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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第一三章 内憂の年
198/249

一九二

 神聖帝国の統治下にある帝国諸侯は皇帝によってその領土を安堵され、徴税権、裁判権など数々の特権を認められている。その代わりとして、諸侯は皇帝に忠誠を誓い、皇帝の命令に服し、皇帝と帝国を防衛する義務を有す。

 また、皇帝の要請に従い、帝国の軍事行動に協力する義務を負う。帝国軍の領内の通過、資金、物資の供給などから、援軍として軍勢を動員することを求められることもあるが、これは予め動員する兵員や期日が決まっている。

 この他、諸侯には帝国を防衛する為の帝国軍を維持する諸費用として帝国税を納める義務も課されていた。

 もっとも、これは正確には全ての帝国国民に課される税を諸侯が代行して徴税し、帝国政府に納入するというものである。それ以外にも臨時に税を課すこともあった。

 しかしながら、財政難に悩まされる多くの諸侯は本来は帝国政府に納入されるはずの帝国税を代行して徴税する手数料を取るようになり、終いには帝国政府の監督や監査が行き届かないことを良いことに税額を誤魔化したり、納入を怠ったりするようになり、帝国の国庫に納入される帝国税は本来の金額の半分以下といった有様と化していた。

 とはいえ、彼らは徴税を怠っているわけではなく、帝国国民からは帝国税をきっちりと搾り取り、それを自らの懐に納めて帝国に上納することを怠っているのだ。

 もう何年何十年も帝国税を一セリンたりとも納入していない帝国諸侯も少なくなく、特に辺境を治める諸侯は帝国本土からの目が届かないことを良いことに帝国税を未納している者が多かった。

 多分に漏れずサーザンエンド辺境伯も同様で、長年に渡って慢性的な赤字財政が続き、巨額の債務を抱え込んでいた辺境伯に帝国税を納入する余裕などあるはずもなく、納税の義務を果たしていたのは極めて短い期間だけであった。それはレオポルドが辺境伯位を継承した後も全く変わっていない。

 皇帝もただ手を拱いていたわけではなく、幾度も諸侯に向けて帝国税を正しく納入するよう督促を発布していたが、素直に応じる諸侯は少なく、彼是と理由を付けて帝国税の延滞や未納を続けていた。帝国政府の重臣や派遣されてきた監察官に賄賂を支払って帝国税を免れるという行為も横行しており、大蔵大臣は帝国税の未納を見逃す賄賂だけで屋敷を建てられると云われる程である。

 とはいえ、そんなことをしていては帝国財政は破綻してしまう。帝国の財政を支えているのは帝都をはじめとする皇帝直轄領からの税収、帝国諸侯や帝国自由都市からの帝国税、それでも足りない場合は国債が発行されたが、これはもう何年も毎年発行されており、帝国が抱える債務は膨張を続けている。

 そこで何年も何十年も満足に納入されない帝国税に業を煮やした皇帝は臨時税を徴収して未納となっている帝国税の穴埋めを図った。当初は皇帝の即位や婚礼、皇子の誕生、崩御、異教徒の討伐などを理由として臨時税を課していたが、次第に大した理由もなく臨時税が課すようになっていった。

 帝国国民に課され、諸侯が徴税を代行している帝国税とは異なり、臨時税は皇帝が諸侯に直接課す税であり、帝国や皇帝への忠誠を示す献納に近しい税でもある。その為、帝国税と比べこれを免れることは格段に難しく、帝国諸侯も支払いに応じざるを得ないのだが、あまりに乱発されては堪ったものではない。

 そこで帝国諸侯は正当な理由なき臨時税には応じる義務はないと主張するようになった。本来は皇帝への忠誠を示す為、自発的に行われるべき性質のものであり、正当な理由なき課税は慣習に反し、諸侯の特権を侵すものであるというのだ。

 そういうわけで、慣習にない臨時税を課す場合には帝国諸侯らが出席する帝国議会の承認を要することとなっていた。

 かように帝国では自らの権力を強めようとする皇帝とこれを阻み、己の特権を守ろうとする諸侯の両者が様々な場面や領域でせめぎ合いを続けており、帝国議会はこれを仲介、調整する妥協の機関とも言えよう。

 この帝国議会には、多くの帝国貴族と聖職者、帝国自由都市が出席する権利を有していたが、慣例として実際に出席するのは皇帝から召集令状を送達された者に限られていた。召集令状が送達される者は皇帝が指名することとなっていたが、実際には帝国を十二に分割した管区ごとに定数が決められ、管区内の有権者たちによって互選される習わしであった。

 この互選される議員とは別に、公、侯、方伯、辺境伯といった有力諸侯には召集令状が送られ、常に帝国議会に出席する特権を有す。

 その中にはサーザンエンド辺境伯も含まれている。

 皇帝から派遣された勅使より召集令状を受け取ったサーザンエンド辺境伯レオポルドは早速、帝国議会が開催される帝都へ上洛する為の旅支度を始め、その月の終わり頃にはハヴィナを発った。

 というのも、実際に令状を受理する以前に帝都駐在の家臣や親類、知人から帝国議会が召集されるらしいという知らせは聞いており、旅の準備は進めていたのである。

 刺されてから既に二月近くが経ち、傷の具合も長旅に耐えられる程に回復していた。

 また、ムールド南部や南岸ハルガニ地方にはきな臭い気配が漂っていたものの、サーザンエンド周辺に目立った紛争の危機は見られず、自身がサーザンエンドを離れても大きな支障はないと考えられた。万が一、反抗的なムールド人やハルガニ人が叛乱を起こしたとしても、これまでの幾度かと同じように現地に駐在する部隊で鎮圧可能であろう。

 レオポルドに随行するのは侍従長のライテンベルガー卿、ハルトマイヤー外務長官、辺境伯官房長のレンターケット、警護責任者である近衛騎兵連隊長のファイマン大佐、軍事評議会付という無役ながら辺境伯の秘書的な役割を務めるサライ中佐といった面々であった。その他、帝都の大図書館へ行くことを切望していたシルヴィカやまたもやレオポルドの護衛役として動員されたソフィーネが加わっていた。

 妊娠中のキスカは勿論のこと、リーゼロッテとアイラもハヴィナに残ることとなった。リーゼロッテは今年の初めに嫡男ヴィルヘルムを産んだばかりであり、アイラの娘で今年二歳になるソフィアは体調が思わしくない。サーザンエンドのような辺境に限らず帝都であろうと王侯貴族の子女であろうとも幼少の頃に命を落としてしまう子は少なくなく、ちょっとした病や怪我でこの世を去ってしまうこともあり、ある程度まで成長するまでは目を離すことができないのだ。

 女官長やフィオリアも夫人たちや子供たちの世話の為にハヴィナに残ったので、帝都へ向かうレオポルドの周りにいる女性はシルヴィカとソフィーネだけであった。

 レオポルドや侍従長や外務長官らが分乗した五台の馬車は近衛騎兵一個中隊の他、サーザンエンド・フュージリア連隊の二個歩兵中隊に護衛され、その他一〇〇人以上の役人や使用人、人夫が一〇台の大型馬車に分乗している。

 更に一団は荷物を背中に積んだ一〇〇頭もの駱駝や荷を満載した二〇台の荷馬車を伴っていた。積まれているのは一行の旅の間の食料や水、天幕などの物資だけでなく、ムールド特産の絨毯や翡翠の宝飾品、更に南洋貿易で得た南洋の部族の装飾品や仮面、珍しい像、砂糖や香辛料といった品々である。

 これは皇帝をはじめとする帝国政府高官への献上品であるだけでなく、ムールドや南洋貿易への投資を呼び込む為、帝都の貴族や商人たちに見せる見本の品でもある。ムールドの産品や南洋諸島から買い入れることができる商品を実際に見せて関心を誘い、利益の出る投資だと説得しようというのだ。わざわざ帝都まで行くのだから帝国議会に出席するだけでは勿体ないというものである。

 ハヴィナから帝都へ向かうには、まず、半月程かけて帝国南部東岸イスカンリア地方の港町カルガーノに至り、そこからは帝都の南に位置する港湾都市アルヴィナまで数日の船旅となる。

 以前、帝都へ向かった時は船を手に入れるのに難儀したものだが、今回はサーザンエンド海軍で唯一残されている大型の軍艦であるフリゲートを使う他、先月、二回目の南洋貿易からラジアに帰港していた南洋貿易会社の商船二隻を使うこととし、事前にラジアからカルガーノへ回航させていた。

 その第二次南洋貿易の結果だが、商船団が持ち帰ってきた積荷は一回目と比べて少なく、利益は前回の半分程であった。

 これは南洋貿易の新しい参入者に危機感を抱いた東岸や東方大陸、西方諸国の商人たちが商品の販売元である南洋諸島の諸王国や諸部族に圧力をかけた結果、レオポルドの南洋貿易会社は取引相手を探すのに苦労した上、取引に応じた相手からは足元を見られて輸出品を安く買い叩かれ、輸入品は高く買わされた為であった。

 既に南洋諸島には多くの諸国や商業組合、商会が商圏を築いており、そこに割って入るのは思ったよりも困難であるとレオポルドは思い知らされた。

 とはいえ、それで黙って足を洗うのではこれまでの投資が水の泡である。

 経済力や海軍力に劣るサーザンエンド単独で海外の強敵たちに力で立ち向かうのは現実的ではない。となれば、強力な支援者を得るより他ない。

 当初、レオポルドとしては帝国でも随一の富裕な諸侯で、自身のこれまでの後援者であるレイクフューラー辺境伯を期待しており、実際にフューラー商人からの投資もあって反応は悪くなかったのだが、近年になって辺境伯は銀猫王国の継承戦争に介入しており、サーザンエンドや南洋貿易に構う余裕がなくなっていた。

 となれば、新たに別の支援者を探すより他ないだろう。有力な帝国諸侯や大商人から援助や投資が得られれば商船団を拡充し、敵対者から交易路を守る為に海軍を強化することもできるだろう。

 或いは皇帝の勅許が得られれば帝国の後ろ盾を背景として敵対者を威圧することができるかもしれないが、これは望み薄と言うべきであろう。

 というのも、今回、レオポルドが帝都へ行くのは帝国議会が召集された為である。

 帝国議会において皇帝が諸侯に臨時税を求めてくることは確実で、これを歓迎できる諸侯は一人としていないに違いない。それはレオポルドも同様で、意見を求められれば臨時税に反対せざるを得ないだろう。未だに巨額の債務を抱える彼に臨時税を負担する余裕などあるはずもない。

 皇帝の課す臨時税に反対を唱えておきながら、皇帝に自身の事業への投資や勅許を求めるような厚顔無恥な行いなどできるだろうか。求めたとして皇帝が首を縦に振ってくれるとも思えない。

 移動中ずっとガタガタと激しく揺れる馬車の中でレオポルドはどうしたものかと彼是思い悩むのであった。

 ついでに尻の痛みを感じながら道路をもっと平坦に整備するよう指示を出そうと心に決めた。

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