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【超短編小説】マン・イン・ザ・ブルー

掲載日:2025/12/17

 案内された更衣室で防護服を着る。

 説明会で聞いてイメージしていた重くて大袈裟なものではなく、軽量な生地でつくられていたそれはしかし頑丈そうであった。

「引っ張って破れないから試したでしょ?」

 消毒室の前にいた恋人はいたずらっぽく笑った。

 シールドが曇って顔が消えた。

「よくわかったな」

 自分のシールドも曇った。

 


 分厚いガラス越しにそれ見た時、むかし行った動物園のことを思い出した。

 その動物園の真ん中には鏡が収められた檻が設置してあり、その傍にはヒトと書かれた看板が立てられていた。

 自分が映る鏡が檻の中にあると言う皮肉とは面白いが、檻の中で手入れのされてない薄汚れた鏡は別の皮肉さを演出していた。

 ジョークは難しい。

 だからこの喩えみたいな思い出も、檻の中の汚れた鏡かも知れない。


 とにかく、いま俺たちが見ているのは檻の向こうにある鏡ではない。

 ぶ厚いガラスの向こうにいるのは絶滅危惧種のブロンド白人女だ。

 彼女は自分の影を踏んだり、自分の毛先を虫と勘違いしたのか手で払ったりしていた。

「いまから実験をしますよ」

 俺たちをアテンドする職員が静かに言った。

 慣れているのか、彼の防護服のシールドは曇ることがなかった。


 防護服を着た別の施設職員が中に入り、ブロンド女にカードを渡した。

 女は何のためらいもなくカードを受け取り、渡されたカードを眺めていた。

 俺たちをアテンドしている施設職員は真面目な顔で「あれは両面に”裏を見ろ”と書かれているカードなんです」と言って、俺たちにも同じカードを見せた。

 プラスチック製のカードには、両面に『裏を見ろ』とプリントされていた。

「ブロンド女が本当にアレを30分間見るのか、これで5回目の実験になります」

 施設職員は真顔だった。


 そう言えば説明会で、この施設はポーランド人に電球を変えさせたり、アイルランド人にゴルフボールを探させたり、ユダヤ人が車に何人乗るかの実験をしていると言っていた。

 いま目の前でやっている実験もその一つで、ガラスの向こうにいるブロンド女は不思議そうな顔でカードをひっくり返し続けていた。

 アテンドの職員はシールドを曇らせない独特の喋り方で

「ご存じですかね?あの実験、黒人だとカードが割れるまで楽器にして遊んでしまいますし、日本人だとカードを剥がそうとしたり手首を切ろうとするんですよ」

 と言った。


 じゃあ中国人はすぐに模倣品を作ったり、イラン人は偽物を作ったりするんですか?

 アメリカ人は馬鹿だから何もない部屋でカードを失くすんですか?

 喉まででかかった質問を飲み込んで

「それは面白い実験ですね」

 と愛想を言ったが、施設職員はどうでも良さそうだった。

 それに俺のシールドも曇ったし、どうでも良かった。



 確かに俺たちは施設見学をして彼らの仕事を邪魔しているのかも知れない。

 それに見学者の俺たちが日本人だと言うのはきっとどうでもいいんだろう。

 歴史を振り返ってみても、アジアの人間がそれより細かい分類で扱われた事は稀だろう。

 アジア人はアジア人だ。

 黄色い猿以上のものでは無い。

 人権は白人の為のものだ。


 見学ツアーを終えて防護服を脱ぐ。

「最初は軽いと思ってたけど、やっぱり脱ぐと重かったんだなって思うね」

 恋人はスッキリした顔で笑った。

 もうシールドが無いから顔が隠れたりしない。

「なんか飲む?」

 施設の入り口に設置された自動販売機で買ったジュースは曖昧な味だった。

 甘味と酸味が飽和した中途半端な味で、お世辞にも美味しいとは思えないと言うと、恋人は顔を顰めて「え、じゃあいらない」と手を振った。


 帰りのバスは空いていた。

「あんまり面白くなかったな」

 パックジュースを持て余した俺は原材料などを眺めていたが、何もわからなかった。

「検査受けなくて良かったの?」

 血統書、欲しかったんじゃないの。

 恋人は窓の外を眺めていた。窓は曇っていない。


「その気だったんだけど、さっきの聞いたらなぁ」

 わざと欠伸をした。

 この話を終わりたいのか、こっちを見て欲しいのかは自分でもわからなかった。

「血統書で手首を切っちゃいそうで厭になったの?」

「あぁ、そんなとこだ」

 俺はアレを剥がして2枚のカードが張り付いてるんじゃないかって確認したりしないだろう。


 恋人が俺を見た。

 綺麗な茶色い目だった。

「あなたは見た目が濃いし、血統書あった方がいいと思うけど」

 そうかな、まぁ考えておくよと言ってぬるくなったジュースを飲み干す。

 誰でも飲めるように調整されたミックスジュースは、やはり平坦な味がした。

 原材料がわからない事に不安は無いけれど、何も分からないと味もしないんだなと思った。

「やっぱ戻って血統書の申請しよっか」

 と言うと恋人は笑った。


 あの目に映っていられるなら、たとえ血統書が別の檻でも構わないと思った。

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