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サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第一章 サーザンエンドへ
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一二

 クロヴェンティ司教との会合が上々な結果に終わった後、レオポルドは投宿している宿に戻り、食堂で夕食を摂りながら二人の同行者に会合の内容を話した。

「司教様はどうしてあんたの目的を知ってたのかしら」

 消し炭かと思うくらい焼かれた羊肉をナイフで突ついていたフィオリアが渋い顔で言った。

「ふむ。おそらくはレガンス司教の方から聞いたのだろう」

 レオポルドは同じように黒い羊肉をナイフで突きながら考えつつ答えた。

 その答えにキスカは怪訝な顔をする。

 レガンス司教はクロヴェンティ司教と並ぶ南部の聖界諸侯である。その司教領はクロヴェンティ司教領よりもいくらか南にある。レオポルド一行がまだ至っていない地の司教から聞いたのではないかという推察に違和感を感じたようだ。

「俺は帝都のレイクフューラー辺境伯の屋敷でレガンス司教付司祭からサーザンエンドについて話を聞いていてな。その司祭が上司の司教にそのことを伝えていたのは間違いない。で、レガンス司教からクロヴェンティ司教へと話がいったと。まぁ、そんなところだろうな」

 教会が強い力を持っている要因はいくつかある。教会の教えは神の意思であるという人々の精神面への影響力。寄付された広大な土地や莫大な現金収入(ミサや儀式などの寄付は現金で為されるのが一般的である)といった財力。それと同じくらい教会が大陸中にネットワークを張り巡らせていることが大きい。各地の教会、修道院から逐一情報は教会の本部に伝わり、また、教会と教会、修道院と修道院もこれまた密な情報交換をしている。情報の力が偉大であることは言うまでもなく、その点において、教会は当時トップクラスのレベルを誇っていた。

 それ故に、おそらくは帝都でレオポルドが話した内容は教会の本部や関係部署、南部の主要な教会や修道院などに伝わっているとみて間違いはないだろう。

「それって大丈夫なの」

「俺が辺境伯位を狙っているって話が教会関係者に広く伝わっていたとしても概ね問題はないと考えている」

 不安そうに見えるフィオリアの問いにレオポルドは渋い顔で答えた。

 彼が問題ないと考える理由は、まず第一に教会にとってはレオポルドが辺境伯に就くことがメリットになるからである。

 クロヴェンティ司教が語ったように、また、レオポルドが考えたように教会にとっては帝国寄りのサーザンエンド辺境伯が居続けることが南部の安定と教会の地位の維持・向上に役立つと考えている。

 そして、その帝国寄りの辺境伯候補は今のところ、適任とされる人物がいない状態が続いている。辺境伯位に意欲を見せている現地領主もいるが、彼らは異教徒・異民族であり、彼らが帝国に大人しく従うのかは甚だ疑問である。また、教会と友好的な関係を維持できるか非常に疑わしい。

 その為、教会はレオポルドの目的を知れば、それを妨害するどころか支援するものと思われた。事実、クロヴェンティ司教も支援の用意があることを口頭ではあるが約束してくれている。

 問題があるとすれば、辺境伯候補として適役といえるレオポルドの存在を知った辺境伯位を窺う現地領主たちや帝国に反抗的な異民族がどのような反応をするかである。どう考えても好意的なお出迎えをしてくれるとは思えない。

 とはいえ、教会の内部に伝わっている情報が教会と付き合いのない異教の領主や異民族にそうそう簡単に伝わるとは思えない。両者は敵対関係にあるからだ。

 以上の考えから、レオポルドは問題ないと判断していた。それどころか、教会の内部で次のサーザンエンド辺境伯候補にレオポルドという適任の者がいるという印象付けが行われることは好都合とすら考えていた。

「それでだ。この後、俺たちはレガンス司教の方にも行く予定なんだが、その後、もう一つ、教会関係の施設を訪問しようと思っている」

「どこですか」

 キスカの問いにレオポルドは答えた。

「剣の修道院だ」


 剣の修道院は正式な名前を聖ギンデルカール修道院という。

 聖ギンデルカールとは教会の聖人の名である。

 その昔、西方教会の教えがまだ大陸中に広まる前、教会の教えが古代の帝国に弾圧されていた頃に活躍した聖人とされている。

 教会信徒を捕えて男は殺し、女は奴隷にしていた悪代官を倒したとか。自分に反乱扇動の冤罪を被せて逮捕しに来た一〇〇人の兵士と戦って勝ったとか。古代帝国の皇帝の面前で、皇帝の臣下で最も強い元帥と剣の試合をして見事勝利を収め、感心した皇帝が改宗するきっかけをつくったとかいう伝説というか英雄譚は大陸全土で広く知られている。

 この聖人は非常に優れた剣術を身に着けていたということで、聖ギンデルカールは剣術の守護聖人とされており、騎士や軍人からも人気が高い。

 この剣の聖人の名を冠したこの修道院は聖ギンデルカールに倣い、剣術を切磋琢磨することによって、信仰心を高め、また、悪魔や反教会の不信心者から教会を守るために戦うという趣旨の修道院である。修道士たちはいずれも優れた剣士であるという。

 それに加え、修道院というものは修道士の労働による商品の利益や巡礼者からの寄付などによって豊かな財産を有していることが多く、また、信仰の為の修練を行う目的により人里離れた地にあるものである。それが異教徒の跋扈する南部にあれば山賊や敵対する異教徒の部族に襲われることも多いのは必然というものだろう。そういった不信の輩を撃退する為にも剣術が欠かせなかったのかもしれない。

 この修道院が他のアーウェン諸侯に配慮して多人数の援軍を派遣するのは無理にしても何人かの一騎当千の強者をこっそりと派遣してくれれば、大変心強い味方になるに違いない。

 そんなわけでレオポルドはレガンス司教領に加え、剣の修道院をも途中の目的地に加えたのだった。


 翌日、一行はオコロブを発ち、南へ向かって歩き出した。細い街道を一週間ほど南下していくとレガンス司教領に入る。

 レオポルドはレガンス司教領では司教座聖堂参事会員の一人と会談し、ここでも好意的な応対を受け、できる限りの支援が約束された。これまた口約束ではあったが。

 レガンス司教領を出て、更に南へ数日歩くとサーザンエンドはもうすぐ近くではあるが、ここで今度は進路を東へと向ける。剣の修道院は街道から少し外れた平原の真ん中にある。

 剣の修道院まではまともな道もなく、ただただ野っ原の歩き易そうなところを二日ほど歩いていく。東に進路を向けて三日目の朝。真っ白に輝く朝日の眩しさに顔をしかめ、目を細めながら歩いていると地平線の彼方におぼろげながら四角いクリーム色の塔が見えてきた。それでもペースを緩めず黙々と歩いていくと昼頃には修道院の建物の全景が視界に入った。

 修道院は黄色っぽいクリームみたいな色の無骨な四角い塔や棟がいくつかあり、それらを渡り廊下で繋いでいた。いずれも基礎は石造りで壁は分厚い煉瓦製だった。小さな窓はかなり高い位置にあって、ちょっとした砦のような外観である。

 修道院の中には俗世との完全な隔絶を謳い、外界の人との接触を極度に忌避するところもあるが剣の修道院においては違っていた。修道院には剣の聖人ギンデルカールにあやかろうという騎士や軍人の巡礼も多い為、客人用の宿舎が用意されており、客人を受け入れることに慣れていた。

 また、修道院の中には女子禁制のものもあったが、聖ギンデルカール修道院は女子修道院を併設している為、女子禁制というわけではない。

 応対の修道士は異民族のキスカを見て眉をひそめたが、レオポルドが咄嗟に彼女は教会に改宗した異民族だと方便を使って全員揃って修道院に入ることを許された。

 ただ、フィオリアとキスカの女子二名は女子修道院の方に宿泊してもらい、食事もそちらで別に摂ることになった。回廊で囲まれた中庭か、その傍にある集会所でのみ、異性との会話は許されるという。それ以外の場所では会話どころか目線を合わせることすら禁止される。

 とりあえず、三人は中庭で今後の方針について話し合った。

 まず、レオポルドはクロヴェンティ司教から渡された紹介状を手に、修道院の有力者と会合を持つ。その間、女子二人は食糧や水、衣服を手に入れ、まだまだ続く旅に備える。今日は一泊して、明朝、再び中庭に集合し、旅を再開する。これらの方針を確認した後、レオポルドは二人と別れた。

 客人用の部屋に荷物を置き、旅装から例の正装に着替えてから、彼は修道院の事務室に赴いて自己紹介した。

 応対していた若い修道士はよく分からなそうな顔をして呆けていたが、その後ろで書類仕事をしていた中年の修道士が立ち上がり、若い修道士を押し退けて前に立った。

「修道院長代理が是非お会いしたいとのことです。どうぞ、こちらへ」

 中年の修道士はそう言って、レオポルドを二階の部屋に案内した。やはり、こちらにもレオポルドの名前は伝わっているようだ。次期サーザンエンド辺境伯候補としてか、教会にとって都合の良い駒としてか。

 案内された二階の部屋は中庭に面した応接室で、窓からは青い芝生の眩しい広い中庭を一望できた。

 修道院長代理を待つ間、何とはなしに庭を眺めていると、ぞろぞろと数人の修道士たちが現れた。全員が純白の長い修道服を着て、フードを被っている。彼らは庭の各所に散らばると、一斉に木剣を振るい始めた。剣の修道会の名は伊達ではないようで、その剣捌きは貴族として少々剣術も嗜むレオポルドから見て、非常に優れたものであった。おそらく、そこで修練している修道士剣士と戦ったら自分は確実に負けるだろう。

「お待たせしてしまい、申し訳ない」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは壮年の修道士だった。真っ白な長い衣服を身に纏い、頭は綺麗に禿げ上がり毛一つなかった。顔つきは柔和だが体つきは老人にしてはがっしりとしていて、腕は太く手も分厚く無骨だ。

「いえ、こちらこそ、突然の訪問にも関わらずお目通り頂き大変恐縮です」

 レオポルドは貴族風に礼をしてから、改めて自己紹介をした。

 壮年の修道士はマルク・ポーテンという名の修道院長代理だという。

「まま、どうぞ、お座りになって。いやはや、今日は中々蒸しますな」

 修道院長代理はそう言って、中庭に面した窓を開ける。季節はそろそろ夏で、南部はその訪れが早いようだ。乾いた風が部屋に吹き込み、微かな蒸し暑さを消し飛ばす。中庭で修練する修道士剣士たちの掛け声が聞こえてくる。

「やや、ちと、外の声が煩いですかな」

「いえ、全く。耳に心地よいくらいです」

 修道院長代理の言葉にレオポルドは微笑して答えた。

 まず、レオポルドはクロヴェンティ司教から渡された紹介状と、ついでに預かってきた修道院宛の手紙類を渡した。

 修道院長代理は手紙類を傍に控えていた中年の修道士に手渡してから紹介状に目を通した。その間に中年の修道士は手紙類を持って部屋を出て行き、部屋には二人だけが残された。

「我が修道院も司教猊下と同じく、できる限りの協力を致しましょう」

 紹介状を読み終えた修道院長代理の回答は両司教と全く同様の内容だった。できることをする。つまりはできないことはしない。そのできることというのは司教が、修道院が決めることだ。レオポルドには具体的な支援内容を約束させる力も地位もない。今はこの回答に甘んじるしかないのである。

 教会としても、できることは限られているのだ。他の異民族・異教徒の諸侯・部族を刺激せず、なるべく穏便に事を運ばなければならない。南部では教会は大陸本土のように絶大な力を有しているわけではないどころか、非常に苦しく弱い立場なのだ。

「何卒よろしくお願い致します」

 今のレオポルドにはこうして頭を下げるしかない。

 世の中とは、こうやって、よろしくよろしくお願いしますお願いしますと頭を下げて生きていくものなのである。

『剣の修道院』

 正式名称は「聖ギンデルカール修道院」だが、大陸中で広く「剣の修道院」として名が通っている。

 聖ギンデルカールは西方教会創立より約百年後、異教を信仰していた古代帝国が大陸を支配していた時代に生きたとされる聖人で、剣術と剣士、騎士の守護聖人とされる。彼にまつわる逸話は数多く、高い人気を誇る。

 剣の聖人の名を冠する通り、修道院は剣の術を学び、研鑽することによって神への奉仕とし、神の敵を打ち倒すことをその目的としており、修道士の多くは優れた剣士でもある。

 南アーウェンの人里離れた荒野の地にあり、俗世とは隔絶された地で神と共にある生活を送るという建前になっているが、実際には多くの修道士が教会軍や教会騎士団の軍事行動に参加している。

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