一六三
「直ちに援軍を送るべきであるっ」
オットー・ケッセンシュタイン将軍は例の如く顔面を朱に染め上げ、口角泡を飛ばしながら喚いた。
上座に着いた将軍の他、この場には軍事評議会に席を有するサーザンエンド軍の高官たちが顔を揃え、戦火の迫るサーザンエンド情勢の現状把握と今後の方針について話し合っていた。
「アーウェン軍の主力が来援する前にガナトス男爵領全土を制圧すべきであろうっ。その為にはジルドレッド軍五〇〇〇では数が足りぬ。少なくとも五〇〇〇以上の援軍を派遣すべきだっ。我輩自ら援軍を率いて前線へと赴き、アーウェン人どもを追い散らしてくれんっ」
テーブルに老将軍の岩のような拳が打ち付けられ、宮廷軍事顧問官のバレッドール将軍と侍従武官長のレッケンバルム准将は顔を見合わす。二人はレオポルドの軍事顧問であり、廷臣であると同時に軍事評議会の委員にも名を連ねているのだ。
「御大はまだまだ現役のつもりらしい」
バレッドール将軍が囁くとレッケンバルム准将は苦々しげに頷いた。
「聞こえておるぞっ。アルバートっ」
ケッセンシュタイン将軍に怒鳴りつけられ、バレッドール将軍は気まずそうに閉口する。
「お前が軍隊に入った時の連隊長が誰だったか忘れたかっ。その我輩を老人扱いするなど、無礼千万であるっ」
バレッドール将軍の軍歴は三〇年近く前に第一サーザンエンド歩兵連隊の士官候補生として入隊した時から始まった。その当時の連隊長がケッセンシュタインだったのである。
その為、バレッドール将軍はどうにもケッセンシュタイン将軍には頭が上がらないのであった。
「お前はいつからそんなに偉くなったのだっ。お前が食糧庫から芋をちょろまかしたのを見逃してやったのは誰だと思っているっ」
「なっ。将軍っ。そんな昔のことをっ」
バレッドール将軍は思わず席を立って叫ぶ。
「辺境伯閣下の側近に取り立てられて偉くなったつもりかもしれんが、先任曹長に鞭打たれそうになっていたお前のケツを救ってやったのは誰か忘れるなよっ」
「将軍っ。止めて下さいっ」
老将軍と辺境伯の側近の下らない言い合いを軍事評議会の面々は呆れ顔で見守っていたが、暫くしてルゲイラ兵站総監が声を上げた。
「将軍。昔話に花を咲かせるのも宜しいですが、議論すべき問題がございます」
軍事評議会はサーザンエンド辺境伯領の軍事に係る施策や諸問題の諮問に与り、軍の総司令官たる辺境伯に適切な勧告や助言を行い、辺境伯の指示の下、軍令や軍法、規則を定め、部隊を編成して教育し、前線の指揮官に総司令官の命令や指示を伝達する会議体である。将軍たちの懇親を深める場ではない。
「む。確かに、その通りだ。ジルドレッドに援軍を送る話だったな」
「いや、まだ援軍を送ると決したわけでは……」
「なにぃっ。では、ジルドレッドを見殺しにする気かっ」
バレッドール将軍がケッセンシュタイン将軍の勇み足を窘めると、短気な老将は再び激昂した。
「そうではありませんが、より詳細かつ慎重に議論すべきです」
慎重な防御論者らしい発言である。
「とはいえ、ガナトス男爵との関係が決定的に断裂してしまった現状においては、取り得る選択肢は限られおります」
そう言ったのはフィリップ・ラ・コーヌ准将であった。ゆで卵のようなつるりとした禿頭の丸顔を持つ小太りの中年である。祖父は西方の強国リトラント王国出身の傭兵隊長で、当時のサーザンエンド辺境伯に取り立てられたという出自を持つ。准将も祖父や父と同じく軍人の道を歩み、辺境伯軍ではいくつかの連隊を指揮した後、侍従武官を務めていた。
サーザンエンド継承戦争においては中立的な立場であったが、その軍歴を買ったレオポルドによって軍事評議会に席を与えられた。
「ケッセンシュタイン将軍が仰る通り、ジルドレッド将軍の部隊だけでは強力なアーウェン軍を迎え撃つには心許無い。ガナトス男爵領を維持するならば援軍は不可欠です」
「私も同意見だよ。援軍を送る以外に方策はないだろうね」
ラ・コーヌ准将の隣に座ったでっぷりと太った将軍が賛同の意見を述べる。
マルクス・ホイル将軍は常人の倍はあろうかという肥満体を持ち、ここ数年身体の不調により休職していたが、最近になって健康を取り戻して現役復帰した老将である。
ホイル将軍は軍事評議会の副議長を務めていた。
「ガナトス男爵領から兵を退き、コレステルケ辺りまで退散するという手もあるが、これはあまりに消極的な選択と言えるな」
「マルクスっ。撤退などあり得んぞっ」
「まぁ、待て待て。何も撤退した方が良いと言ったわけじゃないよ」
撤退をいう単語に反応して激昂したケッセンシュタイン将軍だが、付き合いの長いホイル将軍は呆れたように笑いながら宥めるように言った。両将はもう五〇年近く同僚をやっているのだ。ケッセンシュタイン将軍の短気にも慣れるというものである。
「コレステルケまで下がれば、確かにアーウェン軍との決定的な衝突は避けられるかもしれない。でも、それは事態の解決にはならないんじゃないかな」
ガナトス男爵との関係が決定的に断裂してしまった現状においては、今更その領土から兵を退いたところで、男爵がその軍事力に恐れ入って頭を下げて詫びを入れてくるようなことにはなることは考え難い。
無論、男爵の立場や処遇を巡る問題の解決になるわけもない。
それどころか、男爵がアーウェン諸侯との結びつきを強め、ガナトス男爵領がサーザンエンドから実質的に分離していくという事態すら予想される。
「では、アーウェン軍との衝突は不可避ということですか」
「まぁ、そうだろうね」
バレッドール将軍の問いにホイル将軍はぷよぷよとしたお腹を叩きながら答える。
「だから、援軍を出さないとジルドレッド軍は負けちゃうんじゃないかな」
「しかし、ジルドレッド軍を増強したとして、強力なアーウェン軍を阻めるか疑問です」
「だが、このままジルドレッド軍を放置するわけにはいきますまい。万が一にもアーウェン軍に包囲されるような事態に陥れば、全軍が壊滅或いは降伏に追い込まれましょう」
慎重な見方を崩さないバレッドール将軍に対してラ・コーヌ准将が警告する。
「動員できる全ての部隊を結集して、決戦を挑むより他に手はなかろうっ」
ケッセンシュタイン将軍は勇ましく決戦論を唱えた。
バレッドール将軍は困惑顔でレッケンバルム准将とルゲイラ兵站総監を見やる。
「閣下のご意見を承るべきでしょう」
ルゲイラの提案に将軍は頷く。
バレッドール将軍とレッケンバルム准将は、軍事評議会の会合が開かれていた灰古城の一室からレオポルドの居室へと足を向けた。
居室と言っても、そこはリーゼロッテの部屋の一角を間借りしているだけなので、部屋とすら言えないのだが、ともかく、両将はレオポルドに会う為に、まず、侍従を探し始めた。
侍従は辺境伯に近侍し、儀礼や庶務に与る役職であり、宮廷にある辺境伯やその家族に面会を求める場合は侍従に取り次ぎを求めねばならない。レオポルドは危急の際には、これを無視しても良いとしていたが、平時においては慣習のままであった。
もっとも、広いハヴィナ城の何処にレオポルドがいるか確認するには近侍している侍従に聞くのが最も効率的というものである。
両将が取り次ぎを求めた侍従はヴェステル・エーヴァルト・アイルツ卿であった。宮内長官の子息であり、レッケンバルム家の縁戚でもある若い青年貴族である。
「アイルツ卿。閣下にお目通り致したい」
バレッドール将軍が声を掛けると、ヴェステル・アイルツ卿は机の上の書き物から不健康そうな青白い顔を上げ、感情の無い単調な声を発す。
「閣下は御入浴中です」
「またか……」
将軍は呆れたように頭を掻く。
宮廷でレオポルドの風呂好きを知らない者はいない。風呂に入るのは良いのだが、入浴中は辺境伯の携わる全ての仕事が停滞してしまうのが諸臣の不満の種でもあった。
「何時頃に入られた」
「五分程前でしょうか」
「となると、あと一〇分は出てこないな」
レオポルドは頻繁に入浴するが、朝と夜の入浴以外は軽く湯浴みをするくらいで、所要時間は着替えを含めて十五分程度といったところであった。
「いえ、今はリーゼロッテ様とご一緒されております」
ヴェステルの抑揚のない言葉に将軍は苦々しげに顔を顰める。
レオポルドは度々夫人や恋人と入浴を共にすることがあり、そういう時は、いつもの入浴の倍以上の時間がかかるのだ。これも廷臣の間ではよく知られていた。
「お急ぎですか」
さすがに入浴中は仕事の話や報告を受け付けないレオポルドであったが、緊急の場合は例外と決めており、その判断は副官や官房長、侍従らに任されていた。
「いや、一刻を争うというわけではないが」
バレッドール将軍はそう言って、手近なソファに腰を下ろす。
「閣下が浴室から出てくるまで手持無沙汰になってしまうな」
将軍の言葉にレッケンバルム准将も黙って頷く。
両将はどうやらレオポルドが出てくるまで居座るつもりのようだった。若い侍従のヴェステルにそれを拒めるわけもなく、仕方なく彼は二人をそのままにして自分の仕事を続けた。
「ところで、閣下とリーゼロッテ様の仲はどうなのだ」
新しく取り揃える予定の調度品の注文リストをチェックしていたヴェステルに、バレッドール将軍が声を掛ける。
「どう、とは」
「いや、御関係というか、何というか、だな」
「大変仲睦まじくなされていると思われますが」
一緒に風呂に入るくらいなのだから仲は良いだろう。
しかし、将軍が聞きたいのはそういうことではない。
「だからだな……」
将軍は立ち上がって若い侍従に顔を近付けて囁くように尋ねる。
「ご懐妊の兆候はまだなのか」
リーゼロッテはレオポルドの正夫人であり、その間の子は嫡子として扱われる。つまり、正式な世継ぎということになろう。
しかも、その子は南部でも有力な諸侯であるレウォント方伯家の血も受け継ぐ血統となるのだ。
臣下としては気になるのは当然というものだろう。
「……些か気が早いのではありませんか」
ヴェステルは少し考えてから言った。
「いや、そうは言ってもだな。御両人がご結婚召されてから、もう半年になる」
「まだ半年では……」
「男女が子を成すには一晩あれば十分だろう」
「しかし、それが分かるようになるには些か時間を要します」
「それはそうなのだがな」
なおも将軍が言い募る前にドアがノックされ、彼は口を閉じた。
「どうぞ」
部屋の主が声を掛けるとドアが開く。
「ヴェステル。灰古城の新しい調理人の関係なんだけれど……」
そう言いながら部屋に入ってきたのはレオポルドと共に育ち義理の姉という立場にあるフィオリアであった。彼女は宮廷女官の地位にあり、侍従と同じように宮廷内の家政諸事を司っている。
「あら、将軍。珍しいですね」
「あぁ、いや、ちょっと用がありましてな」
バレッドール将軍は咳払いをしながらソファに腰を戻す。
「レオに用ですか」
「えぇ、北部の軍事情勢について、御指示を賜りたく」
そのレオは何処なのか。と言いたげにフィオリアが視線を向けると、ヴェステルは少し言い難そうな顔をしてから口を開く。
「閣下は御入浴中です」
「またなの。あいつの風呂好きは異常ね」
レオポルドの唯一の肉親と見做されるフィオリアだけは辺境伯をあいつ呼ばわりすることが許されていた。
彼女の言葉によって、三人の廷臣はレオポルドの風呂好きが帝都人だからというわけではなく、個人的な特質に因るものだという認識を確かなものとした。
「暑いったって、いくらなんでも毎日五回も六回も風呂に入ることないでしょうに。どうかしてるわ」
フィオリアの言葉に三人は咄嗟に頷きそうになるが、どうにか首の動きを止めた。
「ちょっと、あたしが呼んできましょうか」
「いやいや、結構です」
親切心を発揮したフィオリアに、バレッドール将軍が慌てた声を上げる。レッケンバルム准将は首を縦に振る。
「ヴェステルと世間話なんぞをしていましたし、お気遣いなく」
「ですけど、お仕事が滞ってしまいませんか」
「いや、それはそうですが……」
「あたしもレオに言っておきたいことがあったから、ついでに早く出るように言ってきますよ」
「いやいや、本当にお気遣いなく……」
バレッドール将軍があまりにも固辞するのを見て、フィオリアの眉間に皺が寄る。彼女は察しが良いのだ。
「ヴェステル。リーゼロッテ様はどちらにいらっしゃるの」
普段から青白い若い侍従の顔は最早土気色と言ってよい具合であった。
「……閣下とご一緒かと……」
途端にフィオリアの額に青筋が浮かぶ。
「あいつは昼日中から将軍たちを待たせて、自分は彼女と乳繰り合ってるのねっ。何様のつもりなのっ」
王侯貴族や君主には珍しくもないことであるが、基本的に生真面目で潔癖なフィオリアには許し難い不道徳であり、彼女は激怒した。
「いや、しかし、我々は閣下とお約束していたわけではありませんから。突然、押しかけてしまった我々が悪いのです」
バレッドール将軍は立ち上がって慌てた様子で彼女を宥めんとする。
「それにしたって、真昼間から一緒にお風呂ってっ」
フィオリアは真っ赤な顔でぷるぷると震えた後、足音高く部屋を出る。
「お、お待ち下さいっ。どちらへっ」
「レオを怒鳴りつけてやるわっ」
これはいかん。と、三人の廷臣は慌てて彼女を追う。
「お二人は夫婦なのですから、入浴を共にするくらい良いではありませんか」
「それはそうだけど、こんな昼間っから乳繰り合うのは主がお許しになりませんっ」
フィオリアは生まれ育った環境から西方教会にいくらか不信感を抱いているが、それと神への信仰心は別物というもので、レオポルドよりは信心深く、聖典の教えを守ろうという意識は強かった。
「まぁ、それは……」
そう言われてしまうと将軍も言葉に詰まる。
「フィオリア様。少し待って下さい。閣下をお叱りになるお気持ちは理解できますが、今少しお待ち頂いて……」
「退きなさいっ」
ヴェステルがどうにか宥めようと彼女の前に立って説得するも直ぐに一喝され、通路を空ける羽目になる。
両将から「役立たず」と言わんばかりに睨まれ、若き侍従は世の理不尽というものを覚える。
説得する三人の廷臣を従えたフィオリアは何事かと唖然とする使用人や女中たちに見送られ、灰古城の一階西奥にある浴室へと進んでいく。
灰古城の浴室はレオポルドの入城後、逸早く改造された箇所であった。
浴室の前には脱衣室があり、更にその前には控えの間があって、使用人や女中はここに控えていた。警護の兵らは更にその手前の廊下に佇む。
辺境伯やその家族の入浴中は、控えの間より先には許された者しか入れない規則であり、警護の兵は何人たりともその先に進めてはならないとの厳命を受けている。
故に警護兵たちはフィオリアといえど、先に進めるわけにはいかないのだ。
「いいから、通しなさいっ」
「しかし、この先には何人たりとも入れてはならぬ規則でして……」
警護兵を指揮する下士官は困惑顔でフィオリアに既に何度も口にした弁明を繰り返す。
「フィオリア様。警護の兵を困らせないでやって下さい。彼らは命令に逆らうわけにはいかんのです」
バレッドール将軍が説得し、兵士たちが首を縦に振る。
「規則では辺境伯とその家族の入浴中は何人も入ってはいけない。でしょ。じゃあ、家族であるあたしは入ってもいいんじゃないかしら」
フィオリアの指摘に一同は考え込む。そう言われるとそうかもしれない。そう解釈することも不可能ではないかもしれない。
彼らが首を傾げている間にフィオリアは控え室の扉を開け放つ。
「あぁ、お待ちをっ」
「フィオリア様っ」
追い縋る声を振り切って控室に入ってきたフィオリアを辺境伯夫人付女官のテレジア・イェーネ・クラインフェルトと数人の女中が驚いた顔で出迎える。
「何をやっているんだ。君たちは」
そこには既に風呂から上がり、着替えも済ませた辺境伯夫妻の姿もあった。
レオポルドは呆れ顔でフィオリアと控室の前の廊下にひしめく廷臣と警護兵たちを見る。
「レオっ。あんたは昼から何をやってんのっ」
「何って……」
「ちょっとっ。私を見ないでよっ」
レオポルドが視線を向けると、控室の椅子に座ったリーゼロッテは顔を赤らめて怒鳴る。
夏場で風呂上りの為か、いつもより軽く薄い緑色の衣を身に纏い、未だ濡れた長い銀髪を女中に拭かせ、上気した顔を冷やすように扇子で仰ぐリーゼロッテの姿は平素に増して魅惑的であった。
「紳士の皆様方。リーゼロッテ様は入浴を済ませたばかりなのです。女神の水浴びを盗み見た狩人の目が光を失ったお話は皆さんご存知ですよね」
女官のテレジアが有無を言わせぬ笑顔で言い、廷臣と警護兵たちは慌てて扉を閉めた。
「やはり、増派は不可避か」
フィオリアの説教が終わった後、レオポルドはバレッドール将軍とレッケンバルム准将を連れて図書室に入った。灰古城には彼の居室や書斎がない為、説明や報告を受けたり、非公式な会合をする場所に事欠き、止む無く図書室や辺境伯官房の資料室を利用することが多かった。
そういったわけで、図書室を人払いした後、バレッドール将軍から軍事評議会の意見を聞いたレオポルドは渋い顔で顎を擦った。
「アーウェン軍との対決を回避するだけならば、男爵領より撤退すれば可能かもしれませんが、そうなるとガナトス男爵領をアーウェン人の手に委ねることになりかねないとの意見があります」
「そうなるだろうな」
バレッドール将軍の説明にレオポルドは頷き、同意を示す。
「対決は避け難いか」
「現下の情勢では止むを得ないかと。ケッセンシュタイン将軍は全軍を集結して、アーウェン軍と決戦すべしとの意見です」
「その一大決戦に敗れたら、どうする気だ」
「さて……」
レオポルドの問いにバレッドール将軍は曖昧に言葉を濁す。
「まぁ、あの御仁のことだ。負けた場合のことなど考えていないのだろう」
両将は沈黙し、その沈黙が同意を意味していることは言うまでもない。
「敗北に備え、予備は保持しておくべきだろう。ラハリにムールド兵を預けて援軍とする」
レオポルドは第一ムールド人歩兵連隊、第四ムールド人歩兵連隊及び第一ムールド人軽騎兵連隊、それにサーザンエンド・ドレイク連隊から成る三個歩兵連隊一個騎兵連隊から成る部隊をサルザン族の族長で准将となっているラハリ・ブリ・ルスタムに預けて、ジルドレッド軍に合流させることにした。
ラハリ准将率いる部隊によって増強されたジルドレッド軍は総勢一万程度の軍勢となる。
近衛歩兵連隊及び近衛騎兵連隊、それに第一サーザンエンド歩兵連隊、第二サーザンエンド歩兵連隊はハヴィナに留め、手許に残す。
「十分な戦力が無い状態でアーウェン軍を迎え撃てるでしょうか」
「一万では不足か」
「アーウェン軍も同程度の軍勢を動員できるでしょう。槍騎兵の精強を鑑みれば、勝敗は厳しいと見るべきかと」
バレッドール将軍は相変わらず悲観的な見方を崩さない。
「しかし、全軍を送り込んで壊滅してしまうと、コレステルケどころかハヴィナまで蹂躙されかねん」
「では、ジルドレッド将軍には防御的な戦いを徹底するよう指示いたしましょう」
「それしかないだろう。金はかかるが、アーウェン人とて金のかかる戦はいつまでも続けたくはあるまい。焦って稚拙な攻めを仕掛けてくれば、こちらにも勝機はある」
つまり、一万に増強されたジルドレッド軍はほぼ同数のアーウェン軍と対峙し、積極的な攻勢には出ず、防御を固めて長期戦に持ち込み、金に限りがあるアーウェン士族たちの厭戦気分を誘おうという消極的な戦術を取ろうというのである。
攻撃論者であるケッセンシュタイン将軍が聞いたらまた怒り狂いそうな策ではあるが、最も安全で失敗が少ないレオポルドとバレッドールが好むものだ。
いくら軍の重鎮と言えど、君主たる辺境伯が決した指示に逆らうことはできない。
ラハリ准将はムールド人主体の三個歩兵連隊一個騎兵連隊を率いてハヴィナを発ち、ジルドレッド軍に合流すべく北上していった。