第三話ー帰還ー
――研究開発機構ラディクシア。
秘密裏に神樹の研究をする機関で私達アジャスタが所属する神樹調査部署-EVE-の他、神樹研究部署-ROOTS-、技術開発部署-SEED-で構成されてる。
調査を終えた私達はその本部に戻ってきた。
「疲れたー。早くお風呂に入って布団にもぐりたい」
「疲れたのはわかるけど、長官への報告がまだでしょ」
「相変わらず陽葵は真面目だねー」
「二人が自由過ぎるのよ……。ほら瑠奈も起きて、今から報告行くよ」
そう言いながら陽葵は部屋の扉を叩く。
「失礼します、鏑木長官。ただいまナーテルの調査から戻りました」
鏑木慎二長官、EVEを取りまとめるリーダー的存在であり私の剣の師でもある。
黒に染まった髪と左目の眼帯も相まってか正直どんな異形よりも師匠からの方が何十倍も恐怖を感じる。
そんなことを考えてる間に陽葵は今日の調査内容を事細かに報告する。
こういう場面はしっかり者の陽葵に任せるのが一番よね。
「……と本日の報告は以上です」
「ご苦労。天鬼、何か言うことは」
「えっと、特には?」
そう言うと師匠の切れ長の鋭い眼光がより一層研ぎ澄まされる。
……ひょっとして、全部バレてる?
これは非常にまずいな。
というかなんでバレてんの?
一応陽葵の報告を聞いてたけどチクった様子もなかったし。
「では長官、私と瑠奈はこれで失礼します。天鬼のことはお任せします」
こいつ、ここにきて私を見捨てやがった。
後で帰り道に買った陽葵の好きなスイーツ一人で全部食べてやる。
二人が去った後地獄のような静寂がしばらく続いたが、突如としてその静寂は打ち破られた。
「鏑木長官失礼します。どこかで天鬼見かけませんでしたか? いい加減にデータ更新しないとなんですけど……。これはお取込み中でしたか、失礼しました。天鬼、用が済んだらラボに寄ってくれ」
私を地獄から救ったのは淡黄色の髪を後ろでまとめた男、フィンだった。
さっきまで作業してたのか衣服が少しばかり汚れている。
「今すぐ行きます! すみません、鏑木長官。こういうことなのでお話はまた後日ということで」
首の皮一枚繋がったと安堵した矢先、師匠が口を開く。
「天鬼はフィンとの用件を終え次第演習場に来ること」
演習場……。
想定していた中で最悪のパターンだ。
どうやら私の命日は今日みたいだね。
とりあえず私を置いていった二人のことは末代まで呪うとしよう。
こうして私は自身の死を確信し長官室を後にした。
「天鬼、お前今度は何やらかしたんだよ」
今度はって、まるで私がいつも何かしら問題起こしてるみたいな言い草だな。
「ただ調査中に少しだけ陽葵達とはぐれただけだよ」
「はぐれたっていうより勝手に単独行動したってとこか。どうせそれで陽葵達に迷惑かけたんだろ」
…………。
この男、なんでそこまでわかるんだ。
いくら私の専属技師だからって私に対する解像度が高過ぎる。
「もしかして調査中私のこと付けてた? 何も言ってないのに師匠にバレてたんですけど」
「お前達に持たせてる通信機器、行動ログが辿れるの忘れてないか?」
あっ……。
「というか、当たってたのかよ。まったく、これで三人の中で一番年上って考えられないな」
「あと半年もすれば陽葵も瑠奈も同い年ですー」
「もっとしっかりしろって言ってんだよ」
「それなら瑠奈だって同じじゃん!」
「瑠奈はマイペースなだけで任された業務は毎回しっかりとこなしてるぞ」
おっと、ぐうの音も出ないってまさにこのことだね。
そうして私達はフィンの所属するSEED内の疑似演習場に来た。
「ていうかさぁ、いちいち装備の提出するの面倒くさいんだけど。メンテナンス不要の装備とか作れないの?」
「無茶言うなよ。これでも天鬼の性格考慮してなるべくメンテナンスしなくてもいいような装備にしてるんだからな」
そう言ってフィンはこれまで見たことないレベルの呆れ顔を見せた。
これはフィン君にはすごい苦労かけちゃってるみたいだね。
今後はもう少しフィンの言うことを聞くことにしよう。
そう思いながら装置に触れると眩い光に包まれ、ナーテルを再現した仮想空間へと転送された。
「それじゃあ日輪を発動してくれ。相手は犬獣五体、実戦を想定して動かないと正しいデータが得られないからな」
了解、とっとと片付けちゃいますか。
擬似演習とはいえ過去の調査での戦闘データを元に構成されてるらしく限りなく実戦に近い戦いができる。
集中、スキル――『日輪』。
犬獣は集団で行動する習性がある。
攻撃をかわしつつ攪乱、分散させて各個撃破する。
まずは一匹。
仲間の首が飛んだのを見て犬獣達は怖気づく。
そこに生じた隙を見逃さず二匹の首を刎ねる。
いい感じに体温上がってきた。
このまま残りも片付ける――。
「お疲れ、今取れたデータを分析するから三日後に結果を聞きに来てくれ」
「はーい」
「演習場忘れず行けよー」
「……はーい」
ああ、走馬灯が見えてきた。
………………。
…………。
……。
「来たか」
「不本意ですけどね」
「構えろ。少しでも手を抜けば死ぬと思え」
いやいやいや、全力で戦っても死ぬ気しかしないんですけど!?
私は死を覚悟しつつ日輪を展開し刀を構えた。
双方戦闘態勢を取るとその場に空気が凍るような緊張感が漂う。
私は実戦用の装備なのに対して師匠は演習用の木刀のみ、私の方が圧倒的有利なはずなのに勝てる未来が微塵も見えない。
瞬間、目の前から師匠の姿が消える。
それと同時に私の首を木刀の刃が掠める。
ちょっ、これは本気でやばい! 少しでも気を抜けば確実に死ぬ!!
赫式単刀術――『陽炎』
空気の揺れを読んで次の攻撃を予測する技。
加えて目じゃ師匠の動きを追えないから『気配探知』を感度最大で発動して攻撃発生地点を特定する。
これで嵐のような斬撃に対処しつつ、こっちからも攻撃を仕掛けてみるけど全ていなされるだけで全然通らない。
このままじゃ体力切れで確実にやられる!
そう思い、私は装備をバランス型の単刀から攻撃特化の双剣に切り替えた。
赫式双剣術――『桜花乱舞・灼』
防御は捨てて一気に攻め込む。
木刀とぶつかり合っているとは思えない金属音が辺りに響く。
これで少しは均衡状態に持っていけると思っていたが、私のこの行動は完全に読まれていた。
攻めの手を強くし前のめりになってしまった結果、簡単にバランスを崩された。
その数瞬の隙を師匠が見逃すはずもなく、剣を弾かれてしまった。
そこに師匠の容赦のない一撃が迫った。
私は咄嗟に死を覚悟したが、その攻撃は眼前でピタリと止まった。
「いいだろう、今日の訓練はここまで」
ふぅ、どうやら助かったみたい。
途端、戦いの疲れが一気に襲い掛かり身体が鉛のように重くなる。
「個々の技の方はそれなりに上達しているようだが、全体としてはまだまだ未熟だな。特に戦い方が単純過ぎる。これでは知能の高い相手には遅れをとるぞ」
一方、師匠はというと息ひとつ切らしていない。
こんな強さしてるのに"適合者じゃない"とか、一体どんなものを食べたらこんな化け物になんのよ……。
言葉に発せない不満を心の中で呟きながら私は演習場を後にした。
「ふぁああ――――ああ」
「随分と絞られたみたいね」
「いつも通り全く歯が立たなかったよ」
疲れを癒すために施設内にある大浴場に来たところ、陽葵が先に湯浴みをしていた。
瑠奈はというと、報告が終わって早々に寝てしまったらしい。
「そういえば今回の調査、私がはぐれた時気配探知が上手く発動しなかったんだけど」
「そんなことある? スキルの不発なんて聞いたことないけど」
私自身こんなこと今まで起きたことなかった。
困るな、気配感知がないと周囲の状況把握できないし。
陽葵なら疾狼の特性で耳がいいから気配探知なくても大体の空間把握はできるらしいけど。
私達が持つ特性は多くの場合適合した異形の型で決まる。
瑠奈みたいに猫霊の適合だと俊敏性がとてつもなく高くなって夜間でも昼間と同等に物を見ることができる。
えーっと、私は? 私の適合は鬼妖だけど、鬼妖の特性ってなんだ?
…………。
「ねぇ陽葵。私、持たざる者なのかも」
「大丈夫よ。そんなに焦らなくても天鬼はまだ成長期なだけよ」
何故か私の顔を見ていた陽葵の視線が少し下がった。
……よくわかんないけど何か腹の立つ勘違いをしてる気がする。
よし、お風呂上がったら陽葵が隠し持ってるスイーツも全部私の胃袋に収納しよう。




