一四三
ナジカは包囲され、激しい砲撃に晒されていた。
大砲が火を噴き、砲弾が容赦なく城壁を砕き、無残にも塔を粉砕し、容易く城門を貫く。鉄の塊は情け容赦なく城壁の内側にある家々の上にも降り注ぐ。家の屋根に穴を開け、家財を破壊し、運悪く直撃を受けた住人は勿論のこと、飛び散った木片や瓦礫が人々を傷つける。
ナジカ側も負けじと城壁や塔に据えた大砲を撃ち返しているが、前時代的な旧式大砲では攻城側の砲兵陣地に砲弾が届くことはなかった。逆にその砲煙を目印とした攻城側の砲兵によって狙い撃ちにされる有様であった。
とはいえ、攻城側の大砲は多くない為、砲兵陣地はナジカの北側にのみ設けられ、兵の多くも北側に布陣していた。
兵たちは非常に簡易な陣地に整列し、むっつりとナジカの城壁を見据えていた。彼らの軍服は血と泥で薄汚れ、顔には疲労の色が濃く、マスケット銃を杖代わりにどうにかこうにか立っているという者も少なくなかった。
砲兵陣地の後方にある指揮官たちはいずれも苛立った様子で城壁を睨みつけていた。
「将軍。いつまで砲撃を続けるおつもりですか。早々に攻め落とさねばなりますまい」
コンラート・ディエップ大佐が焦燥を隠そうともせずに言った。
「待ちたまえ。前世紀的な城壁と大砲とはいえ、短慮に攻撃を仕掛けては損害が大きい」
「味方の損害を気にできる状況ではありますまいっ」
上司の言葉を遮るように大佐が叫ぶ。極めて無礼な言動であったが、そんなことを気にしている余裕がない程に事態は逼迫していた。
「いいかね。現在の我が軍の士気は極めて低い。敵の強い抵抗を打ち破ることが可能な状況ではないのだ。攻勢に失敗でもしてみろ。我が軍は二度と立ち直れなくなってしまうぞ」
将軍の言葉に大佐は不満げに口を閉じた。
彼らがじっと城壁が少しずつ崩れていく様を見守っていると、馬蹄の音を響かせ、伝令の兵が駆け寄ってきた。
指揮官たちは医者から死の宣告を聞く病人のような顔をして伝令の言葉を待つ。
「斥候より修道女らしき人影を発見したとのことです」
報告に彼らは思わず安堵の息を漏らす。
「その者は誰かを背負っている様子とのこと」
指揮官たちは顔を見合わせた。
「修道女だと。では、まさかっ」
「確認が必要であろう。直ちに騎兵を向かわせよっ」
ソフィーネは足を止めていた。
苛酷な日差しに照りつけられ、厳しい暑さに耐えながら、半日以上も大の男を背負って歩き続けてきた疲労もさることながら、ナジカを囲む軍隊と盛んに鳴り響く砲声と立ち昇る砲煙に気付いたからだ。
ナジカが包囲されている。一体、誰に。愚問であろう。
しかし、早過ぎる。通常の軍隊の速度であればマルセラからナジカまで一週間以上はかかるだろう。荷駄を放棄して無理な行軍を強行すれば不可能ではないが、あまりにも危険というものだ。勝利に勢いを得、士気旺盛とはいえ、食糧や弾薬に事欠けば兵たちの士気は一挙に下がってしまうだろう。
ナジカを容易に攻略できる算段でもあったのだろうか。それにしても糧秣を持たずに敵地を行軍するような危険を冒すだろうか。敵襲や何らかの事故などで後方に置き去りにした荷駄を失えば窮地に陥ってしまう。
そのような危険を冒してまで進撃を急ぐ必要などあろうか。
立ち止まったまま考え込んでいたソフィーネはこちらに向かって来る騎兵に気が付いた。数は四騎。特徴的な長槍と羽飾りがないところを見ると、アーウェン槍騎兵ではないようだ。
考えるにしても隠れる場所のないこんな所で立ち止まるべきではなかった。疲労と暑さで集中力を欠いていたのかもしれない。
彼女は舌打ちしてからレオポルドをその場に下ろし、十字剣の鞘を払う。
今から逃げても騎兵から逃れられるはずもない。高熱のレオポルドを背負っていては尚のこと不可能というものだ。
ろくに武器を握ったこともない農民相手ならばいざ知らず、騎兵相手では如何に剣術の達人であるソフィーネでも戦って勝つことは容易ではない。それが四騎となれば最早絶望的というものである。
しかも、高熱で動けないレオポルドを守りながらの戦いである。
それでも彼女は降伏を選ぼうとはしなかった。
「主よ。救い給え」
ソフィーネは静かに呟き、十字剣の刃に接吻し、構えた。
馬蹄の響きが近付く。
彼女は瞬きもせずに騎兵を睨み続けていたが、先頭の騎兵の顔を見て、十字剣を下ろした。剣先が力なく地面に突き刺さる。彼女は体中に張りつめていた緊張を解き、安堵の息を吐く。
「主よ。感謝します」
そう呟くと彼女はその場に座り込んだ。
近くまで馬を駆けさせて来た先頭の騎兵が声を掛ける。
「やはり、シスター・ソフィーネでしたか。御無事で何よりです」
「ハルトマイヤー中尉も。主の加護に感謝しましょう」
ソフィーネは力なく微笑みながら答える。
カール・ハルトマイヤー中尉はレオポルドの近衛大隊の旗手であり、マルセラの戦いでは最後までレオポルドの傍にあったが、ムールド伯軍の軍旗を無事に退却させる役目を負って、一足先に後退した士官である。
中尉はソフィーネの後ろに横たわる薄汚れた緑色の女物の衣服を纏った人物に目をやり、慌てた様子で馬を下りながら声を上げる。
「そこに横たわっているのは、まさかっ」
「勿論。ムールド伯ですよ」
ソフィーネの言葉を聞いて、他の騎兵たちも馬から飛び降り、レオポルドの元に駆け寄る。
「御無事だぞっ。急いで運べっ」
「高熱を出していらっしゃるので、騎乗は難しいと思いますよ」
ソフィーネに言われ、すぐさま一人が馬に飛び乗って、後方へと駆けて行った。
「閣下。御無事で何よりです。なんという奇跡でしょうか。主に感謝いたします」
レオポルドが横たわる寝台の前に跪いたバレッドール将軍が感無量といった様子で言い、その後ろに控える士官たちも一様に安堵した様子であった。
レオポルドは力なく首を動かして天幕の中に居並ぶ士官たちを見回す。
「サライ少佐。よく生きていたな。近衛大隊はどうなった」
近衛大隊を率いてアーウェン槍騎兵を迎え撃ったものの撃破されてしまったサライ少佐は気まずげな顔をして答える。
「大隊は壊滅し、ここまで逃げ延びたのは半数にも及びません。申し訳ございません」
「いや、君と君の部下たちは最善を尽くした。その働きに感謝する」
慰めの言葉にサライ少佐は黙って頭を垂れた。
レオポルドは視線を彷徨わせ、苦しげに唇を動かす。
「……アルトゥールの姿がないな。ライテンベルガー卿とラハリとファイマンも。ドレイク卿も見当たらん。それにライマン中佐とリッケンジン中佐、ナタル大尉も」
「アルトゥール・フェルゲンハイム将軍とラハリ大佐、ファイマン大佐が率いる我が軍の右翼は別方向に退却した為、我々よりも東の方にあります。敵の妨害により未だに合流できない状況です。ドレイク卿は泥酔しておりまして、この場に来ておりません」
バレッドール将軍はアルトゥール率いる右翼の現状を説明した後、顔色を曇らせる。
「リッケンジン中佐とナタル大尉の行方は不明です。……ライテンベルガー大佐とライマン中佐は戦死いたしました」
フリードリヒ・マヌエル・ライテンベルガー卿はディルナート・カール・ライテンベルガー伯領議会議長の子息であり、マルセラの戦いで中央前衛を担ったサーザンエンド・フュージリア連隊の指揮官であった。
前進するガナトス男爵軍中央と戦う最中に背後のマルセラをアーウェン槍騎兵に占領されるという危機的な状況下で、連隊を西へと移動させていた途中、卿は銃弾を胸に受け、落馬。近くの兵が死亡を確認したが、遺体を運ぶ余裕はなく、その場に残された。
ヨナタン・ライマン中佐は以前までは輜重隊長を務めていた辺境伯軍生え抜きの軍人で、ムールド伯軍左翼のサーザンエンド歩兵連隊の副長であった。彼は撤退するムールド伯軍の殿を指揮していたが背中に銃弾を受け、治療を受けたものの翌日に息を引き取った。
「そうか……」
報告を受けたレオポルドは息苦しそうに嘆息して目を閉じた。
「死傷した兵は一〇〇〇以上。捕虜になった兵、逃亡した者はそれ以上。ここにある兵は三八〇〇余。別働隊の兵力は二〇〇〇余と聞いております」
バレッドール将軍が渋い顔で淡々と現状の戦力を報告すると、レオポルドは疲れ切った様子で「そうか……」とだけ呟く。
ファディを進発したムールド伯軍は八〇〇〇以上の戦力を誇ったが、マルセラの戦いに敗北した結果、全軍の四分の一にも及ぶ二〇〇〇以上もの兵力を失ってしまっていた。
しかも、そのうちの二〇〇〇は分断され、合流もままならない状況である。
ガナトス男爵軍もいくらか損害は被っていると思われるが、ウォーゼンフィールド男爵家の独立派の兵、ブレド男爵家の分家であるカウラント家の兵の合わせて一〇〇〇が合流すれば損失を補って余りあるだろう。
彼我の兵力差はより大きく広がってしまっている。士気は比べるべくもない。
また、ムールド伯軍は退却に際して、元々十分ではなかった糧秣の殆どを放棄してしまっていた。
悪い知らせはそれだけではない。
「それで、あれはどういうことだ」
レオポルドは天幕の外に視線を向けて言った。
砲兵陣地では相変わらず、ムールド伯軍がどうにかこうにか戦場から運び出すことに成功した数少ない大砲がナジカの城壁に向けて砲弾を放っていた。
「まぁ、聞かずとも分かるが」
レオポルドは呆れたように苦笑いして溜息を吐く。
「ナジカは我々の敗北を知ると城門を閉じ、我々の入城を拒んだばかりか。攻撃までしてくる始末。なんと忌々しき輩かっ。許し難い裏切りであるっ」
ディエップ大佐が苛立った様子で吐き捨てるように言った。
「ナジカを迂回して退却することも検討しましたが、我々の手持ちの糧秣ではファディまで持ちそうになく、敵をムールドに侵攻させない為にも足止めせねばならないと考え、ナジカを攻略すべく砲撃を行っているところです」
バレッドール将軍が険しい表情で報告する。
レオポルドは目を閉じたまま頷き、その方針に理解を示す。
「しかし、ナジカの攻略には時間がかかりそうです。旧世紀的な要塞で、大砲も骨董品のようなものしかなく、守備兵の数も多くはないようですが、それでも一朝一夕に落とせるというものではありませんから」
エリー・エティー大尉が気難しい顔で言った。
「斥候の報告によれば、ガナトス男爵軍は街道を南下中で、早ければ明日の昼頃にも我々の目の前に現れるようです」
サーザンエンド・フュージリア連隊の副長ハッサン・ウサム・ムハッバト中佐が暗澹たる気分にしてくれる報告を述べた。ハッサン中佐はサイマル族の族長の子息である。
レオポルドは暫く黙って考え込んでいたが、ハッサン中佐に顔を向けて尋ねた。
「砂漠の戦士は夜も戦えるか」
その問いに中佐はしっかりと頷いた。
夕刻になるとムールド伯軍の砲撃は止み、攻城に備えて整列していた兵たちは前衛を残して解散され、砲兵陣地の後方にずらりと天幕を並べて張り、夕食を作る準備に取り掛かり始めた。陣地の各所から料理の為の煙が立ち上る。
それを見たナジカの大砲も砲撃を止めた。無論のこと、何十人もの兵が塔や城壁の上からムールド伯軍の陣地の様子を見張り続ける。
ムールド兵は夕食を終えるとすぐに天幕に入っていく。
マルセラの戦いの後、彼らは五日間もほとんど飲まず食わずで、日によっては睡眠すら惜しんで歩き続けてきたのだ。敵の追撃を振り払い、その恐ろしい追手に尾を掴まれない為にはそうするしかなかったのである。
誰もが心から休息を求めていた。横になればすぐに寝息を立てて泥のように眠り込んだ。
しかし、彼らにはこの日も十分な休息は与えられなかった。
「全員、起床せよ」
それぞれの天幕の中で小声で指示が出される。士官や下士官は喇叭を鳴らす代わりに拳で兵たちを起こしていく。
ハッサン中佐はサーザンエンド・フュージリア連隊の半数の兵を率いて天幕の北側に出た。率いる兵は四〇〇程度。
天幕には予め工夫が施されていて、出入り口が南と北に設けられており、兵たちはくれぐれも南側、ナジカから見える方からは外に出ないように指示され、彼らは天幕の陰に隠れるようにして整列した。
「これより我々はナジカに奇襲を仕掛ける。言うまでもなく、暗闇の中でも行軍である。松明の一つも持つことは許されない。断じて遅れることなく、前の兵に続け。遅れた者、落伍した者はその場に捨て置く。隊を見失った者は攻勢が始まった時にナジカの城壁に突撃せよ。そこで仲間たちが戦っているはずである」
指揮官は兵たちに小声で命じる。
「それでは出発。士官、下士官は配下の兵が落伍したり、遅れたりしないように注意せよ。逃亡者はピストルではなく、半月刀で静かに殺すように」
ハッサン隊はナジカの北に布陣するムールド伯軍陣地から西へと移動を開始した。月明かりしか灯りのない夜の闇の中、前を歩く仲間の背中だけを頼りに彼らは猫から身を隠すネズミのように歩いて行く。
残された大半の兵は天幕の中で戦闘準備を整え、指揮官の指示をじっと待ち続ける。砲兵は見回りのふりをして天幕から出ると、ぶらぶらと歩いて行って砲兵陣地に入り込み、砲撃の準備に取り掛かる。
ナジカ市民がムールド軍陣地の異変に気が付いた時、既に砲兵隊は仕事を始める準備を済ませていた。
大きな黒い影のように見えるナジカの城壁に向かってムールド伯軍の砲列が砲撃を開始する。照準は日中の砲撃から変えていないから、ある程度の命中弾は期待できるだろう。
深夜に始まった唐突な砲撃にナジカ市内が混乱に陥る中、ムールド伯軍の兵士たちは天幕から出てるよう命令を受ける。砲撃の射線上に入らないよう、歩兵は砲兵陣地の左右に戦列した。左翼がサーザンエンド歩兵連隊。右翼がドレイク連隊である。いずれも兵力は八〇〇余。
「ぐずぐずずるなっ。直ちに整列せよっ。きちんと横列を作れっ」
士官の怒号が飛び交う中、下士官は部下の兵士たちを素早く並ばせ、隊列がきちんと横列になっていることを確かめる。
「諸君っ。我々を裏切ったナジカを許すなっ。我々の窮地に、敵に寝返った傲慢な奴らを許すなっ。我々の怒りの鉄槌を食らわせてやるのだっ。れんたーいっ。ぜんしーんっ」
コンラート・ディエップ大佐が馬上から号令を発し、指揮下のサーザンエンド歩兵連隊は前進を始めた。ほぼ同時にドレイク連隊も前進を開始する。
疲労困憊の兵士たちを鼓舞するように軍楽隊が笛を吹き、太鼓を打ち鳴らす。
砲撃を受けたナジカの城壁にはいくつもの灯りが点き、慌ただしく動き回っていた。
「見ろっ。連中が我々の為に目印を点けてくれているぞっ。あの灯りに向かって進むのだっ」
ディエップ大佐がサーベルの切っ先でナジカの城壁を示して叫ぶと、配下の兵たちが雄叫びを上げた。
一ヶ月の行軍の後の敗戦、更にほとんど不眠不休とも言える五日間の後退を続けてきた兵士たちの体力は既に限界に近い。
それでも彼らは疲労と筋肉痛、空腹と喉の渇きに堪えながら重い足を気力で突き動かす。
彼らは、自分たちの窮地に際して城門を閉じたナジカに対してレオポルドや将軍たちと同様に怒りを感じていたし、城内に入れば十分な糧食があり、ゆっくりと休むことができることも理解しているのだ。
ナジカまでの距離が半分程になった頃、ようやくナジカの大砲が火を噴いた。砲弾はムールド伯軍の戦列を大きく外れて地面に穴を開け、土煙を舞い上げた。
「れんたーいっ。駆け足っ」
大佐が指示を飛ばし、兵たちが喊声を上げながら駆け出す。
野戦においては行軍速度よりも戦列を維持することが重んじられる為、駆け足の行軍はあまり行われないものだが、ディエップ大佐は行軍速度を重視した。
砲弾がムールド兵の戦列に飛び込み、幾人もの兵を吹き飛ばし、腕や足をもぎ取り、舞い上がった土砂が兵士たちの身体を傷つける。
「臆すなっ。突撃せよっ。裏切り者どもを血祭に挙げよっ」
ディエップ大佐が吠え、真っ先に馬を駆けさせていく。兵士たちが喊声を上げながら遅れじとそれに続いた。
ナジカの北側の城壁と塔には守備兵が展開し、マスケット銃を突き出して迫り来るムールド兵を狙っていた。
彼らからはムールド兵の波は暗闇の中に蠢く影のようにしか見えず、命中率は昼間よりも落ちるだろう。
ムールド兵の波が城壁まであと一〇〇ヤードの距離まで迫ったところで、ナジカの守備兵は一斉射撃を食らわせた。
先頭を駆けていたムールド兵たちが銃弾に貫かれ、悲鳴を上げながらマスケット銃を放り投げて仰向けに倒れていく。
「この暗闇だっ。敵の銃弾など滅多に当たるものではないぞっ。怯まず突き進むのだっ」
ディエップ大佐がそう叫んだ直後、大佐の被った三角帽が銃弾で吹き飛ばされる。
彼は一瞬顔を顰めたが、従兵が拾い上げた帽子を受け取ると何事も無かったかのように被り直す。
気を取り直すように咳払いをしてから、馬の手綱を引いた。
「さぁて、梯子を持ってきたまえっ。第一大隊、先陣を切れっ。第二大隊は援護せよっ」
数人がかりで運び込まれた攻城用の長い梯子が城壁に立て掛けられる数人がかりで梯子を支えて守備側から倒されないように抑え、勇気ある兵士たちが半月刀片手に梯子を駆け上がる。第二大隊の兵士たちはマスケット銃を構えて梯子を外そうと奮闘する守備兵を狙撃する。
右翼ではドレイク連隊が同様に激しい攻勢をかけていた。
一方、砲兵隊は歩兵隊が城壁に取りつくと砲撃を中止していた。ナジカの西側に回り込んだハッサン隊を除いたサーザンエンド・フュージリア連隊の兵が大砲を曳いていく。敵の砲撃が味方の歩兵隊に集中している間に砲兵隊を前進させるつもりなのだ。
ナジカの北側城壁で喊声と悲鳴、銃声が響き渡る攻防戦が繰り広げられる最中、ナジカの西側に回り込んでいたハッサン中佐の部隊は物音も立てずにひっそりとナジカの西側城壁に忍び寄っていた。
つまり、北側の攻勢は敵の注意と兵力を北側へと集中させる囮なのである。
西側城壁の守備兵がハッサン隊に気付くが、城内の主力は北側に集中してしまっている。
慌てて伝令が指揮官に状況を報告に走っていくが、その間にもハッサン隊は城壁に掛けた梯子をよじ登り、守備兵の抵抗を押し退け、城内へと侵入を果たしていた。
西側から城内に侵入したハッサン隊は西側城壁に配置された一〇〇名にも満たない守備兵を壊滅させると城壁を北へと移動した。北側で戦うナジカの守備兵の主力を背後から攻撃するのだ。
そこからはあっという間であった。北側の城壁でムールド伯軍の猛攻に耐えていた守備兵は西側城壁の失陥を知ると狼狽し、背後から銃撃されると士気は崩壊していった。梯子をよじ登って城内に入り込むムールド兵の数が増えていく。
ムールド伯軍の砲兵隊は城壁の間近まで接近して、数発の砲撃によって城門を粉砕してしまった。そこからサーザンエンド・フュージリア連隊の兵が突入する。
守備兵は完全に戦意を失い、侵入者に立ち向かうどころか、武器を捨て逃げ去る者が続出した。
サーザンエンド騎兵連隊が開け放たれた城門から市内に突入し、恐慌して逃げ出す守備兵や住民の背中にサーベルや半月刀で切りつけていく。
ムールド兵は商店や倉庫、住宅に押し入り、逃げ込んだ守備兵を見つけると直ちに殺し、食糧や財貨などの略奪、それに戦場に付き物である暴行を欲しいままにした。
朝を迎えるまで人々の悲鳴や断末魔の呻き声、銃声が市中から消えることはなかった。