航路の護衛に用いる快速の中小型艦艇を欲するレオポルドにとっては大した問題ではなく、すぐに男爵の懇切丁寧な対応と勤勉な働きに対する感謝を述べるとともに、この恩義は決して忘れないので何かあった場合には是非ともご相談頂きたいという返事を書き送った。直ちに帝都駐在武官のディーテル卿に艦艇の受け取りとラジアへの回航を指示して、アルヴィナへ向かわせた。


 レイクフューラー辺境伯領に駐在し、情報収集に当たっているハルトマン中佐から手紙が届いたのは帝国議会と臨時税の取り扱いが片付き、老朽艦艇受け取りの手筈も整った夏の終わり頃であった。

 手紙によると銀猫王国継承戦争は既に一月も前に黒髪姫の勝利によって終結しており、多くのカロン貴族や豪族は彼女に服従して忠誠を誓い、対立していた兄弟姉妹ら親族らは戦争中に亡くなるか或いは追放されたらしい。

 遠からず彼女は王位を継承する予定であり、兄弟姉妹のうち唯一彼女に味方し、多くの貴族、豪族の調略に携わった兄ユーサー王子はカロン大公に叙される予定である。

 黒髪姫を支援し、援軍を派遣していたレイクフューラー辺境伯は軍勢を自領に戻しているのだが、その輸送に帝国海軍の東部艦隊が動員されているという。

 また、レイクフューラー辺境伯領に赴任して以来、幾度か手紙を送っているが、指示や返事がなく不安に感じている。手紙が届いていない可能性を考え、今回は信頼できる部下に託したので、至急返事を頂きたいとも記されていた。

 読み終えたレオポルドは首を傾げる。ハルトマン中佐から報告を受け取った記憶がない。

 継承戦争の情勢について気になっていなかったわけではないが、帝都到着早々にレイクフューラー辺境伯から無理難題を押し付けられて多忙であったし、レンターケットから度々戦況は優勢であるという知らせを聞いていたので、中佐からの報告が途絶えていたことにあまり気を留めていなかったのだ。

 郵便事故というのは少なからずあるものだが、それにしても何通も手紙が届かないというのは考え難い。

 今回の手紙を持ってきたのはハルトマン中佐の下で働いているムールド人士官で、彼は手紙を肌着に縫い付けて持ち込んだという。

「レイクフューラー辺境伯領より西へは通行が厳しく制限されており、行商人や巡礼者のみならず、托鉢修道士まで足止めされておりました」

 そこで彼はフューラー地方から内陸部をそのまま街道を西へ進む道を諦め、まず南へ向かってレウォント方伯領を経由してアーウェンに行き、そこからグレハンダム山脈の大蛇の峠を通って帝国本土に戻るという大幅な遠回りを余儀なくされたという。

「郵便も止められているのか」

「いえ、郵便配達夫は咎められることなく、通過しておりました」

 帝国には国営の郵便制度があり、帝国本土には郵便配達網が張り巡らされ、郵便配達夫は全ての領地の城門や関所を自由に通過することができる。

 ハルトマン中佐も特に機密というわけでもない報告である為、郵便を利用していたらしいが、レオポルドの許には届いていない。

 しかし、それ以外の郵便は何事もなく届いており、郵便が遅れているとか届かないという話を聞いた覚えもない。

 何やら不穏な気配を感じながらレオポルドは使者を労い、褒賞として上等な馬を一頭与え、軍事評議会に彼を昇進させるよう指示することにした。


 数日後、レイクフューラー辺境伯から届いた手紙はレオポルドの頭の中にに渦巻く疑念をより濃いものにする内容だった。

 彼女はより多くの小麦を調達するよう依頼してきたのだ。

 継承戦争が終結したのならば、もう糧秣は必要ないはずである。何故、未だに大量の麦を買い集めるよう指示を出すのか。

 しかも、調達した麦は内陸部の街道を陸送するのではなく、アルヴィナからカルガーノ経由してラジアを経る海路で輸送して欲しいと輸送の方法まで指示してきた。

 馬車に比べると船には大量に荷物を積むことができるから海路を使えばより多くの荷を安価に運ぶことができるものの、大陸東岸のフューラー地方が目的地となると帝国南部をぐるりと回っていかねばならない為、かなりの時間を要す。

 しかも、麦を調達するのは帝都よりも東の平野部であるから、現地で調達し、そのまま東へ送った方が明らかに効率的である。わざわざ、港に送ってから船に乗せ、長い航海を経る必要はなく、これまでもこの経路で麦を送っていた。

 何故、金も手間も時間もかかる遠回りの海路に変えろというのか。

 手紙にはそれらの疑問に答える理由などは述べられていない。

 レオポルドはレイクフューラー辺境伯の配下でもあるレンターケットを呼び出して問い質そうかとも考えたが、いつも飄々として掴みどころのない彼に聞いても得るものはなさそうだと思い直して止めた。

 とりあえず、ハルトマン中佐には手紙を受け取り、貴重な報告が得られたことへの感謝と引き続き情報収集に努め、今後の報告は暗号を用いた密書で行うよう指示する手紙を書いて使者に渡した。

 その頃には東部から伝えられる情報が明らかに少ないということに多くの人々が気付き、東部から送られたはずの郵便が届いていないのではないかという疑惑が囁かれ始めた。

 郵政長官を務めるナルニム伯はフューラー地方の有力貴族で、父親はレイクフューラー辺境伯の祖父フューラー公ループレヒト一世の側近だったが、フューラー戦争直前に寝返ったという人物であった。

 そもそも、帝国の郵便制度を創設し、私財も投じてその拡充に尽力したのはフューラー公に他ならず、郵便局は公を密かに帝国郵便の父として敬っているとも云われ、その孫に近いとも言われていた。

 つまり、レイクフューラー辺境伯の指示によって郵便局が勝手に手紙を検閲し、彼女にとって都合の悪い手紙を取り除いているのではないかというのだ。

 疑惑を明らかにすべく帝国政府は郵政長官ナルニム伯を宮廷に呼び出したが、伯は出頭せず帝都から姿を消した。

 俄かに帝都では不穏な空気が漂い、物騒な噂が囁かれ、高官たちは頻繁に会合を重ねるようになった。

 レイクフューラー辺境伯に近いと見做されているレオポルドとしても彼女の思惑や意図が読み取れず不安と焦燥を感じていた。彼女の今後の動向によっては彼の立場にも大きな影響を及ぼしかねず、場合によっては極めて危険な立場に追い込まれる可能性もあり得る。

 落ち着かない心地でいたレオポルドが気を紛らわせようと大図書館に足を運ぶと再び例の老人と顔を合わせた。いつどや大図書館の中庭でレイクフューラー辺境伯の目的が神聖帝国と皇帝家への復讐にあるという警句を述べた老人だ。

「これはなんとも奇遇な。まるで待ち構えていたようですね」

 レオポルドが皮肉っぽく言い、傍らに控えたサライ中佐が怪しむような目を向けたが老人は穏やかな表情を崩さなかった。

「以前は名乗りもせず失礼いたしました。私はヘルマン・ライと申しまして、以前はクリストフ侯の外交顧問を務めておりました。今は隠居の身でございますが」

 クリストフ侯は異教の蛮族が支配する地アクセンブリナの西隣に領地を有する帝国北部の有力諸侯である。

 隠居したとは言っているが、老人の言動は侯の意向に沿ったものであることは明らかであろう。

 以前の言葉も合わせて考えれば、彼らの意図を推測することはそれほど難しくない。

 アクセンブリナは大陸北東部一帯のことを言うが、その領域は帝国東岸のフューラー地方にも接しており、フューラー地方での動乱はアクセンブリナにも影響を与えることは疑いなく、それは間もなくクリストフ侯領にも及ぶであろう。

 とにかく、侯は自領の不安定化させるような北伐やレイクフューラー辺境伯の不穏な動きには断固反対なのだろう。

 ライはレオポルドと接触することによってレイクフューラー辺境伯の動きを探り、あわよくばその行動に影響を及ぼそうとしているか、或いはレオポルドを離反させようと企んでいる可能性もあり得る。

「クリストフ侯はここ最近の東部における由々しき情勢を深く憂慮されております」

 ライの言葉にレオポルドは黙って頷く。

「レイクフューラー辺境伯は西部国境の城塞を改修し、兵や糧秣を集めている様子」

 国境の城塞を改修するということは相手方に敵対の意思を示す行動に他ならず、宣戦布告にも近しい行為と言える。事態は思った以上に切迫しているようだ。

 クリストフ侯領はアクセンブリナで隔てられてはいるが、東部にも距離が近く、その情勢をいち早く知ることができるのだろう。

 もっとも、これほどあからさまな行動であれば遠からず周知のものとなるに違いない。

「閣下はどのようなお考えでしょうか」

 帝国南部の有力諸侯にしてフューラー派と見られているレオポルドの行動は場合によっては戦況を大きく動かしかねない。レイクフューラー辺境伯に同調して南部で帝国に反旗を翻すのか。皇帝の命令に服従し、レイクフューラー辺境伯討伐に従軍するのか。その動向を確かめたいのだろう。

 レオポルドとしても帝国北部の有力諸侯であり、東部情勢にも通じたクリストフ侯と関係を持つことは有益であり、場合によっては連携して行動することも吝かではない。

「私はレイクフューラー辺境伯に大恩があります。しかしながら、私は陛下の忠実な僕でもあります。辺境伯の恩には報いたいが、陛下の命にも従わねばなりますまい」

 レオポルドは返答は全く答えになっていない答えと言えよう。ライと名乗る老人を信用することができず、こちらの意図を残らず話してしまう勇気がなかったというわけではない。率直にそれが今答えられる全てなのだ。

 何も今この瞬間にレイクフューラー辺境伯の恩に報いるか皇帝に忠義を尽くすか決めるか決める必要などない。決断は遅き失するのは避けねばならないが、勇み足もまた避けるべきである。

 ライは納得したようなしていないような顔で白い髭をつまむ。

「クリストフ侯はご苦労でしょうな」

「侯は事態の鎮静化に努められるおつもりですが、徒労に終わるかと。まず間違いなく陛下の軍に馳せ参じることとなりましょう」

 今度はレオポルドが尋ねるとライ老人は溜息交じりに言ってから続ける。

「もっとも、侯とてレイクフューラー辺境伯を憎んでおるわけではありませんから、血の流れない方策を探し続けるでしょう」

 クリストフ侯はとにかく戦を望まず、開戦避け難いとなっても早期に事が収まる方途を探したいという意向であるらしい。状況によっては皇帝とレイクフューラー辺境伯の和平の仲介を買って出るかもしれない。

「さて、色々と忙しくなりそうなので、私はこれで」

 レオポルドが腰を上げるとライも立ち上がって言った。

「何かございましたら、オーエンフォレン一世広場にある材木屋のランゲル商会をお尋ね下さい。私は今はそちらに身を寄せておるのです」

 ライ老人に見送られて大図書館を出たレオポルドはそのままウェンシュタイン邸に向かい、ライテンベルガー侍従長とサライ中佐を自室に呼んだ。

「全く困ったことになりましたな。これは只事では済みませんぞ」

 事の仔細を聞いた侍従長は顔を青くして額を押さえた。

「早々にサーザンエンドに情勢を知らせるべきでしょう」

 今にも卒倒しそうな侍従長の隣でサライ中佐が深刻そうな顔で言う。

 実際に戦に参陣するか否かはともかく、どのような状況になっても対応できるよう軍の動員を準備させ、必要な物資を整えさせるべきであろう。

「我々も早々にサーザンエンドへ帰国すべきかと」

 中佐の忠告は過剰な心配とも言えまい。このまま帝都に留まることは皇帝に命を預けているようなものだ。万が一にも皇帝がレオポルドの忠誠を疑い、拘束するよう指示でも出そうものならば、抵抗することもできず大人しく縛につくしかない。

 しかも、彼は既に皇帝を裏切るような行為に手を染めているのだ。帝国議会や臨時税の妨害工作、麦の大量調達によって麦価の高騰に手を貸したことなど。いずれも皇帝の耳に入れば、ご機嫌を損ねるような真似と言えよう。

「思うにレイクフューラー辺境伯の無理難題は臨時税による財政負担を避けたいというのは本当の目的ではなく、議会や臨時税の取り扱いで帝都を混乱させて東部情勢に目を向けさせないことと陛下と私の間を引き裂こうという企みだったのかもしれないな」

 そうだとしたら、それは大いに成功していると言えよう。帝国政府はこれまで東部情勢にはほとんど目を向けておらず、ようやく不穏な気配に気付いたばかりだ。レオポルドはといえば、皇帝の目の届かないところで悪巧みに手を染め、すっかりレイクフューラー辺境伯の一味と見做されている。しかも、その過程でレイクフューラー辺境伯に近しい貴族や商会の協力を得ているので、彼の悪事を露見させることなど辺境伯にとっては容易いことであろう。

「しかし、東部情勢が不安定化する状況において、帝都を離れればあらぬ懸念を招きかねぬぞ。謀反の疑いありとして追手がかかるやもしれぬ」

 侍従長の懸念は尤もである。

「では、夜陰に乗じて密かに」

「コソ泥が逃げるのとはわけが違うのだぞ。数十人もの人間がアルヴィナまで半月も隠れたまま歩いて行けるものか」

「となれば、正々堂々帰国願いを出すしかないか。いっそのこと、まだ東部の状況が詳しく知れていない今日にでも帰国を願うべきか」

「では、直ちに書記に帰国願いを書かせましょう」

 そう言って侍従長が部屋を出ようとしたところ、先に扉が開いてハルトマイヤー外務長官が飛び込んできた。

「閣下っ。大変なことが起きましたぞっ」

 汗まみれになったハルトマイヤー卿は額から滴る汗を拭いもせずレオポルドに掴みかからん勢いで叫ぶ。

「な、なんだというのだ」

「レイクフューラー辺境伯領を含む帝国東部フューラー地方が神聖帝国より独立し、国王には黒髪姫を戴き、カロン・フューラー連合王国を形成するというのですっ」

 その知らせにレオポルドたちは茫然とするばかりであった。

「もう宮中は上から下までその話で持ち切りで、早くも討伐軍を送り込んで懲罰すべきという声も多く聞こえました。また、これに乗じて異教徒や異民族が反乱を起こすのではという心配もされておりましたぞ」

「これは帰国願いを出せる状況ではありませんな……」

 興奮醒めぬハルトマイヤー卿の話を聞きながら侍従長が消沈した様子で呟く。

「あの女狐めっ……」

 レオポルドは苛立たし気に吐き捨てるように呻いた。

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