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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第八章 南岸
135/249

一二九

 レオポルド軍がラジアの最も東側にある外塁を奪取した日の夜。再びラジアからレオポルドの下へと使者が訪れ、人質の身代金の減額を申し出た。レオポルドは即座に使者を追い返し、翌日も攻撃を続行するよう命じた。

 奪取した外塁にはドレイク連隊と砲兵隊が入り、ラジア防衛の要であった外塁は攻略側の拠点と化した。

 外塁とラジアの城壁の間にはぐるりと巡らされた分厚い土塁と空濠があり、容易に近づくことは難しいが、外塁に配置された大砲は土塁の内側と城壁を射程距離に収めている。

 その上、ラジア兵は外塁に配置していた自らの大砲を無傷のまま放置していた為、それらの砲も活用することができた。やや旧式ではあったが、使用に耐えないという程ではなく、レオポルド軍の貴重な戦力の一端を担うこととなった。

 翌日からレオポルド軍の砲兵隊は仕事に取り掛かり、ラジアの城壁に砲弾を撃ち込み始めた。手始めに東門の両脇を守る二つの塔に砲撃を集中させ、半日ほどかけて倒壊させた。

 その日の夜にもラジアからの使者はレオポルドの下に足を運び、人質の解放を条件にレオポルド軍のハルガニからの撤収を要求した。

 呆れ果てたレオポルドは侮蔑の表情を隠すことなく、バレッドール将軍に声を掛けた。

「連中は自分たちの立場が理解できていないらしい」

 将軍は鋭い視線をラジアからの使者ハルアクに向けた。

「今や貴殿らの要塞の一角は崩れ、我が軍の大砲は市内をも射程に収め、今日は東の門まで破壊された状況である。つまり、我が軍の剣の切っ先は貴様の喉元に突き付けられている。そのような状況でよくもぬけぬけと条件を出し、あまつさえ、兵を退けなどと言えるものだ」

 通訳の言葉を聞いたハルアクは顔面を紅潮させたが、以前のようにすぐに席を蹴るをことはなかった。苦渋に満ちた顔で乾いた声を絞り出す。

「人質の無条件解放とレイナルの引き渡しには同意するとのことです。ラジアの開城も許容できるが、レオポルド軍の長期の駐留とアスファル族の族長の引き渡しは難しいと」

 通訳の言葉を聞いたレオポルドは少し考えてから口を開いた。

「ラジアを開城するということは私に恭順すると理解してよいか」

 レオポルドの問いにハルアクは黙って頷く。

「それならば、族長の身柄は、代わりに人質の供出としてもよい」

 その答えにハルアクは安堵の息を吐いたようだった。

「明日の正午までに全ての城門を開き、族長直々に我が軍を出迎え、レイナルの身柄を引き渡せ。城門が開かなければ、我が軍は予定通り攻撃を続行する」

 レオポルドの言葉を携え、ハルアクはラジアへと戻って行った。

「これでようやくファディに帰還できますな」

「兵達も喜ぶでしょう」

「閣下も無事に御子息とご対面できるというもの」

 士官たちが喜びを口にする中、レオポルドも安堵したように笑みを浮かべる。

 ただ一人、レオポルドの護衛をして傍らに控えるソフィーネが口の中で呟いた。

「そんなに上手くいきますかね」


 翌朝は大変よく晴れていて、ここ数日吹き荒れていた強風もいくらか穏やかなものとなっていた。

 外塁に入っているドレイク連隊以外のレオポルド軍はずらりと整列してラジア入城の準備を整えていた。騎乗したレオポルドとバレッドール将軍、ジルドレッド准将ら幕僚は軍勢の先頭にあってラジアが自ら門を開くのを待っていた。

「大尉。もっと高く軍旗を掲げたまえ」

 レオポルドは立獅子と鍵に巻きつく蛇の軍旗を持つカール・ルドルフ・ジルドレッド大尉に声を掛けた。大尉は第一ムールド人歩兵連隊の中隊長であるが、連隊旗手が戦死した為、臨時的に軍旗を持つ役割を担っていた。

「了解いたしました」

 カール・ルドルフは素直に頭を下げてから、より高々と軍旗を掲げた。海から吹く風に軍旗がはためく。

 レオポルドは軍旗を眺めると満足げに頷いて、カール・ルドルフの精悍で実直そうな顔を見つめた。

「そういえば、君に話しておかなければならないことがあった」

「何でしょうか」

「フィオリアを知ってるか」

「勿論です。閣下にとってはとても大事な御方だと聞き及んでおります」

 その「大事」がどういう意味かはさておき、レオポルドは「それなら結構」と頷く。

「彼女を君の妻にと考えているのだが、君はどう思う。私の兄弟になることに問題はあるかね」

 レオポルドの言葉にカール・ルドルフはすぐには返事ができないようであった。視線を泳がせてから、どうにか口を開いた。

「我が身に余る光栄です。しかし、思いがけぬことで、すぐには返答いたしかねます」

 カール・ルドルフの慎重な答えにレオポルドは「それでよい」と頷き、視線をラジアへと戻す。

 やがて、ラジアで動きがあった。レオポルドたちが布陣する正面にあるラジアの正門を守る外塁の上に人の姿が認められた。およそ半マイル程度離れているレオポルドたちは一斉に望遠鏡を向け、数騎の斥候が駆けて行く。

 外塁の上に現れたのは十数人のラジア兵。それに数人のみすぼらしい恰好の男たちだった。男たちは縄で縛られ、一列に並べられ跪かされている。

「一体全体、我々に何を見せようというのだ」

 バレッドール将軍が忌々しげに呟く。

「閣下っ。あの男たちは先の戦いで捕えられた我が軍の兵ですっ」

 第一ムールド人歩兵連隊を率いるサルザン族の族長ラハリが叫んだ。

 並ばされたムールド人捕虜は十人だった。

 剣を持ったラジア兵が何事かを怒鳴っているが、レオポルドの下までは声が届かない。近くまで接近させた斥候には声が届いたようで一騎が馬首を返し、駆け戻ってきた。

「敵が我が軍に撤退を要求していますっ。兵を退かなければ捕虜を殺すと」

 報告を聞いた幕僚たちがざわつく。

「約束が違うぞっ」

「退却しなければ捕虜を殺すとは卑劣極まる行為だっ」

「連中め。自分たちの立場が分かっているのか」

「昨日、話した内容が正しくラジアに伝わっていないのではないか」

 困惑と怒りがレオポルド軍に広まる中、レオポルドは忌々しげに舌打ちをした。

 レオポルドとの交渉を担当したハルアクは仲間たちの説得に失敗したのだろう。正しく現状を理解し、開城止む無しとの結論に至ったハルアクとは違ってラジアの指導者たちにはレオポルドの出した条件を呑むことができなかったに違いない。

 ハルアクは弱腰な態度で交渉をしたから高い代償の条件を突き付けられたのだと考えたラジアの指導者たちはレオポルドに対して強気の態度を見せなければ舐められると考えたのかもしれない。

「強気で出れば相手が引っ込むなどと考えているとは。野蛮な賊の考えそうなことだ」

 レオポルドは軽蔑するように言うと、バレッドール将軍に視線を向けた。

「第一ムールド人歩兵連隊をドレイク連隊の支援に回せ。砲兵隊は砲撃を再開せよ」

「閣下。宜しいのですか」

「捕虜を殺すと脅されたくらいで兵を退く阿呆がいるか」

 レオポルドはそう言い捨てて馬首を返した。最早、軍勢の先頭にいる意味もない。

 矢継ぎ早に指示が飛ばされ、第一ムールド人歩兵連隊は東へと移動し、近衛大隊は後詰として控え、第二ムールド人歩兵連隊とムールド人軽騎兵連隊は包囲を維持する。この日、まだ仕事をしていなかった砲兵隊は砲撃を再開した。

 レオポルド軍に退却の意志がないと知ったラジア兵は次々と十人の捕虜の首を刎ねた。

 しかし、それでもレオポルド軍の砲撃は休みなく続き、外塁に配置された大砲に支援されたドレイク連隊は外塁からラジアの周りを囲う土塁へと突撃を敢行した。

 外塁と土塁の間には広い空濠があり、ラジアに攻め入る兵たちは一度濠の底に下りた後、再び駆け上がることになる。ラジア兵は緩やかな坂を駆け上がってくる兵を迎撃しようとするが、第一ムールド人歩兵連隊の一斉射撃と砲兵隊の砲撃によって土塁の上に登ったラジア兵は尽く掃討され、本格的な迎撃は不可能であった。

 さほどの時間もかからずドレイク連隊は土塁の頂まで駆け上がり、更にその向こうのラジアの古い城壁を視野に収め、抵抗する術のないラジア兵は城壁の内側に退却していった。

 この時点で日が暮れた為、ドレイク連隊は一旦外塁に戻り、翌日の攻勢に備えることとした。

 ラジア兵は再び城壁の上でムールド人捕虜を殺すと脅し、実際に数人を処刑したが、レオポルドはそれを無視した。


 翌日、陽動の為、第二ムールド人歩兵連隊が西側の外塁を攻撃し、ムールド人軽騎兵連隊が手薄と思われる箇所に挑発的な接近を繰り返して、ラジア兵の一部を引き付け、その間に第一ムールド人歩兵連隊は東側外塁を出撃して空濠の底に下り、土塁を這い上がって総攻撃の時に備えた。この日はドレイク連隊が後方支援を担当する。

 高らかに喇叭の音が鳴り響くと第一ムールド人歩兵連隊の将兵は土塁を乗り越え、一目散に城壁へと向かっていく。散々に浴びせられた砲撃によってラジアの城門を守る塔は見る影もなく倒壊しており、城壁も各所が崩れていた。城壁の防御力はほとんど失われており、優勢な砲撃によって支援されたレオポルド軍を防ぐ術などなかった。

 ムールド兵は銃弾と矢の雨を掻い潜り、崩れ去った城壁によじ登り、崩壊した壁の隙間から侵入し、ラジア兵と白兵戦を繰り広げる。

 昼頃からは弱い雨が降り始めたが、攻勢は緩まることはなく、むしろより強められた。レオポルドは陽動作戦に従事していた第二ムールド人歩兵連隊を下げて、ドレイク連隊を前線に投入させ、近衛大隊を支援に向かわせた。

 城壁の内側に侵入したムールド兵によって東側の城門が開け放たれ、第一ムールド人歩兵連隊とドレイク連隊は雪崩を打って城内に乱入した。ラジア攻防戦は市街戦へと推移し、降りしきる雨の下、市内各所で凄惨な殺し合いが繰り広げられた。

 抵抗するラジア兵は勿論のこと、逃げる兵、女子供老人を含めた市民にも銃撃が浴びせられ、無情な刃が振り下ろされ、血と雨と泥に塗れた屍が道端に転がっていく。

 市街戦においてレオポルド軍の少なくない将兵が無差別な殺戮や乱暴、略奪に手を染めたが、レオポルドはそれらを特に厳しく取り締まることなく半ば黙認した。苦痛と屈辱に満ちた長期の戦いを耐え忍んだ兵達には鬱憤晴らしが必要であり、ラジアにはその罰を受ける必要があると彼は考えていた。潔癖なほどに軍の規律維持を重視するキスカが不在であったこともそういった犯罪行為を許した一因と言えるだろう。

 ラジア軍は崩壊し、組織的な行動はほとんど不可能となっていた。陥落していなかった外塁に籠っていた兵たちは降伏し、市内にいる多くの兵たちは武器を捨てて市民に混じって各々が安全だと思われる方へとばらばらと逃げ去って行く。

 まだ統率が取れている兵たちは族長の館や塔、東岸商人の商館などに籠城し、最期の抵抗を試みていた。

 夕刻に雨が上がるとレオポルド軍は市内に大砲を持ち込み、敵兵が立て籠もる館や塔に大砲を撃ち込み、火を放って籠城する兵や避難した市民ごと焼き殺す。

 籠城や避難ができなかった敗残兵や市民は内陸側から迫るレオポルド軍が逃れようと港湾部へと走り、我先にと停泊している船に乗り込んだ。小さな漁船や艀にまで避難民が押し寄せ、沖に出した途端、転覆する船が相次ぎ、多くの人々が溺死した。

 船による逃走を阻むようにレオポルド軍に唯一残された軍艦であるフリゲートがラジア沖に現れ、避難民を満載して逃走する船を砲撃した。砲撃を受けたほとんどの船はすぐに降伏し、逃走を試みた船には砲弾が撃ち込まれ、船に乗り込んでいた人々をバラバラに粉砕し、船内を恐ろしい惨状にしていった。

 夜までにはラジアで抵抗する拠点は族長の館と商館のみが残り、その二つの館もレオポルド軍によって包囲され、彼らの命運は風前の灯火となっていた。

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