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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第二章 南都ハヴィナ
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一七

 宿の主人から通報を受けたコレステルケの役人はレオポルドたちを事情聴取した後、今回の事件を早々と単なる強盗未遂と判断した。

 コレステルケは帝国人の町であり、その支配階級も帝国人である。同じ帝国人で、かつ貴族であるレオポルドを被害者とし、ムールド人どもを強盗犯として断じるのは自然なことであった。ソフィーネの行為も多少過剰ではあるが自己防衛として処理された。

 唯一の生き残りである右手をなくしたムールド人は役人が引っ張っていき、その隙にレオポルドたちは逃げるようにコレステルケを後にした。役人の事情聴取やら裁判の手続きやらに付き合っていてはいつまでかかるか分からない。厄介なことになる前に姿を消してしまおうというわけだ。

 コレステルケの役人たちもその辺りはかなりてきとうで、レオポルドたちを放置して自由行動を許し、彼らが町を出るのを見逃した。

「まんまと逃げておいてなんだけど、なんかいい加減ね。強盗事件の被害者を放置しとくなんて」

 町を出て南へ歩きながらフィオリアが呟いた。

「まぁ、被害者が逃げるなんて思ってないんだろう。普通は逃げる意味がないしな。それに連中としても、こんなのはただの強盗事件で、あとは生き残りの一人を吊るせば全部終わりといったところだろう」

 何人も死んだ事件とはいえ、役人たちにとってはよくある日常業務の一つでしかない。南部は非常に治安が悪く、強盗や殺人なんて事件は日常茶飯事で役人たちはただただ機械的に片っ端から犯人或いは犯人と思しき者(大抵は市外から来た余所者や異教徒、異民族)を捕まえては、拷問にかけて自白させて吊るしているのだろう。捜査や裁判なんてのは形式だけなのかもしれない。

「それにしても、今朝は驚いたわー。起きたら、廊下が血の海なんだもん」

「俺はあんな事件があってもぐうすか寝ていたフィオに吃驚だ」

 レオポルドの言葉に普段は反応の薄いキスカとソフィーネも頷いた。

 フィオリアは罰の悪そうな顔をして押し黙るがすぐに口を開く。

「そういえば、レオの考えでは、あたしらのことはもうガナトス男爵に知られているんでしょ」

「おそらくな」

 剣の修道院でのソフィーネと帝国の実力者白亜公の子息ウィッカードルク伯が対決した、というよりもソフィーネが彼をぶちのめした一件で、意識を取り戻した伯がソフィーネの行方を捜して、騒ぎ出している可能性は極めて高い。

 当然、その話はアーウェン人諸侯たちの耳に入っているだろう。

 となれば、そこから同族のアーウェン人領主であるサーザンエンド北部の有力者ガナトス男爵に情報が伝わるのは至極当然というものであろう。アーウェン人に雇われた襲撃犯が襲ってきたことが何よりの証左である。

 つまり、ガナトス男爵にレオポルドたちがサーザンエンドに入っているという知らせが入っていて、男爵はレオポルドを亡き者にしようと考え、襲撃を指示したことは、まず間違いない。

「そういうわけで、ここから先は急ぐ旅になる」

「そんなこといっても、どうするのさ。ハヴィナまで走って行くっていうの」

 徒歩で旅をする彼らには歩く以外に移動する手段がない。急ぐからといって走るわけにはいかないのだ。脚を痛めて体力を消耗してぐったりするのがオチだ。着実に自身の体力に見合った速さで歩いていくのが最も効率的なのは言うまでもない。

「いや、歩いていく。が、休息と休養を少なくして、多少無理をしても朝早くから夕方ぎりぎりまで歩くことにする」

 夜道を歩くのは非常に危険である。周囲や足元が暗く、危機を察知し難く、道から外れてしまう可能性もある。見知らぬ土地で道から外れ、迷子になることは遭難を意味し、最悪の場合、野垂れ死ぬこともある。また、夜になれば野盗などの良からぬ者や獣などが跋扈する時間である。そんな時間に外をうろつき回るのは賢明な行為ではあるまい。

 レオポルドも夕暮れの後まで無理に旅しようとは考えていない。故に日が暮れるギリギリまで移動を続け、一日でも早く目的地であるサーザンエンド辺境伯領の首都ハヴィナに辿り着こうという考えらしい。

 彼の提案に皆は同意し、一行は無理をしない程度に南下を急ぐ。

 きちんと整備されているとは言い難い街道はヴィデル川に沿って、やや西寄りの南へと伸びている。コレステルケからハヴィナへはこの街道を南下していく。徒歩で行けば一週間くらいの道程である。急げば半日か一日くらいは短縮できるとレオポルドは目論んでいた。

 街道は上手い具合にガナトス男爵の領地であるサーザンエンド北東部を避け、彼と対立する帝国系領主ドルベルン男爵やその影響下にある領主たちの領地を通っている。街道がガナトス男爵領を避けるように作られているのは、おそらくはこの街道を建設した何代か前のサーザンエンド辺境伯がガナトス男爵家を信頼していなかったからかもしれない。

 これならば、ガナトス男爵も手を出せまいと、レオポルドは少しばかり安心していた。


 シュバルの町に着いたのはコレステルケを出て二日目の夕方のことだった。

 シュバルは街道の途上にある比較的大きな町で周囲はぐるりと城壁に囲まれている。

 周辺には麦畑が広がり、野菜や果実の畑、牛や豚が飼われている放牧地も見られた。川には水車を備えた粉挽き所がある。

 町の中心部には広場があり、教会がある。コレステルケ同様に典型的な帝国風の町だ。

 一行の中で唯一サーザンエンドの情勢に通じているキスカ曰く、この町を領有しているのはパウロス卿という帝国系の領主だという。サーザンエンドでは中堅の貴族であるそうだ。今回の騒乱ではあまり目立った動きを見せていないが、どちらかといえば同じ帝国系のドルベルン男爵の静観姿勢に同調しているらしい。

 帝国系領主ならばレオポルドの存在に気付いても厚遇こそすれ、捕えたり、害したりするようなことはないだろうとレオポルドは考えていた。最悪でも厄介だからさっさとどこかへ行けと追い出されくらいのものだろう。

 それ故にレオポルドはある程度安心していた。

 しかし、その安心は脆くも崩れ去る。

 いつものように安くて清潔でそこそこの広さの部屋がある宿を見つけ、部屋に荷物を置いてから宿に併設されている食堂で薄い麦粥と脂っぽく硬く味付けが塩のみの牛肉という夕食を食べているときだった。

 不意に宿の入り口辺りが騒がしくなり、不味い夕食に閉口していた四人が顔を向けると武装した数人の兵士が食堂に乗り込んで来たところだった。

 緑色の軍服を着込んだ兵士たちは鉄兜を被り、胸甲を身に付け、腰にサーベルを提げている。

 兵士の一団の先頭に立つのは、つばの片側を折り上げ、白い羽飾りを付けた濃灰色の帽子を被り、白いシャツと緑の上着を羽織り、白いズボンに乗馬ブーツを履き、立派な口髭を蓄えた士官である。

 一団はレオポルドたちの傍へと真っ直ぐやって来て、士官が一歩前に出た。

 士官は帽子を手に取り、優雅に一礼してからレオポルドを見つめて口を開く。

「レオポルド・フェルゲンハイム・クロス卿とお見受け致しますが、間違いありませんな」

「如何にも」

 ここで否定しても何の意味もないと感じたレオポルドは素直に応じた。真っ直ぐこちらまで来てフルネームを言われては完全にこちらの身許が知れているのは間違いない。

「おそれながら、我が主君ヨーゼフ・ルドルフ・パウロスが是非とも貴殿と面会したいとのことで、お迎えに参上致しました。外に馬車と護衛の者がおりますので御同行頂けますようお願い致します」

 士官の言葉は丁寧ではあるが、要するに大人しく付いて来い。と、そういうわけだ。その上、ご丁寧に外にも兵士はいるから多勢に無勢である。無駄な抵抗はしないようにと暗に言っている。

 パウロス卿がどのような思惑でレオポルドを呼びつけたのか。今のところ確実なことはわからないが、同行を拒否するのは賢明ではあるまい。大人しく引き下がるのであれば、最初から何人もの武装した兵士を送ってきたりはしないというものだ。

「よかろう。ただ、パウロス卿にお会いするのに旅装では失礼だ。正装に着替えるのに些かばかり時間が欲しい」

 とりあえずは相手の要求を受け入れてから、こちらの都合を話してみたところ、士官はあっさりと着替えの時間を許した。

 着替えの為ということで、レオポルドたちは二階の自分たちが借りた部屋に入った。パウロス卿の兵士は部屋まで付いてこなかった。宿の階段は一つしかなく、窓から外に飛び降りたとしても宿の外にも兵士がいるのだから、逃げられたとしても容易に捕まえられる自信があるのだろう。

「ねえ。逃げた方がいいんじゃないの」

「まぁ、わざわざ、こんな物騒なお呼び出しをするくらいだからな。きな臭い感じではある」

 部屋に入るなり不安そうな声で言ったフィオリアにレオポルドは冷静に答えた。

「おそらく、パウロス卿はガナトス男爵と通じていて、領内を俺が通行したときは捕えて引き渡せとでも言われているんだろう。その代わり、パウロス卿の領地には手を出さないとかサーザンエンド辺境伯に就任した際に厚遇するとか、そういう約束でもあるんだろうな」

「じゃあ、絶対逃げなきゃダメじゃないっ。言われたとおり、ほいほい付いて行っちゃダメじゃんっ」

 レオポルドの冷静な分析にフィオリアが怒鳴り出す。キンキン声で叫ばれて、彼は渋い顔で耳を抑えた。

「大きな声を出すと下に聞かれます」

 キスカが無感情に呟き、フィオリアは気まずそうに黙り込む。

「確かに状況は悪い。が、パウロス卿が完全にガナトス男爵に付いているとは限らん」

「それってどういうこと」

 ガナトス男爵と何らかの約束があって、宿にまで兵を差し向け、出頭を求めているのだから、それはもうガナトス男爵の側に付いていると見て間違いないのではないか。とフィオリアは思っていた。他の二名も同じ考えを持っているようで、レオポルドの言葉に首を傾げる。

「もし、パウロス卿が完全にガナトス男爵派で、俺をひっ捕らえて男爵に引き渡すと腹を括っているんなら、わざわざこんなご丁寧なお迎えはしないだろう。問答無用で縛り上げて引き摺って行くはずだ」

 パウロス卿の兵士は武装して大人数で来てはいるが、無理矢理にでも引っ張っていこうという気配はなかった。実質的には同行しなければ許されない状況ではあるが、形の上では同行してくれるように「お願い」をしている。最初から捕えて引き渡すつもりならば、その相手に礼儀を尽くすにしても、ここまで丁寧なことにレオポルドは違和感を覚えていた。

「たぶん、パウロス卿は迷っているんだろう。帝国人であるパウロス卿が異民族で異端のガナトス男爵に寝返るような形で、俺を差し出せばサーザンエンドの帝国派はどう思うか。それに帝国政府、それから教会」

 パウロス卿はガナトス男爵に通じかけてはいるが、まだ完全に向こう側に寝返るところまでは決断し切れていないというのがレオポルドの推察だった。

 その為、レオポルドを無理矢理にではなく、形の上では同行をお願いする形で呼び出して会ってみて、それからどう決断するか考えるのではないかとレオポルドは考えていた。レオポルドたちがシュバルに滞在するのは一晩しかない為、この機を逃せば二度はないからだ。領内の素通りを許すということはガナトス男爵に付かないという意思表示になりかねない。

 とりあえず、呼び出して手許に置いておいて、ガナトス男爵に付くならば、そのまま引き渡せばいいし、帝国派に留まるならば、お土産でも持たせて解放すればいい。とでも考えたのだろう。

「まぁ、全部。俺の推察なんだが、どちらにせよ、会って話をしてみんとなんとも言えん。そもそも、逃げようにも逃げられないしな」

 そう言って窓の外を見ると宿の前には士官が言ったとおり、馬車が一台ある他、十数人もの武装した兵士が屯していた。パイク(長槍)が並び、マスケット銃を担いだ兵士の姿もある。それに加え、士官と旗手の他、騎兵が四騎。いくらソフィーネが剣の達人でキスカも優れた兵士であっても相手にして太刀打ちできる人数ではない。逃げたとしてもマスケット銃の射程から逃れるのは容易ではなく、騎兵から逃げ延びるのは極めて難しい。

「ここは大人しく連中に従っておいた方が賢明というものだろう」

 レオポルドの言葉にキスカは黙って頷き、フィオリアも渋々と同意した。ソフィーネは興味なさそうであった。

 数分後、一張羅の正装に身を包んだレオポルドは馬車に乗り込み、他の三人は宿で待機することにした。

 十数人の兵士によって厳重に警護というよりは護送されたレオポルドの乗る馬車は町の郊外にあるパウロス卿の館へ向かい、残された三人はそれぞれの表情でその行列を見送った。

『シュバル』

 ハヴィナとコレステルケを繋ぐ街道の途上にある宿場町。

 ヴィデル川が近くにある為、郊外には畑が広がり、街道の途上にあって旅人の多くが休息を求める地に位置し、市内には数多くの宿が軒を連ねている。ヴィデル川を利用した水運による交易も盛んで、南部では比較的富裕な町である。

 サーザンエンド貴族の一家であるパウロス家の統治下にあるが、代々のパウロス卿は町の統治に対する干渉を控え、市民による自治を尊重している。

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