表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーザンエンド辺境伯戦記  作者: 雑草生産者
第六章 ムールド伯
103/249

九八

 宴の夜は更け、レオポルドはレイクフューラー辺境伯に見送られて馬車に乗り込んだ。従者が扉を閉めると、レオポルドはそれまで浮かべていた外向けの笑みを打ち消した。

 揺れ始めた馬車の中で、彼は疲れたように深い溜息を吐く。

「お疲れのようですね」

「顔が石のようだ」

 隣の席に座っているレンターケットの言葉にレオポルドは呻くように言った。

「白亜公がいらっしゃっているとは思いもしなかった」

「レイクフューラー辺境伯閣下にとっても予想外だったようです」

「だろうな。来ると分かっていれば、こちらにも連絡の一つも寄越すだろう。俺に隠す必要もない。大体、白亜公ほどの御方が、わざわざ、俺みたいな若輩の為に足を運んでくることなどありえないしな」

「仰る通り」

 レオポルドが自嘲するように言うと、レンターケットは大きく頷いてから、気まずそうに苦笑いした。

「いやはや、これは失礼」

 レオポルドはつまらなさそうに鼻を鳴らす。

「それに、白亜公は御高齢ですからな。この頃では外出も滅多にされないとか。わざわざ、足をお運びになったのは、ご興味があったからでしょう」

 となれば、ウィッカードルク伯の件以外には考えられない。わざわざ愚息の後始末をしに来たというわけだ。

「親ばかなことだ」

 レオポルドは呆れ顔で呟く。本人や他人がいるところでは絶対に口にできない台詞だ。

「ところで、如何でしたか」

「何がだ」

「とぼけずともよいではないですか。何がって、決まっているじゃあないですか」

 レンターケットは底意地の悪そうな笑みを浮かべながら言った。

 レオポルドは機嫌悪そうに眉間に皺を寄せる。

「妹の方はともかく、あいつは何なんだ。何だって、いきなり、あんなに突っかかってくるんだ。言っていることは支離滅裂だし、理不尽だし、意味がわからん。あいつはいっつも、あんな風にそこら中に食って掛かってるのか。貴族らしくない野蛮で下品なのはどっちだってんだ」

「ははははは」

 彼が苛々とした調子で言い放った言葉に、レンターケットは愉快そうに笑った。

「笑い事じゃないっ。アレは絶対にダンスの誘いしか受けたことがないぞ。食事の誘いやピクニックや美術鑑賞や教会詣でやらの誘いは受けたことがないだろうな。いくら美人だろうが、あんなのと話していたら、一回のダンスで十分だと男どもは退くだろう。嫁の貰い手がいないわけだ」

 いつになく辛辣な言葉を口にした後、眉間の皺を一層深くして、更に話を続ける。

「レイクフューラー辺境伯ときたら、よりにもよって、あいつと私をくっつけようと考えている節がある。まぁ、順当にいけば、年齢的にも順番的にも姉の方から、となるのは理解できるが、いきなり、あんなことを言い出す奴なんぞ嫁に来られてもこっちが困るっ。辺境伯は女のくせに、男女の組み合わせの相性とかそういうことに気が回らないのか」

「まぁ、閣下はある意味で女を捨てていらっしゃるような御人ですからなぁ」

「他人の嫁の心配をする前に、自分の相手を先に探せと言いたくなるな」

「目的に適う、結婚して利益が出る相手がいれば、すぐにでも婚約するでしょう」

 そういうところが「女を捨てている」というのだろうか。

「あの人はどうしてそこまでして、女を捨てて、酔狂にも俺みたいなのを支援したりしているんだ。いや、何か目的があるのは分かるが、その目的ってのは何だ」

 レオポルドが視線を向けると、彼の事務方の責任者を務めながら、レイクフューラー辺境伯の部下でもあるレンターケットは頭を掻きながら破顔した。

「はぁ、いやぁ、私みたいな下っ端には知らされぬものでして」

 そう言って乾いた笑い声を狭い馬車の中に響かせる。

「レンターケット。うるさい」

「これは失礼」

 二人を乗せた馬車は夜の帝都を駆け抜け、レオポルドが投宿しているウェンシュタイン男爵邸に到着したのは日付を跨いだ頃合だった。


 翌日から、レオポルドは多忙だった。

 勿論、帝都入りした日から多忙ではあった。

 総勢一〇〇名以上の人員を収容する宿の手配、物資の保管場所の確保。

 かつて、債務で苦しんでいた頃、世話になった人々への挨拶とお礼参り。

 それに、皇帝への謁見に向けた根回し、調整、下準備、その他、帝都で最新の流行の衣装を仕立てさせたり、買い込んだり、その他諸々の所要の品を揃えたり。

 皇帝への謁見を終えた後は、その根回しや調整に協力して頂いた関係各所に挨拶周りをして、レイクフューラー辺境伯の開いた歓迎会に出席した。

 とりあえず、ムールド伯に叙任される為の手筈は万端尽くしたはずである。後は、皇帝陛下及び帝国議会からの御沙汰を待つばかり。

 帝国でも有数の有力大貴族であるレイクフューラー辺境伯がバックに付いていて、皇帝陛下の印象は悪いものではなかったはずで、しかも、帝国最大の実力者と見做される白亜公からも色よい言葉を頂いたのだから、期待して待っていていいはずだ。

 しかし、レオポルドはその時間を無為に過ごすつもりはなかった。

 レオポルドは毎日レンターケットをはじめとする書記たちを連れて、帝都の各所を訪れていた。帝都大学、聖ゲアハルト神学校といった帝都にあるいくつかの大学、陸軍工廠、馬政局などの軍の官署、農務院やら鉱山局やらの役所。そういった機関をいくつも訪ねて行っては、学者や技術者、役人と熱心に話し込んだ。

 やっていることは優秀な人材の捜索と勧誘である。

 帝都の諸機関に務める学者や役人、技術者を引き抜いて、ムールドの開発に生かそうという計画である。

 当然、優秀な人材ばかり目を付けて引っこ抜こうとするのだから至難の業だ。彼らはいずれも悪くない条件で安全快適な帝都において責任ある立場で勤務しており、労働環境に不満はないはずだ。

 しかし、レオポルドは彼らの耳元で囁く。

 帝都で安穏と延々と同じ仕事を続けるのもいいかもしれないが、こことは全く環境が違い、開発もほとんどされず、未だに開発計画すら白紙同然の状態の全てが真っ新のムールドで、君の能力を如何なく発揮してみたくはないか。自分の能力が如何程のものか新しい環境で試したくはないか。

 能力ある者ならば、誰もが胸に抱くもの。先人が築き上げてきたものを継承し、改善する日々ではなく、自分が新しいものを造り出す、生み出すという野望。

 レオポルドは彼らのそんな胸に秘めた野望に火を点けて回ったのだ。悪魔が魂を地獄に連れ去るかのように、甘言を囁いて回る。当然、相当の報酬を約束している。金ならば、レイクフューラー辺境伯から借りればいい。

 勿論、勧誘された全ての者がレオポルドの誘いに惹かれたわけではない。興味を示さない者もいたし、興味はあっても、今の生活を守る為に断る者もいた。

 しかし、中にはいるものだ。ムールドなる聞いたこともない地名の、南部の辺境に、我が能力を示さんが為に足を運んでもいいという酔狂な輩が。

 その手の連中は、能力は有っても、個性的な人格の者が多い。

 レオポルドの誘いに乗った者の中には、変人と呼ばれている者、教会から不信仰や異端の疑いで目を付けられている者、不敬が過ぎると上官から睨まれている者なんかも多く含まれていた。

 しかし、レオポルドにとってそんなことは大した問題ではない。彼らがレオポルドの求める仕事さえしてくれれば何の問題もないというのが彼の考えだ。

 レオポルドの数少ない長所は多くの王侯貴族よりも格段に寛容であることだろう。

 学者や技術者にとって、雇い主のこの特長は大変好ましいといえる。多くの学者や技術者の研究や開発を阻害するのは、いつだって上層階級からの規制と援助の停止なのだから。

 要するにこれは両者にとって利点がある取引なのである。

 そういったわけで、レオポルドは優秀な学者や技術者の探索と勧誘に日夜帝都中を歩き回る日々を送っていた。

 そこへ、ほぼ毎日のようにムールドから現地の情勢を伝える手紙が舞い込んでいた。

 というのも、レオポルドは、レッケンバルム卿ら主要な貴族の仰々しく修飾され、建前ばかりで本音があまり含まれていない形式的な報告の手紙の他、ジルドレッド将軍、バレッドール准将、ルゲイラ兵站監らからの軍事情勢に関する報告、ムールド諸部族の族長からの報告、信頼できるムールド人士官からの報告といった何種類もの手紙を受け取っており、ムールド語のものはキスカの通訳を受けながら、それらにも目を通さなければならなかった。

 その他、新たにレオポルドとお近付きになりたいという貴族や商人からも手紙がいくつも届いていた。

 また、買い戻した旧クロス邸の改築・修繕工事も進めている最中であった。

 こちらはフィオリアと分担していたが、それでも、その設計図に目を通して、建築会社に要望を伝えたり、屋敷に置く家具や飾る美術品の選定を行ったりと、細々とやることは多くあった。

 レオポルドは出先から帰ってきて夕飯を食べながら、手紙や報告書、屋敷に関連する書面に目を通し、その後、寝るまでの間に返信の手紙を書き、書類仕事を済ませるという日課になっていた。


 外出しない日には引っ切り無しに来客があった。

 父の時代からの知人や近所付き合いのあった人々、南部に縁のある貴族、レオポルドがムールドを支配することによって得られるであろう利益を目当てにすり寄る商人たち、南部への布教を進めようとする修道会。そして、

「この度はお忙しい中、このような場を設けて頂きありがとうございます」

 レオポルドの対面で、仏頂面でそう挨拶したのは陰気な灰色の髪を短く切り揃えた若い女だった。感情を感じさせない銀色の瞳に眼鏡をかけた小柄で痩せぎすの小娘だ。髪と同じような暗い紺色のローブを着込んでいる。

 彼女の隣には頭の毛をすっかり剃り落とした髭面の大男が座っている。鋭い眼光を放つ猛禽を思わせる目に、しっかりとした鼻と顎。服の上からでも分かるほど筋骨隆々といった体格である。長袖の灰色のシャツに、紺色の長ズボンと短ブーツ。腰には無骨なサーベルを提げている。

「えーと、それで、あー」

「イレーヌです。イレーヌ・リブル。こっちはトマス・バーン。ドレイク傭兵団の、私は主計長兼輜重隊副長を、トマス・バーンは傭兵団の副長を務めています。本日は我々の上司ハワード・ドレイクの名代として参りました」

 陰気な灰髪の女、イレーヌは簡潔に自分たちの自己紹介をした。バーンは黙って軽く頭を下げた。

 レオポルドの元には、彼らのような傭兵業者までやって来たのであった。

 彼らは戦争の匂いを嗅ぎつけるや否や、兵を必要としている諸侯や領主の許に馳せ参じ、資金や特権と引き換えに、兵や武器弾薬、糧秣等の物資を用意し、軍事行動の指揮まで執り、占領地や捕虜の管理まで行う戦争屋である。

 どうやら、この二人もレオポルドに戦争の匂いを嗅ぎつけたらしい。

「失礼。トマスはグリフィニア王国の、それもだいぶ北の辺鄙な田舎の生まれなもので、帝国語に疎く、あまり話せないのです。難しい言葉でなければ理解はできますけれど。ちなみに、私はクライスの低地地方の生まれです。低地、高地、両クライス語は勿論、帝国語もグリフィニア語も話せますので、意思疎通に問題はありません。さすがにムールド語というのは聞いたこともございませんが」

 イレーヌは表情も変えずに、ぺらぺらと早口で聞いてもいないことをどんどん言ってくる。

 隣に座ったキスカがやや不機嫌そうに眉間に皺を寄せていることにレオポルドは気付いた。

「それで、用件の方だが、あぁ、勿論、先に聞いてはいる。傭兵契約についてだったな」

 レオポルドの言葉に、イレーヌはずれてもいない眼鏡をくいっと直してから再び口を開く。

「お聞きしたところによりますと、南部はどうにも大変物騒できな臭い地域だとか。治安は悪く、盗賊や密輸業者がうろつき回り、餓えた野獣が町の外を徘徊し、日夜、多くの罪なき人々が犯罪に巻き込まれて哀れにも命を散らし、暴力の犠牲になっているとか。諸侯は憎しみ合い、争い、いつ何時、戦が巻き起こってもおかしくはない危険な情勢だとか」

 イレーヌの語った南部は、まるで地獄かと思わんばかりの情景で、実際にはもう少しマシな状況である。とはいえ、南部情勢が不安定なのは確かであり、治安はお世辞にも良いとは言えず、戦禍の危険性は少なくない。

「となれば、レオポルド様も兵力は多く必要となりますでしょう。今は一兵でも欲しい時期ではございませんか。特に、新式のマスケット銃の取り扱いに慣れた銃兵ならば喉から手が出るほど欲しいといったところではないでしょうか」

 確かにレオポルド軍にとって兵士の不足は問題である。そもそも、サーザンエンドは、とりわけ、その中でもムールドは人口が希薄な土地であり、思うように兵を集めることは難しいのだ。

「そういったわけで、お困りではなかろうかと思いまして、参りました次第です。どうでしょうか。私どもに任せて頂ければ、お望みどおりの数の兵を揃えてみせましょう。それはもう一〇〇〇でも五〇〇〇でも一万でも」

 そう言ってから、彼女は再びずれてもいない眼鏡をくいっと直す。

「勿論、それ相応の費用を頂ければの話ですけれども」

 これは正当なる商取引なのだ。レオポルドは兵を求め、彼らは金を求めている。

「貴女の言う通り、我々は兵を必要としています。とはいえ、銃もろくに扱えないようなゴロツキを何百人も抱えるつもりはありません」

 キスカは刺すような口調で言い放つ。

 隣に座ったレオポルドは長椅子の背もたれに背を預けながら表情だけで同意する。

 傭兵とは言っても、その質はピンからキリまでである。

 そもそも、世の大半の傭兵は、ここにきているような傭兵業者に高収入などの甘い文句で勧誘された都市の浮浪者や低所得者、農村部の百姓なんかなのである。要するに、そこらにいる連中と何も変わらないのだ。そいつらに武器を持たせて訓練を施し、戦わせるのである。領主が領民を動員するのと何も変わらない。その業務を委託されていると考えればいい。

 勿論、中には戦場から戦場を渡り歩く、戦争のプロとも言うべき歴戦の勇士もいるし、領地や財産を失って食うに困った騎士、遠い外国から連れて来られた奴隷もいれば、土地が貧しい為、村の若者を訓練して戦場に送り込む地域すらある。

 傭兵と一口に言っても、皆が皆、戦場に慣れているわけでもなく、武器の取り扱いに長けているわけでもないのだ。雇ってみたが、てんで役に立たなかったということもあり得る。

「御心配なく、我々、ドレイク傭兵団には歴戦の将校と下士官がおり、赤子相手でもしっかりと訓練を施し、立派な戦士にしてみせましょう」

 イレーヌがそう言い、隣に座ったバーンが頷く。確かに、彼の出で立ちは歴戦の勇士といった趣がある。戦場で出くわせば、踵を返して逃げ出したくなるような外見である。

 また、昨今の戦場の主役は銃や砲といった火器であり、パイクすら現役から退きつつある。砲は専門の兵が取り扱う特殊な武器であるが、銃に関しては簡単な訓練で誰でも使える武器である。弓矢やパイク、剣などと比べ、遥かに取り扱いが簡単で、訓練も短期に済ませることができる。そこらの百姓を連れてきても、行進の仕方、銃の撃ち方を一ヶ月も教え込めば立派な兵士の出来上がり、という時代なのだ。

 余程の素人でもなければ、ある程度は使い物になるだろう。

 彼らがそこら辺の食うに困っている連中を引っ張って来て、ある程度使い物になる感じまで訓練を施して、一個連隊くらい仕立ててくれるならば、レオポルドにとって歓迎すべきことである。

 未だ帝都を出て、ムールドに向かう予定は立っていないが、情勢次第によっては急な出立も有り得る。先んじて募兵と訓練をさせておいた方が何かとよいかもしれない。

 思案顔で顎を擦っていたレオポルドは口を開く。

「ふむ。いいだろう」

 キスカはちらりとレオポルドに視線をやったが黙っていた。

「ありがとうございます」

 イレーヌは相変わらずの無表情で微かに顎を引いた。頭を下げたつもりらしい。隣のバーンはゆっくりとその巨体を折り曲げて頭を下げた。

「一ヶ月以内に帝国式編成の一個歩兵連隊の歩兵を揃え、戦場で使えるようにしてもらいたい。如何程かかる」

 帝国式編成の一個歩兵連隊は将兵合せて八個中隊一二〇〇名から成る。通常はこれに連隊本部と輜重隊或いは酒保商人やらの群れが加わる。

 酒保商人とは軍隊に追随し、軍隊の入用なものを販売したり、軍隊が分捕ってきたものを買ったりする業者である。一昔前までは戦場にはこのような酒保商人たちが多くいたものである。

「正式な契約書は後日作成してお持ち致しますが、必要になる金額と致しましては一兵につき支度金一〇セリン、衣装代一〇セリン、一ヶ月分の給与三〇セリンとなっています。これが小計五万四六〇〇セリン。なお、先の金額には楽隊や馬丁、助手らその他要員分も含まれております。次に下士官の一ヶ月分の給与一万一三〇〇セリン。将校と准士官の一ヶ月分の給与五七〇〇セリン。その他、武器弾薬と糧秣の費用五万セリン。その他諸々の費用と手間賃を合わせまして初期費用は一三万セリンとなります。その後、一月毎に給与五万セリン。その他武器弾薬と糧秣の補給を委託される場合は別途料金が発生します」

 イレーヌは無表情で長々と言ってみせた。それほどどんぶり勘定というわけではなく、根拠のある数字のようだ。

「ちょっと待って下さい。その他の諸費用と手間賃が八四〇〇セリンとは高額過ぎます。八四〇〇セリンの詳細な内訳の説明をお願いしたい」

 キスカが異議を唱えた。確かに八四〇〇セリンはおまけで済ませられるような金額ではない。一個中隊を一ヶ月賄える程の金額なのである。

「それは手数料と報酬です」

 イレーヌは顔色も変えずに言い返す。確かに彼らは利益を目的とする民間業者なのだから、請求金額に報酬が含まれているのは当然である。

「しかし、先の給与の中には貴女たち傭兵団の幹部も含まれているはず。給与と報酬を二重に請求するのは如何か」

 負けじとキスカも言い返す。ただでさえ、レオポルドの無計画に見える奔放な出費に彼女は頭を悩ませているのだ。いくら必要な経費とはいえ、レオポルドに無駄な債務を背負い込ませるわけにはいかぬ。とキスカは自負していた。

「まぁ、彼らは営利を目的にしているのだ。それくらいの金額は許容してもよい」

 レオポルドが鷹揚に言うと、キスカは目を剥いた。イレーヌも意外そうな顔をする。ふっかけられていると知っても、それでよい。などと寛大なことを言う雇い主は初めてだった。

「レオポルド様。いくら、レイクフューラー辺境伯が援助してくれるからといって、そんなに借金を重ねては、後々の問題となります」

「いや、何。大丈夫だとも」

 キスカが眉間に「地獄の入り口」もかくやという程に深い皺を寄せて諫言しても、レオポルドは聞く耳を持たなかった。

「では、その金額で宜しく頼む。ただし、我が軍に入るからには軍の指揮権に服し、軍紀を守ってもらう。特に軍紀違反に関してはこちらの我が軍最強の副官が厳しく取り締まることになっている」

「それは恐そうですね」

 レオポルドが半分冗談のように言うと、イレーヌは相変わらずの無表情で呟きながら、先程から殺気を放っているキスカを見やる。

「仔細についてはうちの事務長のレンターケット、書記のコンラートとクンヤに頼む。話の概要は伝えておこう」

 そう言ってレオポルドは席を立つ。イレーヌとバーンも立ち上がる。

「あぁ、それから。いつか貴女の上司であるドレイク卿ともお会いしたい。できるだけ素面に近いときに話せればよいと思う」

 そう言って彼は部屋を出た。

 後から付いて来たキスカのどういう意味かという顔を見て、説明する。

「ドレイク傭兵団は以前から名前と実績を聞いていたのだ。団長が酒浸りでどうしようもないって欠点さえなければ優秀らしい」

「信頼できる相手と知っているなら教えてくれればいいのに……。それにしたって、いくら優秀な傭兵団相手でも出費が……」

 レオポルドの後に付き従いながら、キスカはぶつぶつと口の中で文句を呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ