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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第二章 南都ハヴィナ
20/249

一九

 サーザンエンド辺境伯領の首都ハヴィナは南部最大の都市である。

 住人が少なく、都市も少ない南部にあって、ハヴィナは五万という帝国本土でも中堅都市並の人口を誇る。

 町の造りは帝国風と南部風が入り混じっていた。

 帝国の都市のように数多くの塔が備えられた高い城壁に囲まれていて、市街に足を踏み入れるには大小八つあるいずれかの門を通らなければならなかった。その内、東西南北にある四つの門が大きく、その先は幅三〇フィートの舗装された大通りになっている。

 大通りは市街を十字に区切り、いずれも中心部のコンラート一世広場に至る。円形の広場を囲むように聖マルコ教会、市参事会議事堂、高等法院などの建物が建ち並ぶ。

 広場周辺の市街中心部には官庁や貴族、上級聖職者、上級役人、士官などの屋敷や家が整然と並んでおり、そこの建物は薄茶色の煉瓦で作られていて、どこか異国情緒を感じさせるものの、基本的には帝国風の造りとなっている。

 広場よりもやや北にある小高い丘にはハヴィナ城と呼ばれるサーザンエンドを統治する辺境伯の宮殿が築かれ、城下を睥睨していた。

 市街中心部を除く部分は東西南北を貫く大通りによって大きく四つに区割りされている。

 北西の街区は帝国系の住民が多く、通りや家々は比較的きっちりと整理され、小さな教会がいくつかある。

 その東隣は職人街で、木製品や金属製品、革製品などの製造や修理を生業とする職人が多く住み、工房や作業所を構えている。その内、革職人の工房は街区でも南東寄りに集中していた。

 というのも、その南隣の街区の東側には肉屋が多く、そこで屠られた家畜の革がすぐ北の革職人の許へ届くようになっているのだ。この街区には肉屋の他、パン屋、魚屋、野菜屋など、食品を扱う商人が多く住んでいる。

 その西隣の街区には小さな市場や宿、風呂屋、食堂、飲み屋が点在していた。

 基本的に多くの建物は店舗と住居が併設されており、道路に面した一階が店舗や工房、作業場となっており、上階か裏手に住人が住んでいるということが多い。ほとんどの建物が賃貸であり、大家の多くは中心部に住む貴族や大商人である。

 どの街区でも大通り沿いには大きな商会の建物や屋敷が建ち並んでいるものの、一歩街路に入れば途端に街の雰囲気は一変してしまう。

 杓子定規にきっちり区切られた建物と道路の秩序だった都市計画はどこかへ吹き飛んでしまったかのように雑然とした猥雑な街並みが現れるのだ。曲がりくねった細い街路に統一性のない高さも大きさもバラバラな建物がひしめき合う。

 通りと建物の境もアヤフヤで、食べ物屋のテーブルや椅子は通りにまで置かれ、そこいらで客が飲み食いする合間を通行人が通り抜け、商人が店の商品を通りにまで棚を置いて売っていたり、職人が作った商品を通りに並べてそれを小僧が次の作業場に運んでいたり、通りを挟んで建物と建物の間に渡された紐に洗濯物が吊るされて、通行人の頭の上に水滴を落としていたりする。

 多くの道は基本的に狭く、所によっては向かいから来る人とすれ違うのがやっとというような箇所も少なくない。たまに開けた場所があると、そこには必ず井戸と共同の洗濯場があって、ご夫人方が姦しく世間話に花を咲かせながら洗濯や食器洗いなどの水仕事をしているのが常であった。

 レオポルドたちはその身をもって、ハヴィナの下町の複雑極まりない迷路のような街並みを理解することとなった。


 この日、彼らは予定よりも早い昼前にはハヴィナの北の城門を潜ることができた。

 辺境伯の宮廷があるハヴィナ城には南へと大通りを真っ直ぐ行けば辿りつけるが、さすがに旅装のまま宮廷に顔を出すことはできまい。

 まずは、しっかりと準備を整え、ハヴィナの現状について情報収集をする必要があり、宮廷に乗り込むのはその後となろう。

 そういうわけで、一行は兎にも角にも宿探しを始めることにした。

 ところが、長旅に疲弊し、一刻も早く清潔な宿に腰を落ち着け、旅の疲れを癒したい彼らを待ち受けていたのはハヴィナの複雑極まりない迷路のような城下町であった。

 彼らは延々と半日近くも歩き回った果てに、どうにかこうにか、安くて清潔そうな宿を見つけて部屋を借りることに成功した。

 レオポルドは部屋に入るなり、荷を放り出し、倒れ込むように部屋の真ん中で大の字になった。

「つ、疲れた……」

 息も絶え絶えに呟く彼の隣にフィオリアが無言で倒れ込む。彼女の方が体力の消耗は酷いようで、息は荒く、顔は土気色になり、薄い絨毯の上で、ほとんど茫然としていた。

 体力には自信がありそうなソフィーネも壁に背を預けて座り込んでいる。

「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに……」

 最も健脚で体力がありそうなキスカだけはまだマシなようだったが、すっかり意気消沈しており、今にも土下座しそうな勢いで謝罪の言葉を口にした。

 彼女は一行がこんなことになっているのは自分のせいであると責任を感じているらしい。

 レオポルドたちがハヴィナに入った頃は、やたらと快晴で暑いものの、全員の体力には十分な余力があり、予定よりも早い到着に気分も良く、足取りはしっかりとしていた。

 大変だったのはここからだ。

 長い長い旅の最後の長い旅が始まったのである。

 一行の中でサーザンエンドの土地勘があるのは唯一キスカのみであったが、彼女もハヴィナの市街に入ったのは初めてで、道案内は殆ど役に立たなかった。

 道すがら人に道を聞いては右へ左へと歩き続けるが、いつの間にか元の場所に戻っていたり、明らかに全く見当違いの場所に出てしまっていた。

 天気は快晴で、気温は大変高く、流れ出る汗を何度も拭った。何度も同じ場所を廻っているという徒労感に長い旅の疲れがどっと出て、一行は急速に疲労していき、やっとこさ、宿が集まる地区を見つけたときは四人の口から一斉に安堵の息が漏れた。

 そうして、そこから良い宿を探して、部屋を取って、階段を上って、部屋に入ったときには夕刻を過ぎていた。

 全員が疲労困憊で思わず倒れ込んだりしゃがみ込んだりしてしまうのも無理ない話であろう。

「いや、いいんだ。うん、これくらいは、な」

 キスカの謝罪にレオポルドは床の上に大の字になったまま、身動きもせずに弱々しい調子で言った。


 レオポルドとフィオリアの貴族育ちの二人の疲労は回復せず、その日は夕飯も食べずにそのまま寝入ってしまった。

 翌朝になるとレオポルドとフィオリアは朝から旺盛な食欲を発揮していた。

 仔羊の腸とトマト、香辛料の炒め物、あっさりとした味の鳥の煮込み、酸味のある豆のトマトスープ、ヨーグルトには刻んだ胡瓜が入っていた。パンはしっかりとした歯ごたえで食べごたえがある。朝食にしてはかなりボリュームのあるメニューだったが、二人は無言で食べていく。

 昨日の食事が軽い朝食と街中を彷徨っていたときに屋台で買って立ち食いしたパンだけだったから空腹なのだろう。

 やたらと朝からがっつく二人をキスカとソフィーネは冷静に眺めていた。昨日、夕飯を食べずに寝た二人と違い、この二人はきちんと夕飯を食べることができたのだ。

 この二人だけの食事の席ではどのような会話がなされたのか、或いは何も会話がなかったのかとレオポルドは少し気になった。

「それで、これからの予定は」

 クロス家の姉弟の食事がひとまず済んだところで、ソフィーネが口を開く。

「まずは今の辺境伯の宮廷の様子が知りたいな」

 レオポルドがパンをトマトスープに浸しながら答える。

 レオポルドの現在のところの最終目標はサーザンエンド辺境伯になることであるが、その為には少なくとも宮廷の支持をとりつけることが必要になる。

 辺境伯は皇帝により任命される帝国の役職ではあるが、その全てを皇帝の自由にできるわけではない。

 諸侯の位は血統により継承されるものと絶対的な慣習として定まっており、これは皇帝といえども無視できない。何故ならばその慣例によって皇帝位も一つの家で代々継承できているからである。この慣習を破れば皇帝位をも別の家に取って代わられる名分を与えることになる。一つの家から諸侯の位を奪うには血統が断絶したとか、皇帝に対して反乱を起こしたとか、そういった大義名分が必要になる。

 この為、諸侯の位は血統によって代々継承され、原則的には嫡子が相続するものであり、嫡子がいない場合は諸侯本人やその宮廷が後継者を選択するのである。皇帝はそれを承認するだけだ。

 サーザンエンド辺境伯の場合、既に空位の状態にあり、前任者は後継者を定めないまま亡くなってしまっている。

 となれば、宮廷の家臣たちがフェルゲンハイム家の血統を受け継ぐ適当な者を推挙し、これを皇帝が認めるという流れになるだろう。

 故にレオポルドがサーザンエンド辺境伯位を得ようとするには、なんとしても辺境伯宮廷の支持を得る必要があった。地元の辺境伯宮廷が支持する相手ならば皇帝も辺境伯位の継承を認めるだろう。

 宮廷の支持を得るには、まずは宮廷の様子を知らなければならない。一行の中で最もサーザンエンドの情勢に精通しているのはキスカだったが、異民族である彼女は帝国人貴族たちによって占められる宮廷の内部の事情については全くの無知であった。

 とりあえず、キスカがなんとなく見聞きしていたことがある情報とレオポルドが今まであちこちの教会などで得た情報。ソフィーネが修道院の中で聞いた話とフィオリアがレイクフューラー辺境伯邸で働いていたときに聞きかじった話なんかを突き合わせてみた。

 以前から聞いていたことであるが、昨年に第一一代サーザンエンド辺境伯コンラート三世は没し、辺境伯位を継承できる血統であるフェルゲンハイム家の直系は絶えてしまった。

 フェルゲンハイム家の一族で存命なのは第九代辺境伯ヴィルヘルム二世が帝都に訪れた際に出会ったカロンという東方の島国生まれの少女との間に生まれた非嫡出子で御年六十歳を超えるロバート老とその子孫だけであった。

 ロバート老の母は正式な辺境伯の妻ではない為、一夫一妻制である西方大陸では正式な子として認められない立場にあり、辺境伯位の継承権をも持っていない。

 その為、このままではフェルゲンハイム家は断絶。サーザンエンド辺境伯位はその上位である皇帝に返還されることになる。

 とはいえ、帝国政府は扱いが厄介な南部に深く踏み入るのを嫌い、なんとかサーザンエンド辺境伯を存続させようと考えた。そこで帝国政府はロバート老を臨時の辺境伯代理に任じ、相続適格者を確保するように命じた。ここまでは以前聞いたとおり。

 今の宮廷ではそのロバート老がトップであり、後継者を選択し、皇帝に推挙する権限を有している。

 ただ、彼は数月前から病で倒れているという話だった。今もどうにか生き長らえてはいるようだが、後継問題を主導できるかは怪しい。

 聞いたところによれば、ロバート老が病床に臥せっている中、宮廷を取り仕切っているのは侍従長レッケンバルム卿という人物であるらしい。

 また、宮廷の金庫は財務長官のボスマンという人物が握っており、辺境伯軍は司令官の地位にあるジルドレッド卿の支配下にあるという。

 つまり、今の宮廷ではこの三者が実力者ということらしく、この三人の支持を取り付ければレオポルドが辺境伯になれる可能性は非常に高くなるだろう。

 とはいえ、これらの情報は噂や人づてに聞いた話ばかりで、詳細は分からず正確性にも欠けている。

「もっと詳細で確かな情報が必要だな」

 レオポルドの言葉に全員が同意した。

「じゃあ、どこで情報収集するの」

「いいところがある」

 フィオリアの問いにレオポルド即答した。

「まぁ、毎度のところなんだがな」

 レオポルドの言葉を聞いて、三人はそれがどこかすぐに見当がついたようだ。いずれも微妙な顔をして黙り込んだ。

『ハヴィナ』

 サーザンエンド平原のほぼ中央に位置する帝国南部有数の都市。

 起伏の少ないサーザンエンド平原のやや窪んだ地に築かれ、古くから地下水に恵まれていることから太古から人が住んでいる。

 都市としては古代ミロデニア帝国の植民都市を起源とし、以来千年以上に渡ってサーザンエンド地方の中心的な都市の地位を保ち、サーザンエンド辺境伯領が形成され、辺境伯の宮廷が置かれてからは政治の中心地となり、「南都」と称される。

 人口は五万を超え、半数以上が帝国人。残りの多くはテイバリ人で構成されている。

 市街は東西南北に伸びる大通りによって十字に区分けされており、四本の大通りは市街の中心部にあるコンラート一世広場に通じている。

 広場の周囲には聖マルコ教会、市参事会議事堂、高等法院といった主要な建物が集中し、それを取り囲むようにハヴィナ貴族と呼ばれる辺境伯の廷臣たちや上級聖職者、大商人の邸宅が並ぶ。

 大通りによって区分けされた北東部は帝国人の住宅街、北西部は職人街、南西部は食料品を扱う商人たちの居住地、南東部は市場や宿、飲食店が多い。

 市街のやや北側にある小高い丘には辺境伯の宮廷があるハヴィナ城が築かれている。

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