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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第九章 ハヴィナへ
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一四一

 マルセラの町の家と家の間の狭い道を十数騎のアーウェン槍騎兵が一列になって駆けていく。長大な槍を掲げ、背中に背負った羽を靡かせながら西へと突き進む。

 彼らが追うのは西の方角へと逃走するムールド伯軍の残党である。それが何者であるか彼らには知る由もなく、発見した距離が遠かった為、何騎であったかすら不明であったが、装束から見て高位の士官と彼らは判断し、その身を捕えようと後を追っていた。

 騒々しい馬蹄の響きが道の両側に建つ家の薄い板のような戸をガタガタと揺らす。

 その戸のすぐ内側で、細い体に不似合な程に長大な十字剣を抱えたソフィーネが息を潜めていた。

 槍騎兵の一群が走り去っていったのを確認すると軽く息を吐き、張りつめていた緊張を緩めた。

 彼女は足音も無く土間を横切り、布を被せた大きな衣装箱を軽く三度蹴飛ばして声を掛けた。

「上手くいったようです」

「生きた心地がしなかった」

 衣装箱から顔を出したレオポルドは憮然とした顔で呟き、窮屈な衣装箱から這い出た。

 ソフィーネの策というのはナタル大尉らを囮として走らせ、その間にレオポルドとソフィーネは近くの家に隠れ、追手をやり過ごすというものであった。

 追手が近くを通り過ぎる間、レオポルドは半ば無理矢理衣装箱に押し込められていた。万が一、家の中まで押し込まれてもソフィーネが第二の囮となってレオポルドだけでも逃がそうというわけである。

「息苦しくて堪らん。窒息するかと思った」

 レオポルドはぶつぶつと呟きながら衣装箱の底に置いていたサーベルを拾い上げる。

「槍騎兵に串刺しにされるよりはよいでしょう」

 ソフィーネは素っ気なく言いながら家の中をあちこち物色し始めた。

「何をやっているんだ。早く逃げた方がいいだろう」

 レオポルドは苛立たしげに言いながら小さな窓からその様子を窺う。その窓からは家の前の狭い道と向かいに建つ同じような家しか見えなかった。

「ドレイク連隊は北上していると思いますか」

 竈の中を覗き込みながらソフィーネが尋ね、レオポルドは憮然とした顔で答える。

「ドレイク卿は経験豊かな指揮官だ。マルセラがアーウェン槍騎兵に占領されたことは既に察知しているだろう。支援するはずだった近衛大隊が瓦解し、サーザンエンド・フュージリア連隊を援護することも難しい」

 つまり、ドレイク連隊が北上する意味は失われている。逆に北上はドレイク連隊をもアーウェン槍騎兵の攻撃に晒すことになる。

 経験豊かにして打算的なハワード・ドレイクならば死をも恐れず生きているか死んでいるかも分からないレオポルドを救おうと敵地に突入するよりは自軍の損耗を避けるべく速やかな退却を選択するだろう。

 ソフィーネも同様のことを考えていたらしい。

「私たちは敵地に孤立しています。味方と合流する為にはナジカへ向かうことが最も確実でしょう」

 中央を分断され、バラバラにされてしまったムールド伯軍は敵の包囲と追撃を逃れようとそれぞれに退却しているだろう。敵から逃れることに必死な部隊と合流することは難しい。となれば、彼らが目指す先であるナジカまで行くことが最も確実であろうと思われた。

 無論、ナジカとマルセラの間にはいくつもの町や村があり、ムールド伯軍が拠点とした地もあるのだが、アーウェン槍騎兵の機動力を考えると安全とは言えず、ガナトス男爵軍の攻撃から身を守ることができるのは城壁に囲まれたナジカくらいのものだ。各部隊の指揮官たちも同様の考えをするに違いない。

 となれば、レオポルドとソフィーネは二人で敵の目から逃れながらナジカまで辿り着かなければならない。

「ナジカまでは歩いて五日かそれくらいはかかります。それなりの準備を整えてから出発すべきでしょう」

 そう言ってソフィーネは竈の底から干からびたような平たいパンを掴み出す。

「そこに貴方が入っていた衣装箱にあった古臭い毛布が放り出してあるので持っていて下さい」

 季節は夏であるが荒野や砂漠の夜は格段に冷えるものだ。毛布を持たずに旅をするのは危険である。

 そのことはレオポルドも帝都からムールドまで歩いて旅した二年前の経験から知っている。言われた通り土間にぶちまけられていた毛布を集める。

「それから、これに着替えて下さい」

 彼女が差し出したのはくすんだ緑色の衣服だった。この地方の女性が着ている裾まである長い装束で、ムールドの女性が着るものよりも体の線が出難い。フードも被れば素性を隠し易いだろう。ただし、だいぶ古いもののようで、端の方がボロボロになっていて、胸元に汚らしいシミがあった。

 レオポルドは渋々と軍服を脱ぎ、女性物の衣服に着替える。

「これで捕まったら屈辱だな」

「サーベルは私が持ちましょう」

「十字剣とサーベルを持った修道女か。物騒だな」

「剣の修道院の名前を出せば納得するでしょう」

 ソフィーネはそう言いながら家のあちこちを探し回ったが、結局持って行くことにしたのは干からびた平たいパンと毛布の他は革袋と何本かの紐くらいだった。町から逃げ出すのに有用なものを家に残していくような迂闊な人間もいまい。

 十字剣を背負い、サーベルを腰に履いたソフィーネと女装したレオポルドは辺りを警戒しながら家の裏手から外に出た。

 空には白煙が漂い、遠くからはしきりと砲声や銃声、喊声が聞こえてくるが、その距離は近くはない。

 アーウェン槍騎兵はマルセラの町を占領したものの、それほどの兵員がいるわけではない為、まだ中心部の広場やムールド伯軍が残していった糧秣や物資などの辺りにいて、街の隅々にまで展開しているわけではなかった。この隙にさっさと町から逃げ出そうというのがソフィーネの意見であった。レオポルドにも異論はなく、黙って彼女の後を追う。

「南はどっちだ」

「貴方は方向音痴なんですか。あっちですよ」

 二人はぶつくさ言い合いながら南に向かって歩き始めた。


「待たれよっ」

 町を出て半マイルも歩かないうちにレオポルドとソフィーネは呼び止められた。

 もっとも、背後から駆け寄ってくる馬蹄の響きから敵に見つかったことを二人は既に察知しており、声をかけられても驚くようなことはなかった。

「何用ですか」

 それまでに打ち合わせていた通り、ソフィーネが振り返り、追手に向き合う。レオポルドは深くフードを被ったまま俯き、その場にじっと佇む。

 二人を追ってきたのは五騎のアーウェン槍騎兵で、いきなり長槍を突きつけてくるようなことはなかったが、二騎が行く手を阻むように回り込み、油断なく二人を睨んでいた。

「主に奉仕される修道女と見受けられるが、何故、このような戦場におられるのか」

 問い詰めるような口調で尋ねたのは最も年嵩の赤い顎鬚を蓄えた槍騎兵で、流暢な帝国語であった。

 アーウェン人は帝国と同じ正教徒であり、同じ神を信仰し、同じ聖典を読んでいる。しかしながら、彼らが信仰するラプニン派は教会組織を否定しており、その点が神聖帝国との重大な対立を生む大きな要因となっている。

 そういった対立はさておき、正教徒でもある槍騎兵は神に仕える修道女に乱暴な扱いをするつもりはないようであった。

「巡礼の旅の途中でしたが占領された町の人々の惨状を見かね、微力ながら困っている人々の手助けなどをしておりました」

「それは素晴らしい。主もお喜びになられるであろう」

 年嵩の槍騎兵は硬い表情のままそう言った。彼はソフィーネにはそれほど関心を示していないようであった。彼の関心はもう一人の方にあった。フードを被ったまま俯いているレオポルドの方に視線を向けて尋ねる。

「ところで、そちらの方は如何なされたのか。見た所、修道女ではないようだが」

「こちらはマルセラの町の女性で、これから南にあるディートという町にいる彼女の親類の元に向かうところです。私は旅慣れない彼女の為に同行しております」

「ほう」

 槍騎兵は明らかにその言葉を疑っているようであった。

「失礼だが、そのフードを取って顔を見せて頂けないか」

 別のやけに長い口髭を生やした槍騎兵が声をかけた。

「ムールド伯軍の者が女装して逃げ遂せようとしているとも限らぬからな」

 そう言って槍の穂先をレオポルドに向ける。

「女。フードを取れ」

「なんということを言うのですっ」

 ソフィーネはレオポルドと槍の間に立って叫ぶ。

「彼女は夫と子供をムールド兵に殺され、忌まわしい異教徒どもに強姦されたのですよっ。そのような境遇の彼女に向かって、なんと酷なことを仰られるのか。アーウェン士族は夫人と友と民を守護する義務を負っているのではないのですかっ。異教徒に犯された未亡人に槍を向けるなど、主がお許しになりませんっ」

 彼女の剣幕に長い口髭の槍騎兵は苦々しげに穂先を上に戻した。

「失礼。ご夫人がそのような酷な境遇に見舞われていたとは知らなかったのだ」

 彼は言い訳するようにそう言い、落ち着かなさそうに長い口髭を撫でつけた。

「戦場の混乱の最中に私が助け出した時には彼女はショックで口も聞けなくなっていたのです。どれほど酷い目に遭わされたのか」

 そう言ってソフィーネはレオポルドの背中を労わるように優しく撫でる。

「ムールド伯は異教徒の兵にそのような蛮行を許しているのか」

「ムールド伯のご家来に抗議しても、全く聞き入れて頂けませんでした。とても恐ろしい主への反逆というものです。何故、総大司教猊下は破門なさらないのか」

 教会組織を否定するラプニン派のアーウェン槍騎兵たちは少し微妙な顔をした。

 もう百年以上前になるがアーウェン王国自体が西方教会から破門されているのだ。破門は未だに解かれていないのだが、アーウェン王国が神聖帝国に恭順する条件の一つがラプニン派の信仰の自由を許すことであったから、アーウェンは西方教会を唯一の国教とする神聖帝国の支配下にありながら破門状態にあるという極めて奇妙な状態にあった。西方教会も紛争となることを避ける為、あまり触れようとしない微妙な問題であった。

「この辺りにはまだ異教徒が跋扈しているのでしょう。逸早く恐ろしい異教徒に神の鉄槌を下し、追い払って下さい」

「無論です」

 顎鬚の槍騎兵が胸を張った。

 口髭の槍騎兵が「行かせていいのか」とでも言いたげな顔で同僚を見やったが、顎鬚は首を横に振った。

 アーウェン士族は夫人と友と民を守ることを義務とする誇り高い人々である。修道女や異教徒に乱暴された夫人を取り囲んで責めるなど許されることではない。

 それでも口髭の槍騎兵は納得できないようであった。

「せめて顔を見せて頂けないか。一目で良い」

「彼女は男たちに囲まれて何日も乱暴されていたのです。異教徒でない紳士の顔であっても目を合わせたくはないでしょう。その気持ちを御理解頂きたいのですが」

「目を合わせずとも良い。フードも取らないで宜しい。横顔を少し見れれば良いのだ」

 それから口髭は疑うような目でソフィーネを見つめながら声高に告げる。

「フードの下に髭面がないというのであれば、それくらいできよう」

 ソフィーネは苦々しげに顔を顰めていたが渋々とレオポルドの被ったフードを少し捲り上げた。

 やや焼けてはいるが白い肌に尖った顎、つるりとした頬に髭などはなく、濃い灰色の髪が汗で貼り付いている。きゅっと薄い唇を噛み、赤い瞳は物憂げに潤んでいた。

 口髭の槍騎兵は馬上から体を屈めて、フードの下の顔を暫くじっと見ていたが、ソフィーネに責めるような視線を向けられていることに気付き、咳払いした。

「結構。失礼を致した。これも我らの仕事なのだ。お許し頂きたい」

「寛容は主が人に望まれた徳の一つです。願わくば、私たちにも寛容をお示し下さいませ」

 レオポルドのフードを戻したソフィーネが素っ気なく言い、槍騎兵たちはきまり悪そうに視線を外す。

 顎鬚が代表するように声を張り上げる。

「まだこの辺りにも異教徒の残党やそういった残党を狙う野盗紛いの連中がうろついている故、十分に気を付けられよ。願わくば、貴方がたの旅路が安らかならんことを」

「ご忠告痛み入ります。皆様に神の加護がありますように」

 ソフィーネの言葉を受けて、顎鬚の槍騎兵は同僚たちに顎でマルセラに戻るよう指示した。

 槍騎兵たちがマルセラに戻っていくのを見て、ソフィーネはレオポルドを促して南へと歩き出す。

 槍騎兵の姿が小指の先くらいの小ささになった頃、ソフィーネがニンマリと口角を吊り上げて言った。

「あの口髭の顔を見ましたか」

「いや、気が気でなかったからな」

 レオポルドは泣きそうな顔で呻くように応じる。

「あれは貴方の顔に見惚れていましたよ」

 ソフィーネに言われて、レオポルドは何とも言い難いような顔で彼女を見返す。

「アーウェンの男たちは皆が皆、髭をもじゃもじゃと生やした男臭い顔の連中ばかりですからね。帝都貴族の優男の顔は女性と見紛うのかもしれません」

 レオポルドは顎を擦りながら呟く。

「今朝、髭を剃っておいて良かった」


 二人は街道は勿論、小さな道も避け、荒野の道なき道を歩いた。植生が豊かではなく、起伏も少ないから歩く上での障害といえば岩や石、干からびたような灌木くらいのものである為、歩けないことはない。

 街道を歩いた方が退却する味方と合流できる可能性が高いだろう。数百、数千という人員では道なき道を進むことは非常に困難であるからだ。

 それでも味方との合流を断念するのは味方が退却する道に近付くことはそれを追う敵に近付くことでもあるからだ。

 遠目では敵味方どちらの隊列か分からないから、味方だと思って近付いてみたら敵だったなどという事態を引き起こしかねない。

 それよりは味方が退却しているであろうナジカに向かうことが安全で確実というのがソフィーネの考えであり、レオポルドもそれに同意していた。

 途中、村人が逃げ出した無人の村の井戸で水を汲み、うろついていた鶏に飲ませて無害であることを確認した後、水を革袋に入れた。ついでに鶏を捕まえて殺し、持ち運び易いように捌いた。

 夜が来ると地面の窪みやなだらかな低い丘の陰などに身を隠し、毛布を被って交替で眠った。焚火をする燃料や道具を手に入れられなかった為、そうするしかなかったのだが、追手や味方の落伍兵、残党狩りに見つからないようにする為でもあった。

 追手は勿論だが自軍の残党や落伍兵にも注意しなければならない。激しい戦いに敗北し、敵から逃げ出し、食糧にも水にも事欠く落伍兵に指揮権を主張したところで話が通じるとは思えない。

 ただ、最も恐れるべきは残党狩り、要するに付近の村の農民である。

 彼らは敗北し逃げ出した残党を追い詰め、捕まえて敵に突き出してたり、その身包みを剥いで売りさばいたりする。

 町や村を占領し、住人を家から追い出し、税金を課し、作物を徴発していく軍隊に対する農民の恨みや憎しみは相当なものであり、その鬱憤晴らしに殺される残党も少なくない。

 その上、彼らは付近の地理に通じているから、相当な数の敗残兵が残党狩りに襲われて死ぬことになる。場合によっては戦場で戦死した兵よりも多くの犠牲を出すこともある。

 二人がそういった残党狩りに襲われたのはマルセラを発って三日目の夜だった。

 その日は大きな岩の陰に身を潜めて眠ったのだが、ソフィーネに揺り動かされたレオポルドが目を覚ますと六人の男たちが二人を半円状に取り囲んでいた。

 彼らが手にしているのは農作業用の鎌や農業用のフォーク、木を切り、薪を作る為の斧といったものであった。

「この連中にはアーウェンの紳士方みたいに言葉が通じるとは思えませんね」

 彼女はそう言うとサーベルをレオポルドに投げつけた後、十字剣を構えた。

 武器を手にした男たちは一斉に向かって来るが、ソフィーネが十字剣を横ざまに振り抜くと、それ以上は近付くことができなかった。十字剣の間合いは非常に広いのだ。

 一人が農作業用フォークを突き出したが、十字剣に弾かれたばかりか簡単に圧し折られ、男は尻餅を突いた。

 男たちは声を掛け合いながら間合いとタイミングを計っている。

「貴方。自分の身くらいは自分で守れますよね」

「馬鹿にするな。農民相手に不覚を取るものか」

 ソフィーネが声を掛けると、抜き身のサーベルを構えたレオポルドが言い返す。戦など滅多に起きない帝都に生まれ育ったレオポルドであるが、剣術は貴族が学ぶべきものであり、サーザンエンドとムールドに来てからもサーベルを振るう機会は幾度かあった。それ程、前線に出たわけではないが。

「結構。では、私は自由に動かせてもらいます」

 そう言うとソフィーネは音もなく進み、最も近くと言っても他の者よりも僅かに数歩近いくらいの男へと迫り、手にしていた鎌ごとその腕を切り捨て、すぐさま身を翻して他の男たちに向き直る。それは瞬きをするような一瞬の出来事であった。

 気が付くと肘辺りから先を失っていた男は半狂乱になった泣き叫びながらひっくり返り、噴き出る血を残った手で押えながら蹲る。

 男たちが悲鳴を上げる仲間に視線を向けた次の瞬間、ソフィーネは大きく数歩進み、十字剣を振り上げて一人の脇腹を斜め上に浅く薙ぎ、振り上げた剣先を別の男の肩にめり込ませて骨を砕いた。

 そして、素早く数歩下がって距離を保つ。

 脇腹を引き裂かれた男は悲鳴を上げながら武器を取り落として傷口を抑え、肩の骨を粉砕された男も倒れ込んで痛みに絶叫を上げる。

 ソフィーネの十字剣による攻撃はいずれも致命傷ではない。それは彼女が殺生を避けようとした結果ではない。

 彼女は知っているのだ。敵を倒すのに、わざわざ殺す必要はないのである。脇腹を切り裂き、肩の骨を砕く程度で、人間は武器を握れなくなり戦意を喪失する。

 体中に傷を受けても戦い続ける狂戦士など物語の中にしか存在しない。いたとしても相当な精神力と戦意を持つ戦いに慣れた人間だろう。軍隊の大多数である普通の兵隊にはそんな力はないし、ましてや、弱り切った残党の寝込みを襲うような農民がそのような英雄的な働きをするわけがない。

 故に必要最小限の動きで必要な程度の傷を負わせれば、それだけで彼らは最早戦力的には無価値な存在となる。

「さて、お次は誰にしましょうか」

 彼女はそう呟いて舌なめずりする。

「恐ろしい修道女もいたもんだ」

 レオポルドが呆れて呟く。

 僅か一分もしないうちに仲間の半分を戦闘不能にされた男たちは怒りよりも恐怖を覚えたようであった。見るからに怯えた表情で後退りしている。

 ソフィーネが一歩前に進んだだけで彼らは顔を引き攣らせ、手にした武器をガタガタと震わせた。完全に腰が引けている。

「所詮は農民ですからね。こんなものです」

 彼女が事も無げに言って数歩前に進み、十字剣を振るうと男が握っていた斧は呆気なくその手から離れ、地面に転がっていった。男は腰を抜かして、その場にへたり込む。

 ソフィーネがへたり込んだ男を無視して、その隣にいた男に剣先を向けると、彼は手にしていたナイフを捨てて諸手を挙げた。

 その間にもう一人は逃げ出していた。片目でその背中を見ていたソフィーネは目の前の二人に向かって顎を振って行けと合図する。

 男たちは負傷した仲間を助けることもなく、背中を向けて走っていった。

 傷を負った男たちもどうにかこうにかその場から逃れようとしている。

「さて、どうしましょうか。もう一眠りしますか」

「いや、結構」

 レオポルドは使う必要のなくなったサーベルを鞘に戻しながら答えた。

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